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ステ振り間違ったので冒険者やめてNPCになります。  作者: 黒田皐月
第二章 したいこと、嫌なこと
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離別・後編

 木霊を見つける当てがなくなって一日まったく見つけられなくて、それでも報酬はもらえる依頼ではあるのだが悪い気がして、何となくギルドに入りづらいと思ったのは俺だけだっただろうか。しかもいつもどおり、依頼は二パーティ分受けている。

 俺とユリが今日の分の報酬をもらいにカウンターに行き、他のみんなは明日の分の依頼書を取りながら他にも何かないかを見ている。そっちから戸惑ったような声が上がって、手続きの順番待ちをしていた俺も列から外れて掲示板の方を見る。

 そこには、毎日あった見つけた木霊の数を報告する依頼書がなかった。町の西側だけでなくすべてなくなっていて、その代わりに別の依頼があるのでもなかった。

 報酬をもらったユリにも待ってもらって、俺の方の手続きをしてもらいながらNPCにそのことを聞いてみる。あまり大人数で押しかけても迷惑だろうということで、話を聞くのは俺とユリと、レイナとメグだけにしてもらった。

 NPCは話をしながら手続きをするのは好まないらしく、報酬を手渡してからようやく話をしてくれた。

 蒼龍が見つかったのだという。龍という言葉を聞いて、龍と戦ったことがあるはずの黒猫を呼んだ。入れ替わりで俺が掲示板の方へ下がったのだが、ちょうどそこに他の冒険者が入ってきて、さらに避けなければならなかった。

 一言挨拶してくれた彼らも、俺たちと同じようにいつもの依頼書がないことに気づいたようだ。彼らも蒼龍の話を聞くことになるだろう。それならばと俺はカウンターの方に声をかけ、話を止めてもらった。一人がカウンターに向かい、代わりに黒猫が戻ってきた。

「龍のことだからお前に聞いてもらうのがいいかと思ったんだけど…」

「ぼくだって龍に詳しいとかではないです。当てにされてもちょっと困っちゃうかな」

 口ではそう言いながらもまるで困ってなさそうに黒猫が笑って見せた。俺が生返事を返すともう龍の話はユリたちに任せたとばかりに掲示板の方に向いてしまう。

 カウンターからの話し声は全部は聞き取れないし、掲示板も黒猫や後から入ってきた冒険者たちが見ているのでちょっと狭くなっている。俺は窓際へと移動した。今日のところは諦めて早めに戻ってきたので、まだ空は赤くなっていない。

 聞き取れたことを接ぎ合わせると、蒼龍は北東の方にいて、周りにも木霊がたくさんいて、それをみんなで一斉に叩くために明日の朝にそういう依頼を出すということらしい。

 話を聞き終えたユリたちが、掲示板の方にいた黒猫たちも呼んで、俺のいる窓際に集まった。早速聞いたことを話してくれるが、そこにさらに別の冒険者が入ってきたので、狭くなりそうだからとギルドの外へ出た。

 だいたいは俺の耳に入ったことだったが、報酬が意外だった。木霊五本ごとに100フェロ、蒼龍は別に3000だという。

「木霊だけしか相手にしなくても、それなりに報酬がもらえるんだな」

 二十五本で500、これまで一度に襲ってきた数がこんなものだ。

「それだけたくさんいて厄介だってことみたいよ」

「自信のある人は蒼龍の取り合い、自信がなければその人たちの援護のためにも周りの木霊の相手、そんなところですか」

「そうなるのかな」

 ユリと黒猫がそんなことを言っている。ユリとしては、そのどちらになるつもりなのだろうか。

「それで、その蒼龍ってのはどんなのなんだ?」

 二人のやり取りがひと段落ついたところで、遥が口を挟んだ。

「木霊がたくさん固まってできた、大きなトカゲみたいなのだって。だから頭から尻尾までが高い木以上の長さになるって言っていたわ」

 その問いにはメグが答えてくれた。その口調が少し弱気なように、木霊一本だけでも切り倒すのは簡単ではない。それが固まっているものなど、倒すことができるのだろうか。

「何だそりゃあ。そんなの勝てるのかよ」

「だから人数を集めてどうにかしたいって感じだったよ」

 俺が思ったことをロンが先に口にしたのだが、それでもユリは弱気を見せなかった。

「実物を見てみないと何とも言えないかなって、あたしは思った」

 レイナの言うことももっともではあるが、そんな行き当たりばったりでいいのか、当の本人も少し首を傾げていた。

「なあ黒猫」

「何でしょう」

「龍って、やっぱり強いのか?」

 俺なりに考えてみようとちょっと黒猫に聞いてみただけのつもりだったが、いつの間にかみんなの注目が集まっていた。

「はい。でもどれくらい強いとか、ぼくたちが勝てそうかとか、そんなことまで見極めるだけの力は、ぼくにはないです。ごめんなさい」

「いや、見たこともないものがどれくらい強いかなんて聞いた俺の方が悪かった」

 黒猫に次の言葉を言わせずに、俺は声を上げた。

「とりあえず木霊狙いでいかないか? 蒼龍の方は、俺たちよりもここに慣れた冒険者がやりたがると思う。それでもしも誰も蒼龍と戦わないようだったら、俺たちで挑んでみる。これでどうだろう」

「その戦いに加わる、ということですね?」

 蒼玉の質問に言葉が詰まった。どう戦うかばかり考えていたが、戦いに加わらないという選択も確かにある。俺はみんなの顔を順に見回した。反論は、出ない。

「やるべきだと思う」

「はい」

 蒼玉も反対ということではなかったようで返事は早かったが、それに続いた言葉もまた、重かった。

「しかし、もしも私たちが蒼龍と戦って勝てそうになかったらということも、考えた方がいいかと思うのです」

 あまり考えたくないことに、俺も他のみんなも答えられない。それが沈黙になったかと思ったが、その前に黒猫が軽く答えた。

「木霊に囲まれさえしなければ、逃げるのは難しくないと思いますよ。蒼龍が木霊が固まったものならば、同じように動きは早くないはずですから。だから木霊に囲まれるかもしれない状況だったら、最初から蒼龍とは戦わないことです」

「状況次第か」

「まあその辺はぼくが見るようにします。戦力にはなれませんから」

「お願いね」

 黒猫にそんな否定の言葉を言わせたくなくて何かを言ってやりたかったが、それよりも早くユリが決めてしまった。

「はい。逆に蒼龍の方が手薄で、そっちに行った方がよさそうな時も」

 黒猫はあまり気にしていないのか、普通に答えている。ユリたちと一緒に動くようになってから黒猫が前に出て戦うことはほとんどなくて、それが当たり前だと思われているのかもしれない。それで黒猫がいいと思ってくれているのならばいいのだが、どうだろう。

 蒼龍退治に加わると決まり、その依頼は明日の朝にならないと出ないということで、今日のところは宿に戻ることにした。しかしその途中、雑貨屋で黒猫が足を止めた。

「何か買い足しておくものでもあるの?」

「はい、精神力回復薬を多めに持っておこうと思って。長い戦いになって技をたくさん使うことになるでしょうから、皆さんの分もこれに入れておこうと思うのです」

 レイナの問いに、黒猫は背中のリュックを指して答えた。

「だったらお金出すよ。いくつ買うの?」

 ユリが全額を持っていて必要な時に出すというのがユリたちの買い物のしかたらしい。

「一人ひとつで九本かな」

「うん、わかった」

 900フェロ全部、俺たちの分までユリが出そうとしたのを、俺が止めた。いいのに、とユリは笑ったが、そういうところはちゃんとしておきたい。

「でも珠季ちゃん、そのリュックけっこういっぱいに見えるけど、そんなに入るの?」

「今入れてあるのはいくつか宿屋に置かせてもらおうかなと」

「今さらだけどさ、何が入ってるんだそれ? ロープ以外に」

 葵の質問には答えず、黒猫は店先から店の脇へと歩いていってしまう。そこで背中のリュックを下ろして中身を取り出し始めた。はぐらかされた葵がそれをのぞきこむ。

「お答えがてら、お願いがあります」

「何だ?」

 問う側の葵の声は少し身構えたような感じがするが、黒猫の方は大したことではないと言いたげな笑顔をしている。

「買った回復薬をリュックに入れたいので、これ、持っていてください」

 そう言って渡したのが、両手鍋だった。受け取った葵は顔をしかめて、ふたを開けて中身を見てさらに顔をしかめた。実は黒猫のリュックの中身などちゃんと知っていなかった俺も斜め後ろからのぞいてみたのだが、皿やらスプーンやら乾燥肉やらが詰めこまれているらしい。

 かなり萎んだリュックを手に、黒猫は今度こそ雑貨屋に入っていく。回復薬以外に布切れを買うつもりだったらしいがそれは無料でもらえたらしく、満面の笑顔でお礼なんか言っていた。

 買った回復薬をリュックに入れて両手が空いた黒猫が、葵から鍋を受け取る。背中のリュック、手に鍋という格好は、宿までの短い間だけでも何度か変なものを見るような目を向けられていたのだが、それを黒猫が気にする様子はなかった。


 翌日、宿の俺たちが使っている部屋には、昨日見せてもらった鍋など黒猫のリュックの中身の一部が残されていた。

 戦闘に使わないものは全部置いていけばその分軽くなるのだろうが、それではリュックの中身が安定しないということで、前の晩にはずっとあれこれ出し入れをやっていた。

 その結果、黒猫の背中はいつもとそれほど変わらないように見える。背負い心地が全然違うと黒猫は言っているが、動きづらそうでもないのでこれでいいのだろう。

 今回は二パーティ分の依頼にする必要はないので、手続きはユリに任せて俺もギルドの外で待った。

「龍、かぁ……」

 それがどんなものかは想像もできないが、とんでもないものには違いないのだろう。そんなもの、俺たちが挑めるようなものなのだろうか。

「どうかしましたか?」

 黒猫に顔をのぞきこまれてようやく、俺は口に出して言っていたことに気がついた。

「セントラルグランから流されるようにここまで来たけど、そんなのでいいのかって、今になって思ったんだ」

 もう一度パーティを組んでからは、何をしようかとかはっきりしたことがないまま、今から龍などと戦おうとしている。黒猫が前にいたパーティが戦ってそこで黒猫が力不足を感じた、そんなものを大した覚悟もなく相手にしていいのだろうか。

「流されるって、そんなもんだろ」

 横からロンが口を挟んできた。しかしそれは、俺が感じている龍と戦う不安とはまったく関係なくて、流されるという言葉だけに対するものだった。

「どこに何があるかなんてわからないし、それを見たりするのが冒険だろうよ」

「そうですね。それに、流されるなんて言うほど自分たちで何も決めてこなかったなんてこともないです」

 二人の言うことが間違いとは思えないし、ここまでやってきたことも間違いとは思えないが、それでも何か違うのではないかという思いが抜けきらない。

「お待たせ。…ってどうしたの?」

 依頼を受けて戻ってきたユリが、何かを察したのか立ち止まってしまう。隣にいたレイナはその原因が俺だとわかったらしく、近寄ってくる。

「ああ、コイツたまにこうなるんだよ」

 ユリに返事をするロンも無視するように、レイナが俺の鼻先に顔を寄せる。

「この程度なら大丈夫かな。行こう」

 まだ首を傾げているユリの肩を抱くようにしてくるりと向きを変えて、そのまま背中を押して歩きだしてしまう。そうなっては立ち止まってなんかいられない。ロンも、そして黒猫と俺も後ろについて歩きだした。

 何があったのかなんてもう誰も何も言わなくて、無視されたような気分になってしまう。だがこれに加わることは昨日みんなで決めたことで、そもそも俺だってやるべきだと言ったことだ。今さら違うことなんか言えない。わかっているつもりなのに、それでも気分を改められない。

