015 女王への報告
アマリア王国は大陸に数多ある国家の中で六強国と呼ばれる内の一国であり、大陸一の経済力を誇る国家だ。そんな超大国は女王制を敷いており、代々の国王は皆女王である。そして何より代々の女王は皆聖女だった。そして今は第36代女王ルーサミー・ウェッティワイプ・アマリアの御代だった。そして彼女ももちろん聖女だ。
アマリア女王ルーサミーは執務室の自身のデスクにて書類に目を通していた。大国の女王にふさわしく背筋は伸び、書類を読む姿も気品に満ち溢れいいて、最上級の椅子や机と相まってまるで一枚の絵画のようだ。なにより艶やかな金の髪、整った顔立ち、エメラルドに例えられる緑の瞳、絵画にしたいと思える程に女王は美しかった。
そう感じているのは数日前、スタの街を襲った魔物を討伐した巫女だった。彼女が書いた報告書を読むルーサミーを見ながらそんな事を漠然と思いながら姿勢正しくひたすら読み終わるのを待つ。やがてルーサミーが顔をあげた。
「つまり、今回のスタの魔物は同時に2匹の魔物が発生した為に街では対応できなくなったと」
「はい。我々が駆けつけた時には虎の子の中型巨兵が2機も大破していましたし、危ないところでした」
「街が無事で何よりでした。しかし別種の魔物が同時に発生するなどあり得ますか。ルグンセル卿」
「聞いたことはありませんね」
しれっと答えた騎士ルグンセルを横目に巫女はため息をつきたくなった。今の返事で案の定パートナーが事前に説明をしていたにも関わらず、全く人の話を聞いていなかったと確認できた。
「恐れながら」
「あら何かしら。ここには私達しかいないのだがら畏まらないで、フィー」
「ではお言葉に甘えてルー姉様、過去にも似たような事例はありましたわ。滅多に無いことですけど、3匹の別種の魔物が同時に発生した事例もあったようですわね。ジェイには事前に説明したのですけど」
「え、そうだったっか」
「ルグンセル卿…あなた、我が妹を蔑ろにしてるのですか」
「滅相もない。天地神明に誓ってなんなことありません。なあフィセルナ」
「ふふふ。お姉さま、心配なさらずとも大事にしてもらってます。ただジェイコフも忙しい身ですから、たまたま聞き流してしまっただけですわ」
巫女フィセルナは王妹だった。そして王室の血族である為、ルーサミーの即位に合わせて臣籍降下し公爵位を賜っている。
尚、アマリアでは公爵位は臣籍降下した王族のみに与えられ、一代限りである。二台目は功績が無い限り侯爵、三代目以降は伯爵位まで下がる。
軽く横目でジェイコフ見て、『これで貸し一つよ』の意を伝える。ジェイコフは軽く頷いて返した。そんな二人の様子にルーサミーはしっかり尻に敷かれているジェイコフを少し不憫に思うのだった。
「魔物についてはわかったわ。二人ともご苦労さまでした。ところでフィー、先ほどから辛そうだわ。後はルグンセル卿と話すから休んで頂戴」
「ルー姉様、単に筋肉痛なだけよ。だから大丈夫」
「あら、そう」
「ああ、あれはなかなか拷問だったな」
「拷問?」
「ええ、街で歓迎受けたけどいつまでも歓声が止まなくてずっと手を振り続けたのよ」
「約鐘一つ分(2時間)だったな」
「フィーあなたに歓声の制御の仕方教えてなかったかしら」
「今度教えて下さいませ。ルー姉様」
「わかったわ」
「さて、ルーが大丈夫なら続けるわ。それで例の方はどうかしら」
「問題無かったわ。同調率も報告書の通り現時点で気になるところは無かったわね」
「現行型より思う通りに動かせれると思いました。違和感は特にありませんでしたね」
「それは上々。で、この報告書は現行型アーマ・ドル”ディフェンダー”と比較してのものよね。私があなた方をわざわざ派遣した意味はお分かりかしら」
「派遣されたのは騎士と巫女としてですから報告書もそれに合わせてますわ。今ここに呼ばれている事も踏まえて報告書では言えない事を求められていることは承知していますとも」
「では聖騎士ジェイコフ・ルグンセル近衛騎士団長、及びそのパートナーの聖女フィセルナ・ルグンセルとして報告をお願いね。あれも使ったのよね」
スタに派遣されたのは騎士と巫女ではなく、実は聖騎士と聖女、しかも近衛騎士団長職にある者だった。更に新型アーマ・ドルの実戦試験も兼ねていたのだ。スタへの派遣が遅れたのもそれらの政治的判断と王都からの出征だったという事情があった。
「では聖騎士として。実際動かした感想はフィセルナの”エクトゼアル”と比べても違和感がありませんでした。さすがに力が漲る感じはありませんけどね」
「ジェイ、エクトゼアル様に対し不遜よ」
「悪い」
「なるほど、フィーの方はどうかしら」
「魔力効率が”ディフェンダー”より上がっているのを実感できるけど、どうしてもヴァル・デインには及ばないかしら。でもそもそも基礎消費が異なるから結果として稼働時間は同じくらいかしらね。戦闘となると神技次第だけど新型アーマ・ドルの方が長く動けると思う。ただ、思った以上に”断罪剣”の消費魔力は大きく感じるわね。頭で理解していた数値の感覚よりごっそり持っていかれる感があったもの。神技よりかなり効率は悪いわ」
