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君と始める異世界黙示録  作者: 樹希柳唯
第一章 終末の異世界
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第一章 03.『ふしあわせ』


「逃がすか!」

「やめろ!」



 ――カヒュンッ!



 矢倉の方から鋭くて短い音が聞こえた。

 恐らくあの大男が置き去りにした大弓で矢を放ったのだろう。

 

 リーダーらしき女の人が止めてくれたように聞こえたがもう手遅れだ。

 見なくても何となくわかる。これは避けられない。



 ――ここまで来て、最期は弓矢に射貫かれて終わりなのか……?


「ちくしょぉ……!!」



 風切り音が近づいてくる。そして、


 ――ガキンッ!


 銃弾が鉄板に当たるような、鼓膜を殴りつけるような音に反射的に振り向いて後悔する。


 この出血量じゃ万に一つも助からない。わかってた。

 それでも、尊敬する人の言葉を嘘にしたくなかったから。心まで死んでしまうのは嫌だったから、無駄だとわかってても悪あがきを続けた。でも、出会ってしまったから。




 ――綺麗だ。




 それだけしか出てこなかった。その言葉すら無意識で、知りえる美を超えた存在を前に口が勝手に動いただけだった。


 陶磁器のような白い肌。輝きそのもののような白髪を翻す彼女は陽光と踊る六花のようで、その全てが、夕暮れのオレンジに染められどんな宝石よりも美しく煌めいている。

 今まさに死に直面した状況だというのに、ただ見とれることしかできなかった。


 夕暮れの朱が少女の頬を艶やかに彩る。



「諦めないでください。必ず、助けますから」



 初めてだった。鈴の音を転がすような声を聞いたのは。


 こんなにも満たされるような、安らぐような、懐かしい気持ちになったのは。だから、


 "助からない"


 そんな理屈は捨て置いて願ってしまう。

 まだ、もう少しだけ生きたいと。


 

「離れろ!」

「何やってるのバカ!」

「この人は穢レでも忌獣キジュウでもないです!」

「あり得ないわ! 瘴気の森からじゃなきゃここまで来れないでしょ! いいから、どきなさい!!」



 桃髪の女性がこちらに手を向けると、なんの冗談か魔法陣のようなものが浮かび上がった。


 いつもなら、趣味は人それぞれとでも言い聞かせて見て見ぬふりをするような光景。

 そんな中学生が喜びそうな光景から目を離せない。


 ちょっとカッコいいな、なんて思う余裕はなかった。

 猟銃を口に突っ込まれたような恐怖が体を縛り付け身じろぎ一つすることもままならない。


 あちこちの地面が隆起し先の尖った土槍が現れる。

 生き物のように動くそれが、庇われるだけで逃げることもできない腰抜けに四方八方から殺到した。


 その全てを透明のビニールのような膜が防いでくれる。

 土槍が当たったところに薄緑のハニカムのようなものが現れ、とても止められそうには見えない質量の土槍が目的を果たせずにギリギリと音を鳴らしている。


 CGと思うのが当たり前の光景だが、音が、臭いが、気迫が、全てがそれを否定する。

 あの暗い森に遭難した当初に浮かんだありえない想像が現実味を帯びて脳裏を舐める。



「異世界、召喚……?」



 ――パリィィィン


 かなめが答えに辿り着くのを待っていたかのように薄緑の幕が割れる。

 

 逃れ得ぬ死の槍雨。怖い。目を閉じたって結果は変わらないだろうけど、あれを見続けるなんてできなかった。

 折角光のない森から出たというのに、目の前が狭窄し、視界はまたも闇に飲み込まれていく。



「だめぇ!!」



 白髪の少女の悲痛な叫びが聞こえる。


 ――意外だな。


 想像とは違う柔らかい衝撃と優しくて甘い香りに、そんな場違いな感想を抱いた。


 あれだけの質量にあのスピードで貫かれれば、相対的に柔らかい人間はこんな風に感じるのだろうか。

 最早助からないと投げやりになっているのか、変に冷静な自分がどうでも良い考察を始める。


 ――どうでもいいか。

 

 考えたって答えが出る事はない。

 それならいっそのこと、危険な状況から降って湧いた夢心地に身を預ける。



「――ぐあ!?」



 せめてもと求めた安らぎだというのに、わずかも浸る前に地面に頭を叩かれ我にかえる。

 後頭部に激痛。顔面に柔らかな感触……どころか割と全体的に柔らかな感触。


 不意に、柔らかな感触が消える。

 名残惜しさを感じる暇もないほどの素早い動きで体の上からなくなってしまった。



「お前は敵か」



 何が起きたか理解する間もなく問われる。


 少し整理させてくれと言いたいがそういう訳にもいかないのが人生の世知辛いところだ。


 直前に焼き付いたこの身を貫かんと殺到した土槍を思い出したせいで、怖い夢でも見た子供のように震えながら目を開ける。


 すらっとした高身長。褐色の肌にくすんだ金髪。

 肉食獣のように鋭く力強い黄玉色の瞳。

 服装は片足が露になる黒色で縁に金の装飾がある腰巻。上半身は同じような胸巻きだけだ。

 目のやり場に困る露出度だが、褐色の肌と健康的な筋肉、そしてその凛とした佇まいから溢れる気高さのお陰で女性的な魅力よりアスリートのようなカッコよさや美しさが際立つ。


 矢倉にいた三人の内の一人、他二人に指示を出していたリーダー的な雰囲気を醸し出している女性が、いつの間にかすぐ目の前まで来ていた。

 

 正直、あの柔らかな感触を感じた直後では流石に変な目で見てしまいそうになる。

 幸か不幸か、流しすぎた血のお陰で邪な考えに支配されることはなかったので良かったが。



「敵、じゃ、ないです」



 金髪の女性の目が確かに柔らかな物になったのを見て、何となく安心感が湧いてくる。

 同時にどっと疲れが溢れて、体の力が抜ける。

 痛いのか苦しいのかわからない。けど、そんなのどうでもいいくらい、すごく、眠たい。


 言葉を言い切る前から駆け寄ってきてくれた白髪の美少女が、汚れるのなんてお構いなしに膝をつく。

 その手から緑の淡い光が溢れ、痛みや苦しさ和らげてくれる。



 ――優しい子だ。この子ともっと話したかったな。



「すまんな、少年。何か伝えたいこと話しておきたいことはあるか?」



 ――伝えたいこと?



 伝えたい相手はきっとここにはいない。

 それを伝えては、この気高い女性の足を重くしてしまうような気がする。

 何となくだが、この人には何物にも縛られず、自由で、それでいて気高くいて欲しいと、そう思った。



 ――話したいこと。



 たくさんある。

 けど、きっと時間が足りない。

 足りないだらけのこの体は、こんな時にも恥ずかしげもなく惰眠を貪ろうとする始末だ。

 これじゃ、この人たちに迷惑だろう。

 

 あぁ、そうだ。

 迷惑をかけてしまうなら、伝えるべきことがあるじゃないか。



「迷惑…かけて、ごめんな、さ……――」



 ちゃんと伝えられたかわからない。

 でも、きっと伝わった気がする。

 


「死なないでっ!」



 少女の声が聞こえた気がした。



 ――やっぱり、優しい子だ。



 あの子にだけは、悲しい想いはさせたくないな。 


 その想いを最後に、大和やまと かなめは意識を手放した。


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