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ステ振り間違ったので冒険者やめてNPCになります。  作者: 黒田皐月
第二章 したいこと、嫌なこと
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邂逅・後編

 顔に光が当たってまぶしさに目が覚める。

「寝起きが悪いのは相変わらずか」

 笑いながらそう言うロンの手には俺の盾があって、窓からの光を受けていた。まぶしかったのは、これか。

「待たせてるんだから早く起きろ」

「誰を……?」

 ロンから盾を取り上げて部屋を見回しても、ここにみんないる。

「あの元気娘だよ。ご親切に川を渡るところまで一緒に行ってくれるってさ」

「そうか。じゃあ急がないと」

 とりあえず着くずれだけ直して、表の食堂へ向かった。

「遅ーい」

 朝からよく通る声に出迎えられる。

「悪いな。こっちにはどうにも朝が遅いのがいてな」

 否定したいところだが、現にこういうことになっているのでそれもできない。それでも謝る気にはなれなかったが、向こうのテーブルを見て気が変わった。

「ごめん、待ってもらって」

 先に朝食をとっていてもよかっただろうに、テーブルの上にはまだ何もない。こっちは初めての俺たちのことを、本気で面倒を見てくれようとしているのだ。

「いいよ。食べよう」

 謝った俺ににこりと笑って、ユリは奥に朝食の用意を頼んだ。出されたのは、やはり芋料理だった。

 朝食をもらって身支度をして宿を出て、向かったのはギルドだった。冒険者がパーティごとにそこらにいるのでまだ開いていないのかと思ったが、出入りがあるのでそうでもなさそうだ。

「アオちゃんお願い」

 アオちゃんと呼ばれた葵は渋い顔をしたが、昨日のような反抗は見せずに一人だけ中へ入っていった。

「みんなで入ると混んじゃうから、誰か一人で終わってないか見てもらってるんだよ」

「なるほどね。じゃあここにいるのはみんな金眼豹狙いなんだ」

「そう。だから競争相手でもあるし、仲間みたいなところもあるの」

 ユリが話相手にするのは、やはりレイナだった。そうこうしている間にもギルドには出入りがあり、そのたびにパーティの行き来があって、ユリが手を振ったりしている。

 同じ依頼の取り合いなのに、そんなのでいいのだろうか。だが、現に俺たち自身がまるでユリたちのパーティに新しく入ったかのように面倒を見てもらっている。

 入った順に出てくるものでもないらしく、葵が戻ってくるのは早かった。

「まだだな。行こう」

「だってさ。それじゃ、筏乗り場に行こう」

 そう言ってくるりと向きを変えたユリだったが、知り合いにでも会ったのか、急に別の方向に駆け出していった。笑いながらおしゃべりをしているが、時々こっちを見たりする。

「お待たせ。行こ」

 戻ってきた時には人数が増えていた。そちらもやはり金眼豹退治の依頼を受けているパーティで、川を渡るところまで一緒に行くことにしたのだという。レイナが引っ張っていかれて、向こうと挨拶なんかしている。

 大通りに出ると、明らかに一方向への人の流れがあった。斧やら何か道具が入っていそうな大きな袋やらを持って歩いているのは、木こりたちなのだろう。みんなわかっているらしく、道をふさがないように二、三列くらいに並んで歩いている。

 その列が、ある場所で左、北方向へと曲がっていく。すぐに木の壁を抜けて、川が見えてきた。揺らぐ川が日を受けて、時々光が目を刺す。

 川の手前にはふたつの集団ができていた。大きな方のいちばん後ろに、俺たちは着いた。

「木こりの人がやってる筏だから、木こりの人が先なんだよ」

 ユリが説明してくれている脇から、ロンが身を乗り出して川の方を見る。

「あれか」

 俺もロンにならって集団の向こうを見てみると、ちょうど十人くらいを乗せた筏が川に入っていくところだった。みんな真ん中に固まって座っていて、まだ余裕がありそうに見える。

「もっと乗せればよさそうなのにな」

「そうだな」

 向こうに目をやったまま、ロンと俺はそんなことをしゃべっていたのだが、

「そんなことをしたら落っこちちゃうんだから。それと、ちゃんと並んでてね」

 ユリに怒られてしまった。その怒り方がなんだか黒猫に似ているような気がして、思わず黒猫の方を見てしまう。何のことかわからない黒猫は、首をかしげた。

「あの子、ちょっとお前に似てるな。誰かのことを見ててくれるところなんか」

 急に見られて戸惑っていそうな黒猫に、俺は声をかけた。だが、ばつの悪さをごまかすためだけに言ったそれは、ちょっと無理やりなところがある。

「ぼくはあんなに面倒見はよくないですよ」

 やはりと言うか、黒猫が苦笑いを浮かべてしまった。

「比べるようなことを言って悪い。いいやつだなって思ったんだ」

「はい。おかげで余計なところで手間取ったりしないで向こうまで行けそうですね」

 確かにユリの案内がなければ、知らないうちにどこかで迷惑をかけてしまうことがあったかもしれない。黒猫の隣で蒼玉もうなづいて、同意を示していた。

 二往復して木こりがみんな渡りきったようで、ようやく待たされていた冒険者たちの番になった。一回で十人くらいずつ乗せていくので、ユリが誘って一緒についてきた俺たちともうひとつのパーティは同時には乗れない。

「じゃああなたたちが先に行って。私たちはレイナたちと一緒に乗るから」

 もう何人か乗れるのでどうするかとなった時、ユリはギルドの前で誘ったパーティに先を譲ったのだった。

「いいの? 一回分出遅れるけど」

「それくらいいいよ。それに、初めての筏ではしゃいでる人も見てみたいし」

 そわそわしていた俺は、その声にぎくりとした。

「俺か?」

 だが、ロンが声を上げてくれたおかげで矛先はそちらに向かった。

「うん。言っておくけど、乗り心地はそんなによくないからね」

「嘘だろ。そんな感じには見えないぞ?」

 抵抗をみせるロンに、ユリは余裕そうに笑って見せた。

「みんな慣れてるからね。乗ってみればわかるよ」

 そんなことを言っている間に筏はもう戻ってきて、ユリたちと俺たちの九人が乗りこんだ。セントラルグランに向かう筏は一人で動かしていたが、こちらは二人で動かすらしい。

 二人が棒で川底を突いて、筏が重そうに動き出す。動き出すとすぐ、一人が筏の縁を回って前に出た。筏の真ん中に固まって座らされたのは、このためらしい。

 それからは前後に分かれて水をかきながら向こう岸へと進んでいく。昨日すれ違ったものからは想像がつかないほどゆっくりで、歩くのよりも遅いかもしれない。そのくせゆらゆら揺れて、どうにも落ち着かない。

「着きそうで着かないの、もどかしいな」

「焦らない焦らない。ひと休みだと思えばいいよ」

 向こう岸に着くまで、ロンはユリにからかわれ通しだった。

 岸が近くなると、また二人で後ろから川底を突いた。尻が持ち上がるような感触がして筏が止まり、一人ずつ降りるように言われた。

「ありがとう。また帰りね」

「おう。ちゃんと帰って来いよ」

 ここでもユリは気さくに挨拶を交わしていた。俺もそれにならって、降りる時に一言礼を言う。

「新顔さんだな。夕方過ぎると帰れなくなるから、気をつけてな」

「はい」

 支えるように棒を突き立てている様子は、かなり力が入っているようだ。長い会話は避けた方がいいだろうと、俺は短い返事を返すだけにした。

 全員が岸に上がって、筏はすぐに町の方へと戻っていった。今さら気づいたのだが、休みなしで大変そうだ。戻っていく様子を見ていても、ずっと力を入れて棒を動かしているように見える。

「言ってたとおり、夕方木こりのみんなが帰ったらおしまいだから、それまでに戻ってきてね。それまでだったらこっちか向こうのどっちかにいるから、呼べばいつでも乗せてくれるよ」

「いつでもいいの?」

「うん。何かの用事で行ったり来たりできるように、ずっといてくれるみたい。後は何か、聞いておきたいことある?」

「どう?」

 レイナが振り返って順に俺たちの顔を眺めていく。思いつくことはないので、俺は首を横に振った。みんなも同じらしい。

「それじゃ、私たちは行くね。ここからは競争だから、ついてくるのはなしだよ」

「いろいろ教えてくれてありがとう」

 レイナの返事と俺の礼が混ざってしまったが、ユリは両方に笑顔を見せてくれて、そして真っすぐ森を目指していった。

「俺たちもぼーっとしてられないぞ、とは言っても、こう右も左も同じような森じゃあどっちにいそうか想像もつかないな……」

 ロンのぼやきに、誰も答えられない。そのうちまた筏がこっちに来て、冒険者たちがパーティごとに森の中に入っていく。

「NPCが木こりたちのいるところで待つのもいるって言ってたし、そっちに行ってみないか?」

「でも、そこには誰かがもういるってことだろ?」

 俺の提案に、ロンは乗り気ではない返事をした。

「何の手がかりもなしにただ歩きまわる前に、まずは見ておけるものは見ておいた方がいいと思う。それに、やっぱりいきなり深入りはしない方がいいと思うし」

「そうですね」

 真っ先に賛意を示したのは、蒼玉だった。ちょっと意外でついそちらに目を向けてしまうと、蒼玉の真っすぐな視線とぶつかった。

「そうだねえ。でも、それってどこなの?」

 レイナに言われて俺は初めて気づいたのだが、それがわからない。木こりたちは俺たち冒険者よりも先に川を渡って、もうどこかへ行ってしまっているのだ。

「東の方のはずです」

 誰もそれは聞いていないはずなのに、蒼玉はそう断言した。

「どうしてわかるの?」

「昨日の商人さんの話では、川に近いところの木を切っているということでした。そしてイースタンベースに着くまで、私たちはそれを見ていません。だから逆方向ということになります」

「なるほどね。じゃあそっちに行こうか」

 筏がもう一往復してくる直前になって、ようやく進む方角だけが決まった。まずは川に沿って東へと歩いていく。

 川の向こうに見えていた町を囲う木の壁が途切れて、どちら側も川から少し離れたところから森が広がっている光景が続く。しばらく歩くと、俺たちのいる側だけが森が川のそばまで近づいてきた。そしてそこが、木を切り倒している場所だった。

 斧が木を打つ固い音、枝葉を引きずるようなざわざわした音、それ以外にも耳障りな音なんかも混じっていて、木を切ると言っても単純な作業でないことが音だけでもわかる。みんながくるくる動いていて、近づくだけで邪魔になってしまいそうだ。

「こんなにたくさん人がいて、武器になりそうなものもあるのに、それを金眼豹が一匹で襲ったのか?」

 ロンの疑問はもっともだと俺も思う。

「どうでしょう。少し離れたところにも人が入っていてそこが狙われたか、それとも人がたくさんいても襲わなければならない何かがあるのか……」

「何かって?」

 黒猫の推測に、ロンが口を挟む。

「例えば、どうしても食べるものがなくて危険を承知で襲ったとか……ただの想像ですけど」

「豹の考えることなんて、人が考えてもわからないか」

「はい」

 それでも、黒猫の推測の中には確かめておいた方がよさそうなことはある。

「邪魔しないように森の中から回りこんでみよう。もしかしたらここから見えないところにも誰かがいるかもしれない」

 そうしてようやく、初めて森の中に入った。木こりたちに近づきすぎないように、見失わないくらいで、向こう側へ回ろうと歩く。木々に遮られて、聞こえてくる音がだいぶ小さくなってきた。

 それまで見えていた木こりたちとは別のところに、人がいるのが見えた。木々のためにやはりはっきりとはわからないが、数人程度のようだ。

「あれか」

 俺はそちらに足を踏み出そうとしたが、後ろから蒼玉に袖を引っ張られて止められた。引っ張ったことを一言謝ってから、蒼玉は理由を説明してくれた。

「あの人たちは違います。あっちから木を切ったりする音がしませんから。多分あれがNPCが言っていた、木こりの方たちの近くで待ち構えている人たちなのでしょう」

 もう少し近づいてみると、その一団に動きがないのが見て取れた。蒼玉の言うとおりだった。向こうもこちらに気づいて一度だけ視線を向けられたがそれきりで、どうやら気にしていないようだ。

 だからといって邪魔するわけにはいかない。割り込むのは冒険者の礼儀に反する。

「別のところに行くか。でも、どっちに行くか……」

 今度こそ当てがなくなってしまった。そうかといってやみくもに動くと、それこそ帰れなくなってしまうかもしれない。

「だったら今日のところは、森の端に沿って歩いてみるのはどうでしょうか。もう他の人たちが散々探した場所だから金眼豹が見つかるとは思えませんが、まずこの森に慣れないと何もできません」

 黒猫の発言に俺だけでなくみんなもほっとした様子で、飛びつくようにそれに決めたのだった。視界の向こうがまだ明るいくらいのところで左を向いて、西を目指す。

 左手側の明るさを見ながら、もう少し森の奥に入ってみようと少し右にそれて歩いてみたりする。右手側、多分北のはずだが、そちらは木の高いところに葉が茂っているためにあまり日の光が地面まで届かず、薄暗い。その違いを気にしながら歩いていく。

「どうだ?」

 何を見ているのか、絶えずきょろきょろ辺りを見回している黒猫に声をかけてみる。

「木陰を渡る風が気持ちいいです」

 そう言って黒猫は風を感じるように目を閉じて顎を少し上げた。暑そうなところに連れていくよりよかった。

「そうじゃなくて、この森はどうだって話だ」

「そんなすぐにわかるものではありません。でも、今はこれで大丈夫なはずです」

 昨日は少し不安な様子を見せていたのに、今はのんきそのものだ。まだ慣れたというわけでもないのに、その差はいったい何なのだろうか。

「そうなのか?」

「はい。そんなに大きく方向はずれていないはずなので、セントラルグランに近づけば森はそこで終わります。そこから森の縁に沿って戻れば、帰れます」

 試しに木を一本切り倒してみませんかなどと黒猫が言いだし、俺が答えるよりも先に、ただ歩くだけに飽きたらしいロンが自分がやるのでもないのに返事をしたのだった。

 黒猫が選んだ木は、握りこぶしふたつ分くらいの太さの真っすぐ伸びた若そうな木だった。これを真横に斬ってほしいと言う。他の木がすぐ側に生えていることはなく、剣を振るう余地は十分にある。