 うつむいてしまいがちな視線を何とか前に保とうと首を上げた瞬間、前を歩いている蒼玉と目が合った。逃げるように蒼玉はぱっと前に向き直ってしまったが、やがて歩調を緩めて俺の隣に並んできた。

「ごめんなさい」

「謝るほどのことでもないだろう」

 さっき目をそらせたことを言っているのかと俺は思ったのだが、そうではなかった。

「アキトさんの気持ちがわからなくて、何もしなくて」

 俺の思ったことと違うことに謝っていることだけはわかったが、それが何のことかは余計にわからない。

「レイナさんやロンさんは深入りしないで流そうとしてくれたのに、私はアキトさんの不安を和らげることも受け止めることもできませんでした。私の方がそうしてもらったばかりなのに」

 目を伏せてしまった蒼玉をほったらかすように、俺は前の方を見てしまった。二人とも俺を無視したのではなくて、深刻にならないように止めてくれていたのか。全然気がつかなかった。

 気がつかなかったと言えば、今隣にいる蒼玉が目を伏せてしまっていることにも気づいていなかった。みんなに心配ばかりかけて、俺は何をやっているのだろう。

「ごめん蒼玉、心配させて」

 ここからでは先頭のレイナやすぐ後ろのロンに謝ることはできない。せめて蒼玉だけでも悪いなんて思わないでほしかった。

「いいのです。私も、私がアキトさんにしてもらったように、したかった……でも、できませんでした」

「ありがとう」

 そう思ってもらえたことが嬉しくて気持ちがあふれそうになって、しかし口から出せた言葉はそれひとつだけだった。

「はい」

 でもそれが伝わってくれたことは、俺を真っすぐ見てくれる蒼玉の目が教えてくれていた。

 前方に道を横切って流れる川が見えてきて、先頭を歩いているユリとレイナがその手前で足を止めた。

「どうした?」

「この川をさかのぼったところに、いるんだって」

 ロンの問いに、ユリが右の方を指差す。そっちもやはり森なのだが、これまで俺たちが見てきたような高い木に日差しが遮られるようなものではなくて、低い木がまばらに生えているような感じだ。

 それでも木には違いなく、木霊であるかもしれないことに変わりはないはずだ。用心のために火を持って歩こうということになったのだが、木が小さい分だけ転がっている木切れも小さくて、使えそうなものがない。

「ここら辺の木を一本、折っちゃおうか」

「ダメです」

 ユリが構えを取ろうとしたのを、黒猫が慌てて止めた。

「生えている木をそんなことで折るのはダメです。それに、生木は乾いていないのでそんなに燃えません」

 ここでもユリは黒猫の言うことをあっさり聞いてくれて、もうそのことは言わずにどうしようかなどとつぶやいている。

「ないものはしょうがないだろう。せめて川沿いに進んで片側だけを注意するようにするしかないんじゃないか?」

 みんなも他の案など思い浮かばなかったようで、俺が諦め気味に口にしたことが通ったのだった。

「いいかな? レイナ」

 ユリがレイナに声をかける。

「あたし?」

「うん。初めて木霊に襲われた時みたいに、びっくりすることになると思うけど」

「やめてよね、今さらそんなの蒸し返すの。もういい加減慣れたって」

 ムッとした様子のレイナがひじでユリの肩をつついた。それでもユリにはまだ思うことがあったのか、一人で隊列を決めてしまった。自分が先頭に立ち、川の側にレイナたち魔法士、それをかばうように俺たちという並びだ。

 ユリにかばわれる形になることに不満げな顔を見せたレイナだったが、誰が見ても適切なやり方なだけに反対はできなかったようだ。反対を口にしたのは葵だったのだが、場所を聞いているのが自分だからと言われて渋々ユリの後ろについた。

「もしこれが木霊だったとしてもへし折るのは難しくないだろうし、怖がりすぎることもないかな」

「そうですね。不意打ちで余計な怪我をしないようにするくらいでしょう」

 いちばん後ろの遥と黒猫がそんな話をしている。俺の前ではロンがレイナをからかったようだったが、にらまれて黙らされていた。一瞬だけこっちに向いた目は、かなり怖かった。

 その向こうからは声は聞こえてこない。先頭のユリとその後ろの葵は、相当気を張り詰めているように見える。蒼龍がいるという場所は、もう近いのだろうか。

 森の奥から風が吹いてきて、木々の枝を鳴らした。立ち止まったユリが辺りをキッとにらむ。

「何……いるの?」

 さっきは平気だと言っていたレイナが、緊張感に飲まれたのか不安を隠せない声を上げる。それ以外の物音は、今はない。

 ズズッ……!

 風の音とは明らかに違う物を引きずるような音が、いくつも重なって響いてきた。近くはない。どこだ?

 どこからかわからない音に、遥が後ろを振り向く。俺もそれに合わせて斜め後ろに目をやる。レイナももう、声ひとつ立てない。

「あっち!」

 声と共にユリが前方を指差す。木々の向こうに見えたのは土煙で、何かはわからないが何かが起こっているのは間違いない。

「行こう!」

「ダメ!」「ダメです」

 駆けだそうとしたユリを、黒猫と蒼玉の二人の声が制した。

「なんで!」

 ユリは苛立つように声を荒らげたが、止めた方の二人は互いに顔を見合わせている。どちらが言うのか、互いに遠慮してしまっているようだ。

 そう俺が思った時、黒猫の方が口を開いた。

「ここにも木霊がいないとは限りません。慎重に進むしか、ありません」

 ユリとは対照的に、黒猫は表情を消したようにしている。それを見たユリの目が、鋭さを増す。

「…そうだね」

 その目を向こうの土煙に戻して低くつぶやいたユリは、それ以上の問答は無用とばかりに歩き出した。両肘を軽く曲げてこぶしを握り、今にも飛び出しそうなのを何とか抑えているようだ。

 俺たちもそれに続いて、目の前の木々と向こうで上がり続ける土煙を交互に見ながら少しずつ進む。川から離れ、両側に木々が立ち並ぶようになったため、葵と遥が列の反対側に移り、俺とロンとの四人で魔法士三人を挟む形に変わった。

 見えてきた土煙の向こうは、明るかった。ずっと続いていると思っていた森はそこにはなくて、森が切り崩されていくかのように木霊たちが向こうへと動いていく。残されているのは、掘り散らかされた黒い土だけだ。

 そして木霊たちの向こうに、木で作られたような大きな何かがうごめいていた。

「あれが、蒼龍……」

 すでにそれと戦っているらしい冒険者たちがいて、木霊たちはその背後を襲おうとしている。向こうもそれに気づいて、何人かがこっちに向き直った。

「あの木霊を!」

 自分でそう言ったのか、そう言われたのか、声に弾かれるように俺は駆けだした。木霊は横一列にずらりと広がっていて、俺たちも広がってそれぞれに攻めかかる。

 数は多いが、一本一本は大きくないので、切り倒すのは難しくない。すぐに向こうの冒険者たちと目が合うところまで切りこめた。

「こっちは任せろ!」

 目が合った瞬間、俺は叫んだ。向こうもわかってくれて、身をひるがえして蒼龍の方へと駆け去っていった。それを追おうとした木霊を立て続けに切り伏せるが、それでも数が多い。

「待てっ!」

 背を向けて走る冒険者に枝を伸ばそうとする木霊を、後ろから斬りつけた。しかし、木霊はそんな俺も見えているかのようにこちら側にも枝を伸ばして俺の顔を突こうとする。後ろを取ったつもりだった俺の方が不意を突かれることになってしまい、何とか身をよじったが頬に傷を負ってしまう。

「メタルブレード!」

 レイナが援護してくれたおかげで、傷はそれひとつで済んだ。手の甲で傷をぬぐう。かすり傷だ。

「大丈夫だよね?」

「ああ、助かった」

 返事を聞くなり、レイナは別の木霊に向かって走っていく。俺は列に空いた穴から一度向こう側に出て、反転して木霊たちに向かった。蒼龍の巨体が、俺の背中に影を差す。

 蒼龍と戦っている冒険者の方に向かわせないように、目の前の木霊を一本一本切り倒す。だが木霊はその向こうにもまだたくさんいて、俺の方が取り囲まれてしまいかねない。それを避けるためには、どうしても動き続けなければならない。止めるのは無理なのか。

 徐々に蒼龍から離されてきて焦りが抑えきれなさそうになった時になって、左手側が急に明るくなった。空いた場所に逃げこむと、また別の冒険者たちが木霊を倒しながら駆け抜けていくのが横目に見えた。

 助かった。俺はもう一度蒼龍を背にするように立ち、剣を構えた。あとは正面にいる数本だけだ。

「ファイアーウォール!」

 足を踏み出そうとした瞬間、火柱が木霊たちの横から襲いかかり、俺はすんでのところで足を止めた。他の木霊の影になったのか一本だけは燃え上がらなかったが、逃げられる前に俺が回りこんで切り倒した。

「大丈夫ですか?」

「ありがとう」

 蒼玉の声に答えながら、俺は辺りを見回した。向こうには蒼龍の巨体がうごめいているが、木霊の方は片づきそうだ。

「ずっと向こうまで、一人で…?」

 自分の周りの片がついて、それで俺の方まで来てくれたらしい蒼玉が、少し拍子抜けしたように木霊がなぎ倒されているのを眺めている。

「いや、別の冒険者が来てくれたんだ。そっちの木霊を突破してそのまま、蒼龍の方に行ったけどな」

「それなら…」

 蒼玉がくるりと振り向いて、俺もそちらに目をやると、そっちもちょうど木霊をすべて倒したらしく、みんなが集まってきていた。俺たちもそこへ合流する。

「これで木霊がいなくなって、後は蒼龍だけだね」

 その蒼龍に、俺たちが来るよりも前から戦っていた冒険者たちが攻撃を続けている。俺たちがここについてからそれなりの時間が経っているはずなのだが、まったくもって決着がつきそうには見えない。

「そうだね。あたしたちは、どうしようか」

 レイナが息を整えながら蒼龍を見上げる。すぐそこで激闘が繰り広げられているのにここで動きもせずにいるのは、まるで他人事を見ているようで、ちょっと落ち着かない。

「別の冒険者が木霊を突破して蒼龍に向かっていくのを見た。俺たちも加わった方がいいんじゃないか?」

 割り込みになるとかそんなことを言っている場合ではないのだろう。現に別の冒険者が戦いに加わっている。

「へえ、そんなのがいるんだ。それっぽいのは見えないけど、向こう側に行ったのか?」

 ロンは割り込みになることを気にしているようで、明らかに嫌そうな顔をした。

「多分な」

「見えないところから割り込むなんて、小ずるい真似をしてくれる。俺たちはひと休みしようぜ。あいつらが戦い疲れたところで、おいしいところをもらってやればいい」

 ロンはもう戦わないと言わんばかりに槍の石突を地面に立てた。だが、それもそれでずるい考え方だと思う。

「確かに割り込みはよくないでしょうが、危なそうならば助け合うのも必要でしょう」

 俺が言葉にするよりも早く、蒼玉が代わりに言ってくれた。ロンが蒼玉に目を向けたのを見て、こんな時なのに俺はロンたちと初めて出会った時のことを思い出した。あの時はロンとレイナがコボルトリーダーと戦っていて、厳しそうなのを見た俺と黒猫と蒼玉が一度割って入ったのだった。

