聖女「ソフィアちゃんと結婚する!」王太子「俺の婚約者だぞ!」ソフィア「私はどうしたら良いのでしょうか…」そんなお話
ファブリス王国聖都内、中央教会にて今日も喧嘩が繰り広げられていた。
「いい加減我が婚約者は諦めろ、クソ聖女!」
「いやよ!私は絶対ソフィアちゃんと結婚するんだから!」
「ソフィアは俺の婚約者だぞ!」
「こんなクソ王太子と結婚するより幸せにしてみせるもん!」
「…あの、お二人とも落ち着いてください」
喧嘩しているのは、なんとファブリス王国の王太子とファブリス中央教会にて保護される聖女。そして喧嘩の原因は、王太子の婚約者であるソフィアだった。
ソフィアは、王太子ガエルの婚約者でありながら聖女であるナギサに求婚されていた。
時は遡り、一年前。ファブリス王国は、いや…この世界は滅亡の危機にあった。〝大穴〟と呼ばれる、瘴気の吹き出る魔界への入り口。それはファブリス中央教会にて厳重に封印されていた。しかし、長い年月をかけてついにその封印が解かれようとしていたのだ。
そこでファブリス王国はファブリス中央教会と協力し、大穴を塞ぐ方法を探る。しかし、聖女にしか封印の強化は出来ないと結論が出た。
聖女は、神が選ぶ。そして何故か、必ず異世界の少女が選ばれる。聖女召喚は、国、世界にとって必要。だが、異世界の少女を拉致するという形になり、さらに元の世界へは帰してやれない。非人道的だと、聖女召喚の儀は禁じられてきた。
だが、世界の滅亡の危機においてそんなことも言っていられなくなる。出来る限り聖女を手厚く保護しよう。願いはなんでも叶えてやろう。そんな想いで、国王と聖王は聖女召喚の儀を執り行った。
「…つまり、アンタ達は自分達のために私を親元から引き離したと」
「その通りだ」
「申し訳ない…」
「まあいいわ。とりあえず大穴を塞いじゃいましょ」
「え?」
「世界の危機、なんでしょ?」
聖女ナギサは、聖女としてまさに相応しい少女だった。勝手に巻き込まれたというのに、世界のために神に祈りを捧げてくれた。その神聖な力により、大穴は確かに再び封印された。前回の封印より、さらに強固な封印。これで今後二千年は、大穴の封印は保つだろう。
「ナギサ殿、この度はなんとお礼を言って良いか…」
「…お礼というより、お詫びじゃない?私、もう二度と親にも友達にも会えないんだけど。まだ十七歳の青春真っ只中よ?新手のイジメ?」
「申し訳ない…その分、と言えるかわからないが、ナギサ殿のことは教会で保護させてもらう。親元から離してしまった以上、今後一切の生活の保障はする」
「そんなの当たり前でしょ!聖女様よ?二千年の安寧をもたらした救世主様よ?贅沢させなさいよね!」
「も、もちろんだ…」
聖女ナギサは、しばらく遊び暮した。しかし、〝お友達〟のいない教会での生活はつまらない。
「…お友達が、欲しいなぁ」
ナギサの悲しそうな呟きに、聖王はいち早く動いた。聖女のお友達となれば、爵位も高く人間性も優れた人物でなければならない。厳正な審査の結果、王太子の婚約者ソフィアがお友達候補に選ばれた。
「お初にお目にかかります、聖女様。私は、ファブリス王国筆頭公爵家の長女。名をソフィアと申します。これより、聖女様のお話相手を務めさせていただきます」
堅苦しい挨拶。ナギサは、やっとお友達ができると思ったのにとソフィアの態度にうんざりする。
…が、次のソフィアの行動に目を丸くした。
「時に聖女様。抱きしめてもよろしいでしょうか?」
「え?え?…ていうか、返事する前に抱きしめてるじゃん」
「聖女様。ナギサ様と呼ばせて下さいませ。…異世界から連れてこられて、さぞ怖かったでしょう?親元から離され、友達とももう会えない。その恐ろしさは、想像してもしきれません。それでも、ナギサ様は私達を助けてくださいました。それがどれほど有難いことか」
「ま、まあそれは…困ってる人は放っておけないじゃん」
「そんなナギサ様の優しさに、この世界は救われたのです。ナギサ様、ごめんなさい。そして、ありがとうございます。本当に、心から感謝しております。ですから…今は、私の腕の中で泣いて良いのですよ」
ナギサはその言葉に困惑する。
「え?べ、別に私は…」
「ナギサ様は、この世界に召喚されてから人前で涙をこぼしたことがないと聞きました。でも、ナギサ様は泣いていいと思うのです。こんな、辛い想いをしているのですから。世界から、代わりに苦痛を背負わされて…私の細腕では、何もして差し上げられません。こうして、抱きしめて差し上げるので精一杯です。それでもよろしければ…私の腕の中で泣いて下さいませ」
