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アオイハルの、罪人ども  作者: ゼットン
二章 堕天使の、傲慢
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02 咎への、天罰

 

 天使。しかも、ただの天使じゃなくて堕天使。きょうび、中学二年生でも憚るような肩書きを、七星翔子は臆面もなく言ってのけた。


 玩具としか映らない、手錠を晒して。


「……はい?」


 当然、僕としては苦笑せざるを得ない。いや、嘲笑といったほうが正確か。なにせ、学校一の優等生が自分のことを堕天使なんて名乗っているのだ。面白がらないほうがおかしい。


「なに、その腹立つ顔。私、嘘なんてついてないわよ」


「いや、それが本当であるほど笑っちゃうだろ。なんだ、堕天使って。それを信じる方がどうかしてる」


「はぁ、これだから馬鹿を相手にするのは嫌なのよ。理解力が乏しい人間に話をするのは、疲れる」


「なら、証明してくれよ。馬鹿でもわかるようにさ。もっとも、それができるならの――」


 話だけど。そう言いかけた瞬間、何かが僕の頭上を薙ぐ。


「へ――」


 ぶぅんと風切り音を残して去っていくそれを追うと、金網が切断される。


 横に一閃、真っ二つに。


 たとえ紙切れみたいに頼りなくて、僕を屋上の外に放り出すくらいにはいい加減な建付けとはいえ、素材は金属だ。第一、金網が真っ二つになるなんて、なにが――?


 そう、僕が疑問に動かさるまま視線を七星に戻す。


 すると、七星の翼が縮小されるように背中へと折り畳まれていくのを、目の当たりにする。


「これで、満足?」


「そ、それで切ったのか?」


「えぇ、もともとそのフェンスは気に入らなかったから清々したわ。優が死んだ途端、今更になって自殺対策、なんて取り繕う学校の対応に嫌気がさしてたし。まぁ、前からフェンスに当たり散らしてたんだけど」


「フェンスの建付けが甘くなってのはお前のせいかよ!」


「いいでしょ。助けたんだし」


「いいでしょって……」


 相も変わらない七星のふてぶてしさに、僕は絶句する。確かに自分に非がある分、僕を助けたのだからチャラという道理は分かるが、それを自分自身で主張するのはどうなんだ。そう辟易する僕は、同時に七星が実演してみせた『証拠』を思い起こす。


 空気を裂き、金属製のフェンスを切り飛ばす翼。あんな芸当はコスプレ用品では到底できない。


 つまり、本物。七星から生える翼は、れっきとした本物ということになる。


「な、なんでそんなことになったんだ」


「……君、人の話聞いてる? 言ったでしょ。私が、罪を犯したからよ」


「罪を、犯した?」


 あの優等生がなにをやらかしたのだ。万引き? 後輩とかへの恐喝か恫喝? あるいは、誘拐? もしかして、援交やパパ活なんてこと――


「なに考えてるか、大体筒抜けてるんだけど」


「あ、あぁ……いや、悪い。七星が犯罪なんて、検討もつかなくて」


「本当に?」


「え?」


「君でも……いえ、私と同じクラスメイトなら誰もが思い当たるはずよ。私の、罪に」


 大して親しくもない僕でも分かること。そんなものあったかと僕がヒントを求めるように周囲を見渡したとき、気付く。自分の、白々さに。



 立ち入り禁止の屋上。飛び降り自殺が起きた現場。自殺者は二条優。たったこれだけのことでも、思いつくべきだったのだ。


「二条の……ことか?」


 二条優。同じクラスの同級生にして、クラスからいじめを受けていた少女。


「……えぇ」


 どうやら、正解のようだ。七星は静かに顎を引いて、切断された金網を睨みつける。


「君も、知ってるわよね? なんで、優が自殺したのか」


「……あぁ、大体は。あくまで僕の予想で、確証はないけど」


「言ってみて。……きっとそれは、合っているから」


 さすがに軽率には口にはできないと確信がない振りをしても、七星はそれを逃さない。それを耳にすることで、一番に傷つくのは七星だろうに、それでもその傷を甘んじて受け入れるような。罰を求めるように、七星が『答え』を催促してくる。


 僕は、多少の逡巡をしながらも七星の要望に応える。


「クラスの一部の連中からいじめをうけて、クラスの全員から助けをもらえなかった二条に、七星が手を差し伸べた。いじめはよくない、最低なことだって訴えて庇った。でも、結果は……」


