第二章 20.『異世界地元飯』
「ぷはー! いつまでオレサマを押し込めてるのかと思ったぜ」
鞄からでてきたマルチビバットことフォルテは、セフィリアの頭の上に飛び乗り、伸びでもするかのように羽をグイっと広げる。
「悪かったよほんと」
「甘味多めで手を打ってやろう。さもなくば大声デ叫ビ散ラカシテヤル!」
思ったよりは慎ましい抵抗だが、下に強面のおっちゃんがいるこの場所でやられることの破壊力は高そうだった。
こんな宿にカナメたち以外の客がいるかは怪しいところだが、もし誰かいたら迷惑になってしまうし、そうでなかったとしてもあの強面な店主に追い出されることになるだろう。
「わかったよ」
「うひょー! 待たせたなオレサマの甘味たちよ」
カナメが許可するなり、自らの頭にポポンと幾つか地元のデザートを生み出したフォルテ。
「こちらへどうぞ、フォルテ様」
そこでは食べづらいと思ったのかセフィリアがササッと布を敷き、この衛生的とは言えない空間に簡易的な食事スペースを生み出した。
「オレサマには必要ないけど感謝しといてやるぜ嬢ちゃん」
そういいながらポヨンと布に飛び移り、悪魔の尻尾の様なものでスプーンを掴むと器用にプリンを食べ始める。
「なぁ、できたらでいいんだけど俺たちの分も出してくれないか? ここ飯が出ないらしくてさ」
「ったく特別だぞ? 嬢ちゃんとカナメの分くらいならこのオレサマが仕方なく力を揮ってやる。感謝するんだぞ?」
とりあえずこれで食事の問題は解決。敷いてくれた布が大きいおかげで食事場所に困ることもない。
こういうところも含めてお世話になりっぱなしのセフィリアさんには、これを機にお返しをしなくては漢が廃るというもの。
(まぁ、全部他人任せなのがカッコつかないんだけど)
用意するのはフォルテだし、食品についてもカナメが考えたわけでも作ったわけでもない。カナメは何もしていないに等しい。だが、だからといって行動しないのは違うわけで、今できる形で感謝を伝えるべきなのだ。
「私は大丈夫ですから!」
と思ったが、焦った様子で食事を固辞するセフィリアさん。
好奇心が強く研究者気質でもある彼女が、異世界の食べ物を拒否するとはこれまたどうしてだろうか。
フォルテが初めてプリンを出した時、師弟揃って前のめりだったのは記憶に新しい。だから嫌という訳じゃないはずなのだ。つまり要因は別の所にあるだろう。と、そこまで考えて、ふと、それらしきものに思い当たる。
「そういえばマナって大丈夫?」
フォルテが創造魔法を行使するうえで、足りないマナをカナメはパスを通してセフィリアに補ってもらっている。確かフォルテのおやつくらいなら問題なくても、銃の生成などはセフィリアに肩代わりしてもらわなければならないという話だったはずだ。
「大丈夫です。カナメは初めて精霊魔法を使った時のことを覚えていますか?」
「精霊魔法?」
「あくまでも、魔法を使ってくださっているのはフォルテ様ですから」
「なるほどね。最初っていうと、俺が死にかけたやつ?」
あの時はフォルテがカナメの体力の事を考えてくれなかったせいで、訳も分からず銃器を大量生成してぶっ倒れたのだ。
「別に"オド"を使ってるわけでもないのに大げさだな」
モチャモチャとプリンを堪能していたフォルテが心外だと言わんばかりに愚痴をこぼす。
過ぎたことをいつまでも擦るのは良くないかもしれない。しかし、こうでもしないと些細な種族差で命を落としそうなので、暫くは"俺とお前は違うんだ"と表明し続ける必要があるのだ。それはそれとして、これまた初めて聞く単語がでてきた。
「オド?」
「オドは生命力そのものと言われています。魂や寿命と呼ぶ人もいますが、おじ様とソーンからは『存在の器』と教わりました」
セフィリアが答えてくれるが、生命力といわれてもあちらでは実体のある概念じゃなかったので今一ピンとこない。もちろん生命力が存在に置き換わったとしても、カナメ程度の学力では「何それおいしいの?」となるのが精々だ。
「体力とオドは違うの?」
「オドについて詳しいことはわかっていませんが、一般的には違うとされています。例えば、余程なことが無い限り体力などの活動エネルギーは時と共に回復すると思います。でもオドが自然に回復することはありません。それどころか一度失ったオドを回復させる確かな方法は未だに見つかっていないんです。だからオドを使う特殊な技法は全て禁忌とされているんですよ」
すかさず必要情報を補足してくれる博識の申し子。
てっきりファンタジーパワーの源はマナだけかと思っていたが、存在そのものみたいな恐ろしい力の源もあるらしい。
