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アオイハルの、罪人ども  作者: ゼットン
二章 堕天使の、傲慢
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04 淫魔の、魅了

 

 そして、数分をかけて人気のない場所を探して走り回り、丁度校舎裏に差し掛かったところで、


「いい加減に、離してくださいっ」


 四葉に腕を振り払われて、僕たちは立ち止まる。


「だ、だれなんですかぁ、ほんと。いきなり強引に引っ張るなんて」


「あ、あぁ。ごめん。ちょっと話したいことがあって。僕は六月透。長谷と同じクラスの友達だ」


「長谷先輩の……」


 僕に掴まれていた手首を庇い、警戒を強めていた少女がぱちくりとカラーコンタクトを嵌めた瞳を瞬かせる。そして、数秒の沈黙を経て――四葉の唇が笑みを刻む。


「なぁんだ。そーいうことですか」


「え?」


 どういうことだろう。まだ自己紹介しかしていないのに、なにを察したのだろうか。まさか、自分の正体に気付かれたから消そうとしているのではという僕の危惧は、杞憂に終わる。


 四葉が、僕に近づいた。今しがた、あれほど拒絶していたにも拘わらずに四葉は僕の手を取り、胸元へと手繰り寄せて――僕の手が、彼女の胸に触れた。


「…………はい?」


 暖かくて、指に吸い付く柔らかい感触に僕の思考回路がショートする。一方の四葉は悪戯っぽく笑って、


「こういうことが、したかったんですよね?」


 と僕の耳元で囁く。


「っ、ち、違う……! 僕はっ」


 慌てて、僕は四葉の手を振りほどく。すると、四葉は不思議そうに首を傾げる。

「? 違うんですか?」


「違うっ! そんなつもりで君に用があったわけじゃない!」


「なら、なんなんですかぁ。それ以外でうららに用事なんて」


「逆にそれ以外用件が思いつかないほうがおかしいだろ! 僕はただ、君の手錠に――」


 長谷曰く、頭も股も緩いとのことだったが、本当のようだ。急いで僕は誤解であると四葉の左手首に視線を投げて、愕然とする。


 先刻、確かに四葉の左手首に引っ掛かっていたショッキングピンクの手錠が、なかったのである。


「な、なんで」


 あんな極彩色のド派手な代物を見間違えることなんてありえない。しっかりと見たはずだと当惑する僕の腕に、四葉が絡みついてくる。


「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよぉ。長谷先輩から聞いたんですよね? うららのこと」


「い、いや……聞いたのは新しいマネージャーが入ったってことくらいで、君のことはなにも聞いてないよ」


「嘘つかなくても大丈夫ですよ、六月先輩。うららと愉しいこと、しましょ?」


「たのしい……こと」


 わざとらしく胸を擦り寄せて、甘えるように高い声で誘う四葉。瞳は微かに潤み、頬が赤く上気している。はっはっと乱れた息を吐く唇から舌が覗き、挑発するように唇を舐める。


 その艶めいた仕草と彼女の蠱惑的な雰囲気にあてられて、僕の理性が弾け飛ぶ。そのまま、徐々に迫る彼女の顔から逃げようともせず、僕と四葉の唇が重なりかけた、直前。


 鳥が地上から飛び立つときのような羽音が、頭上から降る。


「――うわぁ!?」


 直後、得体の知れない物体が僕と四葉の間に介入し、とてつもない衝撃が響き渡る。ともすれば地震にも匹敵する地響きが轟き、砂埃が舞う。たまらず尻もちをついて僕は咳き込み、なにが起きたのかと霞む視界を擦って目を凝らす。


 すると、舞う粉塵のなかに、それはいた。


 頭の上に黄金のリングを浮かべ、背中に漆黒に染まる二枚の翼を携えて。そいつは一旦、翼を小さく縮めて力を蓄え、そして勢いよく翼を伸ばす。


 途端、辺りに立ち込めていた砂塵のカーテンが突風に払われて、そいつの全貌が明らかになる。


 風に靡く鳶色のセミロング。硬質で冷たく、それでいて一筋の光沢を湛える黒い瞳。唇を真一文字に引き結び、不機嫌さを隠そうともしない不遜な態度。そいつは、背後にいる僕へと振り向き、固く結んだ唇をほどいて、口にする。


「馬鹿じゃないの?」


 七星翔子は、昼休みに僕を助けたときとまったく同じ言葉を吐いて、僕を睨む。

「な、七星……」


「はぁ……。奴から罰を下された容疑者リストの一人を監視していたら、まさか君がいるとはね。しかも、だらしなく鼻の下なんか伸ばして」


「伸ばしてねぇ! っていうか、七星。違うんだ。僕は、四葉にもお前と同じ手錠があったと思ったんだ。でも、手錠はなくて……彼女は、罪人じゃない」


「? 何を言ってるのよ。あれを見て、罪人じゃないわけないでしょ」


「えっ?」


 まるで僕の言っていることが分からないとばかりに七星が小首を傾げるが、それは僕も同様であり、どこをどう見たら四葉が罪人なんだと視線を走らせて、息を詰まらせる。


「な、なんで……。どうして」


 足を震わせて、目元に手をあてがう四葉。そんな彼女の左手首にはショッキングピンクの手錠が煌めいているが、異変はそれだけではない。


 蝙蝠のような、翼。七星の翼と比較すると若干小さい翼が腰元から出現する。更に彼女の金髪を掻き分けて角が伸び、スカートから先端が矢印を模した尻尾がぷらんと垂れさがる。


 まるで、悪魔。四葉の制服を着崩した格好も相まって、やたら淫靡な雰囲気を纏う悪魔へと、四葉が変貌していた。


「な、んで」


 さっきまで普通の女の子……あれはあれで普通ではなかったけれど、確かに人間ではあったはずだ。なのに、なんで悪魔に……?