「失敗だった。クラスの空気が変わるどころか、悪化した。正義感を振りかざして出しゃばった私に、空気が反感を持った。そして、密かに私への不満を持っていた連中は、私のカーストを下げる絶好のチャンスとして――優への仕打ちをより酷くさせた」


 簡潔に言葉にしない僕のじれったさに痺れを切らしたのだろう。僕の言葉の先を継いで、七星がすらすらと紡ぐ。


 陰湿で、残酷な事実を。


「普段はアホな連中でも、そういうところは狡猾よね。奴らは、私がもっとも嫌がる手を使った。きっと、優の代わりにいじめの対象にされるくらい、私は平気だった。むしろ、優を守れたんだって嬉しいまであった。それを理解して、連中は標的を優から変えずにいじめをエスカレートさせた。そして、優は自殺した。……私が、優を殺したのよ。要領が良くて、大抵のことならそつなくこなせて……。私なら、優を守れる。クラスの空気を変えられる。そんな驕りが……傲慢が、優を殺した」


「で、でも……七星は凄い、よ。普通の人ならそんなことできない。空気から弾かれるのが怖くて、行動には移せない」


「えぇ。だから、君たちも罪人よ。立派に、優を殺した共犯者」


「っ」


「……でも、罪悪感がないのよ。どころか、自分たちがしたことは正しいとすら思っている。いじめにあった弱い優が悪いだけで、助けようとしなかったことへの罪の意識なんてもの、欠片もない!」


 そこで、七星の怒りが頂点に達する。背中の翼を震わせて、激情に瞳を歪める。


「クラスの連中も、担任も、学校も! まるでなかったことみたいに優の件を終わらせて、ノウノウと生活している! 私にはその神経が分からない。人の命が亡くなっているのよ? 自分たちが奪ったのよ? なのに、ヘラヘラと生きてる……」


「……」


「私は、押し潰されそうになった。友達を助けられなかった。救えなかった……ひとりになってしまった……。苦しくて辛くて……、怖かった」


「……それで、屋上に?」


「えぇ、あんな古ぼけた南京錠で立ち入り禁止なんて笑わせるわよね。楽々と侵入して、優の気持ちを考えた。私が余計なことをしたばかりに、更に苦しむことになって……。私を憎むことだってできたはず。けれど、あの子はしなかった。あの子はとても優しい子だから、誰も傷つけないように、何も遺すことなく、命を絶ったんじゃないか。そう思った私は、気付いたときには飛び降りていて――でも、死ぬことはなかった」


 この翼が生えたせいでね。


 忌々し気に背中の翼を睨んで、七星は額をおさえる。


「それが、〈天罰〉だって私をにした奴はいった。本当に自分の能力を信じているのなら、今度こそ人を助けてみせろって。そのために人前には出れない姿にして、私を強制的に――孤立させた」


「そんな……。じゃあ、お前は一生そのままなのか?」


「いいえ。さっきも言ったでしょう? 罪を償うことができれば、この手錠が外れて私は人間に戻ることができる」


「罪を償う……」


「奴は、私のほかにも同じような罪人がいると言ったわ。そいつらを助けることが、贖罪だって」


「まだ、七星と同じような奴がいるっていうのか?」


「そう。この手錠が、そいつが罪を犯し、加えて罪の意識を感じている証拠。君にもあると思って助けたんだけど」


「あっ」


『きみ、手首に手錠なんかついてないわよね?』



 あの意味不明な質問には、そのような真意があったのか。


「……ま、私の見間違いみたいだったけどね」


 手錠もなにもない僕の手首を見て、七星が嘲るように鼻を鳴らす。所詮、僕も罪悪感がないような薄情者の一人に過ぎない。そのことへの侮蔑を滲ませるような笑みを含ませて、七星は告げる。


「気を付けることね。罪なんか意識したら、私みたいなコスプレまがいの化け物にされるわ。精々、自分を押し殺して他人を見殺しにして、空気と自分を守ることに徹することね」


「……」


「もっとも、それを行うことが私を堕天使にした奴が言うところの人間なのだとしたら、堕天使なんかよりよっぽどバケモノだけどね」


 直後、昼休みの終わりを報せるチャイムが鳴る。


 結局、僕はなにも言えないまま七星と別れ、戻る。


 息の詰まる空気が蔓延り、偽りの自分を演じなければならない、教室へと。

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