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アオイハルの、罪人ども  作者: ゼットン
二章 堕天使の、傲慢
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03 ピンクの、手錠

 

「はい、というわけで連絡事項は以上です。各自、気を付けて帰宅してくださいね~」


 昼休みが終わってからというもの、午後の授業はあっという間だった。あれだけ退屈で苦痛だと感じていた授業が一瞬だったのは、やはり七星との一件があったからだろう。


 二条の一件において責任と罪悪感を抱いた七星は堕天使――魔物にされた。それは七星への罰であり、七星は贖罪をしなければ人間には戻れない。


 そんな話を聞かされて、気を取られないほうがどうかしている。


 僕は、どうなんだ。本当の自分をひた隠しに取り繕って、学校での人間関係と平穏な日常を構築している。しかしそれは、僕だけじゃない。この学校にいる大半の人間……否、この世界に生きる人間の多くが、同じはずだ。


 あるいは友人に。あるいは先輩に。あるいは親に、教師に、上司に。みんな自分を抑えて、生きている。


 それは、間違っていないはずだ。全員が全員、言いたい放題、やりたい放題してはすべてが崩れ去っていく。だからこそ、譲歩しあって生きていくことこそ、正しい。


 そのうえで、犠牲が出るのなら仕方ない。空気を読めずに浮いてしまう奴がいるなら、そいつが悪い。みんなと足並みを揃えられず、出しゃばったり出遅れたりするから、格好の餌食にされるんだ。


「だったら、なんで」


 屋上に行ったんだ。二条のことを気にしていないのなら、そもそも屋上に近づかないはずだろうに。


「とーる!」


 と、僕の思考がそこまで回ったとき、三枝の声が僕を現実に引き戻す。


「はっ……」


 気付けば帰りのHRは神宮寺の挨拶をもって終了し、クラスは解散していた。


「どうしたの? 考え事?」


「い、いや……」


 三枝の丸い瞳に覗き込まれて、僕は逃げるように顔を逸らす。


「なんでもないよ。放課後、なにするか考えてただけ」


「あっ、じゃあスタバ行こうよ! 今日から新しい期間限定出るしさ! スズちゃんと長谷っち誘って」


「……あ、あぁいいね。行こう」


「よし、決まりっ!」


 本音を言うのなら一人になりたい気分ではあったが、ここでも僕の他人に合わせる性格が災いしてしまう。


 三枝は嬉しそうにはしゃいで桜庭や長谷のもとへ向かっていくが、


「ごーめん、ウタ。ウチはパス。今日バイトだわ」


「あー、無理だわ。俺今日部活」


 結果は惨敗。二人に断られ、ざんねーんと三枝が萎れると、桜庭があやすように頭を撫でる。


「いいでしょ。六月と合法的にデートできるんだし」


「で、デート!? す、スズちゃん!」


「そうそう。つーか、いい加減お前らくっつけっての。初心な中坊でもねぇんだからよ」


「なっ、長谷っちだってスズちゃんにフラれたばっかじゃん!」


「うるっせ。今だけだっつの。丁度新しい一年のマネージャーも入ってきたしな」


「あー、ウチ知ってる。男とっかえひっかえのとんでもビッチっしょ?」


「そそっ。四葉(しば)うららっつーんだけど、マジで最高なんだわ。胸もでけーし、足もなげーし、頭も股も緩くてよ。お前みたいなちんちくりんとは大違いだぜ、謡」


「さ、さいていっ! 長谷っち嫌い! 爆ぜて死んじゃえ! 爆ぜっち!」


「爆ぜっちだぁ!? 変なあだ名をつけんじゃねぇ!」


「あはは」


 いまだけは、この下らないやり取りがありがたい。


 とりあえず長谷と桜庭は無理ということなので、僕は三枝と二人で帰ることとなった。


「もう、失礼しちゃうよね。長谷っちてば」


「あはは、まぁ僕は二人の漫才みたいなやり取り、結構好きなんだけどな」


「勘弁してよぉ、とーる。あたし、本気で怒ってるんだからね!」


 ぷりぷりと真剣に怒ってはいるが、小柄な体躯もあってかとても可愛らしい。こういったところが、長谷の嗜虐心を刺激していじられるんだろうなと思っていると、ふと三枝の足が止まる。


「三枝?」


 何事かと振り返ると、三枝は俯いていた。爪先をじっと見つめて黙りこくって。まるでなにかを思いつめたようなその様子に僕が声を掛けようとした寸前、三枝が顔を上げる。


「と、とーるはさ、や、……やっぱり、その……。おっぱいが大きくて足が長くてスタイルのいい女の子が、好きなの?」


「なっ、急になんだよ。珍しく真剣な悩みでもあると思ったら……。からかってんのかよ」


 そう言って、ツッコミをかまそうと三枝の頭を小突きかけたときだった。

 僕は、息を呑む。


 真っ直ぐに、射るような眼差し。きゅっと固く結ばれた桃色の唇。ぷるぷると震える肩は緊張からなのか、不安なのか。ともかくとして、三枝はふざけていない。本気で、さっきの質問をぶつけたのだ。