やっと触れられた温かな人肌。この世界に来てから、誰もこんなことしてくれなかった。本当は、お家に帰って母にこうして抱きしめられたかった。でもそれはもう叶わない。
…だけど、やっとこうして抱きしめられた。
強がってばかりでヒビが入っていた心が、優しい愛で包まれて少しずつ癒される。
「う…ぅっ…うわーん!お父さん、お母さん、会いたいよー!!!」
気付けばナギサは、大声を上げて泣いていた。
「ソフィアちゃん、ソフィアちゃんはどんな動物が好きなの?」
「リスを好んでおります。使い魔もリスなのですよ。ほら」
「わー!可愛い!私は猫が好きだなぁ。使い魔、猫にしようかな」
「ふふ。よろしければ使い魔を作ったら見せてくださいね」
「うん!自分の魔力を編んで作るんだよね?早く習いたいなぁ」
泣き喚いてすっきりしたナギサは、すっかりとソフィアに懐いた。それ以降、こうして定期的にソフィアと会ってお友達として過ごしている。
「そうそう。あのね、ソフィアちゃん」
「なんでしょうか」
「聖王様がね?結婚したい相手はいるかってたくさんの釣書を持ってきたの。爵位の高い貴族ばっかり、たくさん」
「…はい」
ソフィアは知っている。その中には、ソフィアの愛する婚約者である王太子の釣書もあると。ソフィアは、ナギサが望むのなら身を引く覚悟だ。それは、王太子を想う心がないからではない。むしろこの上なく愛している。
…それでも、世界を救ってくれたナギサには誰よりも幸せになって欲しかった。
だが、続くナギサの言葉にソフィアは…はてなマークを頭に浮かべた。
「だから、ソフィアちゃんが良いって言った!」
「え」
「私、ソフィアちゃんと結婚したい!」
「え、ええ…?」
「この国、貴族間のアレコレとかで同性婚オッケーって聞いてるし!私貴族じゃないけど聖女だし、いいよね!?」
…これはどうするべきだろう。受け入れるべきなんだろうか。
ソフィアは、キラキラした目を向けてくるナギサに何も答えられなかった。
「我が婚約者は俺と愛し合っているんだ!大人しく身を引け!」
「やだやだ!ソフィアちゃんは諦められないもん!私真剣だもん!」
「俺だって真剣にソフィアを愛してる!」
愛する婚約者から大真面目に愛を叫ばれて、ソフィアは赤面する。
しかし、ソフィアは王太子を確かに愛しているが、ナギサのこともまた別のベクトルで愛していた。もう、無下には出来ない。
どうしようかとソフィアは悩む。
そして今日も、結局二人の喧嘩は決着がつかないで終わる。
聖王と国王の話し合いも、平行線で終わった。
「…ねえ、ソフィアちゃん」
「はい、ナギサ様」
「私の求婚、迷惑?」
二人きりのお茶会。突然の言葉に、ソフィアは固まる。
「あのね、私本気だよ。本気でソフィアちゃんと結婚したい。王太子はさ、そりゃあかっこいいけど。良い男だと思うけど、正直ソフィアちゃんは渡したくない」
「ナギサ様…」
「でも、聖王様と国王様…教会と王家が、そのことで喧嘩してるのも知ってる。せっかく世界のために祈ったのに、私が争いの種になってる」
聖王は、ナギサとソフィアの結婚に賛成だ。ソフィアの実家も、王家に嫁いでもナギサに嫁いでもおいしいと思っている。だが、王家は違う。
最初こそソフィアとガエルを婚約解消させ、ソフィアをナギサにあてがおうとした王家。しかし、王太子であるガエルがソフィアと結婚出来ないなら国王にはならないと宣言したため大騒動に。ガエルは、王家の中でも一番の天才。ガエルこそ次の王に相応しいと国民から支持が物凄い。今更ガエルを失うのは、王家にとっては困るのだ。
そこで聖王と国王は何度も話し合うが、いつも平行線で終わっている。
「…あの、ナギサ様」
「うん」
「私は…やっぱり、王太子殿下をお慕いしております」
「…うん」
「でも、ナギサ様のことも好きなのです。どうしたらいいか、私もわからないのです」
予想外の言葉に、ナギサは…安心しきった顔で笑った。
「ふふ、よかった。まだ嫌われてなくて。…意地張ってごめんね!ソフィアちゃんとの結婚は諦めるよ」
「ナギサ様…」
「その代わり、ソフィアちゃんの愛人になるね!」
「え?」
「王太子妃の愛人かぁ…どんな風に振る舞えばいいのかな。ソフィアちゃんはどう思う?」
どうやらまだまだドタバタ劇は続きそうだと、ソフィアは心の中でため息を吐いた。だが、満面の笑みで提案してくるナギサが可愛くて、何も言えなくなった。