冒険者やめてNPCになります。
「切り裂けええぇぇーー!!」
岩をも断つ金剛剣の一閃が、玄龍の皮を切り裂いてどす黒い血を噴き出させる。
咆哮!
そして踏み鳴らした脚が、地響きだけでなく濁流までも呼び起こす。それは予測済みと、タカシとミッチはジャンプでかわす。しかし、
「うわわっ!?」
一瞬遅れた珠季が地響きに足を取られてしまう。そこに濁流が迫る!
「シールドっ……間に合わない!」
慌てて防御魔法を展開しようとするが、それよりも黒い水の壁が迫る方が早かった。跳躍している二人には珠季が濁流に飲み込まれるのをただ見ているしかなかったが、そこに。
「シールドバッシュ!!」
猛烈な気合と共に、鏡夜が珠季の前に割って入った。そのままの勢いで、構えた盾で水壁と押し合う。押しのけられた水が、鏡夜と、その背後に隠れた形の珠季の左右に逃れて流れていく。
「大丈夫か、珠季!」
「ぼくは大丈夫……鏡夜、前っ!?」
水飛沫の向こうから玄龍の爪が襲ってきた。耐えられずに鏡夜が跳ね飛ばされる。さらに玄龍の左脚が、今度は珠季を狙って振り上げられる。
「させるかっ!」
ミッチの放った穿孔矢がその足に突き刺さった。たまらずその場を踏みしめた玄龍だったが、傷ついた足では濁流を呼び寄せることはできなかったようだ。
その隙に珠季はまだ尻餅をついている鏡夜のところに駆け寄る。いや、振り向いたときに目にしたものに反応するのが先だった。
「タカシ、準備できたって!」
「それなら!」
もう一太刀とばかりに、タカシはさらに大きく跳躍した。しかし玄龍もその動きを追って首を上げた。
「喉元、がら空きだぜ!」
タカシに襲いかかろうとしていた玄龍の下から、ミッチの二矢が突き立った。のけ反った勢いも加えて、上からのタカシの剣が玄龍の頭を深く切り裂いた。
「レイジングフレイム!!」
離れたところで詠唱を続けていた春陽が、玄龍の頭を蹴って跳び退ったタカシを掠めるかのように魔法を放った。
絶叫!
激しい火柱が玄龍を貫き、それもすぐに体躯を焦がす黒煙と水を蒸発させる白煙に包まれて見えなくなる。
凄まじい音はやがてやみ、それから煙も立ち消えていく。そこにあったのは、変わらず黒い、玄龍の巨体。
ズン―――!!
潰れるように崩れ落ち、それは二度と動きだすことはなかった。
「勝ったーーー!!!」
タカシが、そしてつられるようにミッチも、あらん限りの声で叫びをあげた。
「大丈夫、鏡夜? ヒーリング」
珠季は、自分をかばって全身を強打しただろう鏡夜に回復魔法を送る。
「心配するな。攻撃はちゃんと盾で防いださ」
何事もなかったかのように一人で立ち上がった鏡夜が、かがんでいた珠季の腕を引っ張って起こした。それから、玄龍の死骸の前に立つ。
「倒した証拠、どうする?」
「派手に焦がしちゃったからなぁ」
一人高い場所から玄龍を見下ろしている春陽を、ミッチが見上げる。
「ちょっと! 私の魔法があってやっと勝てたんだから、文句は言わないでくれる?」
「おーこわ。こっちまで飛び火した」
「何か言ったかしら?」
首をすくめたミッチの真後ろにはもう、転移魔法で回りこんだ春陽がいた。
「尻尾の先でも切り取っていけばいいだろ」
タカシはそう言いながら、スパっと剣を振るった。さっきまでの激戦が嘘のように、簡単に切れる。
「さすがに疲れたし、帰りましょ」
「お前はそれでいいかもしれないけど、俺はどっかで水浴びでもしたいぜ。見ろよ、泥だらけでたまんないぜ」
涼しい顔の春陽にタカシが身振りをしながら抗議する。
「ちょっとやめてよ。私にまで泥をはねかけないで」
「ああゴメン、わざとだ」
ジトっとした目で睨む春陽に、ミッチが大笑いした。
「川を避けてここまで来たくらいなんだから、水くらいそこらにあるだろ。行こうぜ」