「ん? 別に魔力と生命力だけじゃねえぞ? まぁオレサマの知る限り他の二つはほとんどの人類にゃまともに使えないけどな」
人の考えを勝手に覗いているらしいフォルテによると、他にも不思議パワーがあるとのことだが"人類にはまだ早い"とかいう触れたら100%大問題に繋がりそうなワードが飛び出してきたので聞かなかったことにする。セフィリアが無反応な辺りがなおタブー感が出ていて恐ろしい。
危険な話というなら最高位の召喚で間に合っている。歴史上ほとんど例のない大博打など一回で十分なのだ。
「つまり、体力じゃなくてオドだったら、あの時の膝枕はなかったってこと――グェィ」
「膝枕のことは今はいいんです!」
顔を赤くしたセフィリアに杖を押し付けられ、紳士な所感は封殺されてしまった。ともあれこの異世界には様々な力が溢れていて、マナのないカナメでも場合によっては何かできる可能性があるとわかったことは収穫だろう。
「話を戻しますが、あの時は流石に少しふらつきましたけど今回は何ともありませんでした。でもカナメがフォルテ様の力を借りたという事はきっと危険なことがあったに違いないと、急いで戻ったんです」
「その節はご心配をおかけしました」
「次から私に構わず精霊魔法を行使してくださいね」
「んー」
数十丁の銃器を一挙に創造しなければ大きな負担にはならない。ならばもっと大胆に――そうは問屋が卸さない。少しふらついたセフィリアと片や気絶したカナメ。創造魔法を使う上で圧倒的に足りてないのはカナメの体力の方なのだ。
他にも周囲の目や魔獣騒動の時のように、カナメが怪我や運動で体力を消費している場合、セフィリアがマナを消費している場合などを考えると、相応の判断力も必要になってくる。なればこそ、この力は極力温存するのが無難な選択だろう。
「カナメのくせに難しいこと考えるな。マナの徴収が命に関わるならその前にオレサマが警告してやるから安心しろ」
「そうか? いや、そうだな」
確かにそれもそうだ。この手のことは自分のケツを持てるようになってから考えるべきで、何もかも足りないカナメは基礎から鍛えなくては。
手始めに体力づくりを日課にしようか。ただ力不足なカナメが一人でウロウロしてもトラブルに巻き込まれてしまう恐れが拭えない。まぁそれは後々考えるとしてだ。
「じゃあ、命の危険もないとわかったところで、おねがいしますフォルテ様!」
「私に構わずというのはそういう意味じゃなくてですね!? これ! これがありますから!」
そんな感じでセフィリアからの猛烈な辞退があったが、どう見ても小型の乾燥レンガにしか見えない非常食を引き合いに出されれば、なおさら自分たちだけで御馳走を食べるわけにはいかない。あまつさえ、彼女には宿代を払ってもらっているのだから。
ややあって、フォルテのとんでも魔法で食事を創造する。できれば食後のデザートも――なんて考えていたが、魔獣騒動や尋問(拷問)のせいか二人分の食事を創造してもらっただけで些細な虚脱感に襲われた。無理して心配させるわけにも行かないので、悔しいが甘味に舌鼓を打つセフィリアを拝めるのはまた今度の機会に持ち越すことにした。
「これは……何という食べ物でしょう?」
セフィリアの期待の眼差しの中、現れたのは湯気立つ白と乾いた黒のコントラスト。
「俺の地元だと庶民的な食べ物で『おにぎり』っていうんだけど、お米っていう穀物を手で握って形を整えて、それに干した海藻を巻いて、後は調味料とかで味付けして食べるんだ」
夜におにぎりだけというのは少々物足りない感じもする。しかし庶民的かつ、匂いなど宿側への配慮まで考えた食事となると、パッと思いついたのがこれしかなかったのだ。
本当は味噌汁や焼き魚なども合わせて定食風にしたかったのだが、デザート同様体力の問題で断念。
その代わりではないが、塩、梅、ツナマヨと、三種類のおにぎりをご用意させていただいた。あえて具の説明をしなかったのはちょっとしたサプライズということで。
「それぞれ違う味だから、そこが注目ポイントだね」
「見た目からだとわかりませんが、中に何か入っているのでしょうか?」
いつの間にやら取り出したメモ帳に、スラスラと筆を走らせるセフィリアさん。そのノールック記録術に驚愕しつつも、ジェスチャーも交えながらおにぎりの説明する。
「こちらは?」
「それは飲み物。中身は緑茶と麦茶でって――いや、色々気になるかもしれないけど、先ずは暖かい内に食べよう」
折角ホカホカのおにぎりが出てきたのだ。冷めてしまってはもったいない。
セフィリアも「それはそうですね」と恐る恐るといった様子で、ハムッと一口頬張った。
「おいひぃれふ!!」
