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その少女、闇に魅入られて  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第5章 非情な運命
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051 優しさと強さ

 


「ぬばたまの一族は、人間の強さを理解した。だから彼らは、自分たちの情報が残らないようにした」


「ぬばたま自身が、自分たちの情報を消したってこと?」


「可能性の一つだけどね。その手段は分からない。力ずくだったのか、それとも人間に紛れ込んで成し遂げたのか」


「……」


 春斗が言った、「人間に紛れ込んで」と言う言葉が、奈津子の胸に刻み込まれた。

 奈津子自身も考えていたことだった。しかしそれはある意味、一番想像したくないことでもあった。もしその仮説が正しいとしたら、自分の周りに彼らがいることになる。しかも自分は、そのことに気付いていない。そう思うだけで震えが止まらなかった。


「なっちゃんはぬばたまという存在に、解決の糸口があると思っている。なっちゃんの話を聞いて、僕もそんな気がする」


「でも、そう考えたら怖いね」


「そうだね、正直僕も怖い。それになっちゃんが言ってる視線も、僕は気になってるんだ」


「視線……そうだね、確かに怖い……」


「なっちゃんはその視線が、あの事故の日から始まったって言った。あの時僕も感じてる、そう言ったよね」


「うん」


「厳密に言えばなっちゃん、どのタイミングだったか分かる?」


「よく……覚えてないかも」


「だよね。僕もそうなんだ。あの時、キャンプ場で人が死んで」


「え? キャンプ場でって、何それ」


「なっちゃん、覚えてないの?」


「う、うん……ごめんなさい。あの時のこと、楽しかったこと以外、よく覚えてなくて」


「謝ることはないよ。僕もね、たまたま耳にしただけなんだから」


「そんな事故、あったんだね」


「キャンプ場で遊んでた時だよ。人だかりが出来ていたの、覚えてないかな」


「人だかり……言われてみれば、テントの周りに人が集まっていたような」


「僕らと同じ、家族旅行に来てた人みたいだよ。でもあの時、一緒に来ていた老夫婦が、急に具合が悪くなったらしくて」


「そうなんだ……」


 確かにあの時、周囲がざわついていたことは覚えている。テントの中から、必死に名前を叫んでいる声も聞こえていた。

 しかしあの時の自分は、春斗と遊ぶことで頭がいっぱいだった。正直言って、面倒ごとに関わりたくないと思い、早くそこから立ち去りたいと思っていた。


「あの時に中の人、亡くなったんだ」


「うん。父さんから聞いたんだけどね」


 奈津子は恥ずかしい思いになっていた。どれだけ楽しかったとは言え、周りを全く見れてなかったこと。そして人が亡くなる瞬間に立ち会っていたのに、そこから目を背け、早く立ち去ろうとしていたこと。折角の旅行に水を差さないでほしいと思っていたこと。そのどれもが、人の道から外れた、自分勝手な振る舞いだったと悔やんだ。





「まあ、それはともかくとして」


 重くなってきた空気を変えようと、春斗がわざと明るい声で話題を変えた。


「なっちゃんの話、僕も考えてみるよ。だからなっちゃん、あまり思い詰めないでほしい。

 それよりなっちゃん。こっちに来て笑顔が増えたんじゃないかな」


「え? そ、そうかな」


「うん。なっちゃんの顔を見た時にね、すぐ思ったんだ。何て言ったらいいのかな、なっちゃん、感情をあまり表に出さなかったのに、僕の前であんな表情を見せて」


「ちょ、ちょっと春斗くん、恥ずかしいからやめてよ。さっきのことは忘れてって」


「あははっ、そういう所だよ。僕はなっちゃんに、そうなってほしいって思ってたんだ。

 何て言ったらいいのかな。今までのなっちゃんは、おじさんの顔色を伺って、どう振る舞うのがベストかを考えて行動してた。今だから言うけど、僕はそんななっちゃんのこと、ずっと心配してた」


「春斗くん」


「でも今のなっちゃんは、別人のように生き生きとしてる。怒ったり恥ずかしがったり、笑ったり悲しむことにもブレーキがかかっていない。今のなっちゃん、本当に魅力的だと思う」


「み、魅力的って……春斗くん、どこでそんなお世辞覚えたのよ」


 そう言って、クッションを手に取り顔を埋める。


「あははっ、ごめんって」


「もう……馬鹿」


「友達も出来たみたいだし、本当によかったね」


「うん……」


「僕たちは親を亡くした。そのことだけを考えたら、これ以上にないくらい不幸だと思う」


「……そうだね」


「でも、僕たちの人生は続いていく。これからの方がきっと長い筈だ。辛いから忘れる、それはちょっと違う気もするし、それに父さんたちに悪いとも思う。でもね、僕たちがいつまでも、そうやってふさぎこんでいたら、おじさんやおばさんも悲しむと思う。そんなこと、望んでないと思う。病院でね、ずっとそんなことを考えてたんだ」


 穏やかな笑みを浮かべる春斗。

 しかしその瞳は力強かった。

 そんな春斗を頼もしく思い、奈津子の胸は熱くなった。




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