魔道騎兵連隊の創設(三十と一夜の短篇第82回)
ツヴェルフラント大公ギーゼルヘルは、頑迷固陋な因習に囚われぬ若き英主である。
ノルデン辺境伯から身を起こし、十二の諸侯領を糾合。飛ぶ鳥を落とす勢威である。
聖騎士ジルベルトは、大公の忠臣にして知友である。斧槍を振るっては、大力無双。
金狼騎士団を率いては、常勝不敗。大公ギーゼルヘルの覇道王業を能く扶けている。
「ジル。魔道士どもに騎乗を教えてやってくれ」「殿、ご再考いただけませぬか?」
魔道士というのは聖教秘奥派を信奉する異端者たちで、教皇庁から悪魔認定される。
妖術を能くするために、過酷窮まりない弾圧と迫害を受けつづける選民たちである。
秘奥派を保護した大公は教皇庁との対立を鮮明にし、自陣営に魔道士を組みいれた。
教皇庁は戦争で魔道士を使役することを固く禁じているが、大公は権威を冒涜した。
魔道士の有用性については、ジルベルトも認めるところだ。だが、騎乗は認めない。
騎乗は騎士の特権である。それを魔道士に認めれば、騎士は騎士の面目を喪うのだ。
ノルデンは千里馬の産地、軍馬はあまりある。大公はそれを大いに活用すると言う。
聖騎士ジルベルトの家格は低く、大公格別の取りたてあってこその役職を得ている。
端くれといえども騎士。魔道士がごとき賤民と、騎士が同等であってはならぬのだ。
「王侯だ貴族だ平民だ奴隷だという時代は終わる。魔道騎兵連隊は、時代の尖兵だ」
主命とあればジルベルト、従うほかに途はない。大公のために、我と矜持を捨てる。
大公は奇しくも自分と同じ名を持つ少年魔道士を寵愛し、魔道騎兵連隊の長とする。
ギーゼルヘルは火眼赤髪の美少年。炎の魔法に長じ、眠りの妖術にも精通している。
ただひとりで敵の百人隊を焼きつくし、百人隊を昏睡させる抜群の大魔道士である。
ジルベルトは主命に従い、ギーゼルヘル以下千人の魔道士に騎乗を調練していった。
魔道士らは呑みこみが早く、難なく千里馬を乗りこなす。魔道騎兵はたやすかった。
魔道騎兵連隊は、大いに戦果を上げた。騎士の機動と弓兵の射程を兼備する新戦術。
縦横無尽の傍若無人な無敵の兵団は、鎧袖一触で教皇庁を攻めほろぼしたのである。
ツヴェルフラントは帝国となり、大公は皇帝を称する。連隊長ギーゼルヘルは宰相。
聖騎士ジルベルトは元帥として、軍を預かる。開明的な治世が訪れるはずであった。
帝国宰相ギーゼルヘルが皇帝ギーゼルヘルを弑逆し、ギーゼルヘル二世として即位。
辺境平定中であった帝国元帥ジルベルトは憤怒、金狼騎士団を率い帝都へ殺到する。
その途上でほかの騎士団を糾合し、ジルベルトの報仇軍は五万余にまで膨れあがる。
対する魔道騎兵連隊は、結成時から変わらぬ面子の千人のみ。多勢に無勢の蟷螂斧。
ギーゼルヘル二世は帝城外へ打ってでて、魔法の陣城を発現させてそこへ逼塞する。
円形の魔法城は、これまで彼らが殺してきた骸の骨肉で紡がれている。腐臭が漂う。
ランスチャージも投石も、腐肉を四散させはする。散らせたあとから、腐肉が湧く。
不浄の城は形を変えつつ形を保ち、魔道騎兵は腐肉の城壁上から騎士らを見おろす。
城壁上で馬を走らせ、下へ向けて魔法を放つ。腐肉にたかる蝿の群れを、虐殺する。
理力が尽きた魔道騎兵はスロープで城壁下へ下ろし、理力十分な魔道騎兵と替わる。
無為の突撃を繰りかえす騎士どもを、順繰りに効率よく魔法で薙ぎはらってしまう。
ジルベルトはギーゼルヘル二世の炎撃を受けて焼死、報仇軍はひとりのこらず全滅。
新しい世が始まる。旧来の支配層が下層となり、虐げられてきた者らが権勢を得た。
ギーゼルヘル一世がめざした万民平等の理想から乖離した、暗黒と絶望が到来する。