そう言ってスタスタ歩きだすミッチに、鏡夜が無言でついていく。それならといった感じで、他の三人も玄龍の死骸を後にした。
イヌイネの町のギルドに着いたときにはもう日が暮れていたが、まだ受付は閉まっていなかった。証拠の尻尾を見せることもなく玄龍討伐が認められて、報酬が渡された。
「いつも思うんだけど、こういうの誰が確認してるんだろうな」
「見てるやつらがいるんだろうぜ。素龍の死骸も素材にするんだって盛り上がってるみたいだしな」
ミッチの疑問に、横から声が飛んできた。
「お前ら……」
隅のベンチに腰かけていたのは、素龍討伐に行っていた梅人たちだった。
「遅かったな。今日戻ってこなかったら、玄龍もオレたちがやろうって思ってたんだが」
「残念、そうはいかなかったぜ?」
「そっちも、うまくやってみたいだな」
挑発とも取れそうなミッチをさえぎるように、タカシが一歩前に出た。
「おかげさまで」
「わざわざ俺たちの戻りを待っててくれたのか。律義なことで」
「一日くらい骨休めよ。それに、今さら無駄にいざこざなんて起こしたくないわよ」
肩をすくめながら、アヤメが答えた。それにミッチが意外そうな表情を浮かべる。最初に討伐依頼どうこうで喧嘩になりかけたのは、この二人だった。
「あの、そちらはこれからどうするのですか?」
何となく会話が途切れてしまったところに、珠季が口をはさんだ。
「そうだな……。他の辺境の町にも似たような話がないか、回ってみようかなって思ってる。そっちは?」
「今戻って来たばかりだし、次のことなんてまだ考えてないな」
「そうか。まあ、また会った時もうまくやろうぜ」
タカシの肩を梅人がポンと叩いて、それを合図に両者ともギルドを出て宿へと移動した。梅人たちはそのまま二階の寝室に上がったが、食事がまだのタカシたちは一階の食堂に残った。
遅い時間だったためにスープしか残っていなかったが、代わりに割安にしてもらえるとのことで、大鍋ごとテーブルに運んでもらった。よほど空腹だったのか、普段食事の時でも口数の多いミッチでさえモリモリ食べることに集中している。
「あの、ね……」
みんな満腹になって何となく静かになったところに、珠季がおずおずと口を開いた。
「ん? どうした?」
その様子がおかしいと、鏡夜が珠季の顔をのぞきこむ。
「ぼく……、パーティ抜けようと思うのです」
「えぇ……うえっ!?」
一拍遅れて上がったミッチの奇声を合図に、全員がテーブルから身を乗り出した。急な物音に店の人がこちらに来かけたが、騒ぎではないのを見て引っ込んだ。珠季はそれを目の端にとらえてから、続ける。
「今回もかなり足を引っ張っちゃったし、玄龍の時はぼくのせいで鏡夜が危ない目に遭ったし、もうついていくのは無理かなって、思うんです」
「あの程度ならば何でもない。気にするな」
鏡夜が静かに答え、他の三人も同意とばかりにうなづいた。
「でも、ぼくは自分の身さえ自分で守れてないです。みんなにかばってもらってばかりいたら、この先きっともっと酷いことになるかも……」
珠季が戦力になっていないことは、明らかだった。全員の一瞬の沈黙が、それを肯定する。
「仲間なんだから当然だろ? これからだって何とかなるって」
「それに、何も戦うことだけがメンバーじゃない。お前がいてくれたおかげで助かったことは、いくらでもあるだろう」
例えばとタカシが挙げたのは、今回の玄龍討伐につながることとなった最初の依頼のことだった。ギルドで梅人たちが依頼を受けようとしているところに割り込んでしまい、あわや喧嘩になってしまいそうだったところを説得して、同時に舞い込んでいた玄龍の依頼と手分けすることで手を打ったのは、珠季だった。
