『死とは何か』
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希望と書いてなんて読む?
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死とは何か。死ねばどこへ行くのか。
この疑問は幾千万もの学者、政治家などそして一般人に至るまで一度は悩まされた超難問だ。
悩まされて研究し、論文、仮説、なんてものが大量に存在しているのだ。
大量に存在したところで意味はないと思うが。
誰もが結局のところその考えに辿り着いてしまう。死。自体が現実味がないのだろう。身近ではないのだろう。では何故そうだとわかっていても答えを求め続けるのだろう。
体験した当事者が何億、下手したら何兆ともいて言質もとれた言ないくせにさ。証拠も殆どこじつけで、嘘がバレバレなものを論や説としているものもあるだろう。
しまいには開き直って天国や地獄、極楽浄土なんていう死後の世界があると信じるのは何故なんだろうか。
そしてそれをあたかも真実のように語り広めるのは何故なんだろうか。
これを普通だと捉えるのは本当は異常なのだろう。
科学の世界にファンタジーを持ってくるなど。
まぁ。でもこれはこれで順当であるのかもしれない。
分からないものは想像するしかないだろう?
想像に想像を重ね続けたならそりゃたいそうな壮大なファンタジーになる。現実味がなくなってくる。
現実味がないって言うのもこれはこれで真実なのかもしれない。人生は小説よりも奇なりと言うしね。
しかし、ある人は死は逃げ道であり、希望だと言う人もいるのだ。
死は一種の解決策と言っても良い。
借金返済、いじめ、泥沼の恋愛。
それは時間が解決してくれる。そんな戯言めいた言葉も聞こえてくるだろう。その言葉に対して私は思うのである。いつまで待てば良いのだ?何秒、何分、何時間?いや、そんなので解決していたら問題は問題ではない。
だから、何年、何十年というサイクルは必要である。
だが、そんなに待ちきれない。
早急に解決が欲しいのだ。その前に私が死んでしまう可能性だってある。
欲しい。欲しい。と突き詰めていくと思い当たるのだ。
嗚呼。死ねばいいと。
全てを解決し、全てを無駄にする手取り早い方法だ。牽強付会な考えにも程がある。
けど、それは誇大広告な気もするのだ。
死ねば自分的には問題ではなくなるだろうがよくない気がしてならない。
大体。死に幻想を抱きすぎだ。
死が何かあると思いすぎだ。
そんなに美化するものではない。
しかし、美化せざるを得ない人々もいる。
だから勘違い、見当違いを起こして自殺する人間がいるのだろう。そうかだから仏教やらキリスト教……。もそうだっけ?んん?気にしない。だから仏教は(仏教なら確信があるから良いだろう)親よりも先に亡くなったなら地獄に行くと言う教えがあるのだ。自殺防止の目的があるのかもしれないなぁ。
交通事故や殺害、流産と言う不慮の事故であっても地獄に行くと言う意味とも取れるから極悪非道であるともいえる。
救いがないではないか。
こんな痛いとこを突くような考えを思いつかなければ救いになる人も大勢いるだろう。これだけをさしてだったら良い教えだと思う。
死が希望に思えるものの気持ちはどうしたって一般人には理解できないと思うが。嗚呼。これは語弊があるな。まるでそう言う人が異常みたいではないか。
そうやって区別するから差別が生まれる。でも、どう表現したら良いのか分からないのでそのままで行きます。無知ですみません。
一般人には死が絶望に見え、そう言う人たちには希望に見える。そんなものは些細な違い。
一般人は人生に大まかに不満を抱いていないから相対的にみて死が絶望に近いのだ。
死が悪いものに見える。
それに対して、追い詰められた人たちは想像を絶するほどの不幸に見舞われ、満足とは程遠い生活を送っている。どんなに死ねば最悪だ最悪だ地獄だと古代から囁かれようとも希望を抱きそこへ導かれる。自殺だと世界で年間八十万人。40秒に一人が自殺をしている計算である。日本は2万人。
そんな大量の人がしんでいる。何故なら現実がどうしょうもなく地獄のようなものなのだから。
それを言えば私もそうである。人生は地獄よりも地獄的であると言う芥川龍之介の名言がよく似合う女なのだ。
さて。閑話休題と行こう。
一番最初の問いに戻ろう。死とは何か。
こんなに文を綴ったが結局皆んな同じで分からないだけ。
全て憶測。
全て間違い。全て正しい。
世の中沢山あるのだろう。こんなことしょっちゅう。
だけどもこの問題はすぐに解決出来る。皆に共有は不可能だが自分だけなら確認が出来る。
自害すれば良い。
出来るわけがない。皆んなそんなに好奇心だけで生きていない。できないから悩んでいるのだ。いや、出来るけどしたくないから悩んでいるのだ。嗚呼、人間馬鹿にも程がある。
いや、でも蘇生出来る技術があったら一回だけ……、あー…無理だな。意識的、本能的に無理だ。そう進化したのだから仕方がない。普通だったとしてもやらないだろう。
私は肝臓癌を患ったり、駅の線路に突き落とされて電車に轢かれかけたことも、強盗に拳銃を突きつけられたこともあるが無理である。
あー。振り返ると死んでいない方が不自然な気がしてきた。
そして、テレビ塔の倒壊に巻き込まれ重傷を負い、そして言言言言乃波に刺され殺害された。
円死光は組織的犯行である事実と言う思いもよらない国家情報レベル、それ以上の情報を背負ったのに。これで世界に貢献できたかもしれないのに。でも、人類を救うとかそんな大層な思いはありません。自分のことで精一杯です。
しかし、不幸である。不遇である。
同情してくださいと言ったら何千万人きそうである。
冗談はさておき、私はテレビ塔、そして言言言の追い討ちによってどす黒い血を流して荒廃した栄にぶっ倒れた。
絶望な人生に終止符、ピリオドが打たれたのだった。
実質これは私にとっての最適解なのかもしれない。
そして私は死に包まれた。
………………………。
無理に決まってるだろ。
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