「そうだな」

 ロンが立てた槍を持ち直す。みんなはどう思っているのかとふと見まわして、黒猫がいないことに気がついた。

「黒猫!?」

 慌てて周りを見回すと、黒猫は一人で森の縁に沿って蒼龍から離れる方へとゆっくり歩いていた。そして蒼龍とは別の方を向いて、立ち止まった。

 駆け寄った俺に続いて、みんなも話を中断して寄ってくる。黒猫の見ている方向は、そこだけ森がなかった。

「蒼龍は、あっちから来たんですね」

 木が生えていない黒々とした地面がまるで道であるかのように、黒猫が指差している方向へと続いている。

「蒼龍が通ると森が消えちゃうってこと?」

 ユリの問いに、黒猫は一呼吸おいてからうなづいた。

「これまでぼくたちが見てきた木霊のいた場所は、森が欠けたようになっていました。木霊の大きいものが蒼龍だとすれば、こういうことになるのかもしれません」

「つまり、あそこに元々あった木が全部、この蒼龍になってるってこと…?」

 ここから見えるところだけでも、何百本の木が生えていただろう。それが全部木霊だったとすれば大変なもので、もしもその全部が目の前の巨体ひとつに固まっているのだとしたら……

「ギルドで聞いた話からすれば、そうなのでしょう」

 黒猫につられるように、全員が蒼龍を見上げる。長い胴にそれを支える四本の足、持ち上げられた頭と垂れたような尾、頭の上や背中は緑の葉に覆われ、腹や足などは筏のように幹が束ねられてできている。

 蒼龍そのものの動きは緩慢とさえ言えず、ほとんど動かない。しかしそのあらゆる部分から枝が伸び、根が伸びて、こちらの攻撃を寄せつけない。攻撃が届いたところで木一本を切り倒すようにはいかず、一撃二撃程度ではせいぜい傷をつけた程度でしかなく、到底倒せはしない。

 見れば見るほど勝てる気がしない。だがだからといって、何もしない訳にもいかない。

 風が吹いて、蒼龍の背中から枝のざわめく音が聞こえてきた。すると蒼龍は、風の匂いでも嗅ぐかのように首を立てて頭をさらに上げた。茂る葉から角のように突き出した太い枝の根元に、目のような何かが揺れたのが見えた気がした。

「何だ……今のは…?」

 獣ならば遠吠えを上げたような動きに、嫌な予感がした。しかし、戦いの様子に変化は見られない。

「なに!?」

 まったく別の方向から聞こえてきた地響きに、ユリがキッと振り向いた。その顔は次の瞬間に驚きに染まり、それを見た俺たちもそちらに目をやる。

 新手の木霊が迫ってきていた。それも、さっきのようにかなりの数が横一列に広がっている。

「全部倒したと思ったのに、まだいたの?」

 レイナの疑問は、今は無意味だ。あの木霊をこっちに近づけてしまっては、俺たちも他の冒険者たちも、蒼龍との間で取り囲まれることになってしまう。

「とにかくあれを倒す。行こう!」

 駆け出す前に、ぐるりとみんなの顔を見まわす。みんながうなづくのを見て、俺は木霊の列の真ん中に向かって駆けだした。

 今度も大きな木ではないので、一本一本は切り倒すのはそれほど難しくない。しかし前に出てくる力が強い。次から次へと押し寄せてくる木霊たちに、押しつぶされそうになってしまう。

 それならばと俺は盾を前に構えて、強引に向こう側へと突っ切った。横から伸びてきた根や枝が腕や足を掠めるように打ちつけてきたが、その程度の痛みは無視する。

 これで少しは状況を変えられるだろうと反転したのだが、俺の目に映ったのは予想もしない光景だった。

 木霊たちは俺を無視して蒼龍の方へと進み続けている。大失敗だ。

 慌てて追いかけて斬りつけようとしたのだが、肝心なことを忘れていた。背後をとるということが、木霊には通用しない。

 剣を振り上げた腕を、進む向きとは正反対に伸ばしてきた枝がしたたかに打った。なんとか剣を落とさずに次の攻撃を後ろに跳んでよけるのがやっとだった。

 木霊たちはそんな俺を無視するように前進を続ける。このままでは。

「疾風気刃斬!」

 腕の痛みをこらえて剣を横薙ぎに振り、気の刃を大きく飛ばした。それは最後尾の数本の木霊を切り倒したが、それでもその前を行く木霊たちは前進をやめない。このままでは蒼龍と戦っている冒険者たちのところまで届いてしまう。

 俺は剣を振りかざして木霊へと突進した。しかし進みながら後ろに攻撃してくる木霊にはなかなか近づけず、有効打が届かない。手間取っているうちに木霊の向こうに蒼龍の巨体が見えてくる。ここから回りこまれれば、黒猫やユリたちも、他の冒険者たちも、横や背後を襲われることになってしまう。

 メリメリメリメリ……!!

 そこで俺は信じられないものを目にした。

 蒼龍の方へと進み続けていた木霊が、そのまま蒼龍の足へとめり込んでいく。後ろに続く木霊が、さらにそれを押しつぶすように突っ込んでいく。

 異様な光景に手を出すことも忘れてしまい、気づいた時には蒼龍の足が一回り太くなっていた。そしてその空いた場所に、左右からも木霊が流れこんでくる。

 ようやく状況の悪化に気づいた俺は、少しでも阻止しなければと左側へと突っ込んだ。そこにはロンとレイナがいて、すぐに残りの木霊は片づいた。

「何なの? あれ」

「ごめん……」

 あの光景はレイナたちも見ていたようで、木霊を通してしまった俺が問い詰められる。

「そんなこと言ってる場合か! お前はあっち、俺たちは向こうだ!」

 答えられずに黙りこくってしまったところにロンの怒声が飛んできて、俺もレイナも弾かれるように駆けだした。

 そこでは、黒猫の防御魔法の後ろで蒼玉が火柱の魔法を詠唱していた。迫ってくる木霊が魔法で燃やされるが、その横から新手が次々と回りこんでくる。それを俺がさらに横から斬りつけた。

「アキトさん!」

 気づいた黒猫が、蒼玉の手を引いて俺の方に走ってきた。俺はすれ違うようにさらに木霊たちへと切り込む。だが俺一人ではやはり防ぎきれない。

「アキトさん離れて!」

 黒猫の声とほぼ同時に、蒼玉の火柱の魔法が放たれた。襲ってくる枝を剣で払いながら横跳びに逃げると、その木霊も含めてこちらに迫ってきていた全部が焼き払われた。

「助かりました。ぼくたちだけでは押されっぱなしで、もう後がないと焦っていたところでした」

 黒猫はそう言って笑ってくれたが、その笑顔にも疲れがにじんでいた。続いて礼を言ってくれた蒼玉も、肩で大きく息をしていた。

「無理をさせて、悪かった」

「アキトさんの方こそ、大丈夫ですか?」

 沈んだ俺の声に、逆に心配されてしまった。目ざとく腕の打ち身を見つけた黒猫が、回復魔法を送ってくれる。考えもせず一人で突っ走って、木霊を防ぐこともできずに、しかも二人をひとつ間違えばというほどの危険に遭わせてしまった。

「本当にごめん……」

 こんな場面なのにうなだれてしまった俺に、別の方向から声がかけられた。

「みんな大丈夫?」

 声の主はユリだった。ロンもレイナもみんなこっちに歩いてきていて、その向こうにはもう木霊はいないようだ。

「ああ、こっちは。そっちは?」

「何とかね」

 ユリは満面の笑顔を見せてくれたが、みんな大きく息をついたりしている。それぞれに苦しい戦いだったのだろう。

「見たわよ、あれ」

「悪い。俺のところで防ぎきれなかった」

「ああやって蒼龍ができてたのね」

「何か、あったのですか?」

 メグの言葉に黒猫が質問を挟んだ。メグはあの様子をしっかり見ていたらしく、俺が見たとおりのことを黒猫に説明してくれた。

「すごい音がしてたのって、それだったんですね」

「何と言うか、痛々しい音だったわ。木霊に痛みなんてなさそうだけど」

 そう思ってあの音を思い出すと、自分がしてしまったことに胸苦しくなってしまう。そうしてうつむいてしまいそうになった時、蒼玉の声が耳に入って俺は思わず顔を起こした。

「蒼龍は木霊を呼んで自分を大きくしていることが、これでわかりました。その木霊を止められれば、蒼龍は倒せるのでしょう」

 逆に言えば、木霊を止めることができなければ、今のままでも強大な蒼龍がさらに強大さを増してしまうということだ。黒猫も同じことを思ったのか、深刻そうな顔で蒼龍を見上げている。

 少し離れて見上げている俺たちには攻撃が届かないのか、蒼龍はこちらには何もしてこない。倒すべき怪物は目の前にいるのに、また木霊を呼び出されたらと思うと下手に動けないのがもどかしい。

「なんだ? あんたらはここで見物か?」

 そこに背後から声をかけられた。また別の冒険者たちが来たのだが、町とはかなり違う方向から歩み寄ってくる。

「だいぶ遅いお出ましだけど、どっかで木霊とでもやり合ってたのか?」

 嫌味と受け取ったらしいロンが、負けじと嫌味っぽく返す。

「いや、もっと東かと思って遠回りしちまったんだ。おかげで木霊にも会わなかったよ」

 向こうはどうやらそのつもりはなかったらしく、頭を掻きながらばつが悪そうに答えた。

「こっちはその木霊とやり合ってたところさ。どうもこの蒼龍が呼び寄せるらしい」

 ロンの方は肩透かしを食らったようで、それだけ言って蒼龍の方へと視線を戻してしまった。

「そうらしいな」

「知ってるのか?」

 真っ先に問いかけた遥と並んで、冒険者たちも蒼龍を見上げた。

「昨日あれをギルドに知らせたのは俺たちなんだ。その時はもっと東にいたからそこかと思ったんだけど、全然違う方からでかい音がして慌てて来てみれば…」

「まさかそこらの木を全部食い荒らしてあんなになってるとはな」

 一人が絶句してしまったところを、仲間が継いだ。二人とも長柄の斧を武器に持っている。いかにも木霊と戦うための装備だ。あとの二人も重装戦士と重魔法士で、やはり動きの早さよりも一撃の重さが必要な木霊には相性がよさそうだ。

「さっきも俺たちだけじゃ木霊を全部は防ぎきれなくて、何本かは蒼龍の足になったんだ」

 この人たちならばわかってくれると思って、俺はさっき起こったことを正直に話した。

「そうか。あんたたちだけで木霊を抑えててくれたんだな」

「だけかどうかはわからない。俺たちはこの辺に来たのとしか戦ってないから」

 それを聞いた大斧の方の男が、周囲に目を走らせる。ここから見えるのは前足の方で戦っている冒険者たちだけだが、向こう側にも別の冒険者がいるはずだ。そう補足する。

「状況を教えてくれて助かった。で、最初の質問に戻るが、あんたらはどうする?」

 ここまで説明はロンや俺がしたが、どうするかを決めるのは俺ではない。俺はユリに目を向けたが、急には決められないようでユリも答えられずにいる。

「今はひと休みってところか。また木霊が出てくるようなら、俺たちはそっちに行くつもりだ」

 代わりに俺が自分の考えだけで答えてしまったが、みんなの顔を見回した感じ、それでよさそうだ。

「わかった。こっちはこの後足をやるけど、木霊には気をつけるようにする」

「お願いします。ぼくたちだけで無理そうな時は、ぼくが助けてもらいに行きますので」

 うなづいただけの俺に代わるように、黒猫が話に入ってきた。

「君の顔は…覚えるまでもないな。そんな奇抜な格好は見間違えようがないしね」

 向こうも、これまで話に加わっていなかった魔法士の男が笑って答えたのだった。つられるようにいくつもの笑い声が重なる。そこには当の黒猫も混ざっていたのだった。

「じゃ、俺たちは行く。後ろは頼む」

 笑いを収めたところでそれだけ言って、俺たちが返事も何もしないうちに駆け出していった。足元から次々に伸ばされる根を大斧のひと薙ぎで打ち払い、蒼龍へと肉薄する。上から枝が打ちつけられるが、重装の男がかざした大きな盾に隠れてやり過ごす。