「みんな、離れて」

 剣を鞘から抜き、一人木の前に立って構えた。

「気刃斬!」

 手応えと同時に、木が左に倒れていく。隣のもっと太い木にぶつかって、向こうへと転がった。

 枝や葉が擦れる音が終わると、黒猫が寄ってきて切り株の方を見る。無言のまま、しばらく切り株を見つめている。隣から俺ものぞいてみたのだが、丸の模様に偏りがあるようには見えない。

「ごめんなさい、これでは方角はわかりません」

 諦めたように黒猫が力なく首を横に振った。黒猫一人を当てにしていた俺たちには、返す言葉がなかった。

「聞くと見るとでは大違いですね」

 笑ってはいるが、無理をしているのが見えてしまう。

「大丈夫だ。他の方法は必ずある」

 だから俺は、あえて力強く言った。みんなの注目が集まる。

「ここで何日も金眼豹を追っている冒険者たちがちゃんと帰ってきてるんだ。だからやり方は必ずある。慣れてくればきっと見えてくるはずだ」

 だからお前が悪いなんて思うことはないんだ。それをみんなの前で口にすることはできなくて、思いを目で伝える。

「はい」

 今度は本当に笑いかけてくれた。黒猫一人だけに任せてなんかいられない。

 切り株から離れようとした時、足音が聞こえた。今の音を聞きつけて、誰かが何が起こったのかを見に来たのだろうか。

 木々の向こうに黒い影が見えた。いや、光が木の葉に遮られているここで、その黒ははっきりしすぎている。不審に思った瞬間、向こうから何かが飛び出してきた。

 大きな獣、そう思った時にはもう目の前にまで迫っていて、飛び退くのがやっとだった。だが、それが狙っていたのは俺ではなかった。

「うわっ!?」

 黒い獣に襲われた黒猫が、どうにか横に跳んでその爪をかわした。獣はさらに黒猫に襲いかかろうとしたが、ロンが横薙ぎに振った槍に追い払われた。

 飛び退いた獣が姿勢を低くしてうなりを上げる。全身から目までが真っ黒なのでどこを見ているのかがわからないが、顔を向けているのはやはり黒猫だった。間に入った俺の後ろで、黒猫が背中のリュックをその場に下ろした。

 シャアアアァァッ!

 叫びとともに飛びかかってくる。かわしざま斬りつけようとした俺だったが、

「傷つけないで!」

 突然の後ろからの声に、とっさに大きく飛び退くことしかできなかった。黒猫は、と思った時にはもう遅かったが、黒猫も同じように飛び退いていた。

「なんで!?」

「黒麗獣です!」

 俺にはすぐに何のことかがわからなかったが、レイナが驚きの声を上げた。

「黒麗獣って、毛皮の?」

「はい」

 言葉を交わしている間にも、黒い獣は何度も黒猫だけをめがけて襲いかかる。背中が軽くなった黒猫は、どうにかそれをかわし続けている。

「だから傷つけるのは頭か足だけにしてください!」

「わかった。じゃあこれで!」

 そう言ってレイナが放ったのは土塊の魔法だった。地面から跳ね上がった石が獣の腹を打つ。

 ならば俺は足を斬りつけて動きを止めよう。そう思ったのだが、相手の動きが早くてそうはさせてくれない。相変わらず黒猫ばかりを狙ってくるので動きは読みやすいはずなのだが、それでも足だけを狙うとなるとこれが相当に難しい。

 ロンも同じように足を打とうと槍を振っているが、やはり当てられずにいる。

「ブランチビート!」

 ロンの槍をかわして跳躍した黒麗獣を、蒼玉の魔法が上から打ちつけた。俺はさらに地面に叩きつけられた黒麗獣の足を斬りつけようとしたが、飛び退くどころか逆に爪を振り下ろしてきたので、盾で防ぐしかなかった。その反動を利用して黒麗獣は体勢を立て直してしまう。

 次の瞬間、黒麗獣はさらに横に跳んだ。だがそちらには黒猫も、他の誰もいない。

「逃げる!?」

 黒猫の叫びを置き去りにするように、黒麗獣は森の奥へと駆け出した。しかし、

「マッドトラップ!」

 後ろ足が蹴るはずだった地面がレイナの魔法で泥と化し、足を取られて腹ばいに転んでしまう。

「よっし、破岩衝!」

 追いついたロンの槍が首を貫き、黒麗獣は起き上がることもできないまま息絶えた。

「ねえ、これ売ったら金眼豹退治の報酬よりも高いんじゃない?」

 笑いがこらえられないといった様子でレイナがニヤニヤしている。

「でしょうね。でも、高いだけあって黒麗獣の毛皮はものがいいので、装備品に使うのもいいです。例えばこれ」

 そう言って黒猫が指差したのは、自分の頭だった。より正確には、黒猫お気に入りの、黒い猫耳フードだ。

「え?」

 俺とレイナ、そしてロンの声が重なった。

「それって…黒麗獣なの?」

 三人を代表するように、レイナが恐る恐る聞く。

「はい。温かくて丈夫で、それでいて柔らかいんです」

 にっこり笑って黒猫が答えた。

「嘘……」

 三人とも絶句してしまう。いや、蒼玉までもが目を丸くして黒猫のフードを見つめている。

「とにかく、この黒麗獣をなんとか持って帰らないといけないのですが……」

 とんでもない事実に驚いているみんなをよそに、黒猫はそんなことをつぶやきながら黒麗獣に近寄っていった。魔法で変化した泥は、そろそろ元の土に戻ろうとしている。

 考え事をしながらゆっくり歩を進めていた黒猫が、何かに気づいたらしく急に横に振り向く。だがそれを、レイナが押さえた。

「あんたねえ、子供のくせに贅沢しすぎ。おねえさん怒っちゃうんだから」

 黒麗獣の毛皮の感触を確かめるかのように、フードの上から黒猫の頭をぐりぐりと撫でまわす。

「やめてー」

 撫でられるのが好きな黒猫もこれは嫌だったらしく、情けない声を上げている。そろそろ止めた方がいいかと思った頃になってひとつ気がついたことがあって、俺はレイナを止めるのをやめてしまった。

「なあ黒猫」

 そのフードと同じ質感に見えるものが、もうひとつある。

「リュックを出してくるまでお前が背中につけていたマント、あれも黒麗獣なのか?」

 眠るときに借りたことが何度かあるが、確かに毛皮とは思えないほどに掛け心地がよかった。

「はい」

「なんですってぇー?」

 ぐりぐりがわしゃわしゃになって、黒猫の首が激しく揺れる。悲鳴だか何だかわからないような声が、開いたままの口から漏れ出してくる。

「あの、そのくらいでやめた方が……」

 見かねた蒼玉が、自分も手を伸ばして黒猫の頭を押さえた。その触り心地に驚いたのか、レイナが黒猫から手を離してもまだその手を乗せたままにしていた。

「ね? 贅沢でしょ」

「はい」

 レイナと蒼玉で、意見が一致した。二人同時に黒猫をにらむ。

「だから、お二人が着る何かに使うのもいいんじゃないかなって……」

 ようやく手を離してもらった黒猫が、二歩くらい後ずさる。それから、助けを求めるように俺の方を向いた。

「それでアキトさん」

 黒猫のことはもちろん何とかしてやりたいが、あの二人が一致協力しているところに割りこむのにはちょっと度胸が要る。俺は小さく口の中のつばを飲みこんだ。だが、次に黒猫の口から出たのはそういうことではなかった。

「さっき切り倒してもらったあの木なのですが、もう一回切ってもらいたいのです」

 そう言ってまだにらんでいる二人の視線からするりと逃げ出した。

「これくらいの長さに」

 黒猫が歩きついたのは、俺が切り倒した木の枝の出ているあたりだった。

「うーん……悪い、無理だな」

 地面に倒れている木を切ろうとすれば、剣を地面に打ちつけることになる。剣はそういう使い方をするものではない。

「そうですか……。棒に括りつけて運ぼうと思ったのですが、別の方法を考えないとダメかな…」

「あたしがやろうか?」

 何も言ってやれない俺の代わりに、レイナが口を挟んだ。

「お前、剣なんか使えるのか?」

「何言ってるの。魔法に決まってるでしょ」

 俺の勘違いに呆れて、邪魔とばかりに腕で俺を押しのけてしまう。切る位置をもう一度黒猫に確認したレイナは、そちらに右腕をかざして立った。

「メタルブレード!」

 詠唱とともに、薄くて丸い何かが下から飛び出して消える。跳ね上げられ、音を立てて転がった木は、見事にふたつに切れていた。

「すごい。ありがとうございます」

 黒猫が枝のない側を取り上げて、黒麗獣の方へ運んでいった。

「これひっくり返すので、ちょっと手伝ってください」

 いちばん近くにいたロンがそれに応じて、二人で腹ばいの黒麗獣を仰向けに転がした。足についていた泥を手で払い、それからその足に抱かせるように切り出した棒を置く。

 黒猫はさらにリュックからロープを取り出して、今度は俺のことも呼んだ。ロンが黒麗獣の後ろ足二本を持ち上げ、俺が棒を支えて、黒猫がロープで足を棒に括りつける。後ろ足が終わると次は前足だった。

 ロープが一本しかないためにうまく縛れないからと言って、やたらとぐるぐる巻きに括りつけている。それでもかなりの長さが余ったので、それを胴体に回して、最後にロープの先端に付いているかぎ爪を棒に引っ掛けた。

「アキトさん、向こう側を担いでください」

 そう言って黒猫は頭側に突き出た棒の脇にかがみこんだ。そして黒猫の合図で二人同時に肩に担ぎあげる。

「よいしょ、ぅわっととと」

 前につんのめりそうになった黒猫を、ロンが身を挺して止めた。急なことで、支えてやるどころか、俺までも引きずられそうになってしまっていた。

「お前じゃ無理だ。こっちに片寄っちまってる」

 言うなり黒猫から棒の端を奪い取り、自分の肩に担いだ。それで俺の方も楽になった。これならば片寄って引きずられることもない。

 代わりに槍を持たされた黒猫が不満そうな顔を見せたが、すぐに諦めたように俺たちの脇に立った。多分そちらが川だろうという方向に当たりをつけて、歩き出す。

 重いのもそうだが、それ以上に一本の棒で黒麗獣を運ぶ二人の歩調を合わせるのが大変だった。どちらかが少しでも早すぎたり遅すぎたりすると、つんのめったり引っ張られたりしてしまう。

 最初はそれで文句のぶつけ合いになってしまったが、黒猫が掛け声で調子をとってくれることになって、ようやく順調に進めるようになったのだった。

「右、左、右、左……」

 楽しくなってきたらしく、黒猫は俺たちの前に立って腕なんか振りながら調子をとっている。笑いたいところだったが、肩にかかる重みでさすがにそれどころではなかった。

「子供」

「そうですね」

 レイナの感想に蒼玉がうなづくが、前を歩く黒猫の耳には届いていないらしく、ごきげんに腕を振り続けている。

「まだ川に着かないのか?」

 しばらく歩かされて、疲れたような声をロンが上げる。確かに、川からそれほど離れていないところを歩いてきたはずなのに、まだ森を出られそうな感じには見えない。方向を間違えてしまったのだろうか。

「そうですねえ……」

 掛け声をやめて、黒猫が辺りを見回す。しかし、初めての場所で方角などわからなさそうだった。

「ちょっと休みましょう」

 その一声を合図に、俺とロンは投げ出すように黒麗獣を足元に置いてへたり込んだ。黒猫はまだきょろきょろと周りを見ている。

 荒い息が収まったところで、水筒の水を口に含んだ。それから置いてある黒麗獣に背中をもたれさせる。ふかふかでけっこう気持ちがいい。

「あー、ずるい。あたしにも使わせなさいよ」

 レイナが俺とロンの間にずかずかと入ってきて、黒麗獣の腹のあたりに背中を預けて座りこむ。

「いいねぇコレ。さすが黒麗獣」

 レイナもその触り心地にご満悦のようだ。わずかに地面にまで届く日差しと時折枝を鳴らして吹き抜ける風がまた、ちょうどいい。気持ちがよくて、ついまぶたが降りてきてしまう。

「ぼく、ちょっとこの辺を見てきます」

 そこに黒猫の声がして、反射的に俺は立ち上がってしまった。その急な動作に、みんなの注目が集まってしまう。

「いや…一人じゃ危ないだろう。俺も行く」

 それをごまかすように俺は黒猫のそばに寄ったのだが、数歩も行かないところで蒼玉の声に止められた。

「私が行きます。アキトさんはもう少し休んでいてください」

 蒼玉の真っすぐな目に、嫌とは言えなかった。

「わかった。頼む」

「あまり遠くへは行かないようにしますから」

 蒼玉が返事をする傍らで黒猫は槍をロンに返して、代わりにそこらに落ちていた長い枝を拾った。若い葉をつけた枝先を地面に押しつけるように持つ。

「それらしい方向がわかったら、すぐに戻ります」

 そのまま枝先を引きずって、黒猫たちはさっきまで進んでいた方角へと歩いていった。姿が木々の向こうに消えても、枝を引きずる音はまだしばらく俺たちのいるところまで聞こえていた。

 今日歩いていた感じでは、この辺りはそれほど危険ではないように思える。それでも二人が離れてしまったのは少し心配で、さっきまでのように気持ちがいいなどとは思っていられなかった。黒麗獣にもたれていた背中を起こして、枝が地面をひっかいてできた線の先を見つめる。

