第一章 12.『二度目の適性検査』
「それでセフィ。ヤマト君とはどういった関係で?」
「友達です」
「ならばよし!」
町の食事処で料理を選びがらの会話が始まる。
それ自体はごく自然な流れなのだが、
「カナメ、お肉は食べられますか? 飲み物は果実水でも大丈夫ですか?」
「え、あ、はい」
「すいません。バッカのサラダとディッチボアのステーキ、あとパルマ水を二つお願いします」
セフィリアさんがメニューに書いてある数字の大きい料理を頼みまくっている。
いくら宰相閣下のごちそうとはいえ大丈夫なんだろうか。
「こちら、料理とバルマ水でございます……それでは失礼いたしますっ!!」
料理が来るまでテラス席から異国の景色を――と思ったのだが、ファストフード店を上回るスピードで料理が出てきたせいで楽しむ暇がない。それだけじゃなく、配膳から店内に戻るまで、全てが爆速だった。
店員さんも、お偉いさん相手で気が気じゃなかったのだろう。こちらからはギリギリ店内が見えるのだが、料理を出したおっちゃんが、おばちゃんとウエイトレスのお姉さんに背中を叩かれ、優勝したチームメイトを励ましてるみたいな絵面になっている。それはさておき、
「ゴクリ……」
目の前にあるどう見ても焦げているようにしか見えない黒い肉塊。料理らしからぬそれをひと口大に切り分け、恐る恐る口へと運ぶ。
「――っ!」
ほんのりとかおる腐った肉の臭いと獣臭。それ以外は豚肉っぽい。
息を止めれば食べられなくもないが、これならお粥のほうがマシと思う程度には美味しくない。
「お口に合わなかったみたいですね」
「うっ……うん」
なんか数字が並んでいた割には味も質もあんまりなので、銅貨200枚とかではなくて鉄貨200枚とかいうオチなんだろう……いやそもそもこの国というかこの世界の貨幣価値とか知らんのだけど。
そしてお金といえばだ、もしかしたらこの世界で生きていくことだってあり得なくはないのだ。明日には日本に帰れます、とかでもない限りこの世界の貨幣価値がどうなっているのかは知っておきたいところである。
とはいえ今聞くのは違う気がする。
カナメは当然無一文だ。現在進行形でご馳走になっている分際で「これいくらなんですか?」などと目上のお偉いさんに聞けたものでは無い。
もちろん、セフィリアに聞くのも憚られる。デートで女の子に、しかも命の恩人にご馳走になるなど黒歴史でしかない。
(宿に戻ったらハルフリートさんに聞いてみよう)
「見る限りヤマト君は相当裕福そうだからね。都心部でもなければ満足の行く食事は難しいだろう。もちろん、それを口にできる正当な対価を払ったうえでね」
魔車での移動中、流石にその恰好ではと言うことで、セフィリアが魔術で制服を修繕してくれた。なので、今は新品同然の制服を着ているのだが、この世界基準だと制服は裕福に見えるのかもしれない。
「お食事の話はいいので、多忙であられる宰相閣下が、問題が杞憂だとわかった後もこの町に残っている理由を聞いても?」
カナメは気にならなかったのだが言われてみればそうだ。
「良い質問だ! 実はね、僕もヤマト君に興味があったのさ」
やはり異世界人というのは、召喚魔術の権威とも賢者とも謳われるヴェインをして珍しいのだろうか。
それ以外に理由があるとしても思い当たらないので素直に聞いてみる。
「俺にですか?」
「異世界の住人を召喚するのは簡単なことではないからね。通常の召喚はあくまでこの世界の別次元に干渉するものだ。異世界となると余程下位の世界から無理やり引っ張ってくるか、上位の世界から降りてきてもらうしかない。召喚過程でこの世界の理に合わせた変換が行われるから莫大なマナも必要になる大きな障壁の一つだ。何より滅多なことでも無い限り創精霊様がお許しにならないだろう」
ダメだ。全く話について行けない。
創精霊ってなんだ?
この世界の創造神か何かか?
その創造神様がお許しになってしまったがために瘴気の森で命がけの鬼ごっごをする羽目になったのか?