「ブレードダンス!」

 伸びきった枝を、魔法で生成された刃がまとめて切り裂く。落ちてくる枝を避けて後ろに跳んだ二人と入れ替わるようにもう一人の斧の男が、今度こそ渾身の力で蒼龍の足に斧を打ち込む。傷はそれほど深くはなさそうだったが、それでもその傷から重みで潰れるような音がして、蒼龍がわずかによろめく。

「強い……」

 俺のつぶやきに、同感のような感嘆の声が上がる。

「それでも自分たちだけで蒼龍を倒すのは無理だと判断したから、ギルドに知らせたのでしょう。だから蒼龍は、それ以上ということになります」

 黒猫の言葉に改めて蒼龍の強大さを思い知らされ、俺は絶句してしまう。しかし違うことを思ったらしいユリが、答えるように口を開いた。

「相手の力を見極められるだけ、あの人たちは強い。……ちょっと、悔しいな」

 口ではちょっとと言っているが、戦いを見つめるその目は鋭くて、その悔しさはちょっとどころではないということが痛いほどに伝わってくる。そのユリの隣に葵が並んだが何も言うことができなかったようで、同じような目をして四人を見ている。

 また足に斧が打ちつけられて、悲鳴を上げるかのように蒼龍が首を立てた。口のない蒼龍から音が発せられることはない。だがこれは、さっき見たのと同じではないのか。

「また、木霊を呼ぶのか…?」

「風は!?」

 俺の疑問の声をかき消すくらいに黒猫が大きく叫び、せわしなくあたりを見回しながら手袋を片手だけ外した。

「あっち!」

 いち早く風を感じ取ったユリが、四人が出てきた東の方を指差す。

「多分アキトさんの言うとおり、あれはぼくたちには聞こえない声で木霊を呼んでいるんです。だとすれば、声が聞こえやすい風下から…」

 黒猫の言葉が終わるのを待たずに、ユリが指差した先の木々が音を立てて動き出す。しかも今度は、さっきまでよりも大きな木ばかりだ。

「できるだけ近づけさせないようにしなきゃ!」

「待って!」

 駆けだそうとしたユリを黒猫の声が制した。駆けだそうとしていたのはユリだけではなく、俺もつんのめりそうになってしまったのだが、体勢を立て直すよりも早くユリの怒声が耳に刺さって余計に一歩踏み出してしまった。

「なんで!?」

「今度はちょっと、準備をしましょう」

 詰め寄りそうなユリに向かって、手袋をつけなおした黒猫が両手をかざした。面食らったようにユリは硬直してしまう。

「パワーチャージ!」

 黒猫の声で硬直が解けたように、ユリは両手を開閉した。

「あの時の力の魔法だね」

「はい」

 黒猫は返事もそこそこに、葵、遥、ロンと俺にも同じ魔法を次々と送った。

「これで少しは違うはず。行きましょう」

「ありがと珠季ちゃん」

 さっきは分散しすぎて苦戦したので、今度はみんな互いが見えるくらいの距離を保って突進する。後ろでレイナの文句のような声が聞こえてきたが、一言だけで終わったようだった。

「気刃斬!」

 正面から打ちつけようと伸ばされた根を盾で受け流して、気合の一撃を繰り出す。自分の体ほどもある幹が、別の物を斬ったくらいの手応えで、真っ二つに切り裂かれた。意外の感に打たれて、次の行動が遅れてしまう。

「よそ見しない!」

 別の木霊が俺に向けて枝を振りかざしていたのを、ユリが飛び蹴りで幹ごと蹴り倒した。しかし自分でそう言っておいて、ユリもそこで首を傾げてしまう。今度は俺がユリを襲おうと伸ばされた根を切り払ったのだが、ユリも気づいて飛び退っていたのだった。

「珠季ちゃん、補助魔法効いてないよ?」

 後ろからそんな声がするが、効いていないなんてことはないはずだ。試すように今度は自分から飛びこんで別の木霊に斬りつける。やはり手応えがさっきまでと違う。

 魔法をかけなおしてもらったらしいユリが再び飛び出してきたので、入れ替わるように俺は一度下がってみんなの居場所に目を走らせた。左から葵と遥とメグ、俺とユリと黒猫、ロンとレイナと蒼玉がまとまった感じになっている。右手では蒼玉にまで木霊の攻撃が伸びてきていて、魔法を使えずにいる。

「蒼玉、こっち来い!」

 自分の方への繰り出される攻撃を切り払いながら、少しずつ右へと移動する。蒼玉の姿が背後に隠れたのを見て、反撃とばかりに枝の攻撃を盾で押し返して斬りつけた。

「ファイアーウォール!」

 さらにその後ろの木霊が伸ばしてきた枝を後ろに跳んでよけると同時に、蒼玉が火柱の魔法を放った。枝から火が燃え移り、周囲を巻き込んで燃え上がる。それに押されるように、木霊たちが前に出てくる圧力が緩まった。

「やっぱり魔法効いてないよ、珠季ちゃん」

 火を避けて下がってきたユリが、また同じことを言った。

「俺にはちゃんと効いてるけどな」

「うーん……試しに別の魔法を使ってみますか」

 そう言うと黒猫は、今度は早さの補助魔法をユリに送った。感触を確かめるようにその場で二、三度跳ねて、ユリは火をよけて回りこんできた木霊に突っ込んでいった。反対側では火に押されるようにして間隔を詰めて押し寄せてくる木霊にロンたちが苦戦していて、俺はそっちへと走った。

 俺が斜めから突っ込んでその隙にロンたちは下がって体勢を立て直したのだが、こちらがまとまった分、今度は木霊たちの横への広がりを止めきれなさそうだ。ロンたちのさらに右手にいる木霊にまで手を出そうとすれば、今度は蒼玉が取り残されてしまう。

 正面で木霊の前進を止めていた火が小さくなってしまったので、蒼玉のところまで戻るしかなかった。ここでも少し下がることになってしまう。今度もまた、俺たちだけでは無理なのか。

 剣を構えなおして左右に目を走らせたとき、さっきまでとは逆に木霊たちが右から左へと押されてきた。

「マッドトラップ!」「ファイアーウォール!」

 たまらずレイナと蒼玉が横並びで魔法を放ったのだが、その縁では泥沼が火を遮り、火が泥沼を乾かして打ち消し合ってしまう。その合間には、俺が切り込むしかなかった。

「乱衝撃!」

 泥沼の向こう側を進んでくる木霊は、ロンが必死に防いでいる。いや、その向こうに誰かがいる。あれは誰なのか。

「アキトさん!」

 離れたところに飛んでしまった意識を、蒼玉の声が呼び戻した。切り倒したはずの木霊がまだしつこく根を伸ばして俺の足を打とうとしていた。すんでのところで盾を地面に打ちつけるようにして防いだが、無理な体勢になってしまい、よろめいてしまう。

「まずいっ!」

 次の攻撃を防げない。しかしそれは飛んできた何かに弾かれて引っ込んだ。

「黒猫?」

 思わずその姿を探してしまったが俺の後ろにいるのは蒼玉だけで、助けてくれたのは蒼玉だった。じゃあ黒猫は?

 嫌な考えが頭をよぎったが、そんなことを気にするだけの余裕はなかった。後ろからはまだ木霊たちが続けて押し寄せてくる。黒猫のことだ、信じる。

 二本横に並んで迫ってきた木霊の、左側を駆け抜けざまに切り倒す。その勢いのまま一度それるように回りこんで、もう一本を横から斬りつける。だが木霊には横も後ろもないらしく、走りこんでくる俺に向かって真っすぐに根と枝を伸ばしてくる。

 ただ、木霊には横も後ろもないが、伸ばせる根や枝には限りがあるらしい。近づけずに飛び退った俺の反対側から、ロンがやすやすと突きを食らわせて幹を砕いたのだった。

「そっちは?」

「別のやつらが片づけてくれた」

 いつの間にか右手の方には木霊の姿がない。だがロンの言う別の冒険者の姿も見えない。

「その人たちは?」

「俺たちのところには割り込まないって気を利かせて、向こうへ戻ってったぜ」

 それならばここは、あとは正面で前進に手間取っている数本だけだ。

「なら、ここは任せる。蒼玉も俺と来い」

 ユリたちの方が気になって、俺はそれだけ言い捨てて左手の方へと駆け出した。だが、さっきからずっと左側からの圧力がなかったことに、俺は気づいていなかった。

「結局助けてもらっちゃいました。ごめんなさい」

 いつの間にかユリたちの方には蒼龍に向かっていたはずの四人が合流していて、木霊はもう全部なぎ倒されていて、黒猫が礼を言っているところだった。いないと思ったら助けを呼びに行っていたのか。いろいろ安心した俺は足の力が抜けてしまい、その場で動けなくなってしまった。

「大丈夫ですか、アキトさん?」

 膝に手をついてどうにかへたりこまずに立っている俺に黒猫が気づいてしまい、みんな寄ってきてしまった。残った木霊ももう片づいたらしく、反対側からロンたちも来た。俺が連れ出したはずの蒼玉も、いつの間にかロンたちの応援に戻っていたようで、レイナと三人一緒だった。

「みんな無事でよかったって思ったら、つい」

 勢いよく身体を起こして、自分も無事だと主張する。

「はい。なんとかなってよかったです」

 本当は黒猫一人が心配でその反動で力が抜けてしまったのだったが、どうやらそれだけは気づかれずに済んだようだ。

「けど向こうは相変わらずか」

 蒼龍をにらみながら、呆れたようにロンがつぶやく。

「まあな。頑丈なのにもほどがある」

 嫌味に受け取ることもなく、大斧の男も呆れ顔をした。

「それじゃあこの辺で立て直しとしましょうか」

 黒猫が背中のリュックを下ろして、中から革袋をふたつ取り出して俺に渡した。中身は割とずっしりしている。

「回復と補助が必要な方はぼくのところへ、精神力回復薬が必要な方はアキトさんから受け取ってください」

 俺に渡されたのは昨日買い足した精神力回復薬だった。配るのを頼まれるついでに、黒猫の分を一本残すように頼まれた。

「俺たちもいいのか?」

「はい、助けてもらいましたから。あ、でも、回復薬は全員分にはちょっと足りないのですが…」

 俺に渡されているのは昨日買った九本とその前から黒猫が持っていたらしい一本の、合計十本だ。俺は必要ないと伝えると、重魔法士の男がくれるのならばほしいと言ってきたので一本手渡した。

 回復薬を受け取ったのは魔法士五人とユリ、ロン、遥で、二本余った。それならばと俺が一本もらおうとしたところに、同じように遠慮していたらしい大斧の男からほしいと頼まれたので一本を渡し、最後の一本は残しておくことにした。

 黒猫の方は途中で回復薬を一気飲みして、回復と補助の魔法を続けている。結局早さの補助魔法も効果がなかったらしく、ユリは補助魔法の方は断っていた。

 預かっていた革袋を黒猫に返して、俺も魔法を送ってもらう。俺で最後だったらしく、さあ戦おうとなってきた時、

 ズドン―――!!

 重いものが落ちた音と同時に、かすかな揺れが足元を襲った。

 それぞれに武器を構えたりする。しかし目の前では何も起こらない。

 いや、何も起こらなさすぎる。蒼龍は大きく動くことはしないが、攻撃してくる相手には絶えず根や枝なんかを伸ばして、そして全体でも足を進めたり踏ん張ったりと多少の動きはあった。それが今は、まったくない。

「倒した…のか?」

 誰かの、もしかしたら俺かもしれない、つぶやきに反論の声はない。互いに顔を見合わせ、みんなそう思っていることが互いにわかると、一気に緊張が解けた。

「なんだ。せっかく回復薬まで使ったのに、無駄になったかぁ」

「そういうこともある」

 早めに黒猫に魔法をかけてもらって前の方にいた遥と重装の男がそう言い交わしたのがきっかけになって、みんなが思い思いにしゃべりだした。

 そんな時でも一人、蒼玉だけがはしゃぐ様子を見せない。まったく動かなくなった蒼龍を真っすぐじっと見ているので、俺もそちらに目を向けてみた。

 何が気になるのだろうかと思って見ているうちに、それが蒼玉と同じかはわからないが俺にも気になったことがあった。倒されたというのに足でしっかり立っているのは、どういうことだろう。

「あれ…、動いています!」

 ミシミシミシミシ……!!