「それをたどって戻ってくるつもりなんだね」

 黒麗獣に背中を預けたまま、レイナが俺の顔を見て言った。なるほど、いろいろ思いつくものだ。ちゃんとここへ戻ってこれるのかという不安のひとつは、それで晴れた。

「これなんだけどさ」

「これ?」

「これだよ」

 レイナが指したものが何だかわからない俺にまた呆れた顔を見せて、レイナは背中を揺さぶった。

「あたしはいいかな。黒はちょっとあたしっぽくないし」

 黒猫が言っていた、黒麗獣の毛皮を自分で使うことを言っていたのだった。

「蒼玉には似合うと思うから、戻ってみたら聞いてみようよ。あの子も使わないって言ったら、売ってお金にすればいいじゃん」

「そうだな」

 言いたいことを言ったレイナは、寝そべるように頭までも黒麗獣の腹に乗っけようとしたのだが、括りつけられた棒に勢いよくぶつけてしまった。痛がって頭をさすっているところにちょうど、黒猫たちが戻ってきた。

「どうしたのですか?」

「何でもないよ。それより、どうだったの?」

 ぶっきらぼうなレイナの口ぶりを黒猫たちが怪しむことはなく、問い返されたことに正直に答えていた。

「ごめんなさい。方向がずれていたみたいで、川はこっちの方向です」

 黒猫が指差したのは、俺たちが進んでいた方向からかなり右の方だった。

「そっか。そうとわかれば、そろそろ行こうぜ」

 黒猫の詫びの言葉を無視するように、ロンが勢いよく立ち上がった。気にしていないと伝えたいのはわかるが、そういうことはちゃんと口にしてやりたい。

「まだ慣れないな。だからお前のせいじゃない」

 ロンと二人で棒を担いで、黒猫が示した方へと歩き出す。もう掛け声がなくてもだいたい歩調は合わせられるので、隣を歩く蒼玉たちの会話も耳に届く。

「あの黒麗獣、あんたが使えばいいよ」

「レイナさんは?」

「あたしは、黒はちょっとね。あんたの方が似合うよ」

 蒼玉は何かを悩んでいるようで、そこで一度会話は途切れた。そうこうしている間に、歩いている先がだんだん明るくなってくる。今度こそ、川まで出られそうだ。

「私一人だけそんな贅沢をするなんて、どうでしょう」

「いいものを使えばそれだけ身を守れる。それはパーティにとってもいいことなんだから、遠慮するところじゃないよ。それに」

 蒼玉には笑いかけたレイナだったが、黒猫をにらんだ目は厳しかった。

「あいつ、あたしたちに黙って一人だけその贅沢をしてたんだよ」

 前を歩く黒猫はそんなレイナの悪口に気づいていないらしく、ひたすら帰り道を気にしているかのように前ばかり見ていた。

「珠季さんは、そうですけど……」

「それなら」

 蒼玉が再び口ごもったところで、黒猫が振り返った。気づいていないどころか全部ちゃんと聞いていたのか。

「とりあえず毛皮にしてもらって、倉庫にでも置いておくのはどうでしょう。これを何かに仕立ててもらうのもかなり高くつきますし、お金が貯まるまで答えは保留にすればいいと思います」

 自分の時はそうだったと、黒猫は付け加えた。

「いくらぐらいかかるの?」

「ぼくの場合はフードとマントで簡単なものだったので1000フェロ、毛皮にしてもらう方が高かったですね」

 言われてみれば、何かをしてもらうのにはお金がかかるのは当たり前だ。だが、高いとなるとこちらもそれなりの覚悟が必要になる。

「そっちはいくらなんだ?」

「あんたも気になるんだ」

 後ろからの俺の声に、レイナがちょっと嫌味な笑みを見せた。

「そりゃそうだろう。金が足りなかったら話にならない」

「あの時は2000フェロかかりましたが、これはあの時よりも大きいので、もっとかかるかもしれません」

 確かに高い。柵の修繕以降まったく稼いでいない俺なんかが、とても一人で払える額ではない。リザードキングの退治までやったロンとレイナがそれくらいまでならば払えるとは言ったが、二人だけに払わせることではないだろう。

「これをそのまま売ったら?」

「うーん…1万くらいにはなるでしょうか」

「いちまん!?」

 これには蒼玉までもが声を上げて驚いていた。それは驚くだろう。金眼豹もそうだが、そういったいわゆる大物退治の依頼でさえ数千程度なのに、だ。

「俺たち、そんなもんを手に入れちまったのか……」

 肩にかかる重さとは別の重みに、ロンの声がちょっと震えている。

「そうなんですよ。どういうわけか」

 対照的に黒猫は平然としている。自分以外のこととなると、妙に鈍いところがある。

 そんな黒猫が声を上げたのは、木々の向こうに川が見えてきた時だった。

「ちょうど筏乗り場のところに出ましたね。どこをどう歩いていたのかわかりませんでしたが、すごい偶然です」

 鈍いと言うよりも変と言うべきかもしれない。そんな偶然など、今俺たちが担いでいる黒麗獣に比べればどうということでもないだろう。

 偶然と言えば、筏がこちら側にいてくれたのもちょっとした偶然だった。運んできた大荷物に、筏の乗り手が二人揃って目をむいた。

「それ、何だ?」

 筏の真ん中にどさりと下ろしたそれを指差して、一人が遠慮がちに聞いてくる。

「黒麗獣です」

 黒猫が何でもないように答えると、また二人揃って驚きの声を上げた。

「黒麗獣って、あの黒麗獣か…」

「はい。毛皮にしてもらわないといけないので、どこかやってくれるところを教えてもらえると助かるのですが」

 乗り手二人は筏を出すことも忘れて、まじまじと横倒しになったそれを見つめる。

「そうだな…毛皮と言えば、あそこだろう」

 しばらくしてから思い出したように革製品を扱う店を教えてくれた。

「そうと決まれば急がないとな」

 二人は互いにうなづいて、明らかに朝見た時よりも勢い込んで棒を遣いだした。実際に速いかどうかはよくわからないが、二人の反応から改めて大変なものを手にしてしまったことだけはわかった。

 筏がイースタンベース側に着いて、改めて店の場所を念押しされた。その親切に礼を言って、俺とロンは再び黒麗獣を担ぎ上げて歩き出す。

 まだこれから日が傾いてこようという時間で人通りはそれほど多くないはずだったが、いつの間にか見物の目が集まってちょっとした人だかりになっていた。それを引き連れるようにして、教えられた店へと入る。

「なんだなんだ、いったい何の騒ぎだ?」

 ただ事ではないと思ったらしく、いかにも職人といった男が、手に道具らしいものを持ったまま奥から出てきた。面倒ごとかとしかめていた顔が、俺たちが運んできたものを見てそのまま硬直してしまう。

「黒麗獣…本物か……?」

 俺たちが置いたそれに、男は恐る恐る手を触れた。

「本物だ……これを、売ってくれるのか?」

 かがんだまま顔だけ上げて、頭側に立っていたロンにやはり恐る恐る聞いてくる。

「期待させて悪いけど、手放すつもりはないんだ。これを毛皮にしてほしいんだけど、いくらくらいかかる?」

 男の様子を見て逆に落ちついたのか、ロンの応対は普通だった。

「何かに仕立てるんじゃなくてか」

「ああ、どう使うかはまだ決めてなくてな。でもこのまま置いとけないし、とりあえず毛皮にだけしてもらおうと思ってるんだ」

 男はがっかりしたようにうなだれたが、すぐにまた首を起こした。

「いや、黒麗獣を扱わせてもらうだけでも大変なことだ。喜んでやらせてもらう」

 そう言って、周りをぐるぐる回って状態を確認する。

「切り傷なんかがほとんどない。よほどうまく仕留めたんだな」

 感心したように何度もうなづく。魔法で打ち倒したのだとレイナが自慢げに言い、とどめを刺したのは自分だとロンが言い張っていたが、そんなことは耳に入っていないくらい男は真剣だった。

「これはよほど大事に扱わないといけない。その分高くなるが、2000でどうだ?」

 黒猫の予想よりも安い。いいのか、と思わず聞き返しそうになってしまったが、それを覆い隠すようにロンが大仰に答えた。

「頼むぜ。何に使うか決まってないから、できるだけたくさん取ってくれよな」

 ロンは振り返って一瞬だけ俺をにらんでから、みんなの持っている金を集めた。均等に出せればよかったのだが、俺には400フェロも出す余裕がなく、その分はロンとレイナが出してくれたのだった。

 でき上がりは明後日になるということで、今日のところは任せて店を出た。見物人はまだ少し残っていて、まだ店の入り口に置かれている黒麗獣を遠目に見ていたり、それを運んできた俺たちを目で追ったりしている。

 まだ宿に入るには早い時間だが、外を歩くのには向けられる視線がうっとおしい。

「ギルドに行きましょう」

 そんな俺の気分を察したのか、後ろを歩いていた黒猫が前に出てきてそう言いだした。

「今のでかなりお金がかかっちゃいましたから、確実に稼げる依頼をやっておかないと、そのうち宿代さえもなくなっちゃいます」

 俺の気分とかそういうことではなかった。だが、今いちばん金がないのは俺なので、俺の心配をしてくれていることに変わりはない。自分が何とかしなければいけないことにそこまで気を遣われて、少し情けない。

「そうだな。特にこいつには、俺が余計に出した分も稼いでもらわないとな」

 かなりの力でロンに背中を叩かれて、俺は二、三歩前につんのめってしまった。蒼玉が慌てて支えようと手を伸ばしたが、どうにかその前で踏みとどまった。近い距離で目が合って、縛られたように思考さえも止まってしまう。

「……行きましょう」

 先に視線を外したのは、珍しく蒼玉の方だった。だが今は、それが救いだった。蒼玉の目の前でどうすることもできなかった俺は、ほっと安堵のため息を漏らした。

「聞きましたよ。大変なものを仕留めてきたそうですね」

 ギルドに入るとNPCがわざわざカウンターから出てきて迎えてくれた。そんな話がもう伝わっているのか。

「だから金がないんだ。今は金眼豹狙いは諦めて、他の依頼を探そうと思う」

 俺は破棄してもらおうと金眼豹退治の依頼書を差し出したが、受け取ってはもらえなかった。

「わざわざ破棄することはありません。誰かが退治すればそれで無効になりますし、それがあなたたちにならないとも限りません。だからその依頼は、そのまま持っておいてください」

 ちょうど暇していたのか、NPCは俺たちの依頼探しに付き合ってくれた。

 レイナが南の森のオーク狩りの依頼に興味を示していたが、NPCはオークが見つからなければ稼ぎにならないと言って難色を示した。しかし、そうなるとやはり力仕事の応援といった地味なものしかない。

 決めかねているところに、入口の戸が開く音がした。そろそろ他の冒険者たちも戻ってくる頃だろうかと思ったが、開いた戸から差しこむ光はまだ赤みを帯びていない。そして、入ってきたのは女性一人だけだった。

「森繁屋さん」

 知り合いらしく、NPCが声をかけた。何かの店の名前のようだが、ギルドに関わる商売など、俺には思いつかない。ついまじまじと見てしまうと、向こうもこっちに目を向けてニッと笑った。

「ねえあなたたち、暇してるなら手を貸してもらえない?」

 彼女は声をかけてきたNPCではなく、こちらに向かって歩み寄ってくる。何事かと内心身構えたのだが、そんな俺の横を素通りして彼女が声をかけたのは、レイナと蒼玉の二人だった。

「明日さ、新作の試食会をやるんだけど、配るのを手伝ってほしいの」

「新作?」

 首を傾げたレイナに脈ありと見たのか、彼女はさらに身を乗り出した。

「そ。お菓子だからやっぱり女の子にやってもらった方が華があっていいんだよね」

「お菓子!?」

 レイナが俄然興味を示したのだが、彼女たちの視界の外では黒猫も聞き耳を立てていた。

「うちの前で通った人に配るの。明日一日、あなたとあなたの二人で160フェロ」

「二人だけかあ……」

 そうつぶやいたレイナは、何かを考えているのか、彼女に背を向けて依頼書の方を眺めだした。頼んでいる彼女も、一緒に頼まれた蒼玉も、そして置いてきぼりの俺たちも、黙ってその背中に注目する。

「ねえアキト」

 しばらくしてレイナが振り返ったのは、俺だった。

「何だ?」

「明日一日ならちょうどいいじゃん。あたしたちはお菓子配りやるから、あんたたちはそっちの何かをやって、明後日毛皮を受け取ってセントラルグランの倉庫に預けに行こうよ」

 いいことを思いついたとばかりに、レイナが満面の笑みを浮かべる。確かに、ちょうどいい話だ。

「そうだな。俺たちは適当に何かの手伝いでもやろうか」

 ロンと黒猫に声をかけ、二人もそれでよさそうにうなづき返したが、そこに声を上げたのは蒼玉だった。

「待ってください」

 その一声でみんなを制して、蒼玉は彼女に向き直った。

「珠季さんも、一緒にやらせてもらっていいでしょうか」

 意外の感に打たれている俺の隣で、指名を受けた黒猫も虚を突かれたようにぽかんとしている。

「うーん…三人はねえ……」

 三人も必要ないようで、彼女は考えこんでしまった。しかし蒼玉は諦めきれないように真っすぐな視線を向け続ける。

 蒼玉が粘り勝ったらしく、彼女は二、三度首を横に振ってから蒼玉に笑いかけた。

「じゃあ三人で200…や、210でどう?」

「ありがとうございます」

「その分、働いてもらうよ」

「はい」

 そのまま蒼玉が話をまとめてしまった。場所を伝えて、森繁屋と呼ばれた女性は帰っていった。あんまり急なことを持ち込まれても困ると帰っていく背中にNPCがぼやいていたが、そんなものは聞こえてはいない様子だった。

「あの…ありがとうございます」

 黒猫がまず蒼玉に礼を言ったあたり、黒猫もお菓子に興味を引かれていたのだろう。そういう味覚は子供らしい。

「今日のこともありましたし、珠季さんには力仕事は向かないと思いましたので。余計なことかもしれませんが」

 黒麗獣を持ち帰ろうとした時に黒猫が持ち上げきれなかったことを、蒼玉は気にしてくれたのだ。それも本当ならば俺が気を回すべきなのに、黒猫のことまでちゃんと考えていなかった。