「あのぉ、あんまりわからなかったんですけど、召喚者というか俺は、元の世界に帰れるんですかね?」
「結論から言うと、残念ながら現在の召喚技術でヤマト君を元の世界に還す方法はない」
しびれるような感覚が全身を巡る。
サーッと血の気が引き、視野がぼやけて思考に空白が落ちる。
わかっていたし覚悟もしていた。
それにこれは、現在の話で、王国に限った話だ。分かっている。
それでも、体がその答えを拒んでいると分かるくらいにはショックが大きかった。
余命宣告をされたらきっとこんな感じなんだろう。
「カナメ」
「――!」
打ち拉がれるカナメの手をセフィリアがそっと包み込んでくれる。
寄り添うように優しく、でも確かに握ってくれていると感じる、そんな強さだ。
「ありがとう。もう大丈夫……だと思う」
声がまだ震えていたから恰好はつかなかったけど、セフィリアのお陰で踏みとどまることはできた。
「すまない、語弊があった。完全に無いという話ではなくてね。召喚術の中にもヤマト君を元の世界に還す理論自体は存在するんだ。ヤマト君の世界そのものを限定的に召喚して、その召喚した異界にヤマト君を放り込めばいい」
「じゃあ――」
「言うほど簡単ではないんだ。まず莫大なマナをどうするか。四大国が健在だった頃でも、最低でもその十年分のマナが必要になる。到底一つの国で賄える量ではない。それに召喚時空の問題もある。無限に続く砂漠から一粒の砂を探し当てて召喚するのが難しいことだというのは想像できると思う。仮に召喚に成功したとしても、異界に送られたヤマト君自身の時間は変化しない。こちらの世界に召喚されたときに変換されたはずの君の体はそのままだから、元の世界でどうなるかは僅かな文献すら存在しない状況だ」
なんとなくだが不可能と言っていい代物だということが分かった。
正に理論上。いつかタイムマシンができたらいいねみたいな感じだ。
「そんな……」
俺以上に悲しそうなセフィリア。
彼女に悲しい思いはしてほしくない。彼女の辛そうな顔をみると胸が張り裂けそうになる。これなら忌獣と鬼ごっこしていた方がまだ気が楽かもしれない。
「予想通りになっただけだろ? ここがスタート地点だってわかったんだから後は進めばいいだけ……っていうほど簡単じゃないのかもしれないけど、きっと何とかなるって」
「カナメ……なんで私が暗くなってるんでしょうね……一番辛いのは」
「辛いことに一番なんかつけなくていいよ。誰かの辛いは誰かが手を引いてあげればいいし、両方とも辛いなら支えあっていけばいい。それが人だと思うからさ」
「おかしいですね、これじゃあ私が慰められちゃってますよ?」
困ったように微笑むセフィリア。それを見て少しだけホッとする。
「セフィリアに辛い顔はさせたくないんだよ。なんでかは上手く言えないけど。俺が勝手に笑顔にする――ように努力するから、だから、辛いときは無理しなくていいからな」
できれば満開の花のような笑顔にしてあげたいが、ヘタレ高校生にそんなことができると思うほどうぬぼれていない。今は細やかながら笑顔になっただけ良しとしよう。
「かえ――いえ、ありがとう。カナメ」
セフィリアが何を言おうとしたのかはわからない。ただ、掘り返すのは野暮だと思う。
それはそれとして、感謝されるようなことはまだできていない気がする。なので、素直に受け取れないのが正直なところだ。でもまぁ、ありがとうの前借だと思って努力を現実にすればいい話だと楽観的に考えることにする。
「その若さで良いことを言うね。希望は前にあると言うじゃないか。ならば少なくとも前を向かねばね。ヤマト君の帰還の糸口が全くないという訳ではない。少し見るだけでも君の召喚は異質だ、詳しく調べれは何かわかるだろう。それでも数年はかかってしまうだろうがね」
自分の考えを目上の人に褒めてもらえるのは嬉しい。ただ後ろに付いてきた現実的なお話は、楽観的な考えをしたばかりでも中々に堪えるものがある。
「数年かぁ」
帰ったところで高校中退は確実。下手すればいい年こいたおっさんだ。
色々大変なのは目に見えているが、言ってしまえばそれだけだ。
瘴気の森で死にかけた経験をした今、それくらいのことでへこたれてやれるほど、豆腐メンタルではなくなったのだから。
この世界で生きていくことに比べれば、元の世界なんか学無し一文無しでもイージーゲームだと思える。
「ソーンからの頼みだ、私は最後まで手を尽くそうと思っている。ヤマト君はどうするかね?」
本当に何から何までソーンさんにはお世話になりっぱなしだ。大陸一尊敬されるのも頷ける。ここまでしてくれているのにどうしてカナメが引き下がれようか。
「もちろんやります! 調査でも検査でもドンと来いです! ご迷惑をお掛けしますが、お力を貸してください!」
立ち上がって90度のお礼をする。本当は土下座したい勢いなのだがこっちの人は知らないだろうし、やられても困るだけだろうと思いとどまった。それでもこの感謝を伝えたいという思いが先行してしまった結果、結局相手がわからないであろうお辞儀をしてしまったのだが、してしまった以上、誠意が伝わるのを祈るしかない。
でも、きっと伝わると思う。短すぎる時間だがヴェインさんにはセフィリアたちと似た何かを感じるのだ。
「それはヤマト君の国の作法かな?」
「すみません、急に変なことしちゃって。一応これが俺の国の礼儀です」
「変だということはないさ。何より君の熱意が気に入った。そうこなくては! それでだヤマト君、使い魔を召喚しないかね?」
なにが『それで』なのだ?