「お前の一歩引いた目線があるから、俺たちはうまくやっていけてるんだ。それひとつだけでも、お前は必要なんだ」
タカシの真剣な眼差しに、珠季は答えられずに目を伏せてしまう。
何も伝えられない、伝わってこない沈黙は、徐々に緊張をはらんでいく。テーブルの上に置かれていたタカシの手が固い握りこぶしになってきた頃、
「そこまで意固地になるってことはさ、パーティ抜けた後に何かやりたいことでもあるの?」
春陽がタカシに顔を向けたまま、珠季に尋ねた。声は抑え気味だが、視線は鋭い。タカシはハッとして握りこぶしを解いた。
それを見てようやく、春陽は珠季へと向き直った。さらにわずかな沈黙の後、ようやく珠季が顔を上げた。
「NPCになって別の形で冒険者に関わっていきたいと、思っているんです」
「NPCってアレか? 俺たちに依頼をしてくる?」
「はい。町で依頼を受けて出かけた先で小さな依頼を受けたりしたこともあったでしょう。ぼくがやってみたいのは、そういうものです」
そういった依頼はこれまで何度か受けてきた。時間の無駄のようなものもなくはなかったが、依頼をこなすことでその土地その土地の様子を多少でも把握できたことも少なくなかった。
「町から離れたところでの依頼なんか、その人自身もそれなりの力がないと危なくていられないはずです。そういうことなら、ぼくも何かできそうだなって思うのです」
最初はぼそぼそと話し始めていたはずだったが、いつの間にか珠季の声は熱さえも帯びていた。
「相当戻ることになるけど、NPCに登録して、どこかで依頼を仲介するような感じでやっていけたらって……」
「随分とできた話だな。まさか、ずっと前から抜ける気だったのか?」
遮ったのはミッチだった。険のある物言いに、珠季はシュンと首をすくめてしまう。
「ずっとと言うほどではないのですが、足を引っ張ってると思った時から、考えていました」
「俺たちといるのが嫌になってたって…」
「それはありません」
あからさまに棘のある言い方を続けるミッチにさすがに気に障ったのか、珠季が鋭く制した。
「あ、でも、嫌になったというのは合っているかも。その、ぼくにできることが見つからないってことに……」
それから言葉が続かないらしく、珠季は視線を虚ろに泳がせた。
「だが、俺たちはそう思ってはいない」
それを引き戻すようにタカシは重々しく言った。他の三人も、うなづいて同意を示す。珠季もタカシに向き直り、一度目を伏せた。
「そう思ってもらえて、ありがとうございます」
そこで目で礼をして、珠季はやや表情を崩した。それに怪訝な顔をしたのは鏡夜だった。
「でも、やっぱりぼくはここで抜けようと思います。ぼくがいるせいでできなくなることが出てくるのは、ぼくが、嫌だから」
最後の一言を言い切るように強調して、珠季は口を閉じた。良い悪いではなく嫌と言われてしまっては、もう返しようがない。再び緊張をはらんだ沈黙が場を包む。
それを破ったのは、鏡夜の盛大なため息だった。
「嫌とまで言われては、どうしようもないだろう」
「嫌ってさ…そう言うなら、俺は珠季が抜けるの、嫌だぜ?」
「ごめんなさい……」
ミッチの反論に、珠季はただ謝っただけだった。
「しようがない…、しようがないか」
少し間をおいて、タカシが諦めたように弱々しくそういった。
「だけどな、パーティ抜けたとしても俺たちとお前は仲間だ。そうだろ?」
「もちろんです」
そう言って笑った見せた珠季に、タカシもつられたように、また諦めたように、口元を緩めた。
「だったらさ、パーティ用倉庫に入ってるもの、何かあげるよ。仲間だって印にさ」
割と勝手に話を進めた春陽に、しばらく悩んでから珠季は答えた。
「それなら、黒麗獣の毛皮を」