「悪い、黒猫。あと蒼玉も、気づいてくれて助かった」

「いえ。気にしないでください」

 黒猫は笑って返してくれたが、蒼玉はただ真っすぐ俺を見ているだけだった。気が利かない俺のことを怒っているかもしれないと思うと、次の言葉が出なくなってしまう。

「よかったね珠季、お菓子だって」

「はい」

 そんな俺をよそに、レイナと黒猫がはしゃいでいる。

「配るのが仕事なんだろ? 自分で食うなよ?」

 あまりのはしゃぎぶりに、ずっと仲間外れにされていたロンが呆れた声を上げる。それから、依頼書を一枚俺に見せた。レイナたちが話をしている間に、自分たちの依頼を探していてくれたらしい。

 その内容は切り倒した木材を川まで運ぶ手伝いで、一日だけでもいいというものだった。俺とロンだけならば、そういう仕事でもいい。これでとりあえず、明日明後日の予定が決まった。

 依頼書を受け取ってNPCに教えられたところに向かい、簡単な説明を受けて明日朝にここに集まるように指示された。持ち運ぶものが多いので武具なんかは持ってこないようにということだった。レイナたちもそれは同じなので、宿で預かってもらおう。

 ついでに森繁屋の場所も見ているうちに、空が赤くなってきた。手持ちの金が少ないので安い宿を探してもよかったかもしれなかったが、このだだっ広い街でそれだけの時間の余裕はもうなさそうだ。

 昨日と同じ宿に入ると、昨日と同じようにユリたちに出迎えられることになった。

「聞いたよー。黒麗獣を捕まえちゃったんだって?」

 町の人どころか、昼間は町にいなかったはずの冒険者たちにまで知られていた。

「耳が早いね。どこから聞いたの?」

 ユリの相手は、やっぱりレイナに任される。

「聞いたのはギルドでだけど、みんな知ってるって感じだったよ」

「あんまり騒いでるから、誰かが金眼豹をやったのかって思ったくらいだ」

 横から葵がそう補足した。つまり、金眼豹はまだ退治されていないらしい。

「いいなー。私も一度でいいから黒麗獣着てみたいなー」

「お前にそんな高級品は似合わない。すぐにぐしゃぐしゃにするのがオチだろうよ」

「そんなことないもん」

 ユリと葵が子供のように言い争っている横で、レイナが黒猫の上着から例の猫耳フードを外している。

「はい」

 そしてユリの背後からフードをかぶせた。不意を突かれたユリは、レイナを振り返って無言のまま問いかけるような目を向ける。

「それ、黒麗獣」

「もう仕立てちゃったんだ…」

 気が抜けたような声をもらしながら、両手で頭をそっと触り、撫でまわす。

「やっぱりいいものは違うよねえ……ってあれ?」

 しばらく感触を楽しんでいたユリだったが、何かに気づいたように急にフードを取ってまじまじと眺めた。

「これって、珠季ちゃんのだよね? 昨日もこれだったよね?」

 言いながら、フードを黒猫に返す。

「はい」

 ちゃん付けで呼ばれても、黒猫は普通に返事をしている。女の子扱いされて嫌がるのかと俺はひやりとしたが、黒猫にとってはこれくらいは女の子扱いのうちには入らないのだろうか。

「なあんだ。からかわないでよ」

 そんな俺の心配をよそに、ユリは口ではそう言いながらも怒っている様子など全然見せずに、レイナに笑いかけた。

「ところがそれが黒麗獣なのは本当なんだ」

「嘘っ?」

 ユリの笑顔が凍りついて、不自然に上がったままの口角がわずかに震える。

「はい。今日取ってきたのとは違いますけど」

 さすがの黒猫もそんなユリをどう扱っていいのかわからないのか、ちょっと及び腰だ。

「わあ……。私、本物触っちゃったんだ……」

 さっきまでフードを触っていた両手を胸の前で開閉させながら、感動しているようにしみじみと眺める。

「あれ? こっちは初めてだって言ってなかったっけ?」

 黙ってしまったユリに代わって、葵が話に加わってくる。言われてみれば確かに、黒猫もこっちは初めてだと言っていたはずだ。俺はそのことに気づいた葵にただ感心するだけだったが、レイナはものすごい勢いで黒猫に振り返った。

「そうだよあんた前にも黒麗獣と出くわしたことがあるって言ってたよね。こっちは初めてっていうのは嘘だったの?」

 今日一日黒猫に驚かされてばかりのレイナが、黒猫の頬をつねり上げる。

「嘘じゃありません」

 そう黒猫は答えたが、頬をつねられて声が言葉の形をとることができない。

「じゃあ黒麗獣に出くわした方が嘘……まさか、それが黒麗獣ってのが嘘じゃないでしょうね?」

 それは思いつかなかった。よくそこまで頭が回るなと今度はレイナに感心したのだったが、いよいよ黒猫が何を言っているのかわからないくらいな悲鳴を上げ始めたので、とりあえずはその手を押さえた。黒猫は頬をさすりながら肩で息をしている。

 ようやく呼吸が整ったところで、黒猫は最初に疑問を挙げた葵に向かって話しだした。ただし、よほど警戒しているのかレイナのことを横目でちらちらと見たりしている。

「前はノーザンベースの東の森で会ったのです。今日会った森とは離れているとは思いますが、あの森がノーザンベースの方までずっとつながっているなら、それ全体が黒麗獣の縄張りということかもしれません」

 黒猫は北には行ったことがあるとは言っていた。そういうことならばどこにも嘘はないはずだ。レイナもこれには反論しない。

「なるほどな。森がどこまで続いているかは知らないけど、少なくてもノーザンベースくらいまではあるはずだ」

 ずっとこっちでやっている彼らが言うのだから、それも間違いないだろう。つまり、イースタンベースから半日以上北へ歩いてもまだ森は尽きないということだ。これまで俺が見てきたものとは比べ物にならないし、そんな所でどう迷わないようにするのかなんてまるで見当もつかない。

「そんなに広いのでは、迷わないようにするのも大変でしょう。何かいい方法とか、ありますか?」

 黒猫も同じことを思ったようで、葵にそう聞いた。聞いたのは黒猫だが、俺も我ながらいいところに気がついたものだとちょっといい気分になる。

「いい方法ってほどじゃないけど、ある程度行ったら引き返すって感じでやってるよ」

 答えたのは、しばらく呆けたようにしていたユリだった。

「でもそれで、引き返す方向が違ってたなんてことにはなりませんか?」

 今日の俺たちがそうだったので、これも同じことを思った。

「うーん…少しくらいずれるけど、その辺は慣れかなあ。ごめんね、ちゃんと教えてあげられなくて」

「いえ、親切にありがとうございます」

「黒麗獣触らせてくれたお礼だよ」

 笑顔で礼を言った黒猫に、難しそうな顔になってしまっていたユリの表情もほぐされたようだ。

「で、その黒麗獣でまた何か作るの? それとも売っちゃった?」

「まだ決めてない。だからとりあえず毛皮にしてもらってるところで、そのせいでだいぶお金が少なくなっちゃった」

 話はユリとレイナとの間に戻る。お金が少なくなったと言ったところでレイナが俺に嫌な視線を向けたが、あんまり反応して葵みたいにからかわれるのも嫌なので、我慢して無視する。

「じゃあ何としても金眼豹を見つけるしかない?」

 この子の場合はそういう発想になるのか。

「あたしはそこまで冒険できないな。明日はお金稼ぎに別の依頼を受けるよ」

 答えるレイナも苦笑を浮かべていた。

「そっかあ。どんなの?」

「森繁屋の試食会の…」

「森繁屋さん!?」

 その名前を聞いただけで、ユリがぐいと身を乗り出してきた。少しのけ反った体勢で、レイナが首を縦にひとつ振る。

「今、試食会って言ったよね?」

 さらに身を乗り出すユリに、レイナの方は椅子から転げ落ちそうになる。なんとか踏みとどまって、椅子を少し後ろに引いた。

「アオちゃん、明日は早めに戻ってこよう」

「こっちだってもう何日も報酬なしだし、そんなことしてる場合じゃない」

「してる場合だよ。森繁屋さんの新作だよ? そっちの方が大事!」

 また言い争いが始まってしまった。

「ユリさんが目の色変えるくらい森繁屋さんのお菓子はおいしいってこと、でしょうねえ」

「それはやりがいがありそうだね」

 それをよそにお菓子にはしゃいでいた二人がうきうきとしている。ロンが心配していたように自分たちで食べてしまうつもりなのを、隠す気さえもなさそうだ。

 そして向こうの二人は慣れっこのことなのか、ユリたちのことなど見てもいない。こんなことでいいのだろうか。

「あの……」

 俺があちこち不安に思いながらきょろきょろしているところでユリたちに声をかけたのは、蒼玉だった。黒猫以上に、今日は蒼玉に驚かされる。

「皆さんの分もいただいてきますから、それで…」

「ありがとう!」

 ユリが蒼玉の手を取ってぶんぶん上下に振った。あまりの感激ぶりに、蒼玉は返事もできずにされるがままになっている。


 次の日の夕方。一日中こき使われた俺とロンがへとへとになって宿に戻ると、いきなりたくさんの視線に出迎えられた。蒼玉たちもユリたちも、もう戻ってきていた。

「お帰り。待ってたよ」

 その中でにこやかな顔を見せてくれたのは、ユリだった。どうして違うパーティのユリが俺たちのことを待っているのかと疑問に思ったが、鈍った頭で考えるよりも早く当の本人から答えが明かされた。

「蒼玉さんが、あなたたちが戻ってくるまではダメって言うから。せっかく今日はそのために早く戻ってきたのに」

 昨日あれだけ言い争いをしていたのに、それでもユリたちは早めに戻ってきてしまったらしい。そのユリがジトっと目を向けた先の席には紙箱がひとつあって、蒼玉が両手で大事そうに押さえている。

「ちょっとべたつくので、手を洗ってきてください」

「えぇーっ、まだ待つの?」

 抗議の声を上げるユリを無視して、蒼玉は真っすぐ俺たちにそう言った。何が起こっているのかよくわからないが、これ以上待たせると後が怖そうなので、何も聞かずに言われたとおりにする。

 俺とロンが食堂に戻ってくると、蒼玉がようやく箱を開けた。中には黄色っぽく、握りこぶしより少し小さいものが、人数分くらい並べられている。

「おぉー、これかぁ」

 真っ先にのぞきこんだのは、やはりユリだった。まじまじと見て、それから匂いをかぐように鼻をひくひくさせた。そんなことをしなくても、後ろにいる俺たちのところでも十分その匂いが感じ取れる。

「甘い匂いがするね」

 それどころか、店の奥まで匂いは届いていたらしい。店の女性も奥から出てきた。ちょうどよかったので、今日の分の代金を払う。

「おひとつ、どうぞ」

「私の分もあるの?」

「はい」

 確かに、それは10個ある。俺たちが五人、ユリたちが四人、彼女の分でちょうどだ。

 一人ひとつずつ手に取る。強くつまむと崩れてしまいそうだ。蒼玉の言うとおりべたつくのだが、光を照り返しているような上側が特にべたつきそうだ。

「あまーい。おいしいー。さすが森繁屋さん」

 一口食べただけで、ユリはこの喜びようである。

「これもさつま芋なのね。でもこれはどう作っているのか見当もつかない」

「蒸したさつま芋を潰して丸めてから焼いたのだそうです。卵を塗るとかもっと細かいことも言っていましたが、私にはわかりませんでした」

 店の女性と蒼玉がそんな話をしている。そこまで聞いて帰ってきたあたり、蒼玉もこれに興味を持ったのだろうか。

 一口食べてみると、その匂いのとおりものすごく甘い。これはたくさん食べられるものではない。そうなると、この大きさがちょうどいいということだろうか。

「何個食べてもおいしいね」

 レイナと黒猫が幸せそうな顔をしてうなづきあっている。

「本当に配るのを自分で食ったんだな」

「失礼な。休憩の時にもらったの」

 ロンの呆れ顔さえまるで気にならないくらいに、レイナは上機嫌だ。上機嫌のもう一人であるところの黒猫は、葵たちの席に呼ばれて何かを話している。2個で3フェロという声が聞こえてきた。

「ありがとう」

 食事の用意が途中だからと店の女性が奥へ下がって、いつもの席に戻ってきた蒼玉に、俺は礼を言った。

「いえ。私たちもお客になるかもしれないから配る相手なのだと、森繁屋さんが言っていましたから。それに、もらってくるとユリさんに約束していましたし」

「それだけじゃなくて、俺たちが戻ってくるまで待ってくれたし、それに、今日俺たちが行ったところ、黒猫にはキツそうだった。だから昨日お前が黒猫のことをそっちに入れてくれてて、助かったんだ」

「そうですか」

 ふい、と蒼玉が目をそらす。最近何度かそういうことがある気がするが、避けられているのだろうか。

「おいしいでしょう。疲れた時は特に、甘いものがいいんです」

 そらせたと思った視線の先には、戻ってきた黒猫がいた。蒼玉の視線に気づいてか、俺へ向けた言葉の同意を蒼玉に求める。それに短く答えた蒼玉は、俺へと視線を戻した。

 俺がさっき言った礼のことがあやふやになってしまって、何となくしゃべりづらい。蒼玉も同じなのか何も言わずにいるし、戻ってきたばかりの黒猫も遠慮をしているのか自分からは口を開かずにいる。

 そうして二人とも俺の方を見ているのだが、本当に何となくといった黒猫の方はともかく、蒼玉の真っすぐな視線はどうしても気になってしまう。気になるが、どう声をかけていいものかわからなくて、どうすることもできない。