俺が使い魔とやらを召喚するのと元の世界に帰る方法がイコールで繋がらない。
「使い魔って、なんですか?」
「この世で唯一、お金で買える力のことさ」
求めていた答えではないのはもちろん、お金の力というものすごく賢者らしからぬ答えが返ってきた。
「使い魔は対価を元に契約者の言うことを聞いてくれる存在です。大抵はマナを対価に家事をしたり戦闘を行ったりしてくれます」
もう少し具体的な答えを知りたかったところに、セフィリアがすかさず補足を入れてくれる。
空気読み検定準一級くらいはあると見た。
「イメージ通りだな。けど、そんな便利な使い魔さんらしきもの、村で見なかった気がするんだけど」
カナメでも召喚できるなら、一家に一使い魔くらいでもおかしくない気がするのだが、何か他に召喚できない理由でもあるのだろうか。
「大貴族の屋敷でもない限り使い魔を見ることはないと思うよ。召喚の費用は貴族でもおいそれとは払えないからね」
魔術の鑑定と同じだ。これからはとりあえず異世界然としたものは金がかかる前提で考えよう。
「うまい話には全部お金がかかるってことですね」
「召喚士も使い魔も数がそう多くないからしょうがないんです。適性があれば話は変わるんですけど、使い魔もそれぞれの意志があるので、召喚して終わり、というわけにもいかないですから」
適正。また嫌なワードが出てきた。
「その他にもお国の色々があるんだが……まぁとにかくヤマト君の適性を見てみようじゃないか。手を出してくれるかい?」
「はい……」
嫌な予感しかしないが、言われた通りに手を出す。
そしてどっちかわからなかったので、とりあえず右手を差し出すことにする。
宰相閣下が手を翳すと、魔法陣のようなものが浮かび上がってきた。
いつかのことを思い出しビクビクしてしまうが、陣の大きさも色も文字も何もかも違うので反射的に手を引くまでにはならなかった。
「えーと……これは……なるほど」
汗をかいて顔を若干引きつらせている宰相閣下。
この反応、このパターン。もう読めている。
ズバリ、魔術の時と同じだ。
「適正なしですか?」
「いやぁ、適正はあるんだが……」
なるほど。だがここで喜びはしない。なぜなら分かっているからだ。
適正はあるがものすごいしょぼい使い魔で、役割を全うできない。これだ。
「じゃあその使い魔が弱すぎるとかですか?」
「いや、そんなことはない。むしろその逆だ」
あれ? 教科書と違うぞ?
ではなんでそんな渋った反応なのだろうか。
「使い魔の数はどうなんですか?」
セフィリアさんが別の確認をしている。
数も何かに関係するのだろうか?
「かなり多い」
多いらしい。プラス要素だよな?
「具体的には何体なんですか?」
「六柱だ」
「六体は……まぁ、多くは? ありますね?」
多いという割にはセフィリアさんの反応が微妙だ。
かなりというほど多くないが、召喚の権威が言うなら多いと言わなくてはいけない。私は何を言ってるんだ? みたいな感じになっている。
「六柱って微妙な数なのか?」
「違いますよカナメ。柱ではありません。柱は人には到底召喚しえない最高位の存在なんです。過去にユスーリアという国が儀式魔法で召喚したという逸話がありますが、それは一時的な召喚で使い魔として対価の契約を交わしたものではありません」
セフィリアに言葉の間違いを指摘される。
しかし、いくら異世界知らずのカナメといえど『体』と『柱』を聞き間違えたりしない。その場合、宰相閣下が言い間違えたことになるのだが。
「そうなのか? でも宰相閣下がそう言って……」
そんなわけないと思いながら、発言した本人に遠回しの真偽判定をお願いする。
「ヤマト君が正しい」
「ほら! おじ様もこういって……え? 今、なんて?」
「ヤマト君が正しい」
「六体じゃなくて、六柱?」
「そうだ」
目をぱちくりとしているセフィリアさん。
とりあえず可愛い。
「――…………えぇぇぇぇぇぇええええええ!!??」
セフィリアの絶叫にも似た本気の驚きが店内外に響き渡った。
この世界は金本位制ではありません。
通貨は後に出てくる……はずです。




