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016 動き出す魔の手


 「閣下、報告書をお持ちしました」

 「イデアか、聖女の君に手伝わしてしまって済まないな」

 「いえ、少しでも閣下のお役に立てたのでしたら嬉しいです」


 閣下と呼ばれた男の名はレネミー。アマリア王国の隣国であり、六強国の一国であるガレドーヌ帝国で将軍職に就く男だ。

そして帝国に数人しかいない聖騎士でもある。そのパートナーである聖女がイデアだった。帝国であっても聖女の待遇は破格であり、本来なら報告書の使い走りなどあり得ない。しかしイデアが報告書をレネミーに届けるのには理由があった。


 「それで、気になることでも」


 報告書を受けとりながらレネミーが問うた。そうでなければイデアがわざわざ報告書を持ってくることはない。レネミーに上がる報告書は全てイデアが一度目を通す。それはイデアが知覚を司る神”ギーク”の聖女で、授かった能力が情報の精査に有用だったからである。


 「はい、最重要が1つ。あと2点気になる情報がありました。閣下はどれだと思いますか」

 「ふむ、どれ」


 悪戯っ子のように目を輝かかせるイデアと、それを優しい目で見るレネミー。執務室の中だがそれは上司と部下のものではない。それは恋人同士のものだった。


 「二人きりなのだ。閣下は止せ」

 「ふふ、はいレネミー様」


 レネミーは書類を読みながら、イデアと二人だけの甘い会話を求める。


 「様も要らない」

 「それは無理です。尊敬するレネミー様を呼び捨てにするなんて出来ません」

 「もうじき君は侯爵夫人(私の妻)になるんだが」

 「レネミー様…」


 顔を赤くするイデア。そんなイデアを見て、まだまだ先は長そうだとレネミーは思った。


 「さて、答え合わせをしようか。スタの街の情報だろうか、街が魔物に襲われるだけならありふれているが」


 「そうですね。そのままでは信じがたいですね」


 「ああ、それを退治したアーマ・ドルの剣が光ったとはね。それはヴァル・デインではないのか」


 「いえ、アーマ・ドルで間違いありません」


 断言するイデア。知覚の神の聖女であるイデアが授かっている能力の一つに”知り得た情報に対する直感”というものがあり、その直感の精度は100%である。情報の真偽もそうだが、彼女が気になる情報は100%重要だったことが、実証されている。それ故にレネミーに送られてくる報告書を先だってイデアが確認するのだ。


 「そうか、アマリアが武器に魔力付与できる新型のアーマ・ドルを開発したのだな」

 「レネミー様、開発したというところに違和感を感じました。ですからまだ開発中ではないでしょうか」

 「なるほど、イデア、いつもながら助かる」

 「ありがとうございます。で、これがレネミー様の最重要ですか」


 「む、違うのか」

 「これは気になる2つの内の一つです」


 「じゃあ、これか。スタの街の魔物を発見した冒険者の一人がエルフ」

 「惜しいです。それも気になるもう一方です」


 「双剣使いの男とエルフの女。心当たりがある組み合わせだな」

 「アマリアに居たんですね。でもこれは3つの内では3番目です。レネミー様にお話しておきたかっただけです」


 「冒険者なら確かにいつまでもアマリアにいるとは限らぬな。逆にアマリアに居てくれる方が当面問題にならないだろうか」


 「はい」


 「さて、となるとお手上げだ。最も重要なのはどれだろうか」


 「ヒントを出しますね。3つとも同じ情報源です」

 「また、スタの街か、となると……まさかこれか。しかし…」


 スタの街絡みの情報はそもそも3つ。残る一つは孤児の美しい少女の情報だった。アマリア方面の指揮権を持つレネミーは情報部に情報の取捨をさせないようにしている。情報の重要度はイデアに判断させた方が重要情報の取りこぼしがない。それにしても孤児の少女が一番重要というのは流石にイデアの力を知るレネミーとしても信じ難かった。