目を輝かせ、何かに気付いた小動物のように背筋を伸ばすセフィリアさん。全身でおいしさを表明しながら、モッモッと頬張る姿の何と愛らしいことか。そんな彼女に触発されて、カナメも同じく塩むすびから一口。
「うんまっ!?」
初めての体験をしたはずのセフィリアならまだしも、まさかのカナメも驚愕を現わにする。何せこの握り飯、ただ者じゃあない。
このお米の甘味粘りは最高点をあげてもいい。それだけじゃない。
米もそうだが海苔の香りも素晴らしい。もちもちのお米にパリッとした海苔、塩の旨味と絶妙な加減。カナメの長いようで短いおにぎり史上でも一二を争うクオリティーだ。
「なぁフォルテ、これどこのおにぎりだ?」
「知らね。けど何か高そうなのにしたぜ。ま、それだけじゃねんだけどよ、細けー創造の手順が聞きたいのか?」
饅頭同士の共食いに忙しいらしい丸っこい奴は、どうもその辺いい加減らしい。
これじゃあ庶民の味か怪しくなってきた。少なくとも一般的ではない。
「いやそれは聞きたくない」
フォルテの気分が良さそうなのは喜ばしいことだがうんちくは遠慮させてもらう。すまないがカナメは、悪友より美少女との会話が優先だ。
「はいこれ」
何やら「現金な奴だな」という声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだだろう。そんなことより食の勢い衰えぬ少女には水分が必要だ。ペットボトル蓋を開けお供に最適な緑茶を手渡す。
やはり喉が渇いていたのか、ゴクゴクと喉を鳴らしていらっしゃるセフィリアさん。
可愛らしく「ぷぁ」と一息ついた姿を堪能してから、地元民代表として異世界人の感想をインタビューする。
「どうだった?」
「どれも美味しかったです! 二つ目のウメ? にはびっくりしましたが、さっぱりとしていて香りもよくて海苔との相性も抜群でした! それにこのお茶も!」
と、大興奮のご様子。
その少女然とはしゃぐセフィリアを見て思う。塔の上での約束、その一歩――は言い過ぎかもしれないが、半歩くらいは進めたのではないだろうか。
今はまだ"悔いが残らないように"という考えの中で楽しんでいるのかもしれない。でも、そう考えなくていい未来を見つけて見せると、改めて心に誓う。
「お気に召したみたいでよかったよ」
先走りがちで大口叩きな心をお茶で冷ます。
懐かしくすら感じる香ばしさと、果実水のように甘くもないスッキリとした味わい。そして何よりキンキンに冷えていやがる。
「そっちも飲んでみたいです! 交換しませんか?」
セフィリアの方からとても悩ましい提案が飛び出した。
それはそうだ。種類が違えば好奇心旺盛な彼女が興味を待たないはずがない。
これならばコップのような物も創造すればよかったと、用意の悪さに頭を抱えそうになり、そういえばそんな体力なかったんだと元の問題に還ってくる。そんなことを考えていると、
「もちろんカナメが良ければですけど……ダメ、ですか?」
上目遣いで控えがちな問いかけのセットという、とんでもパワープレイをかましてくるセフィリアさん。好意を寄せている相手にそんなことをされれば断れるものなどいないわけで。
「いい……よ?」
葛藤に負けた男の無様な返答を返す。
「ありがとうございます――ん!? こちらは芳ばしい香りがします。カナメも緑茶を飲んでみてください」
「いや、俺は飲んだことあるから」
「こちらに来てからなら飲んでいないですよね? 私もカナメのを飲んだんですから、ほら」
せめてカナメは飲まない流れにと、それとなく辞退を試みるも、口元まで持ってこられてしまえば飲むしかない。
塔の上での出来事が思い返され、嬉しさ半分恥かしさ半分でゴクリと飲む。当然、味を楽しむ余裕なんてあるわけないカナメは思春期男子な感情を落ち着けるで精一杯だった。
「飲み合わせは緑茶ですが、普段飲むなら私は麦茶の方が好きかもしれません。カナメはどちらが好きですか?」
「えっとぉ、こっち……かな?」
「むぅ……カナメは緑茶派なんですね」
カナメが緑茶をのんだことについて特に気にした様子もない少女は、意見が一致しなかったことに不満があるようだった。カナメは初手で選ぶくらいには麦茶が好きなので、実際はセフィリアと同意見なのだが、ここは流石に緑茶を選ばざるを得ない。
「カナメと好みが合わなかったのは残念ですが、どれもすごくおいしかったです! カナメは久々の故郷の味は楽しめましたか?」
「ん? あぁ、まぁグッドだったよ」
どれもカナメのおにぎりランキングを大きくて更新した――はずだったのだが、お茶飲み比べイベントがそのすべての体験を上回ってしまい味を覚えていないのは黙っておくのだった。
次回は10月。奇跡が起きれば9月中にもう1話




