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アオイハルの、罪人ども  作者: ゼットン
二章 堕天使の、傲慢
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01 七星翔子の、告白

「馬鹿じゃないの?」


 第一声は、それだった。


 誤って屋上から転落しそうになったクラスメイトへの心配や配慮はない。率直に、七星は僕をそう罵倒してきた。


「……」


 いやまぁ、僕もマヌケだったとは思うが、大丈夫? の一言はあってもいいだろ。


 久し振りに会った七星翔子の実直さ、不遜な態度は相変わらずであったが、しかし決定的に変わっているところはある。


 言うまでもなく、背中の翼と頭のリングだ。


「それ、コスプレかなんか?」


「落とすわよ?」


「ご、ごめんごめん!」


 あんまりにも気になるから、うっかり本音が漏れてしまったようだ。


 繋がれる手の力が緩み、僕は慌てて謝る。


「と、とにかく上にあげて……ください」



「いいけど。ねぇ、……君、手首に手錠なんかついてないわよね?」


「て、手錠?」


 まったく脈絡もない問いかけに、僕は目を丸くする。こんな状況下でなんの話だと怒鳴りかけたが、機嫌を損ねて落とされてはかなわない。


 渋々、七星と繋ぐ右手首を確認するが……ない。次いでぶらんと下がる左手首を見て――僕は戦慄する。


 ぷらぷらと宙を泳ぐ左腕の先に広がる、地上十五メートルから見下ろす世界。

 落ちたら最後、絶対に助からないことは容易に想像がつくほどの高さに、全身の血の気が引いていく。


 衝撃的な七星の登場と七星の奇天烈な格好に気を取られていたが、僕は屋上から転落して、そして未だに校舎の外から投げ出されている状態なのだった。


「な、ないない! 手錠なんてない!」


「そう、みたいね。あれ? 私の見間違い?」


「いいから! 早く上げてくれ!」


「はいはい」



 なんだか七星としては釈然としないようだが、僕としてはそれどころではない。生と死の狭間から早く抜け出したい一心で叫ぶ僕に、煩わしそうに頷いて七星が僕を引き上げる。


 背中の翼を駆使して、軽々と。


「……」


 ふわりと難なく屋上に着地をして、僕は唖然とする。たぶん、宇宙に行ったとしたらこんな感じな

 のかなと場違いな感想を抱きながら、七星に向き直る。


「あ、ありがとう……」


 色々言いたいことはあるが、ここはぐっと堪えてまずは礼から。


 一方の七星は造作もないといったばかりに鳶色のセミロングを払って、溜息をつく。


「別に、当たり前のことをしただけよ。それよりも君、馬鹿なの? ていうか、なんで屋上にいるのよ。ここ、立ち入り禁止のはずだけど」


「きゅ、急に金網が外れただけで……僕は悪くない。屋上は……その」


「知ってる。ストレス発散しに来てるんでしょ? 毎日毎日、大声で叫んでるもんね」


「なっ」


 なんだって!?


 知っている上で訊いてくる意地の悪さにもびっくりだが、あれを聞かれていたことのほうが僕を驚嘆させる。


 嘘偽りのない、周囲や日常への不満。あれをもし、バラされたらまずいと焦る僕に、七星が呆れたように目を眇める。


「よくもあそこまでストレスを溜め込んで生きてられるわね。しかも、こそこそ立ち入り禁止の屋上に忍び込んでまで発散するとか」


「よ、余計なお世話だよ。それより、バラしたりなんか……」


「しないわよ、そんなこと。私になんの得もないし」


 それに、と七星は視線を背中の翼に移して、


「誰にも会えないしね」


 そう呟いて、七星が目を伏せる。


 いつもは自信満々に輝いている印象が強いだけに、憂いに満ちた瞳は意外性があり、なにが彼女をそんな風にさせているのかを探るように、七星の格好を改めて観察する。


 着ている服自体に、不思議な点はない。学校指定の制服とプリーツスカートに、ローファー。胸元まで伸びるセミロングの髪と、華奢な手足。そこまでは、一週間前まで見かけていた優等生、七星翔子の姿と変わりない。問題は、彼女の背中から伸びる二枚の黒翼と、頭の上のリングである。


 先刻、僕がコスプレと称したそれは、とても完成度が高い。風に靡く翼を形作る羽の一枚一枚も、陽の光を照り返して眩く光るリングもとんでもないリアリティを放っている。


「その、翼とリングは……?」


 いくら考えたって分かるはずもない。とりあえず、気分を害さないように遠慮がちに尋ねると、七星はしばし黙考してから、口を開く。


「ねぇ……えっと、ごめん。名前なんだっけ」


「六月透……って、一応、七星さんの隣の席だったんだけど」


「六月くんね。ごめん、長谷くんや桜庭さんに媚びへつらってる人くらいにしか認識してなくて」


「……」


 言ってくれるじゃないか。しかも、悪意や煽りではなく、純粋に本心から言ってそうだから質が悪い。


 こういうところが七星翔子の一番の欠点だよな、と肩を竦めて僕は貼り付ける。


 お得意の、愛想笑いを。


「そっかそっか、まぁあんまり話したことないから仕方ないよ。よろしくね」


「……別に、私に媚を売ってもなんにもならないわよ。それに、気色が悪いからやめて」


「……そうかい」


 気色が悪いって。今の今まで名前を覚えてなかった人間に口にすることか? まぁ、本人がいいと言うのなら、お言葉に甘えるとしよう。


「じゃあ、遠慮なく。七星、お前のふざけた翼とリングはなんだ?」


「ふざけたって……。また、随分と本性を現したわね。君、二重人格なの?」


「普通の人間なら、当たり前だ。本音と建前。お前が建前を使わなすぎるだけだ」


「そうね、使う必要ないもの。私、人気者だからね」


「……前々から思ったけど、本当にムカつく奴だな……」


「お互い様よ。私も、君みたいな人は嫌い。自分の気持ちに蓋をして、ヘラヘラ生きている奴が」


 どうやら、七星とは馬が合わないようだ。といっても、生き方がまるで正反対の僕たちの相性が良くないのはある意味自然なのかもしれない。


 一触即発。敵同士が睨み合うような重苦しい空気が垂れ込むなかで、七星がおもむろに口火を切る。


「だから、私は嘘をつかない。どんなに答えたくないことでも訊かれたら正直に答えるし、見られたら隠すことはしない。それが、私の生き方だから」


 まるで僕への当てつけめいたことを突き付けた上で、七星が正体を明かす。


 制服の袖を捲り、手首を露出させて。その細い手首には、七星の翼同様、真っ黒な色彩が施された手錠がぶら下がっていた。


「私は、見ての通り天使。ただ、普通の天使じゃない。犯した罪を償わなければ人間に戻ることはできない、堕天使よ」

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