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第一章 レオタス王国
「では、次の問題を考えてみよう。」
白く長い髭をたくわえた老人が、小さな教室に向かって口を開いた。
「わしがリンゴを x 個持っているとしよう。そこからロリックが二つ、デルロイが三つ持っていき、残りが七つになった場合、もとのリンゴの数はどうやって求めるか――まず、わしは合計で五つのリンゴを失ったことになるな。つまり式は、x − 5 = 7 となる。両辺に五を足せば、マイナス五が打ち消され、5 + 7 = 12 となる。よって、もともと十二個持っていたというわけじゃ。さて、数学の重要性が分かったかな?」
「はい!」
大きな樫の木の下に座る九人の生徒が、声をそろえて答えた。
「よし、では順番に回って、理解度を確かめるとしよう。」
老人は歩き出し、各生徒の様子を見て回る。
(あんなので俺を落第させやがって……あの老いぼれめ!)
列の最後に座っていた少年は、内心で毒づいていた。
授業は屋外で行われ、広がった樫の木の木陰の下、生徒たちは芝生に座って小さな紙に文字や数字を書き込んでいた。服装も礼儀作法もきちんとしており――ただ一人、憤りを隠せない少年を除けば。授業が終わり、生徒たちを解散させた後、老人はその少年を呼び止めた。
「お前、どうしたんだ。成績がほかの生徒よりずっと劣っておる! お前をこの名門の授業に入れたのは、亡くなったお前の両親への恩情じゃ。この授業に通えるのは上流貴族だけなのだぞ。その特権が、お前には何の意味もないのか!」
老人は声を荒げ、呆れたように言った。
「どうでもいいだろ、じいさん……あんたが気にしてるわけでもないし。」
少年は反抗的に吐き捨てた。
「もう出て行け!」
老人は堪忍袋の緒を切った。
少年は肩を落とし、その場を立ち去った。
「まったく……あの子には手を焼かされる。」
老人は深くため息をつく。
――この樫の木のある丘は、レオタス王国内にある。
レオタス王国の首都は、近隣諸国と比べても格段に大きかった。グロケン西部に位置し、ミンローの地と国境を接し、その面積は血染めの森の半分にも満たない。首都ケルヴィンは何キロにも及ぶ城壁に囲まれ、西・北・南・東の四つの区画、そして中央のルーミンに分かれている。ルーミンは人口が最も密集する地域であり、その中心にそびえるレオタス城は千年以上の歳月を耐え抜いてきた。
城壁の外には広大な農地が広がり、一部は城内にも点在している。領地全体には二つの都市といくつかの小さな町、農地、そして人の手が入っていない未開の地が含まれる。都市開発が進まず、戦時には狙われやすいという弱点こそあれ、軍事力と一部の優れた知性で名を馳せる王国であった。
その優れた知性のひとり――それが、丘の上の樫の木の下で授業を行うヘンリー・スミソス・グレイビアードである。彼はレオタス随一の知者と称えられ、功績と家柄の両面で名を轟かせていた。
その日の夕暮れ時、少年は質素な小さな家の前に立っていた。
「ここだよな……謝らないと。諦めるもんか、俺がただの役立たずの孤児じゃないって、みんなに証明してやる。」
独り言をつぶやきながら、大きな岩の陰に身を潜める。
その家は人里離れ、持ち主は静けさを愛し、隣人も群衆も嫌う老人――ヘンリーだった。
少年は忍び足で窓に近づき、一歩ごとに音を立てぬよう慎重に足を運んだ。背伸びして中を覗くと、老人が作業台に向かっていた。少年の目には、ただ石や薬品で遊んでいるようにしか見えなかったが、実際には彼は科学的な実験に没頭していた。
もっとよく見ようと、少年は積み上げられた薪に登った。しかし、わずか一分もしないうちに足を滑らせ、派手な音を立てて地面に落ちた。頭を打ち、涙をこらえながら頭をさする。
ギィ、と扉が開き、ヘンリーが顔を出した。
「おや、レオンか。大丈夫か?」
彼はエプロンで手を拭いながら少年に歩み寄る。
レオンは頭を押さえたまま、差し出された老人の手を見た。だが次の瞬間、その手を軽く払った。
「自分で立てる。」
「そうか。」
ヘンリーはくすりと笑った。「で、何の用だ?」
「そ、その……ごめんなさい。授業、やめないでほしいんです。」
レオンはしどろもどろに言った。
「やめさせるつもりはないさ。ほら、中に入って、やっていることを見てみなさい。」