 叫ぶように蒼玉が声を上げた次の瞬間、木のきしむ嫌な音を立てて蒼龍の体が崩れていった。足で支えていた腹が地面に落ち、その足からも腹からも蒼龍を作っていた木がはがれてくる。

「な、何なのあれ…!?」

 レイナが震える指でそれを差しながら、裏返った声を上げた。

 はがれたように見えた木々が、うごめきながら広がっていく。何本かは折れてしまっていてその場で倒れたりもしたが、それよりもずっと多い数がこちらにも迫ってきている。木のきしむ音はまだ続いていて、はがれた木がうごめきながら次から次へと出てくる。

「蒼龍になっていた木霊が元に戻って襲ってくるって訳か。こりゃあ総力戦だな!」

 大斧の男の声を合図に、四人は木霊の群れへと突っ込んでいった。

「私たちも!」

 ユリが振り向いて俺たちの顔を見まわしたので、うなづいて答えた。しかし次の瞬間にユリが駆けだしたのは、レイナの方だった。レイナが足が動かせなくなるほど震えていることに、俺は気がついていなかった。

 そうだった。木霊に初めて襲われた時もレイナは怖がっていた。戦っているうちに慣れたようだったが、それでも今目の前に繰り広げられているこの光景は恐怖なのだろう。俺だって気味が悪い。

「お願い、みんな先に行ってて!」

 レイナの感じた恐怖に気づかなかったことを悔やんでいるところにユリの声が飛んできて、そこで思考を止められた俺は弾かれるように前へと駆け出した。

 向かってくる木霊たちは蒼龍の一部になっている間に互いに潰されていて、まともに動くことさえできていない。そのために大きなものでも簡単に切り倒せるのだが、そのうごめく様は不気味としか言いようがない。それが数えきれないほど、辺り一面を覆い尽くそうとしている。

 打とうとしているのか捕まえようとしているのかわからない、ゆらりと伸ばされてくる根や枝を剣や盾で払いながら、目の前の木霊を一本一本切り倒す。次と思った右斜め前の低い木霊が、高い気合の声と共に打ち砕かれた。

「レイナは?」

「珠季ちゃんと一緒!」

「ありがと」

 俺の礼にうなづいて返して、ユリは左に迫ってきた木霊に殴りかかった。交差するように俺は右側の木霊へと走る。

 木霊の動きは今までのものよりもさらに遅い。時々少しだけ下がって周りを見ておく余裕くらいはある。そうして振り向いてみると、黒猫たちが後ろの森に近づきすぎないところで立ち尽くしているのが見えた。あまり俺たちが下がりすぎると二人に木霊を近づけさせることになってしまう。

「地裂斬!」

 気の刃で押し込もうと思った瞬間、横から衝撃が走り、木霊を切り裂きながら地面までも断ち割っていった。割れた地面が後ろの木霊の前進を阻む。

「大丈夫か?」

 助けてくれたのは遥だった。前に一人で木霊数本を抑えてもらったことがあったが、こんな技を持っていたのか。

「助かった。こっちは大丈夫だ」

 割れた地面に根をさまよわせている隙に飛びこんで、地面に走ったひびに沿ってなぎ倒していく。その先では蒼玉とメグの二人が魔法で木霊たちを追い払っていた。あっちも大丈夫そうだ。

 倒した残骸が増えてきてこっちも向こうも動きづらくなってくると、もう魔法士たちのやりたい放題だった。逃げることも強引に抜けてくることもできない木霊が、なすすべもなく放たれた魔法に飲み込まれていく。

 俺たちの方に向かってくる木霊はいなくなったが、木霊は蒼龍からあらゆる方向に出てきている。ようやく立ち直ったレイナも加わって、逃げているのか回りこもうとしているのかわからない動きをしている木霊たちの方へと向かった。

 それらが全部片づいたのは、そろそろ日が傾こうとしている時になってからだった。蒼龍がいた場所には潰れて動けなかっただろうぐちゃぐちゃに潰れた木が山のようになっていて、そこから広がるように木切れが散らかっている。それを冒険者たちが囲んで眺めているといった感じだ。

 互いの姿からもう終わったことをそれぞれに感じ取ったのだろうか、それぞれがバラバラに町へと歩き出していった。リザードと戦った時のようにまとめる人が誰もいなければ、こんなものなのだろうか。

 俺たちも助けてくれた四人と一緒に町へ向かった。この森には相当慣れているのか、俺たちのように回り道などせずに真っすぐ森を突っ切って行くようなので、それについていった形だ。

 おかげで日が沈む前に町に戻ることができた。早速ギルドに行ってみると、入りきれずに待っているのか、外にかなりの数の冒険者たちがいる。それをかいくぐるようにして窓から様子を見たユリが、レイナだけを連れて中に入っていった。

 蒼龍との戦いでみんな疲れているようで、外はかなりの人数の割に静かなものだ。傾いて赤くなってきた日の光の作る影が、余計にその顔を疲れたものに見せる。

「変ですね」

 待ちきれなくなったのか、黒猫が窓の方を見る。しかし光が差しこんでいない建物の中は暗くて、人が何人もいるくらいしか見えない。

「そうだな、遅いな。順番待ちなのかな」

 せめて相手くらいはしてやろうと俺は相槌を打ったのだが、黒猫はさらに首を傾げた。

「いえ、順番ならば先に入った人が出てくるはずです。それなのに、誰も出てきません」

「そうだな。何かあったのか…」

 聞きつけた葵が話に入ってきた。

「わかりません。でもここはユリさんたちに任せるしかないでしょう」

「そうだな……あ」

 葵が何かに気づいたように少し大きな声を上げた。

「宿、取っとかないと」

 葵に言われてようやく気付いた。

「今日だけは大丈夫です。ぼくの荷物を預かってもらっているので」

 なるほどそうだった。さっきから人に言われて気づいてばかりで、自分では何も考えていない。

「でもそれならそれで、ここにいてもただ待つだけですし、先に宿に行って休ませてもらいましょうか」

 そう言って黒猫は俺の顔を見上げた。俺が何も考えていないのを、疲れているものと心配されているのだろうか。待つくらい平気だと答えたかったが、蒼玉やメグは休んでもらった方がいいかもしれない。

「それなら黒猫、蒼玉とメグと先に宿に行っててくれ。俺たちはユリとレイナを待つ」

 三人ともここで待つとは言わず、通りを歩いていった。

「何に時間がかかってるんだろうな……」

 先に宿に向かった三人が見えなくなったところで、葵がもう一度つぶやいた。

「そう言えば誰が蒼龍を倒したんだろう。それで揉めてるとかじゃないか?」

 ロンの言葉に俺はまたハッとした。蒼龍がたくさんの木霊になってそれをその場にいた冒険者みんなで片づけたのだが、最後にそれを囲む形になった時、誰もが手柄に浮かれているようには見えなかった。あんな大物を倒したのならば誇らしげにしてもよさそうなのに、誰もそういう様子はなかった。

「そうだとしたら木霊としか戦ってないおれたちには関係ない。木霊の分の報酬をもらってさっさと宿で休みたいな」

 それはそうだが、もしもそうならばあの二人がおとなしく待っているとは思えない。それくらいの機転は利くというか、我慢強くないというか。

「やめとけよ。想像だけしてても余計に疲れるだけだ」

 遥が割って入ってようやく、二人とも愚痴っぽくなってしまった話を止めたのだった。

 空の赤が消えてしまいそうになってようやく、ユリとレイナが戻ってきた。二人だけではなく、中にいた冒険者全員が一斉に出てきている。

「聞いてよアオちゃん…って、あれ? メグと、蒼玉さんと珠季ちゃんは?」

 表情からして機嫌が悪そうなユリだったが、三人がいないことに気づいてキョトンとした顔になった。

「長くなりそうだったから先に宿に行ってもらった」

「そうだねそれがよかったね、ありがとアオちゃん。で、アオちゃんたちは待っててくれたんだ」

「それはいいけど、何か揉めてたのか?」

「それがね、蒼龍を倒した人がここに来てないから報酬をどうするか決められないんだって」

 本当に誰が蒼龍を倒したのかということだったのか。そんな話をしていた葵とロンが顔を見合わせたのを、ユリは不思議そうに見ていた。

「それっておれたちには関係ないのに、そんなことで待たされたのか」

「そうなんだよ。私たちもそう言ったんだけど…」

 なんだか怖いほどに想像どおりだ。また不機嫌顔になって言葉を詰まらせてしまったユリの代わりに、レイナが話を継いだ。

「倒した蒼龍から出てきた木霊がね、あたしたちが倒したのか勝手に倒れたのか数えようがないとか言い出してさ。報酬払う気ないんじゃない?」

「NPCが信用できないとなると、依頼なんかやってられないな」

 ロンの言うことはもっともなのだが、そう思う以上に俺は黒猫がここにいないことに内心安堵したのだった。NPCへの悪口を、黒猫の耳には入れたくない。

「で、報酬は明日の朝また来てくださいだって」

 みんな一度にギルドを出てきたのは、そういうことだったのか。それで一応納得したのか、納得できなくてもどうしようもないと諦めたのか、俺たちと同じように外で待っていた冒険者たちが次々とギルドを離れていく。

「今日はもう休もう。黒猫たちも待ってる」

 さっきの遥ではないが、今ここであれこれ言っていても疲れるだけだ。

「そうだね。あーあ、今日の果物は何だろう」

 口では軽口を言っているが顔はあまり笑っていなくて、そんなユリと一緒に笑うことは誰もできなかった。

 宿に着くと、話でもしながら待っていたらしい三人が出迎えてくれた。

「随分かかったみたいね、お疲れさま」

「ずいぶんかかってそれでも終わらなくてまた明日だってさ」

 労いの言葉をかけてくれたメグに、ユリが不機嫌顔を隠さずに言い放った。

「あー…、やっぱり報酬をどうするかで困っちゃったのね」

 メグたちも同じ想像をしていたのかと俺は思ったのだったが、そうではなかった。

「亡霊剣士の話、聞きました?」

 突然黒猫が聞き覚えのない言葉を持ち出した。

「亡霊って、コレ?」

 ユリがだらりと垂らした両手首を胸のあたりまで持ち上げ、レイナに向かって舌を出して見せた。

「やめてよね」

 嫌そうな顔をしたレイナが指でユリの額をつつく。ユリは面白がって舌を出したまま首をぶらんぶらんさせた。

「蒼龍を倒した人が来なくて報酬をどうするか決められないとは聞いたけど、それが亡霊剣士なのか?」

「みたいです」

 ふざけているユリの代わりに遥が話を戻してくれて、黒猫の方もほっとしたように話を続けた。

「雑貨屋に空瓶を返しに行った時にそこにいた冒険者さんから聞いたのですが…」

「なんだお前出かけてたのか。言ってくれれば俺がついていったのに」

 黒猫を一人にしたことが心配になってつい口にしてしまった言葉は、話の腰を折るなと言わんばかりのみんなからの冷たい視線を呼びこんでしまった。あまりに怖くて一歩下がってしまうと、ちょうど目が合った黒猫が一瞬だけ笑いかけてくれた。

