『放何故崩無は落ちる』
004
こんな最悪な状況下に置かれた私でも一つの幸福はあった。
これでも、この状況が酷すぎて些細なことで、どうでも良いことでもあった。
それは屋外展望台に登る前に揺れが始まったことではないだろうか。まぁこれも本当に些細な違いでありあってもなくても相違ないことだ。これを幸福というのはやや幸福を過小評価している気もするが。
でも、たった10mの差くらいである。ビル一個分である。んー。たったっていうのも違うような気もする。2回目だなこんなどうでもいいことに悩むのは。
しかし、それを登らなかったからと言って助かる確率が大幅に上がるって訳でもない。せいぜい0.5%あれば上々だろう。こんなにないかもしれ無い。適当な数字なので気にしないで欲しい。
私からしてみれば何も嬉しくはない。
確率が上がることは嬉しいことだが、何せ過去の経験上こんなのは阻害して不幸な選択に直行しそうと思うのだ。危険なのは変わらないのだ。これは私にとっても、この状況下にいなくても誰であっても想像に容易い。
あー。地が傾く。傾く。もう90度くらい。
自由落下である。
普通であれば傾きが90度なら壁を地にできれば何とかなる。そんな状況一生経験しない人が大多数である。
しかし、この展望台の窓ガラスは四捨五入でないも同然で、細い支えに乗るしかないという絶望。そしてそれに藁にも縋る思いで抱き枕のようにギュッと抱き抱える。
その間、テレビ塔は秒速数十mの勢いで倒れる。
落ちたらバラバラになるなということは想像は付く。
いやぁ。文字通りの詰みだ。
それで絶望や後悔に浸るような心はないので、その代わり生きるのには貪欲である。
諦めそうなこの場面、頭が真っ白になり死ぬことを悟り始めるようなときであっても私は助かる方法を模索する。
猛者であるというだろう。
そういうふうに私は出来ているので仕方ない。だから放何故崩無症候群という訳の分からない病気になっているのだ。
いや、それでも生きることに貪欲だったとしても今回は本当に対処法がない。前知識もないし、前知識があったところで無駄だったろう。調べようって普通に生活していたなら思わ無い。私ならあるとでも思ったか!調べようとすら考えなかったのだ。嗚呼こんなこと起こるなら調べたかった。一生の不覚。そして今は一生の危機。
結論なすすべなし。
「死ぬわ」無感情に言った。
もうあれだ。神に祈っておくぐらいしかない。出来ることがこれしかない。
うっ。落ちてる感じがする。フリーホールより酷い感覚だ。
吐きそうだ。
もう考えないことにした。脳死した。
あー。なんだろう。雰囲気的に叫んでおくか。もう投げやりでいい。
ジェットコースターで叫ぶ人みたいに。
豆知識。ジェットコースターで叫ぶ人は女性が多いらしい。そして、楽しいからとか恐怖心を紛らわせることができるからとかストレス発散が出来るからが一般的らしい。何もいらんこの知識。落ちながらこんな呑気にこんなこと考えているから本当はあまり死に恐怖はないらしいとも思うのだ。まぁいいさ。
「すうっと」叫ぶために息を呑む。
まだ余裕がある。なんでだろ。死にたくないから無感情なのに……。皮肉なものだ。
よし。何で叫ぼうか。
何故まだ余裕が……。まぁいい。一般的にね。行こう。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」ボイスロイドのベタ打ちの音声のような声。
肌に高速に落ちていっていることが想像出来る。
正にアスノヨゾラ哨戒班のサムネのように。でもあんなに綺麗ではない。足場に縋りついて無様に落ちていく少女なのだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」周りの石が重力にしたがって私にぶつかって痛い。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」擦り傷が出来る。そして足場がひび割れていく音が聞こえる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
まもなく地面だ。そう感知できるほど冷静のようだった。
速度が落ちる訳でもなく高速に。高速に。
ここで奇跡が起こるような物語的でもなく、この私を乗せたテレビ塔は当然に物理法則に従って普通に倒壊した。
面白味もなく、普通に。
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