「ごめんね、今日はこっちもさつま芋なの」

 そこへ食事が運ばれてきた。言われたとおりにさつま芋や他の野菜などの煮物だったのだが、今日は珍しく米があった。

 さらに運ばれた薄切りの肉の炒め物も含めて全部薄味で、ものすごく甘い味の後にはちょうどよかった。それでも、その中ではさつま芋の甘さがかなり目立つ。

「これが、あの甘さになるんだな」

 ずっと黙ったままなのも気まずくて、どうでもいい感想を蒼玉に言ってみる。

「はい。いろいろ手間がかかっているようでした」

 そんなことでも、蒼玉はちゃんと返事をしてくれる。せっかく返事をしてくれたのに俺の方が話を続けられなくて、また黙って食べる方に戻ってしまう。それがもどかしい。

「あ、そうだ。忘れてました」

 芋の味を確かめるように口の中で転がしているところに、黒猫が声を上げた。会話がなくなるのを見計らったようでわざとらしく聞こえるが、どうだろう。

「明日でき上がる黒麗獣の毛皮ですが、倉庫に預けるとは言いましたが誰の倉庫にしようかって話をしてたんですよ、昼間に」

 黒猫が確認するように蒼玉に目線を送ると、蒼玉はうなづいて答えた。

「それで、蒼玉さんも、レイナさんやロンさんも倉庫は使ってなくて、アキトさんがどうか聞いてみようって話になってたんです」

 お菓子のことですっかり忘れていたのだと、黒猫が眉根を寄せて苦笑してみせた。

「俺も倉庫は使ってない。そんなにものを持ってないから」

 この間黒猫に説明されるまで、倉庫などあることくらいしか知らなかったくらいだ。

「そうですか。じゃあやっぱりこの機会に蒼玉さんが倉庫を使うのがいいでしょう」

「お前の倉庫に入れておくのはダメなのか?」

 蒼玉も同感らしく、俺の目を見てまたうなづいた。

「蒼玉さんには昼間も言いましたが、ぼくの倉庫には直しに使う用の端切れが入れてあるので、それと混ざっちゃうのはまずいと思うのです」

 それくらい倉庫から出してから分ければいいだろう。

「それに使うとすれば蒼玉さんになるのですから、ちゃんと蒼玉さんのものとしておくのがいいと思うのです」

 それは確かにそうだ。

「そうかもしれませんが、使わせてもらうまではまだパーティみんなのものです。それならわざわざ改めて私が倉庫を使うまでもないでしょう」

 蒼玉の言うことももっともではある。それで一応俺が倉庫を使っているか確認しようということで昼間は棚上げしたらしい。ロンが倉庫は使っていないことはレイナが知っていて、だから後は俺だけだったらしい。

 誰もがうらやましがるようなものがかえって押しつけ合いになっているのが、何だか不思議だ。俺が預かってやれれば丸く収まったかもしれないのに、役に立てないことに少し悪い気がする。

「そこまで意固地にならなくてもいいんじゃないか? どうしても気になるって言うのなら、パーティのものをお前に預かってもらいたいって頼む」

「それは…、珠季さんではいけないのですか?」

 蒼玉が問い返すが、その語気にはどうしても嫌だという反発は感じられない。

「こいつが倉庫に何を持っているかは知らないけど、多分俺たちとパーティを組む前からのものもあるだろうから、俺たちのパーティのものを預けると面倒になると思うんだ」

 黒猫をかばいたくて言ったのではないが、そう受け取られたのか、蒼玉が一瞬だけにらむような視線を向けてきた。一瞬の後にそれは黒猫に向けられて、それに気圧されたのか、黒猫はあいまいな返事をしただけだった。

「だから、頼まれてくれないか?」

 今度は黒猫をかばおうという意識があったと思う。だが今度はにらまれることはなくて、ただ真っすぐな目を向けられただけだった。

「わかりました。パーティのものとして私が預かって、倉庫に預けます」

 わざわざ強調して言うところが、いい加減さを嫌う蒼玉らしかった。

 決まったことをレイナたちに伝えてくるからと席を立った黒猫は、向こうで何を話しこんでいるのか戻ってきそうにない。そんなことは食べ終えて部屋に戻った後でもいいはずなのに、これもわざとなのかもしれない。

「アキトさんをうまく使われて言いくるめられたような感じです。珠季さんに」

 俺が黒猫を気にしている間に、いつの間にか蒼玉が俺のことをじっと見ていた。表情からはうかがえないが、口調はちょっと非難気味に聞こえる。

「悪い」

 その非難が俺に向けられているように聞こえたから、俺はあまり考えもせずに謝った。

「違います。珠季さんはこうなることがわかっていてアキトさんを話に加えたのだと思うのです」

 そうかもしれない。妙にわざとらしく見えたのが本当にそうだったからならば、納得はできる。だが黒猫がどうあれ、蒼玉に持っていてほしいと頼んだのは、俺だ。

「嫌だったら謝るし、もう一度ちゃんとみんなで話をしよう」

「いえ、嫌ということではありません。アキトさんが謝らないでください」

 俺が、と言ったことが引っかかった。黒猫が悪いということにしてしまうのには、抵抗がある。

「黒猫だって考えがあってああ言ったんだと思う。悪気はないんだ」

 黒猫の名前を出した途端、蒼玉は口を閉じてしまった。もう俺のことも見ようとしない。

 毛皮のことよりも悪いことを言ってしまったのかと、一気に不安になってしまう。あまりに不安が大きすぎてどう謝ればいいのかさえ考えつかなくて、それでも黒猫がどうとか口にすることだけは、したくなかった。

「そろそろ部屋に戻ろう……どうしたの?」

 毎度のようにユリに付き合わされて最後までしゃべりながら食べていたレイナが振り向いて声をかけてきたのだったが、気まずい様子に驚いておずおずと聞いてきた。

「何でもありません」

 蒼玉の答えは早かった。答えだけではなく、すぐに席を立ってしまう。

 ユリたちに挨拶をしている蒼玉は、ごく普通に見える。むしろ意外なほどに親しげだった。その明るさは、どう見ればいいのだろうか。

 部屋に戻ると、黒猫がリュックの中身をいろいろ出し始めた。あっという間にテーブルの上が隙間なく埋められてしまう。部屋の真ん中だということもあって、全員の注目が集まった。

「何探してるんだ?」

 何かを言うのを互いに押しつけあっているような沈黙を破る役をやらされたのは、ロンだった。

「探し物ではありません。リュックをちょっと空けておこうと思って」

 今度は細々したものを革袋に入れながら、黒猫が答えた。なぜそんなことが必要なのかわからないらしく、ロンはそれ以上何も言えなくなっていた。それは俺も同じだった。

「黒麗獣の毛皮を持ち運ぶためですか」

「はい」

 しかし蒼玉にはわかったようで、途切れた話を継いでくれた。

「珠季さんにそんなことまでしてもらって、いいのでしょうか」

「そこは、こういうのを持っているぼくが適任でしょう」

 中身が減って少し小さくなったように見えるリュックをさすりながら、任せてほしいと黒猫は言った。

 迷っている様子の蒼玉が、なぜか俺へと視線を寄こした。そんなに迷うようなことでもないだろうに何をためらっているのか、ちょっと不思議だ。

「何かに入れて運んだ方がいいだろうし、黒猫に頼んでいいんじゃないか?」

 だから俺は何の気もなくそう口にしたが、それを聞く蒼玉の目はいつものように真っすぐで、大事な話をしているかのようだった。その差に俺はほんの少しだけたじろいでしまったが、それを見られることなく蒼玉は黒猫へと向きなおった。

「お願いします」

「お願いなんて言うほどのことではありませんが、まあお任せください」

 笑って答える黒猫も、その生真面目さに少し押され気味に見えた。


 そうして用意して革物屋に向かったのだが、腕がいいということなのか、渡されたのは布団にしてもいいくらい大きな一枚の革だった。

 どう畳んでも黒猫のリュックに入らなくて、その場でまたリュックの中身の入れ替えが始まってしまった。それでも取り出して持って運べるものなどほとんどなくて、黒猫の手が止まってしまった。

「革ひもで括って手に持ってくか?」

 見かねて職人の男が声をかけてくれたが、当の黒猫は生返事だけして広げたリュックの中身を眺めている。

「ねえ蒼玉さん」

 そして振り向いたのが、蒼玉だった。せっかく声をかけてくれた職人は、放っておかれた形だ。

「倉庫に行くまで、これを付けて歩いてもらえませんか? 蒼玉さんにはちょっと小さくて不格好になっちゃうかもですけど」

 そう言って、例のマントを差し出した。

「わかりました。お借りします」

 毛皮を持ってもらうからか、蒼玉は迷うことなく受け取った。

「あの、革ひもはお願いします。しっかり括らないと入らなさそうですから」

 それから、黒猫は職人に革ひもを頼んだ。だが、今度は職人の方が返事だけして何かを見ている。

「ひとつ、聞かせてもらっていいか?」

 職人が見ていたのは、蒼玉がはおったマントだった。首に回すように両肩のところから細長い伸びがあって、前で合わせた先端がボタンで留められるようになっている。

「それも…、黒麗獣なのか?」

 聞かれたのは蒼玉だったが、持ち主は黒猫なので、蒼玉は目で黒猫の答えを促しただけだった。

「はい」

「あるところにはあるんだな……」

 あっさり答えた黒猫に職人は心底驚いた様子で、蒼玉の背中をまじまじと見つめる。その蒼玉が居心地悪そうに両腕を胸の前で組んでしまったのを見てようやく、職人は奥から革ひもを持ってきてくれた。

 ようやく荷支度ができて、革物屋を後にした。

「セントラルグランにならもっと腕のいい仕立て屋もあるかもしれないけど、何か仕立てるって決めた時にはうちのことも思い出してほしいな」

 とりあえず倉庫に預けると聞いて、職人は愛想笑いを浮かべてそう言った。今はまだどうするとも言えないので、形だけの返事しかできなかった。

 大通りに出て町を歩く。日はかなり高くなっていてもう仕事に出ていくような人通りはなかったが、代わりに市場のあたりは賑わっていた。全体的に建物がまばらな町だが、市場だけは例外らしい。

 仕事に行く男たちと違って、行き交う人たちの色合いは様々だ。その中には黒も少なくないはずなのだが、どういう訳かちらちらと蒼玉に向けられる視線があるように見える。

 気になって蒼玉の真横に着いて歩いてみたが、当の蒼玉はそれほど気にしている様子もなく、真っすぐに前だけを見ている。たまに俺が視線だけ向けても、他の視線と同じように答えてくれない。

 町を出る頃には俺の方が不安で息が詰まりそうになっていたが、本当は蒼玉がそうだったらしく、町を出たところで立ち止まって大きく息をついた。

「さすがに、ちょっと悪目立ちだったね」

 笑いかけたレイナに、まだ息が整わない蒼玉は無言でうなづいただけだった。

「黒麗獣がか?」

 レイナが言っていることがわからなくて、聞いてみる。ここでのことではないが、このマントを着けて歩いていた黒猫がこんなに見られるようなことはなかったはずだ。

「違うよ。あんたって格好に頓着ないんだね」

 真面目に考えているのにレイナに馬鹿にされたように笑われて、俺はムッとしてしまう。だって黒猫は、と思って黒猫に目をやると、黒猫は俺を無視して蒼玉に謝った。

「ごめんなさい。持ってもらうのなら着心地なんかを見てもらおうかと思ったのですが……」

「いえ。私もそのつもりでしたので、謝ってもらうことはありません」

 二人ともわかっているといった様子で話が進んでしまう。マントを取るかどうかという話になって、セントラルグランに入るまでそのままでいると蒼玉が言ったところで、話は終わってしまった。何がどうなっているのか俺が理解できないまま、俺たちは再び西へと歩き出した。

 さっきから俺が相手にされないのは、俺が気がつかないだけで嫌われるようなことをしてしまったからなのではないか。そう思うと、もう我慢できなかった。

「あの…さ……」

「何でしょうか」

 おずおずと声をかけた俺に、蒼玉は今度は答えてくれた。

「ごめん…お前が嫌がるようなことをして」

 それが何なのか俺自身が見当もつかないのだから、言われた蒼玉の方はもっとわからないのだろう。首を傾げられてしまう。その無言の問いに俺は答えることができなくて、黙ったまま歩き続けるだけになってしまう。

「ああ、もう!」

 そこに割って入ってきたのは、前を歩いていたレイナだった。俺の腕を取って蒼玉の隣から引きはがしてしまう。

「あんたねえ、あの格好は変だと思わないの?」

 引き寄せた俺に肩を寄せて、後ろには聞こえないように小声で文句を言う。

「それはまあ、蒼玉には小さいけど…」

 そういうことはあまり言いたくなくて口ごもると、余計にレイナにジトっとにらまれた。

「……それが変って見られてたの。それくらいわかりなよ」

 それほどのことだったのか。レイナに怒られたことよりも、蒼玉がそんな目に遭っていたことの方が俺には衝撃だった。だからレイナから肩を離して、また蒼玉の隣に戻る。

「悪い蒼玉、わかってなくて」

 わかっていなかったことが何なのか、それは言えなかった。でも、蒼玉はわかってくれた。

「でもアキトさんは私の隣に立ってくれました。それだけでも十分です」

 いつものように俺の目を真っすぐに見て話してくれる。俺の不安は消えてなくなるのには、それだけで十分だった。わからなくても気持ちが伝わっていてくれたことが、たまらなく嬉しかった。

「だめだよ蒼玉、こいつを甘やかしちゃ」

 また沈黙したところにレイナが割りこんできた。そうだ、レイナの言うとおりだ。蒼玉が嫌な目に遭っていたというのに、俺が嬉しがってなんかいてはダメなんだ。

「わかってるでしょ? こいつ、すごく甘えたがりなんだから」

「はい」

 だが蒼玉は、口ではレイナに同意を示しながら、俺に小さく笑顔を見せてくれた。ちょうど風が吹き抜けて、長い髪が少し頬にかかる。それがあまりに意外すぎて、頭の中でぐちゃぐちゃしていたものがみんな消し飛んでしまった。

 歩いていくと両側に見えていた森がなくなって視界が開けて、森の中から出てきたという感じがする。次第に道から離れていく川の上を、一人だけが乗った筏が悠々と流れていく。川を渡るときとは違ってほとんど腕を動かすこともなく、楽そうにしている。