「蒼龍と戦っているところに突然ふらふらと入ってきて、危ないと思った時はもう蒼龍の頭が落ちていたのだそうです」

「で、そのままどっか行っちまったと」

「そう聞きました」

「何なんだそいつ?」

 ロンの疑問はもっともだが、ふらふら来てそして行ってしまっただけの人のことなど、わかるはずもないだろう。しかし黒猫はその問いにすぐに答えた。

 黒猫が会った冒険者の話によれば、生きているのか死んでいるのかわからない顔色をして、呼びかけても反応も何もなく、男とも女ともわからない線の細い感じの剣士の噂があるのだという。それは当てもなさそうにふらふらとただ歩いているだけなのだが、目の前に立った怪物はすべて斬り捨てていくのだという話だったらしい。

 その冒険者もそれがまさか噂の亡霊剣士とは思わずに近づいてきたのを止めようと声をかけたのだが、逆に蒼龍へと踏みこんで、何をどうしたのかはわからないが次の瞬間には蒼龍の頭が落ちていて、それは何事もなかったかのようにまたふらふらと川の上流の方へと行ってしまったのだという。

「嘘みたいだな、あんなでかい蒼龍を一撃だなんて」

「でもその冒険者さんは目の前でそれを見たのだそうです。思い出してまた驚いたような顔をしていましたし、嘘を言ってからかわれているようには思えませんでした」

 依頼を受けていない人が蒼龍を倒してしまい、しかもギルドに現れないとなるとNPCとしては扱いに困るだろうから、それをどうするかで時間がかかったのだろうというのが、その話を聞いた黒猫たち三人の推測だったようだ。実際そのとおりなのは、さすがこの三人と言うべきだろう。

「亡霊剣士か。噂は聞いてるけど本当にいるんだな」

 そう言いながら奥から出てきた店主が、今度はみんなの注目を集める。突然のことでつい鋭く振り向いてしまった俺もその一人で、そんな視線にたじろいだ店主は無理やり作ったような愛想笑いを浮かべた。

「あ…話の邪魔だったら悪い。飯ができたからどうするかと思ってな」

「ごめんなさいいただきます。でもその前に、どんな噂か聞かせてもらってもいいですか?」

 ユリが非礼を詫びると、店主は俺たちのいるテーブルのところまで来てそれを話してくれた。怪しげな噂だからか、話してくれたことには黒猫が聞いてきた話と少し違うところもあった。

「亡霊剣士を見かけても絶対に関わっちゃいけない。近づけばそれが敵であろうがなかろうが、何であっても斬り捨てられる」

「それって人なのか? むしろ危険な怪物なんじゃ…」

 剣士と言われていたのでずっと人だと思っていたが、やっていることは怪物と違いないのではないか。そう思って俺が疑問を挟むと、店主より先に黒猫が口を開いた。

「人だと言ってはいませんでしたが、あの冒険者さんは人だと思ったから声をかけたのでしょう。……少なくとも見た目は」

「実際人かどうかわからないから、亡霊って呼ばれてるのかもしれないな」

 店主の言うとおりなのだろう。亡霊と言っておけば、危険なものともそうでないともとれる。気をつけた方がいいと言い残して、店主は食事の準備に戻った。

 食事の前に蒼龍が退治された祝いとか言っていたが、出てきた食事はいつもとそれほど違いはない。違いと言えば厚切りの肉が食べ応えがあったことと、それが楽しみのユリに今日の果物のことを聞かれても教えてくれなかったことくらいだ。

 どうやら祝いというのはその果物のことだったらしく、持ってきた店主の顔がほころんでいた。ちょうど両手で包めるくらいの大きさの、みずみずしいというよりも水気が垂れてきそうな、薄い赤色のものが、一人ひとつずつ運ばれてきた。

 向こうではユリが匂いを嗅ぐように鼻を近づけているが、同じようにした黒猫は弾かれたように店主の顔を見た。

「まさか……これ、桃ですか?」

「ああ。今日これが買えたのは偶然だったんだけど、蒼龍の退治祝いって言うにはいい代物だろう」

「そうですねぇ。偶然にしては、できすぎです」

 それほどのものなのかと同じテーブルの俺と蒼玉は話に聞き入っていたが、他のテーブルではもう食べ始まっていて、大絶賛の声で話は途切れてしまった。遅れて俺たちも一口かじったが、見た目通りに軟らかくて、これまで食べた果物のどれよりも甘い。

 しかもしつこい味ではないので、もう一口もう一口と味わいたくなってしまう。しかしがつがつ食べてしまった俺とは対照的に、黒猫と蒼玉の二人は一口食べてはうっとりと目を閉じて味わったりしている。こんなことは森繁屋のお菓子以来だ。

「さすがは仙人の果物と言われるだけあります」

「へえ、よそじゃそう言われてるのか」

 ほぼ全員がもう食べ終わっていて、今度はみんなが黒猫と店主の話に耳を傾けた。

「それくらい珍しいものだと聞いています。ぼくも今初めて食べました」

「そうだなあ。確かによその町には持っていけないからな」

「なんで? こんなにおいしければどこでも絶対に売れるのに」

 ユリの視線が黒猫の前の皿に向けられて、気づいた黒猫が隠すように皿を遠ざける。

「すぐにダメになるからさ。今日売り出したものも明後日にはもう食べられなくなるし、それじゃあよそに持っていくには間に合わない」

「食べたければここに来るしかないの?」

「しかも今の季節だけだ」

「お金では買えない贅沢だねぇ」

 桃が珍しいからといって、今日の宿代がいつもより上がっているなどということはない。つまり、桃はここではそんな程度の値段なのだ。

「あとは桃の木を育てるか、ですね」

 黒猫の言葉に、俺はあの村での薬草の栽培のことを思い出した。あれからしばらく経ったが、うまくいっているのだろうか。

「できればな」

 そう、あれもできればという話だった。草も木も、場所を移して育てるのは難しいのだろうか。

「難しいですか」

「どうだろう。そういう話を聞いたことがないだけだから」

 店主はそう言いながら首を傾げた後、じっと黒猫を見つめた。それがなぜかわからなったのか、今度は黒猫の方が首を傾げた。

「なんだか冒険者らしくない物言いだな。冒険者なら、珍しいものには自分から足を運びそうなものだろうに」

「それを持ち帰るのも、どうにかして持ち帰ろうとするのも冒険なのです」

 笑って答える黒猫に、店主は感心していた。その脇で、俺も感心していた。黒猫のようにいろいろ考えられれば、もっといろいろ見えたりできたりするのだろうか。

 下の方からものが擦れるような音がしたのでふと足元を見てみると、俺と黒猫の椅子の間にユリがかがみこんでいた。テーブルの上に手を伸ばそうとしていたので手で追い払うと、ぶすっとした顔で俺を見上げてからこそこそと戻っていった。

「話もいいけどせっかくのうまいもんだし、ちゃんと味わっておけ」

 あからさまに促してやると、黒猫も素直に聞いてくれた。みんなが食べ終わったところで、店主が皿を下げ、コップに水を注ぎ足してくれる。

「さっきの話なんだけどね珠季ちゃん、仙人って何?」

 さっき人の食べ残しを取ろうとしたことなどなかったように、ユリが屈託のない笑顔を浮かべて聞いてくる。黒猫の方は思うところがあるのか、何かを考えているかのようにすぐには答えない。

「えっと……ごめんなさい、よく知らない」

 だがそれは俺が思っていたこととは違って、単に答えに困っただけだったようだ。

「世間から離れて一人で生きるような人、って感じかな…?」

「この前森の中の家で会った、秘密にうるさそうな人みたいな?」

 仙人にしても亡霊にしても、改めて何なのかと言われてみるとよくわからない。黒猫もそれ以上は答えられずにいたのだった。

 会話が途切れて静かになったところに、窓の外から雨音が聞こえてきた。

「夕方までは晴れていたのにな」

「この辺は天気が急に変わるものなのでしょうか」

 窓際に近い席にいた俺と黒猫が手分けして窓を閉め、俺たちが席を立ったところでみんな部屋へと戻った。部屋の中に少し雨が吹きこんでいて、ちょうどいいところに戻ったようだった。


 夜から降り出した雨は朝になってもまだ降っていた。ひどい雨ではないが、今日は外には出られないだろう。

 それでも報酬を受け取りにギルドに行かなければと言うユリに、レイナはかなり渋っていた。終いには俺に代わりに行けなどと言い出す。それくらいならば構わないと俺が引き受けると、向こうは向こうで今度は葵が自分が行くと言い出した。

「ありがとアオちゃん。でも依頼書は私が持ってるから私が行くよ。心配しなくてもそんなに遠くまで行くわけじゃないし、これくらいの雨なら平気だよ」

 なだめられた葵がそれでも不満そうな顔で椅子に腰かけた時、次は黒猫が席を立った。ちょっと待ってほしいと言いながら、リュックからいろいろ取り出している。

「これ、使ってください」

 渡されたのはかなり大きめの毛皮だった。いや、一枚は黒猫のマントだ。明らかにものがいい黒麗獣のマントの方をユリに渡した。そっちの方が小さいからではない、つもりだ。

 頭から被って雨をしのぐために貸してくれたのだろうが、ユリは受け取ったマントを背中に羽織ってしまった。

「ぼくのでよければ、これも使いますか?」

 ちょっと力の抜けた笑みを浮かべながら、黒猫は自分のフードも差し出した。返事と一緒に手を出したユリだったが、黒猫はその手を素通りしてユリの後ろに回り、ホックでマントに留めたのだった。

「あ、セットなんだこれ」

 まだ部屋の中なのにフードをかぶったユリがマントの端を持って色合いを見たりしている。

「なるほどぉ。こうしたら黒猫っぽいかも」

 そう言ってしゃがんで、身体を包むようにマントの端を引っ張る。黒猫にはちょっとゆったりしていたフードはちょうどいいのだが、マントの方はユリの背丈には少し小さくて、しゃがんだ足元までは隠しきれていない。

「それじゃ行こうか」

 せっかくの黒麗獣をあまり無理に引っ張るのはよくないだろうと心配になってきた俺は、強引にユリを誘い出した。風はあまり吹いていなくて、これならばそれほど濡れずに行けそうだ。

「今日みたいにちょっと冷える日にはあったかくていいね、これ」

 ユリがごきげんのようなので言えないのだが、ユリの着ている服の色とか胸や関節なんかを覆っている革の防具とは合っていない。

 前に蒼玉がマントを借りた時のように変な目で見られることにならないかと思ったが、雨のせいでそもそも人通りがほとんどない。俺はあいまいな返事だけをして、足早にギルドに向かった。

 ギルドには昨日ほど大勢は詰めかけていなかった。報酬を受け取るだけならば今日でなくてもいいと考えた人もいるのかもしれない。

 二人で来たのだが俺はただの付き添いでしかなくて、手続きはユリに任せるだけだ。その間は暇なので、壁に張り出されている依頼書を眺めてみる。

 大物が退治されると依頼書が寂しくなるのが普通なのだが、木霊の数の報告の依頼書がまだ残っていた。昨日のことが忙しくて片づけ忘れているのか、それともまだ必要だから依頼を出しているのか、前からそのままの依頼書を見ただけではわからない。

「お待たせ」

 相変わらず他に目ぼしい依頼はなさそうだと思った頃に、ユリが戻ってきた。

「どうにもならないから結局みんなに2000ずつだって。これなら二パーティ分にしとけばよかったね」

「2000ならそこそこの依頼の報酬ってところだろう。大盤振る舞いだな」

「でもさ、元々の話なら木霊百本で2000になるし、そのくらいはやったと思うんだけどな…。でもしょうがないか。アキトさんの言うとおり、依頼ひとつで2000って相当高いもんね」