老人はにこやかに言った。
二人は家の中に入り、レオンは好奇心いっぱいに室内を見回した。質素ではあるが、彼の地位にしては広く、部屋中にガラス器具や石、作業台、びっしりと書き込まれた黒板、乾燥した薬草や奇妙な物品が所狭しと並んでいた。床には本が開きっぱなしで置かれ、破れたページや書き込みが散乱している。
「ひどい有様だろう?」
「はい、かなり。」
「レオン、秘密を教えてやろう。わしも最初から賢かったわけじゃない。」
「でも、市一番の物知りですよね!」
「努力はしたさ。だが、それでも向いていないと思ったことは何度もあった。転機は、自分で探検し、仮説を立て、試すようになってからだ。」
「カセツ……?」
「そう、仮説だ。地味な響きだが、それが様々な素材の研究にのめり込むきっかけになった。」
レオンは「仮説」という言葉の意味を考え、奇妙な石を前に変な行動を取ることだと勝手に想像した。
「ところでレオン、もう遅いぞ。孤児院のグウェンデラ修道女が心配しているだろう?」
「あっ! 絶対怒られる!」
レオンは慌てて飛び出し、西ケルヴィンへの石畳の道を駆け下りた。
老人はその背を見送り、肩を揺らして笑った。作業台に戻ると、黒い粒状の物質が入った小瓶を手に取る。先ほど混合に成功したばかりのもので、彼はその配合を再現しながら書き留めようとしていた――もっとも、正確な分量はもう忘れてしまっていたが。
丘を下り、建物の間を抜け、息を切らしながらようやく孤児院へたどり着くと――木の扉が勢いよく開いた。
「レオン!」
黒いチュニックに白いコイフ、そして黒いベールをまとった修道女が駆け寄ってきた。顔には心配の色が浮かんでいる。
「どこにいたの?お願い、もう二度とそんなことしないで!」
叱るというよりは、むしろ心配そうな口調だった。
「ごめんなさい、グウェン修道女さま。えっと……ヘンリー先生と勉強していました。仮説のことを教わって。」
レオンは目を泳がせながら、真実に近い嘘を必死に紡ぐ。
「ああ、わたしのかわいいレオン!」
グウェンデラ修道女は抱きつき、まるで息ができなくなるほど彼の顔を自分の豊かな胸に埋めた。
「シスター......グウェン......」
レオンは必死にその抱擁を振りほどこうとした。
ようやく離れた彼は、息を大きく吸い込んだ。
「そんなにがんばっているなんて知らなかったわ!」
修道女は嬉しそうに笑った。
短い黒髪に淡い肌の小さな九歳の少年レオンは見上げて言った。
「グウェン修道女さま、どうしてヘンリーじいさんはあんなに有名でみんなに知られているのに、あんなに小さな誰もいないところに住んでいるんですか?」
グウェンデラは優しく微笑みながらチュニックの皺を伸ばし、答えた。
「レオン、時には最も賢い人ほど孤独を好むものよ。ヘンリー先生は自分の研究に集中するために、静かで平和な環境を求めているの。王国のみんなも彼の貢献を認めているわ、たとえ質素な暮らしを選んでいてもね。」
レオンは言葉をかみしめるように頷いた。
「なるほど……そういうことか。」
「さあ、もうすぐ夕食の時間よ。」
グウェンデラは彼の手を取って建物の中へ導く。
「今日学んだこと、全部わたしに話してね。」
食堂へ向かう途中、ほかの子どもたちが好奇の目でレオンを見ていた。グウェンデラ修道女はみんなを特別な存在だと感じさせる力があったが、レオンのいたずらにはいつも不思議そうな視線が注がれていた。
夕食時、子どもたちは長い木製のテーブルに座り、賑やかな話し声が部屋に響く。
レオンはいつもの席に着き、嬉々として食事を始めた。彼は授業での出来事を孤児院の仲間たちに話し、みんな熱心に耳を傾けた。中には「あんな有名なじいさんから教わるなんていいなあ」と羨む者もいた。
「僕たちにも教えてくれるかな?」
若い男の子の一人が目を輝かせて尋ねた。
「いつかね。」
レオンは自分の気持ちよりも強そうに聞こえるように答えた。
「でも今は、クラスのみんなに追いつくのが先だ。」
夕食の後、子どもたちが寝る準備をする中、グウェンデラ修道女はレオンに近づいた。
「レオン、あなたの必死さがよく伝わるわ。ヘンリー先生があなたを見捨てずにいてくれるのは、あなたに可能性があると感じているからよ。忘れないでね。」
レオンは見上げ、感謝と決意が入り混じった表情を見せた。