 「この子は聖女か」

 「わかりません。この子の情報を見た時に何も感じませんでした。だからとても気になったのです。今こうして話していてもこの子に関してだけ何も感じとれないのです」


 何も感じ取れない。そんな事態は神との契約を結んで以降はじめての事だった。それはまるで知覚の神ですら及ばない領域だといわんばかりだ。ともかくこの子の情報に対して授かった能力が全く働かない。


 「スタ…一度探ったほうがいいかな」

 「…わかりません。お役に立てなくて申し訳ありません。レネミー様」


 レネミーはそんな事はないと伝えようとして、突然のノックに遮られた。ノックのパターンで大体の内容が分かる様にしており、それはレネミーより高位の者の来訪を告げるものだった。


 「どうぞ」


 レネミーの許可で部屋に入って来た部下は見るからに焦っている。それでレネミーは事情を察し、部下の報告より先に空いた扉に向かって声をかけた。


 「師よ。部下を困らせないで頂きたい」


 「なんだ。早速バレのか。つまらん奴だな」


 入って来たのは初老を迎えただろうかいう男だ。髪にも髭にも白いものが混じっている。一見只の男のような気配であるが。


 「部下の焦り方の割には、気配が普通でしたので」

 「ふむ、丁度いい気配というのも難しいな。君、もう下がっていいぞ」


 「は」

 

 レネミーの部下はまるで転がるように慌てて部屋を出ていった。扉が閉まったところでレネミーは困り顔を作った。師に見せるために。


 「なんだその面は。せっかく顔を見てやろうと来てやったのに」


 「用がございましたら私からお伺いしました」


 「まぁお主らのいちゃいちゃを邪魔するつもりはなかった。それについては済まんかった。聖女レヌムスも許せよ」

 

 聖女レヌムスとはイデアの事を指している。レムヌスとはイデアに与えられた称号で。帝国の巫女・聖女の序列で4位を示すものだ。またイデアは伯爵位も授かっており、レネミーが指揮するアマリア方面軍の指揮権すら与えられている。


 「もったいないお言葉です」


 イデアはその謝罪を退出せよとの意かと思い、軍礼をして部屋を出ようとしたが、レネミーの師に止められた。


 「言葉通りだ。それには及ばぬよ」


 「イデアお茶はいいからな」

 「しかし閣下」

 「おい、師匠に対してずいぶんと辛辣じゃないか」


 「それで師よ。どういった用向きで」

 「無視か」

 「話が進みませんからね」


 いつ聞いても不思議な師弟の会話だとイデアは思う。レネミーの師はこの世界に只一人”剣聖”の称号を持つ武の頂点、ワイヤー・ビアンキその人である。こんなに気安く話しかけられる相手ではない。先ほどの部下の態度がむしろ普通だ。イデアも未だに緊張する相手である。


 「まあ良いわ。ここに来たのは何となくだ。なんか胸がざわついてな」


 「師の勘は外れませんね」


 レネミーは、師の勘が良く当たるのを知っているが、今回の事は流石に呆れた。そんなレネミーの表情をみた剣聖ワイヤー・ビアンキはしてやったりとばかりに含み笑いも浮かた。そして、イデアが持ってきた報告書に視線を向けた。


 「で、どれが一番重要だ。聖女レムヌス」


 もちろんワイヤーはイデアの能力を知っている。だからこその発言だった。イデアは一番気になる情報のが書いてある一枚を手に取りワイヤーに手渡す。そしてさっと目を通したワイヤーがある一文にたどり着いた。そして書類を持つ手が震えだした。


 「師匠?」


 弟子の問いかけがまるで聞こえていないかのようにワイヤーは答えない。目を見開き手を震わせながらその一文を見つめる。


 「水色ががかった銀髪と蒼い瞳の少女だと」


 最後にそう呟くと、無言で部屋を後にした。残された二人は剣聖の奇行にぽかんとするばかりだった。

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