014 歓声の中運命は動き出す
騎士と巫女の活躍により恐ろしい魔物は滅せられ、巨大な騎士は光の粒子となって風に散るかのように消えていった。そして巨大な騎士が消えた後、そこに立っていたのは一組の男女、即ち騎士と巫女であった。
突如、死んだ魔物からいくつもの光が天に向かって上がっていく。まるで魔物に取り込まれた魂が天に還っていくかのようだ。光が上がっていく度に魔物の体は小さくなっていく。そして最後には小さな痩せた狼の子供と思われる死骸だけが残った。しかしその死骸は禍々しい黒い霧をまとっており、放置するとまた別の命を侵食して新たな魔物が生まれそうだった。
騎士と巫女は魔物の死骸に近づく。巫女は懐から札を取り出すと、何かを唱えた。果たして黒い霧は徐々に薄くなってやがて完全に消えた。巫女が使ったのは浄化の札である。魔物を退治した後は浄化し先ほどの黒い霧を消滅させなければならない。魔物討伐は終わった。
街に警戒解除を知らせる鐘が何度も鳴らされて、街中に鳴り響く。街から上がる歓声。
「ねぇ見て、とっても喜んでいるわ」
騎士は狼の子供の死骸に、いや今回散った全ての命に黙祷を捧げていたが、巫女に話しかけられて街の方に振り返ると、街の外壁上にいる街の警護隊が飛び上がって喜んでいる。
「ホントだ。これはすんなり帰してくれそうもないかもな。今夜はタダ酒か」
「そう言って喜んでサボろうとするんだから。ダメよ」
巫女に叱られた騎士は肩を竦めるが、巫女の方は騎士の素振りには目もくれず、宙で待機している飛空挺に手信号で合図を送っている。飛空挺が街道脇の草むらに着陸するのと、街の門が開くのは同時だった。
「おー、街のお偉いさん達が出てきたぞ。面倒なんで任せていいかい」
「もう、ダメに決まってるでしょ」
「だよなぁ」
「むしろ私が飛空挺で待っているわ。騎士様」
「手柄を独り占めなんてするわけないでしょ巫女様」
「私もそう思うわ。なら面倒事も分かち合うべきだと思わない」
「そうですね。スイマせんでした」
「わかれば宜しい」
どうやらこの騎士はパートナである巫女に頭が上がらないようだった。
街のお偉いさん達が小走りで挨拶にやって来て、 二人は一人一人から長い感謝の口上を受けた。警護隊の隊長からも増援の感謝と街の状況報告がなされた。被害が巨兵だけで済んだのは幸いなことであった。その後で街のお偉いさん達に連れられて、騎士と巫女は街の広場までやって来た。そこには既に大勢の人がいた。結構長い時間挨拶を受けていたのだ。人が集まるだけの時間的余裕は十分にあった。皆、街の救世主に歓声を送っている。二人は内心のうんざり感を表に出すこと無く、この歓声に手を振って応えた。これも国民の英雄たる騎士と巫女の勤めだからだった。
☆☆☆☆☆
ジーキスは広場に入れずにいた。外壁の守りに志願したのがここでは仇となり、広場の様子を外壁上から眺めるしかなかった。魔物の驚異が去ったからといって外壁の監視が解かれる筈もなく、そのまま平時監視に入っていた。もちろん人員は減らされるが、ジーキスは運悪く居残り側になってしまったのだった。
ーあーあ、この距離からじゃ顔も何もわかりゃしねぇ
とはいえ、アーマ・ドルの戦いぶりはしっかり目撃したジーキスに焦りはなかった。
☆☆☆☆☆
「まあ、広場が人で一杯、スゴいわ」
「ほんとだね」
「くそ、これじゃあ見れねえぞ」
「どうする」
メアルと孤児達も騎士を一目見ようと広場に来ていたのだが、大人達が集まりすぎて、子供の彼らには一目観ることも叶わない。そんな中メアル達に目を止めた男がいた。警護隊副長のタジンである。タジンは副長としてこの人だかりに対し、不測の事態に対応できる様、警護隊を指揮し、この場を整理誘導する任に当たっていた。尚、隊長は騎士達と一緒にいる。
「見に来てたのか、お前達」
「なんだタジンのおっちゃんか」
「脅かすなよな。副だんちょー」
「こんにちはタジンさん」