「ありがとう、グウェン修道女さま。期待を裏切りません。」
彼はまた、グウェンが言ったことを考えた。自分がこの名門クラスに受け入れられたのは、実は両親が亡くなったことが大きな理由だということを。
――
(ヘリオニスの二日目 - 736年8月2日)
授業の後、同じ樫の木の下で、レオンは教会で昼食をかき込み、急いで丘の上のヘンリーの家へ向かった。
彼は二度ノックし、心待ちにしていた。やがて扉が勢いよく開き、悪臭を伴った煙が立ちのぼる中、老人が顔を出した。
「レオンか?どうした、また来たのか?」
「仮説って何か知りたくて!」
レオンは真剣な眼差しで答えた。
「それを知るためにわざわざ来たのか?」
ヘンリーは顎の髭を撫でながら、真剣な表情のレオンを見て笑った。
「その熱意はいいね、レオン。さあ、今取り組んでいるものを見せてやろう。」
ヘンリーはにっこり笑って扉をさらに開けた。
中に入ると、前日以上の散らかり具合がレオンを迎えた。
「学びに遅すぎることはない。どんな年齢でも、どんな若さでも好奇心を持つのは素晴らしい。ついて来い。」
ヘンリーは作業台へ歩み寄った。
レオンは床に散乱した数多の物品や本を避けながら後に続く。
「さて、どこから始めようか……ああ、これを持て。二つの石だ。これを打ち合わせたらどうなると思う?」
ヘンリーは石のかけらを掲げた。
「割れる?」
「違う。よく考えて予想してみろ。」
老人は教えるように促す。
「うーん……どちらか一つは割れると思う。」
「ああ、それが仮説というものだ。問いではなく、検証できる予想のことだ。つまり、お前は『一つだけ割れる』と予測したわけだな?」
「はい。」
「よし、では試してみよう!」
ヘンリーは嬉しそうに石を打ち合わせた。
しかしレオンの予想は外れた。
火花がパッと飛び散り、すぐに消えた。
「わあ!何が起きたの?」
レオンは驚いて叫んだ。
「お前の仮説は間違っていた。どちらの石も割れなかったが、火花が出たんだよ。」
ヘンリーは説明し、石をレオンに渡した。
「さあ、気をつけて試してみろ。これがすべての学びの基礎だ。」
レオンが石を打ち合わせて火花を起こそうと奮闘していると、ドアに大きなノックが響いた。
「ここにいろ、レオン。すぐ戻る。」
「はい。」
レオンは必死に火花を再現しようとしていた。
「はい?」
ヘンリーはドアの方を向き、
「ヘンリー・スミソス・グレイビアード様、レオタス王国の紋章をつけた銀の鎧をまとった騎士が名乗った。
「騎士か?」
ヘンリーは遠くに控える十名ほどの騎士団を見て尋ねた。
「何か問題でも?」
「いいえ、尊敬するヘンリー・スミソス・グレイビアード様。我らは陛下の代理として参りました。光明会議の召集に関するご招集です。」
「何のために?」
ヘンリーは興味を持ちつつも、直接尋ねた。
「申し訳ありません、尊敬するヘンリー様。この件はここにいる者の口外禁止です。しかし、もし会議のことなら事の重大さをご理解かと思います。」
「なるほど……」
ヘンリーは考え込んだ。
「用件がなければ失礼します。リュームのメインホールにて、ヘリオニスの五日目、ガルドリンの日にお会いしましょう。」
騎士はそう告げ、ヘルメットを被り、騎士団のもとへ戻った。
「今月のガルドリンの五日か。今日から三日後だな。」
ヘンリーは顎の髭を撫で、真剣な表情で扉を閉めた。
心配を紛らわそうと、彼は目の前のレオンに意識を向けた。
「さて、レオン、今日はここまでにしようか。もう遅い……」
そう言いかけた瞬間、レオンが作業台の上で石を打ち合わせた。
ついに火花が散った。
「先生、見て!」
レオンが喜びの声をあげる。
しかし、その瞬間、テーブルの上に残っていた黒く粒状の物質が燃え始めた。
「レオン、下がれ!」
ヘンリーは慌てて彼を引き離した。
努力は間に合い、炎はすぐに消えた。
「レオン、もっと気をつけなきゃだめだぞ!」
ヘンリーは心配そうに叱った。
「ご、ごめんなさい、先生。怒らないでください。」
「うむ、怒ってはいないよ。」
ヘンリーはくすりと笑い、レオンを解放し床に腰を下ろした。
「仮説を試す時にはそういう危険もあるということを覚えておくんだ。さあ、明日は工房の安全について教えよう。」
そう言って彼は微笑み、レオンの不安を和らげた。
レオンは涙をぬぐいながら笑顔で頷いた。