「あ、それに関しては私からも思うところがあります。威力の調整をできる様にしてほしいところです。必要以上に威力が高くダメージ反射が起きています。フィーが感じた効率の悪さは、ダメージ反射で関節への負荷が大きく修復分の魔力を余計に食うからでしょう」
「なるほど、最適化しなければなりませんか。これは神技との比較ができる者でなければわかりませんでしたね。試験担当の騎士達からは出なかった感想です」
「でしょうね」
「まだまだ時間が必要ですか。この件は開発に伝えましょう」
「ルー姉様、こんな形でお披露目してよかったのかしら。スタにも雑草は生えているでしょう」
「今ごろ帝国でも慌てているかしらね。ふふふ。どの国でも開発していて今だ実用化に至らない武器への攻撃魔力付与機能を有したアーマ・ドル。この機能は防御にも転用できるわ。初代アマリア女王にして”初めの聖女アリーシャ様”が産み出した神の鎧”ヴァル・デイン”の秘法に迫るアーマ・ドルを最初に産み出したのはアマリアであると世界に知らしめなければならないのよ。アマリアに手を出そうとする愚か者が出ないようにね」
「なるほど流石は陛下だ、ん、どうしたフィセルナ」
「え、ええ」
フィセルナは姉の発した「初めの聖女」の言葉に、閃くものがあった。同時に浮かんだのはスタで見かけた肩車された女の子。
「フィーどうかしたの」
「ルー姉様、私を聖女の間に」
「ルー、判っているとは思うけど、あそこは今の貴女では入れる事はできないわ」
「判っていますわ。しかし私はかつて姉様と一緒に一度だけ拝謁させて頂きました。どうしても確認しないとならないの。とても重要な事なの。ルー姉様お願いよ」
妹のただ事ならない様子から王家の秘密に関してなのだろうと、ルーサミーは察した。しかし聖女の間は本来は王位を継いだ者しか入れない事になっている。他者が入れない為、掃除ができない。そこで保存と浄化の魔導具を用いてメンテナンスが不要にしてあるのだ。もちろん魔導具は部屋の外に設置されているので、それらのメンテナンスの為に部屋に入る必要はない。それだけ王家が秘密にしておきたい情報がそこにはあるのである。そして代々の女王だけが受け継いできた。
二人が子供の頃、姉妹は先代の女王から鍵をこっそり盗み二人で部屋に入った事がある。内部情報の一切を秘す為(なんならその部屋の存在すら一部を除き秘されている)、映像記録までとられないので二人が侵入したことはバレなかった。無理に押し入れば防犯機能が作動したが王家の鍵で開けた為作動しなかった。これは二人だけの秘密だった。
「あー陛下、私は急に耳が遠くなってしまったようで。今の会話が全く聞こえませんでした。下がって休ませてもらっても構わないでしょうか」
「そうね。ルグンセル卿は下がって宜しい。先の会話は聞こえないままでいなさい。卿のために」
「判りました。元は侯爵家の三男です。弁えて降りますとも」
軍礼をしてジェイコフは退出した。ルーサミーはため息をついて机から鍵を取り出す。
「一度も二度も変わらないわね。でも今回限りよ」
「もちろんよ。この事は生涯二人の秘密」
ルーサミーは執務室の出入り口である扉の内鍵を掛けた。これで外からは誰も入れない。次いで本棚に偽装された隠し扉を開ける。扉の先は通路になっていた。
「当然と云えば当然でしょうけど。隠し通路があったのね」
「知ってるでしょう。至るところにこういった通路があるのは」
「ええ」
しばらく歩くと廊下に出た。王族と世話する係しか出入りが許されないエリアの廊下だ。既に王族ではないフィセルナがいていい場所ではない。少し廊下を進み、とある扉の前でルーサミーが立ち止まった。
「懐かしいわ」
「そうね」
周囲に誰もいないことを確認したルーサミーは鍵で開けて部屋に入った。フィセルナも続いて部屋に入る。そこは何もない部屋だった。ただ部屋の奥一面にカーテンがかかっている以外何もなく、魔法の明かりが無ければ真っ暗な部屋だ。それなのに陰湿な気はなく清浄な気に満ちている。
ルーサミーがカーテンのひもを引くとカーテンは開き一枚の絵が姿を表した。そこには一人の女性が描かれている。その絵に描かれた人物こそ、アマリア王家の秘中の秘だった。フィセルナはじっと絵に描かれた女性を見つめる。
「どう、何かわかったかしら」
「ええ、ルー姉様」
ルーサミーの方に向き直ったフィセルナは何故か泣きそうだった。
「フィー?」
「……スタで見かけたの。水色がかった銀の髪と澄んだ湖の様な蒼い瞳の少女を。初めの聖女様と同じ色よ」
「…まさか、そんな」
「あの子はきっと、探し続けてずっと見つからなかったお兄様の忘れ形見。あの時は判らなかったわ。でも今思えばあの子には美しかったお兄様の面影があった」
こうしてメアルの取り巻く状況が変わろうとしていた。