「なんだとはなんだ。ここは危ないから戻りなさい」
タジンもまた、警護隊の訓練場に現れるリカレイ達孤児の男子組と知り合いだった。なんだったらこの男が許可を出しているから子供達は訓練所に出入りできているのだ。
「こんにちは、はじめまして、わたしはメアルです」
ちょこんと頭をさげて挨拶したメアルにタジンは目を丸くした。リカレイ達に幼馴染みの女の子がいるとは聞いていた。しかし初めて目があった今、自身の思い込みをし痛感したのである。まさかこんなにも可愛らしい子だとは思っても見なかった。容姿もだが、仕草も声も何もかも可愛らしいのである。一瞬こんな子が娘だったらなどと空想してしまう程に。
「初めまして。小さなお嬢さん。タジンだ」
いい大人のタジン32才。既婚子無しは、少し照れながらキザに挨拶を返した。
「メアル、この人は警護隊の副隊長なんだよ」
「まぁ、副隊長さまなのね。スゴいわ」
ふんわりと笑うメアルは危なっかしい。普通の子供は知らない大人を警戒する。そう教わる。警戒心が微塵にも感じられないメアルの様子を見たタジンはこれは危ないなと職業病的に思った。この子は人拐いの対象になり得る。リカレイ達がこの子を守るように囲んでいるのも、それを恐れているに違いなかった。
ーこの子が10才になったら引き取るのもいいな
割りと堅物のタジンにそう思わせてしまうのだから、メアルの騎士様達は今までも苦労してきた。だがメアルに全く自覚がないのだがら、男の子達の苦労は絶えることがない。
「あ、そうだ。おっちゃん、暇そうだし肩車してくれよ」
「そうだな、そしたら騎士と巫女が見れるぞ」
「こら、騎士様と巫女様と言え」
「わーったって、でどうなの」
タジンは周囲を見回し、当面はこのままだなと判断し、子供達の望みを了承した。タジンには生きていればこれくらいの年齢の子供がいた。生きていたら肩車するのは実の息子だったかもしれない。ことあるごとに今の様な思いがタジンに甘い対応をさせてしまうのだった。
「じゃあ、まずはメアルちゃんからだ」
男の子達はメアルの騎士なのでタジンに文句をいうが、メアルには見せないつもりかと言い返されてなにも言えなくなってしまった。
「まあ、遠くまで見えるわ。副団長様は大きいのね。スゴいわ」
メアルの変な関心に思わずタジンは苦笑する。
「メアル、騎士様と巫女様は見えるか」
「ええ、と。手を振ってるのが騎士様と巫女様かしら。あ、目が合ったわ」
「おお!なあどんなだ」
「どんなって、そうね騎士様も巫女様をとってもステキな感じだわ」
「メアルそれじゃあわからないよ」
ーなるほど、リカレイ達はいつも振り回されているんだな
タジンは一人納得した。
☆☆☆☆☆
歓声に応えて手を振り続ける巫女は、いつまでも止まない歓声にうんざり感MAXだった。演説用らしき台に上がらされてこうして声援に応えているのだが、観衆の興奮が収まらない内は降りたくても降りられない。疲れる度に右手と左手をスイッチさせながら手を振っているのだがそれにしても限界がある。そんな中、ふと観衆の端の方にいる肩車された少女と目が合った。水色がかった銀の髪と澄んだ湖のような蒼い瞳の少女。とても整っていて可愛らしい顔立ち。普通ならそこまでなのだが巫女は何かひかっかった。少女を知っている気がしてならないのだ。
ーどこかで会っている? でもこんな辺境の街の子に? あんな変わった髪色なら忘れないと思うし。でも記憶にはないわ。それとも誰かに似ているとか。うーん
しばし思考を巡らすが、思い当たらない思い出せない。
「ねえ」
「ん、なんだ」
「あの子、いえ何でもないわ」
「そうか」
小声で騎士に呼び掛けた。が、ちょっと意識が反れた内に、その場所には先ほどの女の子ではなく目を輝かせる男の子がいた。
ーま、いいわ。重要ならその内思い出すでしょ
巫女は思考を放棄した。そして今だ止まぬ歓声に対し、腕の限界に挑む覚悟を決めた。