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その少女、闇に魅入られて  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第6章 真相
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060 抗い

 


「すぐにでも戻りたいんじゃが、雪のせいで身動きが取れん。恐らくこの雪は、あと何時間かは続く筈じゃ。何とか車を動かそうとしたんじゃが、村のやつらに止められてな……じゃから奈津子、わしが戻るまで、気を確かに持っとるんじゃぞ」


「うん……私は大丈夫だから、心配しないで」


 はらはらとこぼれる涙を拭おうともせず、奈津子が穏やかに答える。

 口元には笑みさえ浮かんでいた。


「まだ熱も下がっておらんようじゃな。しっかり戸締りして、暖かくしてるんじゃぞ」


「……おじいちゃんも、気を付けてね」


「また連絡するからな」


「うん……ありがとう……」


 携帯を切ると、モニターが光っていた。

 春斗からのメッセージだった。

 何とか薬局で薬を手に入れたが、雪が酷くて動けなくなっているらしい。

 店の人に宮崎家の客だと伝えると、しばらくここにいるといいと言われた。雪が治まったらすぐに戻るとのことだった。





 この家には今、自分しかいない。

 いつも電気のついた明るい家。温かい家。

 それが今、どうしようもなく広く、そして暗く感じる。


 また一人になってしまった。

 こんなことなら、初めから一人でよかった。

 何も失いたくない。これ以上泣きたくない。

 こんな思いをするくらいなら、このままぬばたまに壊されてもいい。そんな思いさえよぎった。


「……」


 鏡を見ると、自分の姿が映っていた。

 先ほどまでいた、鏡の奈津子はいない。

 また自分の中に戻り、眠っているのだろうか。

 とすれば、今この家にいるのは本当に私一人だ。

 そう思うと怖くなった。

 今は一人になりたくない。

 誰でもいい、私に何をしてもいい。

 お願い、出てきて。そう強く思った。




「本当にそうなの?」




 無意識に出た言葉。

 慌てて鏡を見直す。鏡の奈津子じゃない。

 今のは自分の言葉だった。


 奈津子は涙を拭き、鏡を見つめた。


「そうだ……例え壊されるとしても、このままじゃ嫌だ。宮崎家の末裔、たったそれだけの理由でこんな目にあってる。たくさんの人を犠牲にしてる。こんな理不尽、あっていい訳がない。

 私は抗うよ、最後まで。

 何も出来なくてもいい。でもぬばたま、せめてあなたのことを理解してやる。この災厄を解明してから死んでやる。それまで私は負けない」


 拭っても拭っても涙が溢れて来る。多恵子を失った喪失感に、心が潰れそうだった。


 このままなら、宗一や春斗にも、ぬばたまの手が忍び寄るかもしれない。ひょっとしたらこの大雪自体、ぬばたまによるものかもしれない。

 それなら、彼らが家にいないこともまた、彼のシナリオ通りなのかもしれない。


 今、私に出来ることはひとつ。ぬばたまの正体を暴くことだ。

 その先に僅かでも希望があるのなら、向かうべきだ。

 それが私の戦いなんだ。

 奈津子は立ち上がり、机に向かった。

 ノートを開く。

 大きく息を吐いた奈津子はペンを取り、数々の災厄と再び向き合った。






 二時間ほど経った頃、玄関のチャイムが鳴った。

 まだ外は吹雪いている。

 こんな天気の中、一体誰が来たんだろう。

 ひょっとしたら、宗一から連絡を受けた近所の人が、様子を伺いに来たのかもしれない。

 奈津子は弱々しく立ち上がり、玄関に向かった。


「……どちら様でしょう」


「奈津子、私よ、玲子」


「玲子ちゃん?」


 意外な訪問者に驚き、奈津子が慌てて玄関を開けた。


「玲子ちゃん」


「奈津子、大丈夫だった?」


 中に入った玲子が、そう言って雪を払う。


「どうして玲子ちゃんが」


「宮崎のおじさんから連絡をもらったの。電話しようかとも思ったんだけど、何だか居ても立ってもいられなくなって」


「こんな雪の中を、玲子ちゃん一人で来たの?」


「まあね。この程度の吹雪、慣れてるから」


 そう言って玲子が笑顔を向けた。


「とにかく中に入って。私の部屋なら暖まってるから」


「うん、ありがとう」


 玲子を部屋に通すと、奈津子は熱いお茶を差し出した。


「これ飲んで暖まって」


「ありがとう、奈津子」


 湯飲みを口にして、玲子がほっとした表情を見せた。


「それで奈津子……大丈夫?」


「う、うん……おばあちゃんのこと、だよね……」


「私もおばさんには、小さい頃からお世話になってたし……ショックだった」


「うん……」


「どうして奈津子の周りでだけ、こんな辛いことが起こるの……しかも今度はおばさんだなんて……どう声をかけたらいいのか分からなくて……でも、じっとしてられなくて……」


 大粒の涙がテーブルに落ちる。


 本当に優しい子だな。おばあちゃんのことで泣いてくれる。そして危険を顧みることなく、ここまで来てくれた。

 ありがとう、玲子ちゃん。





 そして……さようなら。





 小さく息を吐き、玲子を見つめる。


「玲子ちゃん、もういいよ」


「いいって、なんのこと? と言うか奈津子、大丈夫? 何だか雰囲気が」


「いいって言ったの。もうお芝居の時間は終わりよ」


「どういうこと? 何を言って」


「あなた……ぬばたまね」




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