 確かに、九人で2000ではそれほど稼いだとはならない。ユリの言うとおり依頼の受け方をちゃんと考えないと、金が足りなくなってしまうこともあるかもしれない。

 しかし俺がそれを言う前に、ユリが話を変えてしまった。

「次の依頼によさそうなの、あった?」

「いいって言うほどじゃないかもだけどこれ、一昨日までやってたのがまだある。片づけ忘れかもしれないけど」

 そのまま残っている依頼書を見て、ユリは不審そうに顔をしかめた。

「蒼龍が退治されたのに、まだ木霊が出るのかな?」

「残っているのの退治ってことかもしれない」

 それならば他でもよくある話だ。だからまだ残されていてもおかしいとまでは言えないが、本当のところはわからない。

「もうNPCも忙しくないみたいだし、聞いてみようか。やるかやらないかは帰ってみんなと決めるとして」

 わからなければ聞けばいい。ユリの答えは単純だった。そして即座にそれを実行に移してしまう。

 しかしNPCの答えは単純とはいかなかった。つまるところ、木霊が増えると蒼龍が出てくるらしいのだが、蒼龍がいなくても木霊は現れるものらしい。

「蒼龍が木霊を呼んでいるように見えたけど、そうじゃないのか?」

 昨日俺たちが見たことを話して疑問をぶつけたが、はっきりした答えはなかった。わからないからこそ引き続き調べたいのだと言う。

「じゃあ、あの依頼はまだあるってことだね?」

 俺は蒼龍がどうとか木霊がどうとか頭がこんがらがりそうになってしまったが、ユリの判断は単純だった。そうだ、必要なのはそれだけだ。

 ユリの問いにうなづいて答えたNPCにやるかどうかはまた決めると伝えて、俺たちはギルドを出た。雨はまだ降り続いていて、ユリは外していたフードを、俺は借りた毛皮を頭から被って急ぎ足で宿に戻った。

 黒猫から借りたものを返しに男子組の部屋に入ると、みんな武具の手入れなんかをやっていて静かなものだった。

「ありがと珠季ちゃん。おかげであんまり濡れずに済んだよ」

 ユリに続いて俺も礼を言って毛皮を返す。

「あ、はい」

 受け取った黒猫は、乾かすためか椅子の背もたれに掛けた。

「もらった報酬のこととかあるから、みんな呼んでくるね」

 そう言ってユリは隣の部屋に行ってしまう。ユリは何とも思っていないようだが、俺は違和感を覚えた。

 こんな時、黒猫はもう一言二言おしゃべりしたがるはず。それがないのは元気がないということではないだろうか。

 しかしどう声をかけていいのかわからないでいるうちに、ユリがみんなを連れて戻ってきた。女子組に椅子を譲って、俺たちはベッドに腰かける。

「蒼龍退治の報酬は2000だったよ。どうにもならないからみんな同じで2000ってことになったみたいだけど、多めにもらえるならいいかなって思って受け取ってきた」

 ギルドでは少し不満そうだったはずのユリが、そんなことなどなかったかのように笑顔を見せて話している。同意を求めるように俺の方に顔を向けたのでうなづいて答えると、それでもう誰も何も言わなかった。

 今さら文句を言ったところでどうにもならないということはあるが、ユリが満足しているような態度を見せたことで自然と納得できたような気がする。そんな気遣いに感心する俺を置いて、話は次の依頼のことへと移っていた。

 木霊を相手にしているくらいが手ごろだというのはみんなの意見も一致していて、また木霊探しの依頼を受けようということになったのはすぐだった。そこから話は本当にまだ木霊は出るのかという方へと流れていく。

 ユリが、俺がNPCに言った疑問と、その答えがよくわからなかったことを話すと、珍しく蒼玉が最初に口を挟んだ。

「私は、木霊は蒼龍が呼ぶだけではないと思います」

「なんで?」

 ユリの問いかけは嫌味のようなものはなくて、単純に疑問だけといった感じだ。蒼玉もすぐに考えを口にした。

「蒼龍が呼ぶ声は、すぐ近くの木にしか届いていませんでした。ですが木霊はこの町の西側、蒼龍のいたところと反対側にもいました。それは蒼龍の声が届いたからではないでしょう。だから木霊が現れる原因は、蒼龍だけではなくて他にもあると思います」

 これが合っているかはわからないが、ただわからないとしか言っていなかったNPCよりも一歩踏み込んだものだ。もしも蒼玉の考えたとおりであれば、今まで見たような大物退治の後の残党狩りという程度では済まないということになる。

「じゃあまた別の蒼龍が出てくるなんてこともあるかもしれないってこと?」

「それはわかりません。木霊が現れることとそれが蒼龍になることは別の原因によるのではないかと私は思うのですが、なぜそう思うのかまでは…わかりません」

 蒼玉の意見はそこまでだった。多分この答えは誰も知らないのだろう。そうでなければ、蒼玉の言うところの原因をどうにかするという依頼になるはずだ。

「つまり木霊はまだまだ出てくるかもしれなくて、楽はできないってことか」

「でもさ、」

 ロンのぼやきに反応したのではないだろうが、今度は葵が口を開いた。

「何にしても、どうやって木霊を見つけるかってのを何とかしないと、またこの前みたいに一日無駄足になっちまう」

 それはそのとおりで、みんな考えこむように黙ってしまう。

「ちょっと違うかもしれないけどさ」

 そんな中で最初に意見を出したのは、レイナだった。

「昨日あたしたちと一緒に戦ったりしたあの人たち、帰りは森の中を真っすぐ行ったよね。それって木霊の見分け方がわかってるからじゃないかな」

「それか、いないってわかってたかね」

「それもそうか」

 メグに言われてレイナは口を閉じてしまったが、言ったメグの方が自分で言ったことをひっくり返した。

「でも普通の木がいつ木霊になるかわからないのなら、木霊がいないって確証はないのね。じゃあやっぱりレイナの言うとおり、いたらすぐにわかるってことになるわね」

「それってどうするんだろうな…。おれには何か特別なことをしてるようには見えなかった。ただ知っている道を歩いているみたいだった」

 葵の指摘で、ふりだしに戻ってしまう。

 その後も誰かがちょっと何かを言ってはすぐに行き詰ることが繰り返される。木霊に惑わされない以前に、この森の中で迷わずに確実に帰ることからして難題だった。

 俺も人のことは言えないが、さっきから黒猫がまったく口を出していない。何かを考えているようではあるが、考えているのではなくて悩んでいるような顔に見えるのは俺の気のせいなのだろうか。

「黒猫?」

 注目を集めてしまわないように小声で、黒猫に声をかけてみた。しかし当の黒猫には気づいてもらえなくて、ロンの方が俺の声に反応してしまった。

「お前、何か思いついたりとかないか? 珠季」

 その声で全員が黒猫の方を向いてしまった。こういう時に他の誰も思いもしないようなことを言いだして、うまくいくにしろいかないにしろ前に進ませてくれるのが黒猫だというのは、みんなも思っていることだろう。そういう期待の目を向けられてしまう。

「えっと……」

 声をかけられてようやく呼ばれたことに気づいたように、黒猫がきょろきょろとみんなのことを見回す。やめさせた方がいいと焦ったが、止めるのも不自然だし、代わりに答えを出してやることも俺にはできない。

「ごめんなさい。森に慣れないうちは難しそうです…」

 誰かのため息が合図になって、それがいくつも重なる。

「しょうがない。ここは度胸を決めて森を少し入ったところを歩いてみるしかないんじゃないかな、昨日蒼龍のところに行った時みたいに」

 黒猫を刺激するようなことはやめてくれと喉が詰まりそうになったところに、ユリが一人一人に目を合わせながら言った。通る声と視線が、黒猫に向いていた注意をひとつひとつ奪っていく。

「そうだな」

 俺はそれをわざわざ声に出して、ユリに軽く頭を下げた。ただの返事にしか見えていないかもしれないが、黒猫に気を遣ってくれたユリに感謝をしたかった。

 明日のことはとりあえずそれで決まり、女子組は隣の部屋へ戻った。俺は店で貸してくれたという砥石をロンから借りて、剣の手入れを始めた。

 砥石を使っている間はそれに集中しなければならなかったが、砥石を返して盾なんかを拭いていると、だんだん黒猫のことが気になってくる。黒猫だっていつでもしゃべっているほどおしゃべりではないのだから、静かな時だってある。でも今はそういうことではないような気がする。

 ちらちら様子を見る限り、起きているのが辛そうとか、具合が悪そうとか、そういう調子の悪さには見えない。その何度めかで、突然椅子を立った黒猫が窓を開けた。静かすぎて気がつかなかったが、いつの間にか雨はやんでいた。緩い風が吹きこんで、ろうそくの火を揺らす。

 雨はやんだが雲は晴れていなくて、外は薄暗く、遠くまでは見通せない。黒猫は何を見て、何を思っているのだろうか。そう思っても何を言えばいいのかわからなくて、声をかけるのはためらわれた。ただ何となく気にしているだけというのが、もどかしかった。

 武具をひととおり拭いて、やることもなくぼーっとしていると、いつの間にか食事時になっていた。同じようにずっと窓際にいた黒猫が、呼ぶ声に弾かれるようにして窓を閉める。やはり具合が悪いということではなさそうだ。

 こういう元気が出ない時はということで店主が用意してくれたのが、辛い味付けの料理だった。

「こんな日は辛いものを食べて汗をかくのがいいのさ。と言っても、この辺じゃそういうのは貴重品だから、たっぷりとは使えないんだけどな」

 店主が苦笑いしながら言ったとおり、俺がウェスタンベースでよく食べていた店よりはずっと味付けは薄く、よく言えば食べやすい。あの時は食べるのに苦労していた黒猫も、このくらいならば平気なようだ。

 意外なのは葵で、大汗をかきながら何度も水のお代わりを頼んでいた。その様をユリが笑っていたが、ユリも葵が水を頼むたびに自分も一緒に頼んでいた。それでも嫌いではないようで、ふうふう言いながらもおいしいと笑顔を見せていた。

 今日の果物はユリたちは一度食べたことがあるというビワだったが、辛さの後の酸っぱさが舌に染みて、正直おいしさはよくわからなかった。

「あの……」

 やはり黙々と食べていた黒猫が、みんなを呼ぶように声を上げた。

「突然でごめんなさいなのですが…、ぼく、パーティを抜けようと思うのです」

「ちょっと来いっ!」

 反射的に俺は黒猫の手を引いて外に連れ出していた。気づいた時には宿の裏手にいて、そのことに自分でも驚いたが、そんなことなどどうでもいい。

「お前……、俺のことが嫌になったのか?」

 窓の隙間から漏れ出る光だけでは、黒猫の表情までは見えない。

「そんなことない。……あるわけ、ありません」

 それでも、黒猫が無理して表情を作っているのではないことは、わかる。

「じゃあなんで……!?」

 問いながら、答えを言われる前に思い当たるものを見つけてしまった。黒猫が前のパーティを抜けた理由は、龍と戦って力不足を感じたから。そして俺たちが昨日戦ったのも、別の龍だ。

