011 魔物騒動2
魔物討伐に失敗したスタ街の警護隊は直ぐに、王国騎士団に連絡を入れた。そして同日中にスタ街、国境砦で門を閉ざした。もちろん移動中の貿易商逹が困らないようにスタの街への入場受け入れはする。常に外壁上に見張りを置き、魔物の確認をしてから都度門を開いた。ただし街の外に出ることは禁止である。門を開けるリスクを減らす為だった。
スタの街では所持する残り2機の巨兵を城門側に配置しいつでも出撃できるようにしている。警護隊は厳戒態勢に入り、外壁の見張りの数を増やしている。
魔物は討伐隊の置き去りにした荷馬車の匂いを嗅いでいた。大きな木の人形についていた生き物の匂いをたどってここまでやって来た。そしてここでさらに多くの生き物の残り香を感じとると視線をスタの街の方へ向けた。が、その前に別の生き物の匂いが鼻を掠めた。
廃村となったコバ村からスタの街に続く道は小さな林を抜けた先にある草原を通っている。背の低い草なので視界は広い。討伐隊は草原の途中に陣を構えたが、元々この草原を縄張りにしている生き物がいた。犬の頭を持つコボルトという種族である。 討伐隊の様な武装集団は襲わない知能をもち、また逃げ足の早さから討伐はなかなかままならない種族であった。コボルトは草原に現れた魔物に気付き、草原から逃げ出そうとしていた。そして運悪く魔物の風上だったのが運の付きだった。
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討伐隊に参加したジーキスは撤退中、随分と肝を冷やしていたが、街に無事戻ると今度は情報を集めだした。
ーカマキリの魔物を狼の魔物が食ったねえ。こりゃこの街には手に負えねえ。となりゃ騎士に巫女が国境砦からくるかもだな。こりゃいい金になるかも。少しでも情報を集めるか。
ジーキスは相棒のサントスに鬱陶しがられるほど質問攻めにしたあと、次に目を付けたのは外壁の詰め所に軟禁状態になっている冒険者アルジとニースだった。
なぜ軟禁されているのか事情を知らないジーキスは魔物の事を言いふらされない様、軟禁されていると勝手に解釈していた。ジーキスは食事の配膳係を買って出て2人近づく事にした。
「ほら、食事だ」
「お、食事か、済まぬな。で、お主見ぬ顔じゃのう」
「俺はジーキスってんだ、今日だけの臨時だがよろしくな。しかしまあ話に聞いちゃいたが、エルフってのは本当に別嬪さんなんだな」
「ありがとさんじゃ」
「挨拶はもういい。あんた俺逹に何か聞きたいことがあって来たんだろ」
「はは、やっぱバレバレか。じゃあひとつ教えてくれ。あんた逹魔物を発見した冒険者なんだってな」
「まあのう。話すのは構わぬが食べながらでも構わぬか」
「もちろんさ」
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ジーキスが去った後、アルジとニースはジーキスについて考察していた。
「ジーキスって言ったか、奴は草だな」
「なんじゃその草ってのは」
「おいおいニース知らないってのは問題だろ」
「今さらじゃな、それに今となっては問題ないじゃろ」
「それもそうか。まあ要はスパイってことだ。潜伏先に代々根付いて情報を送り続けるのさ。初代はともかく代を継ぐほどに自分達がスパイという意識も薄くなる。奴自身そんな意識もないだろうさ」
「どこの国からじゃろうか」
「さあな。アマリアの情報はどこも欲しいだろうさ」
「まぁのう」
「一番可能性が高いのは帝国だろうがな」
「帝国か……さっきの奴は我らの事に気付いたかのう」
「いや無いだろ。魔物の事しか聞いてこなかったからな。とは云え関わらないに越したことはない」
「そうじゃな」
「何にせよ今の俺逹にできることはない」
それ以降二人は黙り込んだ。やることもないので昼寝することにしたのだった。
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ーさして美味しい情報じゃなかったな。まぁ発見しただけじゃな。
アルジとニースから聞き込みをした後、ジーキスは街内の巡回業務に入っていた。現在は厳戒中であり普段は賑わう市場も人が少ない。店は開いているものの、門が閉じているのが原因である。もちろん不要な外出は控えるように警護隊が触れ回っているというのもある。