「……」


 真意は、わからない。およそ異性に好みのタイプを訊く理由なんて一つしかないが、それは都合のいい妄想で、勘違いだ。僕は間違えないぞと余計な邪推を払って、答える。


「別に、そんなことないよ。好みのタイプはそりゃああるけど、それだけで決めることはない」


「そ、そっか。た、たとえばどんなのが……タイプなの?」


「うーん、髪が長い子、かな? 女の子しかできない髪型だし、単純に綺麗だと思う」


「か、髪の長い子。それって、ポニーテールでも、は、入る?」


「え、うん。入る入る」


「そ、そっかぁ」


 安堵したように脱力する三枝。そんな彼女の栗色の髪は一つに束ねられていて――ポニーテール。


 ……しないしない。僕は勘違いをしない。間違いを、犯さない。


「じゃ、じゃあ性格でのタイプとかは……ある?」


「性格かぁ。そうだな」


 思えば、考えたこともなかった。男子同士でのこういった会話はよくあるけど、ほとんどが容姿に関することで内面についてのタイプなんて訊かれたこともない。ここら辺が男子と女子の違いなのかなと思いながら、僕は思考を巡らせる。


 僕が、好きだと思える人。憧れて、焦がれるような人。それを追求して――やがて、僕はこう口にしていた。


「正直な、人」


「え?」


「あ、いや……」


 別段言葉にするつもりはなかったのに、無意識に出てしまった。慌てて訂正しようとするが、僕の言葉の先を窺う三枝の様子からして、手遅れのようだ。諦めて、僕は続ける。


「馬鹿みたいに愚直で、真っ直ぐで。間違ったことがあれば、正そうと怒れる。……そんな人」


 言っていて、自分でも驚く。僕が憧れるそれは、普段から愚かだと蔑んでいる人間のことじゃないか。冷静に物事を静観せず、感情で動くそいつらを、僕は間違っているとしていたはずだろう。


 なんだって、憧れなんか……。


「愚直で、真っ直ぐで……髪の長い女の子」

 翻って、三枝は僕が述べた好みのタイプを呟く。それから、大きく目を見張る。


「? どうした、三枝」


「う、ううん! なんでもない、そっかそっか。でも、なんか意外!」


「意外?」


「とーるはそういう子、苦手だと思ってた」


「……あぁ」


 そうだろうな。僕自身も、そう思っていたんだから。


「ありがと、とーるあんまりこういう話しないから新鮮だった!」


「お、おう。……なぁ、三枝。なんでこんな話をしたんだ?」


「えー? ちょっと気になっただけだよ。って、あれ、とーる見て!」


 三枝があからさまによそよそしくなる。一体どうしたのかと問い質したくはあったが、無理矢理に話を打ち切られてしまう。


 三枝が指し示す方角を辿ると、下駄箱で談笑する集団がいた。


「あ、長谷だ」


 そこには先程別れたばかりの長谷がいて、短髪をジェルで立てた背の高い男と、明るくそめた髪をセンターパートに分け、黒縁の眼鏡をかける男とはしゃいでいた。

 水野良介(みずのりょうすけ)成田宏樹(なりたひろき)。長谷と仲のいいサッカー部の面子であり、一緒にいるのは特に珍しくもなんともない光景だったが、三枝が指している人物は違うようだ。


「ね、もしかしてあの子が新しいマネージャーの子かな?」


「ん? あぁ……」


 よく見てみれば、長谷たちの他にもう一つの影があることに気付く。


 確か、長谷が四葉うららと言っていたか。緩いカールをかけ、腰元まで流れる金色に染められた髪。制服を派手に着崩し、胸元が覗くほどにワイシャツのボタンは開けられ、風がそよぐだけで下着が見えるのではと心配になるくらいにスカートの丈は短い。楽し気に笑う口に当てられる手の爪は華美なネイルが施されていて、大きな瞳は一見してカラーコンタクトを嵌めていることを窺わせる。


『頭も股も緩くてよ』


 なるほど、長谷が言わんとしていたことにも合点がいく第一印象だ。


「うひゃぁ、すっごいね……。すっごくえろい」


「えろいってお前、直球な」


 おじさんよろしく、生唾を飲み込む三枝の反応に僕が苦笑しかけたときだ。僕は、ギャル風の少女にあるものを認める。


 傍らにいる長谷に隠れて見えていなかったそれは、四葉が長谷の肩にボディータッチをしようと持ち上げられて、露わになる。


 手錠。四葉のネイルくらいに派手なショッキングピンクで彩色された手錠が、彼女の左手首にかけられていたのだ。


「なっ、」


 どこかで見覚えのある、もの……。


 瞬間、七星の言葉が脳裏をよぎる。


『私のほかにも同じような罪人がいると言ったわ』


 つまり、あの子も七星みたいな人間ではない、魔物ってことか……!?


「ごめん、三枝。今日はひとりで帰ってくれ」


「え、な、なんで?」


「ちょっと急用ができた!」


 このままでは、長谷たちが危ない。すぐにでも引き剥がさねばという一心で僕は走り、四葉の右手首を掴む。


「六月!?」


「む、六月クンじゃねぇの!?」


「な、なんだ!?」


「悪い、長谷、成田、水野! 少しこの子借りる!」


 いきなり僕が割って入ったことで、長谷たちが驚嘆する。そんな彼らに適当な断りを入れて、僕は四葉をひったくる。


「え、え、ちょっと、だ、だれなんですかぁ!?」


 もちろん、当事者である四葉も困惑するが、構っている余裕はない。


「やっぱり、とーるもえっちな子が好きなんだぁ!」と、背後で嘆いていた三枝の誤解は後日解くこととして、僕は四葉を連れ去るのだった。

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