000 序
新規連載です
世界設定ですので読み飛ばしても大丈夫です
イバラークという名の世界。
かつて、神族が住まう天界、人族が住む人界、魔族の魔界は物理的につながっていた。
しかし、そのつながりはある戦いをきっかけに断たれることとなった。
それは、イバラークを統べる天界の神々と、別の世界から現れた邪神との戦いだった。
激しく苛烈な戦いだったが、そんな世界の在り方を左右するほどの出来事ですら、永い時の流れの中で風化し、今では神話として語られる程度になっている。
神々が遠い存在となってから、どれほどの時が過ぎただろうか。
人族は多くの種族に分かれ、数多の国が興った。やがて人界のほぼ全土を支配下に置くほど繁栄し、次には国同士が版図を広げようと争うようになった。
そんな繁栄の最中、突如として異形の存在が人界を襲った。
それらは自己以外の生命を奪うことだけを目的とし、知性も理性も持たず、感知した生命をひたすら破壊しようとする――正に魔物だった。
その力は圧倒的で、人々に恐怖を振りまいた。到底、人が太刀打ちできる存在ではなかった。
こうして奪った命を糧とするのか、魔物たちは命を奪えば奪うほど巨大化し、最大で10メートルほどに達した。
さらに、魔物は世界各地で突然発生し、数が増えることはあっても自然消滅することはなかった。
人々には魔物に対抗する術がなく、多くの国が滅ぼされていった。
魔物の出現から二十年で、人類の版図は前世紀の三割ほどにまで縮小し、滅亡の危機に瀕した。
だが、結果として人類は滅びなかった。
魔物に対抗する手段を生み出したからだ。
その手段を発明したのは、当時小国であったアマリア王国の王女だった。
王女は、分断され今や信仰の対象でしかなくなった天界の神々を、人界に顕現させる秘術を生み出したのだ。
それは、自らの身を依り代にし、自らの魔力を神の力へと変える奇跡。
しかし、神の姿は今や聖なる記号としてしか知られず、人の身で勝手に想像するのは冒涜とされていた。
そこで王女は神を全身甲冑の姿として顕現させ、その中身を隠す形を取った。
もうひとつの制約があった。
神を顕現できるのは、魔力の多い女性に限られたのだ。
これは「胎内に命を宿すことができる女性は、神とつながっているから」とされ、古来より巫女が神との交信を担ってきた理由とも言われるが、真偽は不明である。
ともかく、神を顕現できるのは女性のみ。そして、そのような高い魔力を持つ女性は大抵が巫女であり、戦いの技術を持たない者たちだった。
もちろん王女もその一人である。
さらに、人の身で神の力を宿すといっても、体の制御まではできなかった。
指一本動かすことすら叶わなかったのだ。
そこで王女は、高い戦闘技術を持つ騎士を秘術の発動時に共に取り込み、体を動かす役目を担わせた。
こうして、神の力を宿した巨大な戦士たちが誕生した。
彼らの活躍により、人類は息を吹き返した。
それから六百年――。
魔物の脅威から完全に解放されたわけではないが、人族はかつての六割ほどまで版図を取り戻した。
神を宿す巨大な戦士は、古語で「神の鎧」を意味するヴァル・デイン、神を顕現させる女性は「聖女」、ヴァル・デインを駆る騎士は「聖騎士」と呼ばれるようになっていた。
さらに、人類は王女の秘術をもとに、ヴァル・デインとは別の巨大兵士――アーマ・ドルを作り出す技術を手に入れた。
強大な力を手にした人類は、やがて人類同士で争うようになる。
今は群雄割拠の時代。
かつて魔物を討ち倒し、平和を取り戻すために秘術を生み出した王女が願った時代とはほど遠く、巨大な人形兵器で国と国が争う時代となっていた。
今の世、王女の生涯について詳しく知る者は少ない。
それでも誰もがその名を知っている。
人々は畏敬の念を込めて、彼女を「初めの聖女」と呼んだ。
初めの聖女が生きた時代から六百年後。
今や大国となったアマリア王国の辺境の村から、新たな物語が始まろうとしていた。