第八話
翌朝、食堂で朝食をもらっているところに、突然入口の戸が開いた。
こんな朝早くに誰が何の用だろうと思ったら、薬屋の二人だった。
「おや、誰かと思ったら珍しい。朝食のおすそ分けでももらいに来たのかい?」
奥から出てきた店主も、意外そうな顔をして迎えた。
「昨日は肉を分けてもらってありがとうございました。今日は冒険者さんたちに頼みごとがあって、急いで来たんです」
「せっかく来たんだ。一緒に食べてく?」
「いや、朝食はもう済ませた」
「そう」
客ではなかったことに少しがっかりしたようだったが、それでも二人にも水を出してくれた。仲が良いというほどではなさそうだが、疎遠というわけでもなさそうだ。
「そんなに急いで来るほどの大事が、何か起こったのですか?」
わざわざ朝から出向いてくるということは、よほど急ぎかよほど大事かどちらかだろうと思った俺は、二人が一口水を飲んでコップを置くのを待って、こちらから切り出した。
「いいえ。でも朝食が終わったらあなたたちは村を出てしまうと思って、それで急いでいたのです。頼みたいことの方は、急ぐことではありません」
確かにそのとおりだ。もう少し遅くなったら、俺たちとはすれ違いで会えなかったのかもしれない。
「それで、その頼みごととは何でしょうか」
「病大虫の死体はどうした?」
「岩山の麓にそのままですが、サンプルを取ってきた方がよかったでしょうか」
昨日はそんなことなど考えつきもしなかったが、病大虫の毒の研究をしているのだから、病大虫そのものがいちばんいいサンプルだろう。
「いや、それは危険すぎる。頼みたいことはその逆で、死体を燃やしてほしいんだ」
白衣の男の言うには、病大虫が死んでもその死体には毒が残っていて、生きている時ほどではないにしても影響があるかもしれないということだった。
「死んでも、まだ毒はあるのですか」
「これまでお前たちが採ってきたサンプルだって、生きているものじゃないだろう。それと同じだ」
そう言われてやっとその危険性が理解できた。まだ、村の被害は完全には終わっていないのだ。
「燃やしてしまえばそれが消毒になる。だからそれを頼みたい」
終わっていないのならば、俺たちの手で終わらせるべきだろう。だが、俺だけで決めるわけにはいかない。ちらりと後ろを見ると、黒猫と蒼玉が何かを話しているようだった。
「報酬は、あいにくお金がないので解毒薬現物ということでお願いしたいのですが、いかがでしょうか」
「みんなと相談したいので、ちょっと待ってください」
薬屋には待ってもらうことにして、俺はみんなの方に向き直ろうとした。だがそれより早く、黒猫が声を上げた。
「それはちょっと、ぼくたちだけでは無理です」
「え?」
後始末を断ろうと言うのか。俺は非難の目を黒猫に向けたが、黒猫はそんな俺を一瞬見ただけで、薬屋を相手に話を続けた。
「あれを燃やし尽くすとなると、相当薪をくべてやらなければいけません。ぼくたちにはそういう道具などはありませんし、あったとしても五人だけでは人手不足です」
それはそうかもしれない。でも、
「昨日の戦いでは、私の火の魔法では火傷くらいで燃やすことはできませんでした。簡単には燃えません」
隣の蒼玉が、黒猫の邪魔にならないくらいの小声で俺にそう教えた。
「村の皆さんの力を借りるとしても、準備が必要でしょう。でも、それまで待っているのはこちらの懐具合からちょっと、なのです」
これだけ整然と言われてしまうと、俺もやりたいとは言えなかった。ロンとレイナも何も言わない。決まりだった。
「そうか。今になって思いつきで言ってみたが、そんなに甘くはなかったか」
「お役に立てなくて、ごめんなさい」
「いえ。こちらこそ何でも頼ろうとしてしまってすみませんでした。あと、お食事の邪魔をしてしまったことも」
話が決裂したところで、二人は帰っていった。
「へえ、あの薬屋があんなにしゃべるなんてね。初めて見たよ」
コップを片付けに出てきた店主が感心したように何度も首を振ったが、俺にはその感想の方が意外だった。俺が薬屋に世話になったあの日、二人とも黒猫と熱心に話をしていたのを俺は見ている。
「でもまあ、柵のこともあの人たちから出てきた話だって言うし、少しは村の一員って感じになってくれたんだろうね」
これも村長が言っていた、自分たちでもできることをやることの、結果のひとつなのだろうか。薬屋には世話になったから、よく思われることは何となく嬉しい。
ちょっと冷めてしまった朝食の残りを平らげて、身支度を整えて、いよいよ出発だ。何も決まっていない、まっさらな出発。
「何もないところだけどさ、また来てちょうだいよ」
「はい。また、来ます」
それはお世辞とか挨拶とかではなくて、予感だった。ここは俺の出発の地だ。だからきっと、帰ってくる日がある。
店主に見送られて宿を出た。もう日は高く昇っている。畑を過ぎて薬屋の前を通り、木立の中の道へと行く。木立の中さえも爽やかに明るいように見えるのは、そんな気分だからなのだろうか。
「とりあえずは、ウェスタンベースで依頼探しだな」
もう道はわかると言わんばかりに、ロンが先頭に立った。
「ああ」
一応周囲に警戒をしながら、俺は答えた。そんなつもりはなかったのに声が高くなってしまって思わず首を引っ込めてしまい、その様をレイナに笑われてしまう。
でも、こんなにすっきりした気分は初めてだ。行く先に何があるかなんてまったくわからないが、それが純粋に楽しみに思える。
隣を見ると、黒猫も同じ気分でいてくれているのか、ニコッと笑いかけてくれた。