「男を誘惑する悪魔。さしずめサキュバスといったとこかしら。手当たり次第に男を漁る尻軽女にはもってこいの魔物ね」


「さ、サキュバス……。あれか、男の精力を吸って生きるっていう」


「詳しいのね。さすがはムッツキくん」


「六月だ。ムッツリと絡めて変なあだ名をつけるな。それくらい誰でも知ってるだろ。……お前がいうには、あの姿は罰なんだろ? 堕天使にされて死ぬことができない七星みたいに、あの姿が四葉にとっての罰なんだよな?」


「そうなるわ」


「でも、あいつはそもそも男が好きなんだよな? なのに、男の精力を糧にするサキュバスなんかにしても、罰にはならないんじゃ」


 元々がサキュバスみたいなもんだろう。翼と角と尻尾がないだけで。


「そうね。けど、ああなっている以上、あれが彼女への罰であり、罪を感じている権化よ。つまり、男に媚を売ることに、あの子は負い目を感じているってことになる」


「……マジで?」


 にしてはノリノリだったような。全然嫌々でやっているようには感じなかったけれどと思い返していると、七星が嘆息する。


「まぁ、彼女が常時魔物じゃなくて、人間の状態にもなっていることも引っ掛かるし、わからないことだらけね」


「……あぁ、七星はずっと堕天使のままだもんな」


「えぇ。ともかく、考えるのは後回し。いまは、ここを切り抜けることが先決ね」


 現れたり、消えたりする手錠。人間の状態と魔物の状態。同じ罪人の特徴があるとはいえ、七星とは違うケースについて考察する僕の意識は、七星の台詞によって現実に引き戻される。


「なんで? どぉして。なんでぇ! うららから離れるの!?」


 なにかを堪えるように悶えていた四葉が、そう喚き散らす。血走った目で僕を捉え、牙を剥いて地面を蹴る。


「っ、」


 翼を羽ばたかせて、凄まじい速度で肉薄してくる四葉。対する僕はなす術なく彼女の接近を許し、懐に潜り込まれるところで、視界が漆黒に塗り潰される。


 鈍い衝撃音が炸裂し、吹き飛ばされた四葉が校舎の壁に打ちつけられる。


「間一髪、危ない危ない」


 ばさりと漆黒の翼をはためかせて、七星が額を拭う。どうやら七星が翼で四葉を弾いて僕の窮地を救ってくれたようで、反射的にお礼を言おうとした僕を七星が遮る。


「ここから離脱する」


「離脱?」


「あの子と話をしたかったけど、それどころじゃなさそうだし。なにより、身の危険を感じるわ」


「な、なんとかできないのか? あのまま放ったら、やばいんじゃ」


「馬鹿言わないで。ここで本気で戦えば周りも巻き込むし、私もあの子も無事じゃすまない。当然君もね。……あと、あの子の目的は君よ」


「僕?」


「一直線に君に向かってきたのもそうだけど、サキュバス自体、男を餌とする魔物なんだし。だから、君をここから引き離せば、彼女も諦めるはず」


「な、なるほど」


 さすがは、七星翔子といったところか。これまでの四葉の様子や行動からすぐさま予測を立て、尚且つ対策すらすぐに閃くとは。改めて七星の凄さに圧倒される僕のもとへと、七星が屈む。


「へ?」


 まったく七星の意図が汲めずに僕は唖然とするが、七星が構うことはない。そのまま僕の腰へと腕を回し――抱きつく形になる。


「ちょ、なにやってんだ!?」


「うるさい。こっちだって仕方なくやってるんだから、我慢しなさい」


「が、我慢っていったって」


 七星との距離はあまりに近い。ひとたび見下ろせばシャンプーの香りが漂ってくるし、息遣いだって聞こえてくる。加えて強く密着するものだから、汗ばむ肌の感触も暖かな体温も鮮明に伝わってくる。


 これでドギマギしないほうが異常であり、僕は少しでも七星から離れようとのけ反る。


「なにをしてるのよ」


 しかし七星がそれを許すことはなく、僕の身体が抱き寄せられる。


「いまから飛ぶわ。とにかく、振り落とされないように注意して」


「と、飛ぶって……空をか!?」


「他になにがあるのよ。あ、言っておくけど、変なところ触ったら落とすから。容赦なく振り落とすから。いい?」


「は、はい……」


 もはや僕に選択権などない。大人しく七星に従うことこそ自分の身のためであることを悟って、項垂れる。


「じゃあ、行くわ」


 そう言って、七星が翼を縮める。ぐぐっと力を溜めて、地面を蹴り上げるタイミングに合わせて翼を羽ばたかせる。


「うおぉ!?」


 瞬間、重力に逆らって僕たちは空へと駆け昇る。

 内臓にかかる浮遊感や風を切る感覚はまさに絶叫系アトラクションそのものであり、やがて身体への負担が止まる。頃合いを見計らって目を開けると、僕はオレンジに燃え盛る夕陽と対面した。


「す、すげぇ……」


 その昔、ヒーローに憧れて空を飛ぶ特訓をしていた過去もあってか、存外感動は大きい。まさか子供の頃の馬鹿げた夢が叶うなどとは夢にも思わず、僕は夕焼けの空を眺めてから地上を見下ろす。


 すると、僕たちが飛び立った校舎裏では七星に弾き飛ばされた四葉が起き上がり、僕たちを探して彷徨っていて。そんな彼女の姿が道に迷った迷子みたいで、酷く印象的だった。



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