「アキトさん、ぼくが絶対に嫌って言ったこと、覚えていますか?」

「自分のせいで俺がやりたいと思ったことをできなくなること、そう言っていたよな。でも俺には、お前に無理をさせてまでやりたいことなんてないんだ」

 だが本当の理由は多分これではない。それでもこれは言わなければならなかった。

「でも、ぼくが嫌なんです。そうなるのが。…ぼくは、わがままだから」

「だったら俺もわがままだ。お前がいなくなったりなんかしたら、俺はどうすればいいかわからない。だからお前がいなくなるのなんてダメだ……」

 一度離した手をまたつかむ。さらにそこから伝うようにして両肩に手を伸ばして、揺すった。

 本当の理由、それは初めて出会った日に黒猫が口にした、しばらくという言葉。俺が立ち直るまで一緒にいると言った、その期限。

 でも俺はずっと黒猫に甘えっぱなしで、あの時も今も変われてなんかいない。黒猫がいてくれなければ、何をどうすればいいのかわからなくなってしまう。

 腕の中に柔らかい息づかいが漏れた。

「大丈夫、大丈夫です」

 俺が首を横に振って否定しても、黒猫は同じ言葉を繰り返すばかりだった。

 それでも黒猫の言葉を聞き入れようとしない俺に、黒猫は両肩をつかむ俺の手に内側から手を重ねた。

「初めから大丈夫だったんです、アキトさんがアキトさんでいてくれれば」

 ずっと黒猫がそう言い続けてくれたこともわかっている。でも俺が俺を見失わないでいられるのは、黒猫が見ていてくれるからなのだ。

「ごめんなさい。……ぼくは、アキトさんにそう思ってもらえるように、できなかったんですね」

「違う!」

 ダメだ。黒猫に自分を責めさせてはダメだ。そうさせないように強くなろうと思っていたのに、また俺は弱い俺のわがままで黒猫を傷つけた。

「ごめん黒猫、そうやって自分を責めるのはやめてくれ…、頼む……」

 こんなことまで押しつける俺は、自分でわがままだと言った黒猫よりもずっとわがままだ。

 そうだ。黒猫はずっと俺のわがままにつきあってくれて、自分がわがままをしたことなんか一度もなかった。

 これがたったひとつのわがままならば、俺が甘えを捨てさえすればかなえてやれることならば、俺が最初で最後に黒猫にしてやれることならば。

「なあ黒猫」

 俺が黒猫の肩から手を離すと、黒猫も俺の手に重ねていた手を離した。

「はい」

「俺のことが嫌になったんじゃない、んだよな」

「はい」

「なら俺は俺のできる限りでがんばればいいんだよな」

「そんなに気負わなくてもいいのですが…、はい」

「だったらやってみる。お前に甘えないで、一人でやってみる」

「……はい」

 のどに詰まったような苦しげな返事が、黒猫も辛いと思っているということを言葉以上に表していた。黒猫は今、辛い決断をしているんだ。

「戻ろう……」

 それならば俺は、そんな黒猫の足を引っ張らないようにしなければならない。せめて今、黒猫がしたいと思ったことをできるようにしてやりたい。

 今、黒猫はどんな顔をしているのだろう。委縮なんかしていなければいいのだけど。

 宿の中に戻るとロンが俺と黒猫の顔を見比べて、それからこれ見よがしに盛大にため息をついて見せた。

「こうなるとは思ってたけどな」

 何も言う前から答えを先回りされてしまった。蒼玉もレイナも、葵たちも、諦めたような無表情をしている。一人だけ違ったのが、ユリだった。

「ねえ珠季ちゃん……、私が補助魔法効かなかったって言ったの、気にしてるの?」

 ユリらしくなく、近づくことさえ遠慮しているように、ほんの少しすり足で前に出ただけで動きを止めてしまった。

「ああ、あれは気になります」

 黒猫の答え方が変だ。こんな時なのに普通過ぎるのが逆に変だ。しかしユリはそれに気づかなかったようで、一息で黒猫の目の前まで飛びこんで両手を包むようにつかんだ。

「ごめんね…ごめんね……、私が嫌な思いさせちゃったから……」

 今にも泣き出しそうなユリに一瞬驚いた顔をした黒猫だったが、すぐにそれは収めて逆に手を握り返した。

「誤解させちゃってごめんなさい。嫌とかそういうこととは全然違うんです」

「でも、気にしてるんでしょ…?」

 黒猫の前でうつむいていたユリが、上目遣いに黒猫を見上げる。

「はい。ぼくは魔法に詳しいわけじゃないのですが、こんなことは初めてですし、聞いたこともありません。これは特別なことかもしれませんし、もしかしたら新しい発見なのかもしれません」

 黒猫の向こうで、賛同するようにメグが首を縦に振る。

「だから、気にしていたいんです」

 目を細めて笑顔を見せた黒猫を、ユリが顔を起こして真っすぐ見据える。

「じゃあもし何かわかったら、私にも教えてくれる?」

「はい」

「なら、それまで別行動だね」

 黒猫がパーティを抜けるのはそういうことではない、と俺は思ってしまったが、

「はい」

 言われた黒猫は即答だった。いつ、どこでとか一切言わないあたり、そういうことで納得してくれると言っているようで、黒猫にはすぐにそれとわかったのだろう。

 これでみんな黒猫が抜けることを認めてくれたようだが、簡単すぎて不安になってきた。ダメだという声が上がったら俺からも何か言おうと身構えていたのに、誰も黒猫を引き留めようとしない。みんなにとって黒猫はその程度の存在でしかないのか。

「なあ、俺が言うことじゃないかもしれないけど…、いいのか? これで」

 全員が一度に俺に目を向けた。にらみつけるような目もある。あんなに慌てふためいて出ていって、戻ってきた時にはもう黒猫が抜けることを認めていたのに、今さら何を言うのかと思われても当然だろう。

 でも、みんながこんなに簡単に黒猫を手放せることが俺には嫌だった。俺はもう黒猫が離れてしまう覚悟をしたつもりでいるが、それでも誰かに引き留めてもらいたかった。黒猫のことが大事だと言ってほしかった。

 いちばん嫌そうな目をしているロンをにらみ返すと、ロンはまた盛大にため息をついて口を開いた。

「お前の黒猫だろ? そのお前がいいって言っちまったんだから、もう俺たちが口を挟めることじゃない」

 俺のせい……?

 違う、俺のためにみんなが気を遣ってくれているんだ。ロンの厳しく聞こえる言葉に誰も何も言わないのは、みんな同じ気持ちでいてくれているからだ。

 自分の弱さとみんなの俺を支えてくれる気持ちに打たれて、俺は言葉を失ってしまう。

「勝手を言ってごめんなさい」

 代わりに黒猫が謝ってしまう。こんな時まで、黒猫は俺に気を遣ってくれる。ごめん黒猫。

「せめて教えてください」

 次に口を開いたのは蒼玉だった。

「どうしてパーティを抜けようと思ったのか」

 こんな時でも蒼玉は真っすぐな目と声を黒猫に向ける。問われた黒猫の方が、気圧されたように目を伏せてしまう。まずいと思って何かを言おうとしたが、黒猫が答える方が早かった。

「今以上に強い怪物と戦うのが怖くなったから、といったところです」

 怖いというのは半分嘘だろう。俺が思ったことを蒼玉も思ったらしく、問うような視線を今度は俺に向けてきた。

 二人だけで話したことに本当の理由があると見たのだろう。確かにそのとおりだ。だがこれは、黒猫の中のいちばん繊細なところに触れることだ。こんなに荒々しく触れることなどしてはいけない。

 こんな大事なことなのに、秘密を抱えたままでいいなんてことはない。でも俺はまた答えられなくて、今度は黒猫も答えられずにいる。

「そうだよね。こんな小っちゃい子にこれ以上危ないことはさせられないもんね」

 場違いに冗談っぽいことを言ったのは、ユリだった。

「あんただって小っちゃい子に入るんじゃないの?」

「私はいいの」

 レイナがそれに乗ったのも、多分一緒に雰囲気を変えようとしたのだろう。誰かのほっとしたような息づかいが聞こえたところで、そのユリが黒猫に話しかけた。

「それで、珠季ちゃんはこれからどうするの?」

「まずセントラルグランに戻って倉庫にリュックなんかを預けて、それからまたどこかでNPCっぽいことをしたいかなって思ってます」

 黒猫の答えは早かった。ウェスタンベースの北の村と言わなかったのは意外だったが、そんなところだろう。

「じゃあさ、予定変更。明日は珠季ちゃんをセントラルグランまで送ってこう」

「え、いいですよ。そこまでしてもらわなくても」

「よくないよ。この辺はまだ木霊が出るみたいだし、一人じゃ危ないよ」

 ユリの言うとおりだ。俺はそんなことにも気づかないで黒猫を放り出そうとしていたのだった。

「そこはまあ、何かの依頼にくっついて行こうかなって」

 しかし黒猫の方はそのくらいのことは考えていたようだった。そういうところはさすがだと、こんな時なのに感心してしまう。

「私たちももう少しスキル習得とかした方がいいかなって思って、そのついでだよ。それに、」

 さらに何かを言おうとしていた黒猫を、ユリは目で抑えこんだ。

「もうちょっと私たちに別れを惜しむ時間をくれてもいいんじゃない?」

 ぐいっと身を乗り出して顔をのぞきこんだユリに、黒猫は言葉を詰まらせた。息を飲む音が、ここまで聞こえてくる。

「それなら、お言葉に甘えさせてもらいましょう」

「他人行儀だなあ。抜けるのはセントラルグランに着いてから。それまで珠季ちゃんはパーティの一員なんだからね」

「はい」

 俺は黒猫にもみんなにも辛い思いをさせることしかできなかった。今笑顔が戻ったのは、みんなのおかげだ。それが言葉にならないくらい、ありがたかった。


 ウージュからセントラルグランへの道のりは歩いて一日半、途中イースタンベースで一泊することになる。

 その一日めのほとんどは、黒猫は女子組に捕まっていたようなものだった。木霊が出るかもしれないからということで一緒に行こうとなったはずなのに、おしゃべりばかりで全然警戒なんかする様子もなくて、葵なんかは呆れ顔でその前を歩いていた。

 しかし翌日になってイースタンベースを出発すると、今度は逆に誰も黒猫に寄りつかない。俺と黒猫の周りがぽっかり空いた形になってしまっている。

 明らかに気を遣ってもらっているのだが、今になって黒猫としゃべることなんか何もない。ただ黒猫が俺の隣にいてくれる、それだけを感じて歩いていた。

 黒猫もそんな俺の気持ちをわかってくれているかのように、何も言わずにただ真っすぐ歩いている。それなのに俺がちらりと黒猫に目をやると、目ざとく気づいて小さく笑いかけてくれる。どうしたらいいかわからなくなって、目をそらせてしまう。

 寂しさとか不安とか、そんなものがないわけがない。でも今は、感謝の気持ちでいっぱいだった。

 ありがとう、ありがとう。俺はばかみたいにその言葉だけを頭の中で繰り返していた。

 セントラルグランの町中に入っても、町のざわめきさえ俺の耳には入らなかった。すれ違うたくさんの人たちも、ただ避けるだけのものでしかない。

 中心街の門をくぐって、倉庫に着く。高く上った日から、まぶしいくらいの日差しが降ってくる。

「それではぼくはここで。みなさん、本当にありがとうございました」

 硬い笑顔で挨拶をする黒猫に、みんなもそれぞれにぎこちない挨拶を返す。その景色がなんだか他人事のようだ。

 誰かに背中を押されて、黒猫の前に突き出された。黒猫が一瞬目を伏せて、表情を消したようにして俺を見上げる。

 何も言えなかった。さよならなんて別れの言葉はもちろん、ありがとうとかそんな言葉も、言うことでそれがここで終わりになってしまうと思うと、言いたくなかった。

「また」

 しぼり出すように、黒猫がそれだけをつぶやいた。それでも俺は何も言えない。

 そんな俺をじっと見つめて、そして黒猫は俺に背を向けた。

 黒猫が行ってしまう。

「黒猫っ!」

 叫ぶようにして呼び止めてしまった。黒い後姿がびくっと震えて、それからゆっくりと振り返った。

 悲しそうな顔。そんな顔はしないでほしい。俺のせいでそんな顔をさせることなんて、許せない。

「お前に会えて、よかった」

 この気持ちは絶対に終わらない。これまでずっと思っていて、今も、そしてこれからもずっと、ずっと思い続ける。

「はい。ぼくも」

 柔らかく笑いかけてくれた黒猫が、今度は真っすぐ倉庫へと入っていった。その姿が建物の中に見えなくなって、俺は糸が切れたようにがっくりとうなだれた。

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