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018 カーライルのいる日常

「わたしお母さんだと思うの」


 メアルが突然変な事を言い出したのは、カーライルがメアルに会いに来てから暫く経った日のこと。カーライルは毎日孤児院に顔を出していたが、つい数日ほど前から孤児院の警備担当として孤児院で寝泊まりするようになった。ちなみに個人部屋貸与と朝、夕2食が賃金代わりだ。カーライルは昼過ぎにふらりと出掛けて夕に肉や野菜を土産に帰ってくる。スタの街は辺境だ。街道から少し外れれば獣に欠くこともない。当然人間を襲うモンスターもいるが、カーライルは難なく討伐してしまう。獣を狩り、血抜きをした後担いで街に戻り、土産にする肉以外は売ってしまう。その金で野菜も買って帰るのだ。そんな事をしている理由は子供達の体を造る為である。そんな事までしているのには勿論理由がある。それはメアルに男の子達が騎士になれるように手伝って欲しいと乞われたからだった。だから男の子達に剣を教え始めた。それだけでなく彼らに筋肉を付ける為、肉のある食事を与えることにしたのだ。肉だけでは片手落ちなので野菜も買って帰る。そんな日常が当たり前になりつある中でのメアルの不可解発言が冒頭の台詞である。


「突然なんだ?」

「メアルはまた突然変なことを」

「どうしてそう思っちゃったのかな」


 そう話しかけられた幼馴染3人組は当然困惑した。メアルが突拍子ないのは知っていても理解はできない。メアルは何故そう思ってしまったのか。


「思うもなにも、よく考えたら私はカール様のお母様になるみたいなの」


 メアルの返事を聞いてもやはり理解は出来なかった。

 

「はぁ?なんだそりゃ」

「先生のお母さんってメアルの方が年下じゃないか」

「よけい分からないよ」


「メアル嬢ちゃんが俺の母…よく考えるとなんでそうなるんだ」


 成り行きを見守っていたカーライルだが、メアルのとんでも話に自分が巻き込まれていたので口を出した。メアルはどうしてそんな頭が痛くなる考えに辿り着いたのか。

 なお、カーライルを「カール様」と呼ぶのはメアルだけになった。男の子達は剣を教えてもらうので「先生」と呼ぶようになっていた。まあ余談である。


「もちろんカール様は年上だけど、わたしはカール様の名付け親でしょう。だから一応親になるのだわ」


「なるほど、そういう理屈か。それなら確かにメアル嬢ちゃんは俺の親ってことになるな」


「カール様もそう思うでしょう」


「「「いや、違うと思う」」」


 3人は否定したが、子にされた当の本人が否定しなかった。カーライルは子供に優しいというのが孤児院の子供達から見た共通の認識だ。剣の鍛練時こそ厳しいが、鍛練の目的も、駄目出しの理由もはっきりと教えてくれる。それに個々のなりたい剣術の形を伸ばす方向で指導をしてくれる。女の子達にもなにかと優しい。そしてもうひとつ。孤児院の大人にとっても共通認識だったりするそれが、子供に優しい以上にメアルに特に甘い、である。実際メアルの望みはたいてい叶えていた。