「頼めば乗せてくれるかな」

「でも、行きたい時に都合よく出るものでもないでしょう」

 ロンはよほど筏が気に入ったようだが、正直なところ俺はあれに長時間揺られるのは嫌だ。だから否定的な黒猫を内心応援する。

 そうしてみんなが川の方を見ている中、蒼玉が反対側、左手に向いた。そこには背中から日の光を浴びているために姿はよくわからないが、大柄な人のようなものがあった。

「オークです!」

 何者か見極めた蒼玉が声を上げるのと、その何者かが足を速めたのが同時だった。三体横並びで、後ろに続く者はいない。

「黒猫と蒼玉はここで待ってろ。ロン、レイナ、行くぞ!」

 いつもよりも荷物の多い黒猫といつもと違う格好の蒼玉をわざわざ動かすこともないだろう。二人から離れたところで迎え撃とうと、俺は剣を抜いて駆けだした。

 オークは他の人型に近い怪物よりも鈍重ではあるが、身体が大きい分だけ力がある。突進して殴りかかってきた拳を盾でいなそうとしたが、真っ向から受けたのでもないのに衝撃に弾かれそうになってしまう。

「何まともにやり合おうとしてるんだよ!」

 そんな俺の様を笑うように、ロンは槍を低く横薙ぎに払って別のオークのすねを打ちつけた。たまらずオークがその場に転がる。不意を突ければもろそうだ。

 殴りかかってきたオークが今度はつかみかかるつもりなのか、両腕を前に出して突っ込んでくる。それを避けて胴薙ぎに斬りつけたが、肉が厚いせいであまり効いてらしい。

 さらに鼻息を荒くして、今度は肩から突っ込んできた。その勢いはすさまじく、ただかわすしかできなかった。あまりの勢いにオークも向こうへすっ飛んでいくが、そっちには誰もいない。

 執拗に俺を狙うオークが体勢を立て直すわずかな間に周囲に目を走らせる。残りの二体はそれぞれロンとレイナがやり合っていて、黒猫たちは戦いの外だ。

 さらに突進してきたオークを体を開くようにわずかにかわして、俺の方からそれを追いかけた。走り続けて息が上がってきたオークに、後ろから斬りつける。今度は盛大に血しぶきが上がり、オークは二度と立ち上がることはなかった。

「お前がいちばん遅かったな」

 槍を構えていたロンが、石突を地面に立てて軽口を言う。言い方に嫌味はあるが、助けてくれる気だったのだろう。その差し引きで、俺はぶっきらぼうな返事を返すだけにした。

「大丈夫、だよな」

 道で待っていてくれた黒猫たちに声をかけたのだが、何と言っていいか迷って変な言い方になってしまった。

「はい。皆さんにだけ戦わせてごめんなさい」

 黒猫が律義に答えてくれて、その場は何とかなった。まだ遠くに見えるセントラルグランの土壁を目指して、また歩き出す。

 歩きながら、蒼玉はまだ左手側を気にしていた。またオークでも見つけたのかと思ったのだが、今度は何も見当たらない。東の森以外はただ平地が広がっているだけだ。

「何か気になるのか?」

 わからないことは、やっぱり聞かなければわからない。だから今度は声をかけた。

「今は何もありません。ただ、どうして今になってオークが三体だけでこんなところに出てきたのかと思っていただけです」

「もっといるかもしれないってことか」

「少し前にかなり退治したはずなのでそんなことはないとは思います。でもたった三体だけで道にまで出てくるなんて、向こうにしてみれば危ないことをどうしてわざわざしてきたのか、そう思うと何かがあるような気がするのです」

 オークと戦った経験があまりない俺には、それがどれほど異常なのかはわからない。

「今できることは、不意を突かれないように気をつけるくらいしかないだろうな。こんな隠れるところもないような場所ではそれも考えにくいけどな」

「そうですね、少し考えすぎでした。周りに気をつけるくらいにします」

 緊張に強張っていた蒼玉の表情が、かすかに緩んだように見えた。

「ところでさ」

 そんな蒼玉の顔をもう少し見ていたくて、違う話を向けてみる。

「暑くないか? それ」

 遮るものなくまっすぐ届く日の光が俺たち全員に降り注ぐ。それは毛皮で上半身を包んでいる蒼玉にも、毛皮を頭にかぶっている黒猫にも、同じことだ。

「いえ、それほどではありません。でも確かに、温かくてしっかりしていてでも柔らかくて、いいものですね」

「ああ、そうだな」

 その感想にはまったく同感なので何の気もなく答えただけだったが、いきなり蒼玉の視線が突きつけられた。鋭い目で俺をとらえたまま、無言の問いを投げかけてくる。

 いったい何が気に障ったのか、聞かなければと思ったばかりなのに聞くのが怖い。だからがんばって考えて、答えをひねり出す。

「それ、俺も貸してもらったことがあるんだ」

 答えになっているのかいないのか、あるいは余計に気に障ったのか、蒼玉は眉ひとつ動かさない。

「前に言った野宿の時に黒猫ができることの、眠るときにマントを貸してくれること。それで借りたことがあるんだ」

「そうですか」

 射貫くような視線は、今度は前を歩く黒猫の後頭部に向けられた。だがそれはほんの一瞬だけで、小さく息を吐いて目を閉じた後にはもう鋭さは残っていなかった。

「せっかく私が使っていいと言ってもらえたので、どう使うか考えてみたいと思います。仕立てるためのお金を貯めるまで、考える時間もありそうですし」

「そうだな、お前の好みで使ってくれればいい。あいつがそうしたみたいに」

 今度は俺が目で黒猫の後頭部を指した。

「はい」

 二人して後ろから猫耳フードを眺めているのだが、前を歩く黒猫が気づく様子はない。

 結局一度オークと出くわしてからは何事もなく、無事にセントラルグランに着いた。イースタンベースで懲りたのだろう、壁の切れ目を過ぎる前に蒼玉は背中からマントを外して手に抱えた。

 土盛りを過ぎてしばらく歩くと、前に通ったときにも嗅いだ特徴的な匂いが漂ってくる。それは昨日の木こりの手伝いの時に嗅ぎ慣れたような気もするし、しかしそれとは違うようにも思える。

「なんか、こっちの方が嫌な匂いなんだよな」

 ロンは違う匂いだと感じているようだ。他の三人も嫌な匂いというところには同感のようで、うなづいたりしている。確かにいい匂いではないがわざわざ口にすることもないだろうと思って、俺は反応を控えた。

「でもさ、あの板で作ったはずの家とかからは臭い匂いがしないんだよな。なんでだろ」

 向こうに板を運ぶ荷車が見えているのに堂々と臭いと言ってしまっているロンに、聞かれたら怒られるのではないかとひやひやする。

「匂いというのはそのうち飛んでしまうものです。食べ物だってそうでしょう?」

「なるほどな」

 黒猫の説明にロンが納得して、匂いの話はそこで終わってくれた。

 石壁の門を通って新市街に入ると、板を乗せた荷車が路地に入っていくのが見えた。改めて町を眺めてみると、木工品を扱っている店がいくつもある。西が鉄ならば東は木といったところだろうか。

 俺があちこちに視線をさまよわせている隣で、蒼玉はある一軒だけを見ているようだった。

「何か、買いたいものでもあるのか?」

 聞いてみたものの、聞きながら歩いているうちに答えは聞くまでもなくわかったのだった。蒼玉が見ていたのは、革物屋だった。イースタンベースで世話になった店とはかなり雰囲気が違っていて、装備というよりも服といった感じのものばかりが店頭に並べられている。

「何を作ってもらうかで、どんなお店に頼むのかも変わってくるのでしょう。だから今は、いろいろなお店を知っておいた方がいいかと思ったのです」

 せっかくの黒麗獣を大事に使おうと真剣に思ってくれていることが、伝わってくる。俺も少しはその役に立ちたい。

「だったら、黒猫がフードを作ってもらった店も教えてもらおう」

 ただ思いつきで言っただけのことに、蒼玉がキッと視線を向けてきた。また気に障ることを言ってしまったのかと怖くなったが、そうではなかった。

「そうでした。気づきませんでした」

 そう言うなり蒼玉はすたすたと前を歩く黒猫の隣に行ってしまった。置いていかれた俺だったが、パーティに入ってもらったばかりの頃の一歩引いたような遠慮が薄れたと思うとかえって嬉しいくらいだ。

 蒼玉と話していた黒猫が、振り返って俺たちを呼び止めた。倉庫に行った後に西側の新市街に寄りたいと言う。黒猫が例のフードを仕立ててもらった店はそちらだということだった。

 今日は黒麗獣の毛皮を倉庫に預ける以外に予定はない。イースタンベースとは方向が逆ではあるが、一件寄っていくくらいいいだろう。ロンもレイナも反対しなかったので、すんなりと寄り道していくことに決まった。

 倉庫で毛皮を預けて黒猫の荷物を整理しなおして、西側から中心街を出た。門をくぐってほっとしたのは、何となく重苦しい中心街を出たからか、それとも見慣れた場所に来たからだろうか。

 黒猫に案内されたのは、通り沿いの大きな店だった。さっき東側で見た店とは雰囲気から違って、上着や靴など作業や冒険者向けのものが並べられている。

「なんだ、ここなら知ってるよ」

 そう言いながらもいろいろ見回しているのはレイナだった。レイナもロンもここで靴を買ったのだと言う。

「ここはいろいろな革を扱っていて、使い方に合わせてどんなので作るかとか相談にも乗ってくれるんです」

 靴底の厚い黒猫の靴も、ここで作ってもらったものだという話だった。

「お、久しぶりだな。また何か作るのか?」

 黒猫を見つけて、店員の方からこっちに挨拶に来た。

「いえ、今日はちょっと見に来ただけです」

「そうか。用ができたらいつでも声をかけてくれよな」

 何も売れないとわかっても残念がる様子もなく、店員は奥へと下がっていった。

「こんなに大きい店なのに、客一人にもずいぶん丁寧なんだな」

「そうやって相談に乗っていろいろ作ってくれるお店なのでしょう」

 この店の世話になったことがない俺と蒼玉がそんな印象を話しているところに、黒猫が入ってきた。

「ぼく、このお店でいろいろ仕立ててもらっているので、顔を覚えてもらってるんです」

「フードとマント、それと靴もだっけか」

 靴はいくらか知らないが、フードとマントは1000かかっていたはずだ。それでもこの大きな店にはそれほどの額ではないだろう。やはりそれだけこの店が客に親切だということか。

「あと、この上着とズボンも」

「そうなのですか」

 黒の上着とズボンは確かに革なのだが、それもここで買っていたという。それほどとは俺には意外だったが、蒼玉は納得といった様子だ。

「普通に売っているものは大きすぎるので、毎回ここで頼んじゃうんですよ」

 それにしては変だ。頼んだにしては黒猫の上着とズボンはどちらも長さが足りていなくて、ひじとひざの先くらいまでしかない。

「つまりその風変わりな着こなしも、あんたの発案ってわけだ」

 俺が首をかしげていると、今度はレイナが話に加わってきた。

「はい。可愛いかなって思って」

 にっこり笑った黒猫が、両腕の袖を振って見せる。ごつごつしたものは好きではないと前に聞いたことがあるが、その好みに合わせてか逆に袖がやや膨らんでいる。ついでに言えば、ズボンの裾も同じだったりする。

「子供」

「はい」

 レイナは呆れ顔だったが、黒猫はまったくめげる様子はなかった。

「ここなら好みに合わせていろいろ頼めそうですし、冒険者のことをわかった仕立てをしてくれそうですね」

 黒猫の好みには俺も呆れるばかりだったが、蒼玉はそれにも答えてくれているこの店に好感を持ったようだった。

「そうだな」

「お金が貯まるまで、何を作ってもらうか考えるのが楽しみになってきました」

 蒼玉の少し緩んだ表情を見て俺もなんだか嬉しくなってきて、ついその顔を眺めてしまう。

「おい。こっち、変わったものもあるんだな」

 だがそのひとときは、ロンの声で破られてしまった。みんなでぞろぞろ声のした方に向かってみると、革袋よりもだらりとした袋がいくつも積み重ねられていた。

 ただしその値段は革袋と比べて割高そうで、ふと目に入ったそれにぎょっとした俺は、伸ばした手を一瞬だけ止めてしまった。そんな俺の隣で、黒猫が何でもないように一枚手に取って両手で広げる。

「これは水袋です。大きな水筒みたいなものです」

「こんなのに水を入れて大丈夫なのか?」

「これも革の一種ですからけっこう丈夫なんですよ。わざと切ったり刺したりしなければまず破れませんし、見てのとおりかなりの量が入りますから、長旅にはこっちが使われるんです」

 手にとってみても、革という感じがしない。柔らかくてつまんでみると少し伸びそうで、他の何かに例えることもできない。

「この感触、何かに似てるんだよねえ……」

 同じように袋を手にしているレイナも不思議そうにしていたが、突然別の方向に手を伸ばした。

「これだよこれ」

 そう言ってつまんだのは、黒猫の頬だった。なるほど。俺も自分の頬をつまんでみると、確かに近いように思える。

「うん、これなら水を入れておけるってわかる」

 嫌がる黒猫を無視して、レイナは両手で黒猫の頬をつまんでひねったりする。

「違います、ほっぺたではありません。前にレイナさんに教えてもらった宿で食べた腸詰めみたいなものだそうです」

「そうなの?」

 やっとレイナが手を離してくれて、黒猫は頬をさすりながらうなづく。

「革にもいろいろあるんだね」

「はい。だからここなら使い方によってどんな革がいいか相談することもできますし、逆に黒麗獣みたいに珍しいものでもどう使えばいいか相談に乗ってもらえます」

 どこか自慢げな黒猫の言葉に、蒼玉がうなづいた。

 散々いろいろ見ておきながらひとつも買わずに出ていく俺たちを、店員は嫌な顔ひとつせずに見送ってくれた。やはり客に親切な店だ。俺も覚えておこう。

 再び中心街を抜けて東側から町を出て、イースタンベースへと歩く。途中で冒険者らしい数人とすれ違った以外には何もなく、日が沈む前にイースタンベースに戻ってきた。

 夕方までまだ時間があるからギルドを見ておこうと向かったのだが、ギルドだけでなく町そのものが妙にざわざわしている。この町で何かが起こったのかと緊張しながらギルドに入ると、俺たちを見つけたユリが駆け寄ってきた。

「聞いてよレイナ、金眼豹が退治されたんだって」

「そうなの?」

「そうなの。だから新しい依頼を探さないとだよ」

 町のざわめきはそのいい知らせによるものだったのだろう。悪いことではないとわかって俺はほっと胸をなでおろしたが、稼ぐ当てがなくなった冒険者たちにとっては喜んでばかりはいられない話だ。

