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010 魔物騒動1

 スタの街を出発した討伐隊は、魔物が潜むと予想される地点の手前で足を止めた。荷馬車から次々と大きな部品が降ろされ、それらを手際よく組み上げていく。やがて姿を現したのは、身の丈四十メタ(四メートル)ほどの巨大な人形だった。これは、スタの街が国から所持を許された防衛兵器である。


 その兵器は“巨兵”と呼ばれる。百年ほど前、各国が競って開発した主力兵器だったが、さらに強力な兵器の登場により役目を終え、今では各地に残骸が転がる骨董品でしかない。

 スタに与えられた巨兵は中型で、木を骨格に革と鉄で補強した簡素な造りだ。かつて軍用として活躍した巨兵に比べれば貧弱だが、それでも街にとっては貴重な戦力だった。


 討伐隊の隊長であり警護隊の副長でもあるタジンは、組み上がった巨兵を見て満足げに頷いた。


「作戦通り、コルド01で偵察、発見次第討伐する。他はここで待機だ。万が一に備えて札を使っておけよ」


 コルド01──巨兵の名である。大昔、スタ出身で戦場を駆けた騎士コルドの名を継いだものだ。街が持つ巨兵は三体だが、今回は発生したばかりの魔物一体の討伐ゆえ、一体で十分と判断された。


 警護隊の面々が一斉に、勇気と信念を司る神デュロイの札を使用する。タジンも自ら札を発動し、全員が使い終えたのを確認して指示を出した。


「よし、動かせ」


 その声を合図に、コルド01が仰向けの姿勢からゆっくりと起き上がる。


 スタの巨兵は遠隔操作式のゴーレムである。今回の操縦者は、街内巡回でジーキスと行動を共にしている男──サントス。彼は簡易台に置かれた、頭ほどの大きさの操作球に両手を押し当て、感覚を巨兵へとリンクさせていた。


「へえ、サントス大したものだな」


 声をかけたのは、同じ討伐隊に志願していたジーキスだ。


「話しかけるな、気が散る」


 ぶっきらぼうな返答。今のサントスは視覚・聴覚・体の感覚のほとんどを巨兵に移している状態だ。本体の視覚が邪魔をしないよう目隠しをしているが、聴覚は二重でも問題がないため耳栓はしていない。ただし気が散ることは確かだった。


 肩を竦めるジーキスの仕草など、巨兵の視覚に集中するサントスには見えるはずもない。


 ――せっかく志願して来てみたものの、こんな旧式兵器の情報なんざ送っても金にならんだろうなぁ。


 ジーキスは情報を流して報酬を得る裏稼業──いわばスパイである。アンの情報を流したのも彼で、そのせいでアンが襲われる結果になったが、情報料は高かった。聖女や巫女に関わる情報は特に価値があるのだ。

 ただしジーキスは自分がどこへ情報を送っているのかも知らない。親の代から継いだ仕事であり、同じように代々根付くスパイはどの国にもいる。大国ならなおのことだ。彼らは自分がどこの国のスパイなのか、あるいはスパイであるという意識すら持たない。


 討伐隊に志願したのも金になる情報を期待してのことだったが、落胆したジーキスは早くも討伐への興味を失っていた。


 ☆☆☆☆☆


 巨兵は大森林へ向け進んでいた。一歩が大きい分、移動は早い。木々が間近に迫ったころ、視界に異様な影が映る。


 それは大熊よりさらに大きい、二十五メタ(二・五メートル)ほどの魔物だった。本来は緑色であるはずの体表は赤黒く変色し、細く傾いた首が不気味さを際立たせている。巨大な鎌を備えた、カマキリの魔物だった。


「魔物を見つけた。大きさは熊よりはでかいか。カマキリの魔物か」


 サントスが報告する。


 巨兵コルド01が視界に入っているはずなのに、カマキリは襲いかかってこない。魔物は“命”を食らう存在であり、魔力で動く巨兵は対象外なのだ。こちらが仕掛けない限り、魔物にとって巨兵は獲物ではない。生身で戦わずにすむという点こそ、巨兵が討伐に使われる最大の理由だ。一人でも死ねば魔物はその命を取り込み巨大化する。実際、それで討伐隊が全滅した例は多い。


 巨兵には同化操作型と遠隔操作型があるが、魔物に気づかれず接近できる点で後者が有利だ。このためスタは遠隔操作型を採用している。


「様子はどうだ」


「じっとして動かないな」


「よし、回り込んで背後からしかけろ」


「了解だ」


 今回、コルド01の主兵装は短槍、副兵装に鉄棍を背負う。腕は長く、左手の方は鈎状になっている。


 ――カマキリか。細くて鈎で捕らえるのはムズいな。


 魔物は動かず獲物待ちの姿勢を崩さない。サントスは指示通り背後に回り込んだ。背後から頭を槍で貫き、動きを止め、あとは鉄棍で滅多打ちにする──その算段だった。


「背後にまわった。これよりしかける」


 槍を構えたまさにその瞬間。森の奥から、黒い影が弾丸のように飛び出した。サントスの視界を裂く速さで、影は一直線にカマキリへと飛びかかる。カマキリも反撃し、巨大な鎌が振り下ろされた。だが動きが速すぎて追いきれない。


 次の瞬間、サントスは黒い影がカマキリの頭ごと噛み千切るのを捉えた。それは魔物化し巨大化した黒いオオカミだった。


「ヤバイ。魔物が二匹いた。狼だ」


「何だと。巨兵は放棄、即撤収だ」


 狼と聞いた瞬間、タジンは即座に撤退を決断した。鋭い嗅覚と持久力を持つ魔物は最悪だ。巨兵に付着した人間の匂いに気づけば、すぐここへ来る。討伐隊を喰らい、そのまま匂いを辿ってスタへ向かうだろう。


 隊は馬車から馬を外し、街へ走らせる。これで異常事態は伝わるはずだ。


「幸いにも風下だが油断はするな。街まで走れ。さぁ走れ、走れ、決して振り返るなよ!」


 タジンは殿に立ち、必死に檄を飛ばした。


討伐隊は誰一人欠けることなくスタへ戻ることができた。巨兵も荷馬車も全て捨て、逃げに徹した結果である。そして、その命からがらの帰還を、スタの外で見ていた者が二人いた。黒苦死病の感染の可能性があるため外で待機していたアルジとニースである。


「む、アルジ討伐は失敗のようじゃぞ」


「おいおい追ってきてないだろうな」


 ニースは空に視線を向けてしばし黙した。


「…………………うん、今のところは大丈夫そうじゃが」


「そうか、しかし門を閉ざしかねんな」


「なんとか入れて貰えないか直談判するしかないの」


 彼らの心配どおり、街の門は閉ざされた。しかし直談判の末、門詰め所の一室で待機することを条件に、二人は街へ入れてもらえた。

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