巡回しながらジーキスは先の展開を考えていた。まず先にいたカマキリの魔物は大熊よりも少し大きいくらいだった。そしてそれを襲った狼の魔物はカマキリを噛み殺した。であればカマキリが奪ってきた分の命も全て狼が独り占めしたことになる。単純に考えればその分狼は大きくなるわけで、匂いにつられてこの街に来る頃には街の巨兵では手に負えない大きさになっているのではなかろうか。となれば討伐するには騎士と巫女を派遣して貰うしかない。そこまで考えたジーキスは少し興奮していた。
ー騎士と巫女の情報か、これは大金になりそうだ
未確定ながら巫女候補の情報を流しただけで結構な金が手に入ったのだ。これが本物の巫女の情報ならいくらになるだろうと単純に考えてほくそ笑む。騎士はともかく巫女の情報はどこの国も極秘機密である。その情報を漏らしたことがバレればジーキスはアマリア王国に消されるだろう。しかしジーキスはそんな大層なことだとは考えていない。
ー騎士の方ももし二つ名持ちだったらすごいことになりそうだ。ともかく名前と容姿だけでも確認だな。
二つ名持ちは戦場で比類なき活躍をし、敵や味方から怖れと称賛と共につけられる異名を持つ騎士の事だ。逆に巫女に異名をつけられる事はまず無い。巫女にはつけられる事が無い異名だが、聖女となると話が異なる。これは巫女と聖女の違いによる。
アマリア王国で有名な騎士と言えば、まず上がるのが"千槍"の異名を持つ騎士バストラ・オクトと"嵐双棍"のガッソ・デギンズだろうか。2人のエピソードや聖女については今は割愛する。
ーまあ。騎士がくるとして明日以降だろうな。とりあえずエルフの情報でも送ってみるか。口調は変だったがいい女だったし。そういった情報も金になるかもしれねぇ。
エルフの美しさはジーキスが思った以上だった。エルフをなんとか手に入れたい色好きにはいい情報だろう。そう思った時、ふと孤児院にいる少女の事を思い出した。水色がかった銀髪に済んだ青い瞳。顔立ちは整っていて大人になれば先ほどのエルフにもひけを取らない美人に育ちそうな少女。引き取りたいと考える少女趣味の男もいるだろう。ジーキスはメアルの情報も流す事にした。
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孤児院の男の子逹は腕白だ。いくら言い聞かせても服を破ってしまうので繕い物は無くなる事がない。
その日、メアルが繕い物を手伝いはじめてどれくらいか経っただろうか、日没にはまだまだ早く、日中一番気温が上がるそんな頃の事だった。
カンカンカンカンカン…カンカンカンカンカン…
鐘を連続で5回それを何度も繰り返す、メアルは繕い物をしながらそれを聞いた。どこか逼迫した感じの音に針を持つ手が止まる。メアルは顔を上げ周囲を見渡した。孤児院の子供逹は皆不安そうに見えた。いや、指導する孤児院の職員もだ。鐘の意味を知っているのか、皆の顔色は青くなっていた。
「あら、何の鐘かしら。何か急いでいるみたいだわ」
皆の不安の中、メアルはおっとりと呟いた。
「メアル……教えたじゃない。鐘5回は魔物出現の警戒警報よ。まったくもう」
職員は呆れ気味に5回鳴らす鐘の意味を教えた。メアルのほんわりとした雰囲気と呑気な発言に、周囲の不安感はたちまち消えてしまったようだ。
「まぁ、すっかり忘れてしまっていたわ。魔物なんてとても大変ね。でも街を囲っている壁はあんなに高いのだもの。いくら魔物だってきっと飛び越えられないわ」
メアルは席を立つと職員の手を握った。その楽天的な意見にその場の皆は思わず笑ってしまった。
「そうね。街にいる限りは安全よね。それにこんな時の為に警護隊には巨兵があるんですもの。直ぐに退治してくれるわ」
「そうだよね。街にいれば安心よね」
「うん、きっと大丈夫だよね」
子供逹が職員の言葉に同調して安堵している。それを見ながらメアルは優しく微笑んだ。しかし彼らは知らなかった。警護隊の討伐が失敗したからこそ門を閉ざすために鐘を5回鳴らしたのだという事を。
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