 金眼豹がいなくなったからといって、目新しい依頼は出ていなさそうだ。町が被害を受けた訳ではないからか、それとも動きは明日あたりに見えてくるのか。

「これなんか昨日までは見覚えないけど、どうだ?」

 ユリの後ろから、依頼を探していたらしい葵が声をかけてきた。ユリと一緒に俺たちも見に行ったのだが、それは依頼書ではなかった。

 張り紙には、イースタンベースからサウザンベースへの道沿いの小屋で狼を一匹50フェロで買い取ると書いてある。他にも細々と何かが書かれているが、後ろからではそこまで読み取れない。

「何これ。現地で依頼を受けるようなもの?」

「ちょっと違うよ。持ってけば誰からでも買い取ってくれるの。そっかあ…狼が出る時期なんだね…」

 あの村で薬屋が狂乱コボルトのサンプルを買い取っていたのと同じなのだろう。それはわかったが、狼が出る時期なんてものは初めて聞いた。

「時期なんてあるのか?」

 ユリに聞いてみると、いつものように親切に答えてくれた。

「ちょっと前にセントラルグランの方にオークが出てたでしょ」

 それは確かに蒼玉が言っていたので、うなづいて答えた。しかしそれと狼に何の関係があるのだろうか。

「オークが増えるとそれを餌にして狼も増えるの。で、オークが減ると餌がなくなった狼がそこらに出てくるようになるの」

「それは危ない話だな」

「そうだね。でもそれを毛皮が向こうから来てくれると思うと、こういう仕事になるの」

「仕事になるほどたくさん出るのか」

「その一時だけね。それじゃそれだけを仕事にはできないってことで、冒険者をうまく使うようになったみたい」

「いいように使われるってわけか」

 ユリの言った言葉が気に入らないのか、ロンが苦々しく口を挟んだ。しかしユリは別に気を悪くしたようなそぶりを見せない。

「そうかもしれないけど、それでみんなうまくやってるからいいじゃん。道は安全に通れる、毛皮は手に入る、私たちもお金がもらえる。誰も損はしてないよ」

「そうですね。でも、狼を運ぶのとか大変じゃないですか?」

 納得したロンと入れ替わるように、今度は黒猫が話に加わってきた。確かに黒猫の言うとおりだ。俺たちは黒麗獣一匹運ぶのに苦労をしたばかりだ。

「うん、だからあっちの小屋でそりを貸してくれるんだよ。ここに書いてあるでしょ?」

 ユリが張り紙の細かく書いてある部分を指差す。黒猫がそれを読んでいる間に、ユリはレイナに向き直った。

「どうする? 一緒にやってみる?」

「一緒にって、これも金眼豹みたいに取り合いなんじゃないの?」

 レイナの疑問に真っ先にうなづいたのは、向こう側の葵だった。

「それはそうだけど、狼って群れで襲ってくるから人数が多い方がやりやすいかなって思って」

 言われてみれば、狼の怪物であるコボルトにも同じことが言える。人数が多ければ、逃がさないようにすることもできるかもしれない。

「どうする?」

 俺たちを振り返ったレイナは、いいとも嫌ともどちらとも取れないような顔をしている。

「せっかくの誘いだし、いいんじゃないか?」

 みんな同じように思っていたらしく、俺の一言ですんなり決まった。

「いいよね、アオちゃん」

「まあ…いいよ」

 向こうはユリがにっこり笑っただけで決まってしまった。見ている感じではだいたいそうなっているようだが、それでいいのだろうかと他人事ながらちょっと心配になる。


 イースタンベースからサウザンベースへの道は、森の中を通っている。荷車がすれ違えるくらいの道幅があるのだが、両側の高いところから枝がかぶさっているために日の光はそれほど届かなくて、そのせいか下草も少なくて歩きやすい。

 一本一本の木が大きいせいか木の間隔は広めで、風がよく吹き抜ける。風はさわさわと音を立てて葉を揺らし、木漏れ日が不意に目を刺したりする。

 南へ真っすぐ伸びていた道が右にそれてきたと思った頃に、大きな布をかぶせた荷車とすれ違った。

「臭い」

 思い切り顔をゆがめてレイナが言う。腐ったようなその匂いは、確かに臭いとしか言いようがない。いったい何を運んでいるのか気になるが、布が被せられた上からではまるでわからない。

「集めた狼を町の革物屋に運んでるからね。臭いのはしょうがないの」

 鼻をつまんでしゃべるユリの声が変でつい小さく笑ってしまうと、目ざとく見つけられてにらまれた。

「荷車に積みこんで運ぶほど、たくさんいるってことか」

「そうだよ。道にまで出てくるのはそれほどいないけどね」

 慌ててごまかすように話しかけると、向こうもごまかされてくれるように答えてくれた。やっぱり子供のように見えても実はちゃんと気配りができる子のようだ。

 荷車は重そうにゆっくりとしか進んでいかなかったが、匂いは風に流されてすぐに消えてくれた。そして左手側に大きな店くらいはありそうな建物が見えてきた。

 小屋というにはかなり大きい見た目だったが中はがらんどうで、壁と屋根と屋根を支える柱くらいしかない。裏側は壁すらなくて風が遮られずに入ってくるのだが、それでもさっき嗅いだのと同じ匂いが抜けきらなくて臭い。

「狼狩りに来たんだけど、そりを貸して」

 柱にもたれて暇そうにしている男に声をかけると、男は壁沿いに積まれている木の板を指差した。無愛想もいいところだが、話しかけた方のユリは気を悪くした顔ひとつ見せない。人ができているというべきか。

 木の板にはロープがつけられていて、荷車のように引いて歩くことができるようになっている。かなり大きいが、それでも狼一匹しか乗せられないと葵が教えてくれた。

「じゃあ一人一枚分だけ借りていきましょうか」

 黒猫が試しに積んであるところから一枚取りだして足元に置く。

「一人一枚って、珠季ちゃんも入ってるの? けっこう重くなるけど大丈夫なの?」

 さらにもう一枚重ねて置く黒猫に、ユリが心配そうに声をかける。

「これに乗るくらいでしょう? そのくらい大丈夫ですよ」

 三枚重ねたところでまとめてちょっと引きずってみてから、黒猫は笑って答えた。ユリはまだ納得できていないようだが、それをよそに黒猫は俺の方に向いた。

「さすがに九枚は無理そうなので、アキトさん半分お願いしていいですか?」

 空のそりを全部一人で運ぶ気だったのかと驚いて返事が遅れた俺に代わって、ユリがそれを言ってくれた。

「珠季ちゃん一人で全部持ってく気だったの?」

「はい。ぼくは狩りではあまり役に立てそうにないので、みんなが動きやすいようにと思ったのですが…」

「そんな小っちゃいのに無理しなくていいよ。だいたい、背中だって重そうなのに」

「お気遣いありがとうございます。だから、無理まではしませんよ」

 俺が残りの枚数を用意する横で、黒猫とユリがまだ言い合っている。ちょっときりがなさそうだ。

「こいつはそんなにひ弱じゃない。大丈夫だ」

「そうなの?」

 まだ納得できていない顔をユリが俺に向ける。だが黒猫は、この板には乗せきれないほど大きい黒麗獣を俺と二人で運ぼうとしたくらいだ。それなりに力はある。

「ああ。任せてほしい」

 それでも言葉だけでは信じられないのか、ユリはまだ思案顔だ。

「アオちゃん」

 やっと顔を上げてくれたと思ったら、今度は後ろを向いてしまった。

「アオちゃんはやめてくれ」

 呼ばれた葵はうんざりした顔をしていたが、ユリがそれを気にする様子はまったくない。葵の方も通じていないことはわかっているようで、すぐに諦めたように無表情になった。

「そり持ってくの代わってあげて」

「ああ」

 頼まれごとの方には文句を言わず、葵は黒猫が積んだ五枚分のロープを手に取った。しかし黒猫がその手を押さえる。

「それなら、三枚だけお願いします。葵さんとアキトさんとぼくで、三枚ずつで」

「いいのか?」

「はい。それくらいはやります」

 葵はそれ以上の押し問答はせず、黒猫と俺が持っているところから三枚取って重ね、その上に自分の盾を乗せた。なるほどそうすれば手が空いて持ちやすい。俺も真似して盾をそりの上に乗せ、それを見た黒猫もリュックをそりに乗せたのだった。

 そこからはユリが先頭に立って森の中へ入っていった。そりを引きずった跡が思い思いの方向に散っていくのが見える。これをたどれば帰れなくなることはなさそうだ。

 どこからか同じようにそりを引きずる音が聞こえてくる。それを避けるようにユリは左に曲がり、俺たちも後に続いた。そりを引きずっている俺たちが最後尾なのだが、葵は前のユリを気にしたり隣の黒猫がちゃんとついてきているか見たりと気忙しくしている。

「なあ葵」

 そんな葵に声をかけると、不審そうな目を向けられた。何となく話をしてみたくなって声をかけてみたのだが、葵とこうして話をするのは初めてかもしれない。

「ありがとうな」

「何が…?」

 葵はますます顔をしかめる。突然そんなことを言われて言葉に詰まっている感じだ。

「黒猫のこと気にしてくれて」

 いいやつだなと思って、それを伝えたかっただけだった。

「頼まれたから……」

 俺に向けていた目を前に戻して、ぼそっとつぶやく。反応が予想どおりで面白い。そういうことをしていると、なんだか俺も人が悪くなったみたいだ。

 次に何を言ってやろうかなどとうきうきしていると、急に先頭のユリから鋭い声が飛んできた。全員がその場で止まる。

 俺たち以外の足音がする。それも、あちこちからだ。

「メグと遥は左、レイナたちは右、珠季ちゃんは私とアオちゃんの後ろに」

 言われたとおりに、そりをその場に置いてレイナたちに合流する。どうして黒猫を自分たちの方に引き取るのかと思ったが、もう狼たちはこちらに迫ってきていて木の向こうにちらちらとその影が見える。

 気づかれていることに、もう向こうも気づいているのだろう。一瞬の静寂を置いて、一斉に飛び出してきた。

 後ろに回られると厄介だと真正面から一匹を斬り捨てたのだが、これも毛皮にするのならばあまり傷つけてはいけないのだろうか。

 そんなことが頭をよぎったのが隙になったのか、横から飛び込んできた次の一匹を避けるのが遅れた。とっさに避けるのは諦めて、突進を盾で食い止める。

 ぶつかってきた狼が跳ね飛ばされた勢いで大きく下がった隙に、左右に目を走らせる。みんなそれぞれやり合っているが、蒼玉は爪をかわすのが精いっぱいのようだ。俺を狙っている一匹を無視して蒼玉の方へ走る。

 蒼玉の前を走りぬけて、斜め前から飛びかかってきた一匹に斬りつける。さらに俺を狙っていた一匹が狙いを蒼玉に変えて襲い掛かってきたので、横薙ぎに剣を振って追い払う。横目で蒼玉の無事を確認すると、蒼玉もうなづいて答えてくれた。

「ブランチビート!」

 蒼玉が放った魔法が、一旦間合いを取って身構えた数匹をまとめて打ち据えた。それでもまだ、向こうにはかなりの数がいる。

 来るものを一匹ずつ迎え撃つしかないと思いなおして前方を見据えると、狼たちは低くうなりながら後じさりを見せた。劣勢を悟って逃げ出すのか。

「逃がさないよ!」

 しかし、その後ろにはユリたちが回りこんでいた。飛び出してくる四人の後ろに、黒猫の姿も見える。

「それならまとめて、マッドトラップ!」

 うろたえた狼たちの足元がレイナの魔法で泥沼と化す。泥に足を取られた狼たちは、一匹も逃げることができなかった。

「大漁、大漁」

 ユリが歌うようにはしゃぐ。何しろ用意しているそりで運びきれないほどの数だ。むしろ多すぎて困るところだろう。

「剣で切り傷をつけたのもあるけど、そんなのも毛皮として引き取ってもらえるのか?」

 それに、毛皮にするなどと考えずに斬りつけてしまったものも何匹もある。

「状態のいい悪いは見なくて、そういうのも含めてあの値段になってるみたい。だから気にしなくていいよ」

 ということは全部金にできるということで、全部運ばなければいけないということだ。全員で二往復しても、まだ余る計算になる。

「でもさ、どうするんだ? こんなに運べないぞ?」

 俺がしゃべっている間に持ってきたそりに狼を積みこんでいたロンが声をかけてきた。

「何度かに分けて持っていくしかないよねえ」

「その間に他の奴に取られたら話にならないぞ?」

「それは、そうだけど……」

 どうするとも決めかねているところに、今度は黒猫が寄ってきた。

「心配ならば何人かここに残って見ててもらうのはどうでしょう」

「見てるだけで何人も残る必要があるか? その分運ぶ人数も減るし」

 黒猫の提案に、ロンは賛成しなかった。

「残っている間にまた別の狼が来ることもあるかもしれません。一人では危険でしょう」

「それもそうか。そうなると、誰が残る?」

「メグさん、レイナさん、蒼玉さんの魔法士三人がいいと思うのですが、どうでしょう」

 ここであれこれ言っていても始まらないというユリの一言で、残り六人で往復して運ぶことが決まった。

「レイナ、メグ、蒼玉さんも、ここをお願いね」

「あんたたちには悪いけど、しばらく休ませてもらうよ」

 居残り組を残して、荷運び組は自分たちがつけてきたそりの跡をたどって小屋を目指した。

 ユリは黒猫がちゃんとついてきていることに感心していたが、俺にはユリの方が意外だった。意外と言えばユリが拳闘士だったこともそうだったし、いつの間にか後ろに回りこんで逃げ道を塞いだような手馴れたところも意外だった。

 女の子がユリ一人だけになったこのメンバーでユリが話し相手に選んだのは、やはりというか黒猫だった。六人の中では非力そうに見える二人なのだが、しゃべりながらそりを引きずって遅れることがない。