「メアル嬢ちゃんに名を貰って2年か。早いものだ」

「2年は長いと思うわ」

「そうか、メアル嬢ちゃんには長かったか。もっと早くに来れなくて済まなかった」

「うふふ、もう怒ってないわ。わたしお母さんだものね。おかえりなさい。カール様」

「ただいま。メアル嬢ちゃん」

「あら、そこは『お母さん』ではないかしら」

「そうかもしれないがレディにお母さんは駄目だと思ってな」

「まぁ、ふふ、それもそうね。カール様は紳士ね。でもだったら嬢ちゃんも止めて欲しいわ」

「む、嫌だったか済まない。ではなんと呼ばれたいんだ」

「みんなと同じでメアルって呼んでほしいの。嬢ちゃんなんて他人行儀は寂しいもの」

「わかった。メアル、改めてよろしく」

「ふふ。カール様よろしくね」


「そういえば先生ってこんな人だったね」

「「だな」」


 二人の会話を聞いていたミラン達は揃ってはため息をついた。メアルとカーライルは放っておいて行こうとした3人だが、ロヨイはふと疑問が沸いた。


「そういえば先生さぁ、少しは何か思い出せた」


「いや、さっぱりだな。全く何も思い出せん。俺が何処の誰でどう過ごして、そして何故大森林の中にいたのか何もかも」


「そっか」

「カール様落ち込まないでね」

「大丈夫だ。メアルありがとう」


「まあ、先生は運が良かったよ。村に辿りつけたんだし」

「最初メアルとアン姉に拾われたんだったっけ」

「ええ、そうよ。アン姉様が遊びにきてくれて一緒に散歩していたら。死にそうなカール様を見つけたの」


「あの時は助かった。大森林をさ迷い続けて、水も食料も失くなってな。本当に死ぬところだった」


 当時を思い出したのか、カーライルは苦虫を噛み潰したかのような表情になった。大森林の中にある石でできた部屋で眠りについていたカーライルが目を覚ました時、自身や目的に関する記憶を失っていた。石の部屋を出るとそこは大森林の中だった。大森林を抜け、街を目指すべく行動を開始したカーライルだったが、大森林で迷ってしまった。そして事前に準備してあった水や食料を使い果たしまったのだった。カーライルは少しばかりのサバイバル知識や技術を持っていたが、この時点では水や食べられる草や実、狩った動物の血抜きや捌き方等は知らなかったのだ。朦朧とした意識で漸くコバ村に辿りついた。そこで最初に出会ったのが、村に滞在していたアン、とその村の村長の娘メアルだった。二人は村の外れを、アンの守役と一緒に散歩している最中だった。


「カール様、会うなりいきなり倒れるからとてもビックリしたわ」

「そうだったか。その辺は曖昧でね」


 その時、カーライルは視線を感じた。実力を測っているようのだろうか、少しばかりの殺気が含まれている。カーライルは敢えて無視した。徐々に殺気を強めていき、とっさに反応した時点の殺気の強さでおおよその警戒能力を測るのだろう。


「? カール様どうしたの」

「いや何でもない。気のせいだな。さて、メアル今日は午後も空いているんだが、メアルの予定はあるか」


「今日はお手伝いもないから神殿に行こうと思っているの。みんなにはお願いしてあったけどカールさんも一緒にいく」

「そうだな。一緒してもいいか」


「ええ、もちろん」


 嬉しそうにニコリと笑うメアルを見ながら、カーライルの思考は別に向いていた。


 ー視線が増えた。別方向から2人、こちらは観察か見張りか。さて面倒な事になりそうだな。


「おー先生くるんならさ。市場も寄ってこうぜ。先生なにか食わせてくれよ」

「賛成」


 カーライルの思考を遮ったのは、目を輝かせるロヨイとリカレイ。ミランはあやかりたいな、でも迷惑かなと、迷いを見せていた。そんな中、メアルもまた意識が別のところに向いていた。それに気付いてしまったから。


 それは宙に浮かんでいる。透明で見にくいのだけど、人の形をしている。そしてそれはふよふよと揺れるような動きをしつつもカーライルのそばから離れなかった。妖精ではないかしらとメアルはそれを見つめていたのである。



「メアル、いいだろ。って……おーい…メアル…おーい聞いてるか」

「ん、なあにロヨイ」

「はぁ、メアルまた聞いてなかったな。先生に市場に連れていってもらおうって話してたんだ」

「んで、肉とか奢ってもらおうぜ」


「まぁお肉を。流石カール様、今日も太っ腹なのね。スゴイわ」


「いや、まだ先生は何も言ってないけど」


「メアルに誉められたら期待に応えないわけにはいかないな」

「うふふ、カール様ったら」


 「やった」「さすがメアル(に甘い)」と喜ぶロヨイやリカレイの隣でやはり困り顔のミラン


「二人とも先生に甘えすぎだって。それに他の子達は食べれないんだし不公平だよ」

「ミラン、言ったもの勝ちだって」

「そうだぜ。それにみんなも先生の持ってきてくれる肉食べてるんだし」

「でもさ」


 このやりとりを喧嘩になりはしないかと心配そうにメアルは見つめる。先ほど見えていた妖精らしきものの事など既に頭にない。そしてそんな心配そうなメアルをカーライルは見ていた


「ミランも遠慮するな。俺の金の心配をしてるならそれくらい何ともない。それより騎士になりたいなら肉を食って体を造れ。それに土産を買って帰れば他の子も食えるだろ」


「それはそうだけど、うん、じゃあお言葉に甘えるよ」


「やっぱ先生は言うことが違うな」

「だな、でもさぁ先生。先生はなんで俺たちの面倒までみてくれるんだ。剣もおしえてくれるし」

「木剣も貰ったな。でもたしかに先生は得しないよな」


「ま。メアルに頼まれたからな」


「もうカール様ったらそれは秘密って約束したのに。ふふふ」


 頭を掻きながら、ばつが悪るそうに答えるカーライルが可笑しくて、メアルの苦情は笑顔でなされた。そして3人の男の子達は、やっぱ先生はメアルに激甘だなと思った。

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