 何を話しているのかは引きずる音のせいで聞き取れないが、笑顔が見えたりするので悪い雰囲気ではないのだろう。同じように二人を気にしている葵と目が合って、ばつが悪くなってしばらくはただ真っすぐ歩くだけになった。

 小屋に着くと、そりを借りる時にあった男が同じところで同じように暇そうにしていた。運んできた狼の状態などろくに見もしないで代金を渡す。とりあえずすべて運び終わるまでユリが全額を預かることにして、俺たちは戻ってきた道をもう一度引き返した。

「ただいま。何ともない?」

「はい。こちらは何も」

 疲れた様子も見せずに声をかけたユリを、蒼玉が立って出迎えてくれた。

「よかった。それじゃひと休みしようか」

 言うなりユリはその場にストンと腰を下ろした。その隣で黒猫がリュックから水筒を取りだしている。俺も水筒の水を少し口に含んで、それから木にもたれかかって座った。

「どう?」

 レイナがユリに声をかける。俺たちよりも先にユリに声をかけるあたり、ここ数日ですっかり仲がよくなったようだ。

「今日はこれを運ぶだけで終わっちゃいそうだね。でもまだ小屋にはそれほど狩られた狼が集まっていなかったみたいだし、森の中にはまだいるんじゃないかな」

 よく見ている。慣れの差かもしれないが、俺にはそんなことなどまったく見えていなかったし、気にもしていなかった。

 もしユリの言ったとおりであれば、ここでもう少し稼げるだろう。今のところ当てのない俺たちには、一日二日稼げるだけでもありがたい話だ。

「ってことは、あたしたちは油断できないってことだ」

「そうだねえ……。やっぱりみんな一緒にいた方がいいかな?」

「これでいいんじゃないかな。さっきくらいのならば追い払うくらいならできるよ。さっきみたいに全部逃がさないのは無理かもしれないけど」

 不安を表したユリを安心させるように、レイナは軽く笑って見せた。

「それなら、できるだけ早く戻ってこないとだね」

 それに笑い返して、ユリは勢いよく立ち上がった。

「まだ次で終わりじゃないんだ。無理するところじゃないぞ」

 口ではユリを抑えるようなことを言いながらも、葵は空のそりに次々と狼を乗せていった。俺たちの分までやってもらってしまう。

「ありがとう」

「別にこれくらい。行こうぜ」

 お礼を言うと、今度も目をそらせてしまう。予想どおりに事が運んで、つい面白くなってしまう。

 予想外だったのは、ユリと黒猫のそりには小さめのものを選んで乗せていたことだった。葵も葵で子供っぽいように見えてかなり気が利く方なのかもしれない。面白がっていた自分がちょっと恥ずかしくなる。

 葵の気遣いに気づいていないのか、それとも気づいてあえて口にしないのか、二人ともそのことにはまったく触れずにおしゃべりなんかしている。よくそんなに話が続くものだと呆れ半分、もう半分はそんなユリを引き受けてくれている黒猫への感謝だ。

 小屋に着くと、他にも持ちこんできだ人がいたらしく、奥の積み上がったあたりから臭いにおいが漂ってくる。しかし、それとは別の匂いもあった。

 ずっと暇そうにしていた男が焚火をしていて、そこで肉を焼いていた。

「食うか? うまくないけど」

 相変わらず無愛想ながら、のぞきこんできた俺に勧めてくれた。狼の肉で、切り傷からちょっと削いで焼いたのだという。

 勧められるままに一切れもらったのだが、男が言っていたとおり、本当にうまくない。味付け以前に肉が硬くて味気ないのだ。

「確かにうまくないな。でも食わせてくれてありがとう」

 礼を言ってまた空のそりを引きずって森に入る。俺の横でやはり一切れもらっていた黒猫は、まだ口の中で肉をかみながら歩いている。

 もぐもぐしているせいでしゃべれない黒猫の代わりにユリが話し相手に選んだのが、俺だった。

「おいしくないのはわかってたんだけど、何事も経験かなって思って」

 ユリも初めての時は同じように一切れもらって、それで懲りたのだという。

「そんな経験はいらないと思うけど」

 一応好意ではあったらしいので、強くは言えない。

「それに、おいしくないものも知っていれば、おいしいもののおいしさがわかるんだよ」

 俺がうまくないものと言われて真っ先に思い出すのは、やはりあの時黒猫にもてなしてもらったスープだ。

「うまくないものにもうまさがある。そんな時もあるんだ」

 ユリに言われっぱなしなのもしゃくなので、そんなことを言って煙に巻いてみる。だがこれは、誰もが出会えるものではない特別な経験だ。

「何それ。おいしくないのはおいしくないんじゃないの?」

 そんな俺の経験など知らないユリにわかるはずもなく、キョトンとした顔をしてあらぬ方を向きながら考えこんでしまった。

 おとなしくなってくれたのはいいのだが、ずっと悩んでいるのを見ているとだんだん悪い気がしてくる。

「うまくないものでも食べさせてくれることがありがたい時、それはうまくなくてもうまいんだ」

 だからつい、自分で答えを見つけようとがんばっている横から口を出してしまった。しかし改めて言葉にしてみても、わかってもらえる気がしない。思ったとおりユリには伝わっていないようで、ますます眉根を寄せてしまった。

 だがさっきまでと違って視線をさまよわせるのではなく、その視線は俺に定められている。見つめられているのがちょっとむずがゆくなってきた頃、ユリがニコッと笑った。

「アキトさんっていい人だね」

 真正面からそう言われると、返す言葉がない。

「うん、いい人だよ」

 さらに笑みを満面に広げてユリはもう一度言った。やっぱり何も言えない俺をしばらく眺めて満足したのか、ユリは俺から離れて後ろを歩く葵の隣へと下がった。

 これも気を利かせてのことかもしれない。そうだとすれば、そこは黒猫とは違う。

 黒猫だったら俺自身が認めるまでもっと押してくる。それが俺の背中を押してここまで進ませてくれたのだが、ユリの気遣いはそれとはまた違って、例えるならちょっと手を引いてくれるような感じがする。

 俺は、どうなのだろう。誰かに何かをできているかと聞かれても、そうだとは答えられない。

 視線を感じて、つい鋭い目を向けてしまった。情けない顔しているだろうところを見られたのが、恥ずかしかった。

 よかったと言うべきか悪かったと言うべきか、俺のことを見ていたのはユリだった。パーティの誰かならまだしも他の人にそんな態度をとるなんて失礼なのだが、ユリはそんなことなど気にも留めない様子でにこりと笑って見せた。そんな顔をされてしまうと謝るに謝れなくなってしまう。

「まだ照れてる。アオちゃんといい勝負だね」

 その声は葵にも聞こえたらしく後ろからぼそぼそ文句のような声が聞こえてきたが、何を言っているのかまではわからない。

 照れているのではないが、ここで反応を見せてしまうときっと葵のようにからかわれることになるだろう。照れているのを装って無視するしかなかった。いいようにされて、別の意味で情けない。

 蒼玉たちが待っているところまで戻ると、自分たちの分のそりにはすでに狼が乗せられていた。残りは六匹、ちょうど俺たち全員分だ。

「お帰り。これけっこう重いんだね」

 俺たちが引きずってきたそりをメグが引き取って、レイナと蒼玉の二人ががかりで狼を乗せていく。全員分が終わると、三人ともその場に座りこんだ。

「ちゃんとみんなについていけるか、不安になってきた」

 息を整えながら、レイナが珍しく弱気なことを言う。

「私たちも疲れてきたし、最後はゆっくりめに行こうね」

 歩いている時はそんな素振りなどまったく見せなかったが、俺たちよりも小さい女の子にはやはり辛いのだろうか。ユリも力なく笑って答えていた。

 俺たちよりも小さいもう一人である黒猫はどうだろうと思って様子を見てみると、別に辛そうでもないようだ。

 同じ心配を蒼玉も思ったのか、蒼玉も黒猫のことを見ていた。

「大丈夫、心配はいりません」

 蒼玉の視線の方に気づいた黒猫が、こちらは普通に笑って答えた。

 だが黒猫の言う心配は自分に向けられたものではなくて、レイナが口にした不安の方だった。ひと休みしてそれぞれそりのロープを手に取ろうとしたところで、待ってほしいと言い出した。

「気休めにしかならないかもしれませんが、魔法士のお三方にはこれを」

 そう言ってレイナに向かって両手をかざした。

「パワーチャージ!」

 魔法の効果なのか、一瞬だけレイナの輪郭が揺らめいて見えた。

「攻撃の補助魔法かあ。そういうの、効くのかな」

 レイナが自分のそりに戻る間に、黒猫は蒼玉とメグにも同じ魔法を送る。

「うーん……さっきより楽になった感じ、するようなしないような」

「ずるーい!」

 ちょっと引きずって首をかしげているレイナの反応を見ていないのか、ユリが黒猫に詰め寄った。

「そんなのあるなら私にもやってよ」

「これは力仕事が苦手な人ができる人についていけるようになので…」

「私だって得意じゃないもん。だからやって」

 駄々をこねそうな勢いのユリに、黒猫の方が早々に折れた。ユリに付き合ってやらないあたり、やっぱり黒猫も疲れているのかもしれない。

「うーん…体がいい感じにあったかい感じかな?」

 魔法をもらったユリは、同じように少しだけ試すようそりを引きずってみる。

「あ、いいねこれ。こんなのがあるなら隠してないで最初から使ってくれればよかったのに」

 そのまま調子よさそうに一人でずんずん行ってしまう。置いていく気かと葵が大声で呼び止めて、やっと止まってくれた。

「元々力のある人の方が効果が大きいはずなのでそうなっちゃうんですよね、やっぱり」

 そんな訳で補助をしたかった三人の方には効果が薄く、結局それに合わせてゆっくり行くしかなかったのだった。魔法の効果が最も見て取れたのは、余計に元気になったユリの口数だった。

 やっと小屋までたどり着くと、奥に置かれている狼が二度めの時よりも減っていた。ここに来る時にすれ違った荷車でまた町まで運んでいったのだろう。持ってきた狼を置いて代金をもらい、借りていたそりを返す。

「全部で1050フェロかあ……。一人だいたい120だね」

 今から町に戻ればもう夕方になるだろう。今日はこれで終わりということで、ユリが全額預かっていた報酬を分配する。ふたつのパーティで分けるのではなく、人数で分けてくれるようだ。

「ちょうど分けきれないから私たちが450、レイナたちが600。それでいい?」

 しかも微妙に俺たちの方が多めだ。誘ってもらって面倒見てもらって多めに渡すことになって、それでも向こうからは不満のひとつも出ない。でもこれでいいのだろうか。

「いいの?」

 レイナもそう思ったようで、遠慮がちに聞き返した。

「いいのいいの。今日こんなにたくさん取れたの、レイナたちがいてくれたおかげだから」

 俺たちがいたから囲んで全部捕らえられたのであって自分たちだけだったら半分も無理だったというのが、ユリの理由だった。

「そこまで言うなら、もらっとくね」

 理由はまあ納得できるとはいえ、ここまでユリ一人だけで決めてしまっている。そういうパーティなのだろうか。

 パーティのやり方というところでもうひとつの違いは、俺たちが600フェロを120ずつ分けて一人一人受け取ったのに対して、向こうはユリ一人が450全部を財布にしまっていた。

 もう受け取った後なのだから気にしたところでどうにもならないが、やはり気になって、帰り道を歩きながらいちばん聞きやすそうな葵に声をかけてみる。

「俺が言うことじゃないだろうけどさ、ユリ一人で何でも決めちゃってるみたいだけど、いいのか?」

 他人に口出しされて嫌がられるかもしれないと少し怖かったが、葵は何の気もなく答えてくれた。

「別におれだって任せっぱなしってつもりじゃないし、嫌だと思ったら言う。ただ、そうでもなければアイツの好きにやらせておくのがいちばんうるさくなくていいんだ」

 言い方はぶっきらぼうだが、ユリを信頼していることがその態度からにじみ出てくるように伝わってくる。

「そうか」

 信頼しているんだなと言ってからかってやりたくなったが、そうやって子供扱いしていい相手ではないと思いなおして、やめた。

「そっちだって似たようなもんだろ?」

「そうでもないさ」

 信頼感があって任されているなどということはない。俺がしっかりしていないから代わりにレイナがユリの応対をしてくれているだけなのだ。

 前に目を戻すと、ユリとおしゃべりしているレイナが蒼玉を呼び寄せていた。俺はみんなに気を遣わせてばかりだと情けなくなると同時に、気を遣ってくれるみんながありがたかった。

 そんなことを思っているところに、前を歩いている三人が同時に振り返った。いきなり三人の注目が集まって、俺はたじろいでしまう。

「今日多くもらった埋め合わせに森繁屋のお菓子をご馳走することになったから、アキトお願いね」

「は?」

 どうして埋め合わせがお菓子なのかというところもわからないと言えばわからないが、なぜそれが俺なのかはまったくわからない。

「黒麗獣の代金、あんたが足りないのをあたしたちが出した分、それでなしにしてあげようって言うの。むしろありがたいと思ってほしいね」

 確かに返すの返さないのという話はうやむやになっていたが、だからといって勝手にそんなことを言われるのは気分がよくない。

「あの…嫌でしたら、いいですから……」

 何か言い返してやろうかと熱くなりかけていたところに蒼玉の表情がほんの少し残念そうになったのが見えて、冷静になれた。お菓子の値段程度では、あの時出してもらった額とはまるで釣り合っていない。それをなしにすると言ってくれているのだ。

 俺があれこれ気にしていることを全部ひっくるめて許してくれる、そんなみんなの気遣いなのだ。それならせめて気持ちよく蒼玉に、それとあと二人にも喜んでもらうのが最低限の礼儀というものだろう。

「わかった。でも今日売り切れてたらまた今度だ」

 俺に注目していた三人が、同時にいい笑顔ではしゃぎだした。蒼玉までがこんなに喜ぶのが意外で、余計な出費のはずなのになんだかちょっと嬉しくなってしまう。そんな俺の顔を、隣を歩く葵が不思議そうに見ていた。

「いいのか?」

「いいんだ」

「そうか」

 俺の即答に、葵はそれ以上の追及はしなかった。

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