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その少女、闇に魅入られて  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 壊れていく日常
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040 死の意味

 


 家に戻った奈津子は、居間で宗一と向かい合っていた。


「こんな時にする話じゃないと思う。じゃが……今しないといかんような気がするんでの、すまんが少し付き合ってくれ」


 宗一のこんな表情を見るのは初めてだった。


 正直に言えば、一人になりたかった。

 頭の中は相変わらず混濁していて、何も考えることが出来ない。

 複雑に絡み合い、ほどけなくなった糸と、何もない大きな空洞。それが今の自分の心だった。


 今出来るのは、いつもと変わらない生活を続けることだけ。

 体に染みついた習慣なら、何も考えずにこなすことが出来る。

 そう思い、帰宅してすぐに部屋に戻り、教科書を開いた。


 そんな時に宗一に声を掛けられ、正直戸惑った。

 しかし拒めなかった。

 今拒んでしまったら、自分がまだ父の支配下にいるような気がしたからだ。

 私が今生きているのはこの場所なんだ。

 逃げたくない。拒みたくない。

 それがどれだけ困難なことであっても、もう後戻りしたくない。

 そう思った奈津子はうなずき、居間に向かったのだった。





「……ちゃんとお別れ出来たか」


 湯飲みに口をつけ、宗一が静かにそう言った。


「うん……本当はね、もっといっぱい話したかったんだけど……それは私の我儘(わがまま)だから、早く済ませないとって思って。でも……ちゃんとお別れ出来たよ」


「そうか、それならいい。じゃが……前にも言ったがの、お前はちょっと、年の割にそういう気を使い過ぎるところがある。たまにはな、もっと自分を出していいんじゃぞ」


「分かってる……分かってるよ、おじいちゃん。時間はかかるかも知れないけど、少しずつ、ね……変わっていけるよう努力するよ」


「……奈津子は……死というものを、どんな風に考えてる?」


「……」


「すまんな。さっきも言ったがこんな話、今することじゃないのは分かってる。じゃが、お前は聡明な子じゃ。わしが伝えたいこと、受け止めることが出来ると思っての」


「……ありがとう、気を使ってくれて。でも、大丈夫だよ。そう思ったからここに座ってる訳だし」


「お前はかしこくて、本当に強いな」


「そんなこと……私は弱いよ。だから今だって、おじいちゃんに甘えたいと思ってるんだし」


「それでいいんじゃ。それは弱さじゃない。そういうやつこそが、本当に強いんじゃよ」


「死について、だよね」


「ああ。お前ぐらいの年の子供は、そういうことをよく考えるものじゃ。命って何だろう、死ぬってどういうことなんだろう。自分もいつか死ぬんだろうかってな」


「……」


「わしも子供の頃、そういうことを考えてな、眠れんようになったことがある。まあ、考えた所でどうにもならんのだがな。結局のところは、死ぬまで分からんのじゃから」


「そう……だね……」


「命っつうもんは死んでからも続くのか。生まれ変わりは本当にあるのか、死んだら今の記憶はどうなるのか……そんなこと、死んでみないと分からんことじゃ」


「うん……」


「じゃがな、分からんにしても、そういうことを一度は考えるべきじゃとわしは思っとる。死を考えるということは、生きることを考えるのと同じじゃからな」


「そうだね……」


「奈津子はどうじゃ? 死をどんな風に考える?」


「私は……全ての人に平等に訪れるもの、それが死なんだと思う」


「なるほどな、確かにその通りじゃ」


「どんなにお金があっても、どれだけ力を持っている人にも死は訪れる。それだけは絶対で、誰も抗えない」


「そうじゃな。じゃから宗教なんてものが存在するんかもしれん」


「宗教?」


「どれだけ科学が進歩しても、どれだけ人間が進化しようとも、死からは逃れられん。神さんや仏さんがほんとにおるか、それは分からん。じゃが間違いなく、わしらより遥かに大きな、偉大な力は存在する。それは宗教という形でしか表現出来ないんじゃ。少なくとも、今のところはな」


「確かに……そうかもしれないね」


「亜希ちゃんが死んだ。それは事実じゃ。あの子には二度と会えないし、話も出来ん」


「うん……」


「それだけを見れば、あの子が死んだことに間違いはない。じゃが、わしはこう思っとるんじゃ。

 お前たちの中で、まだあの子は生きておると。そうじゃないか?」


「……」


「人がこの世から消えるのは、思い出す人間がいなくなった時なんじゃよ」


「おじいちゃん……」


「本当はこの話、丸岡の(せがれ)が死んだ時にしようと思ってた。じゃが……すまんな、きっかけを作ることが出来なくて、お前が一番辛い時にすることになってしまった」


「そんなことないよ。おじいちゃんが言ってること、すごく心に響いてるから」


「奈津子……」


「その通りだと思う。亜希ちゃんは死んでしまった。でも、この世界からいなくなった訳じゃない。私の中にも、玲子ちゃんの中にもいる。まだ亜希ちゃんはいなくなってなんかいない」


「やっぱりお前はかしこい子じゃて」


「まだ……ね……亜希ちゃんのことを考えたら辛いんだ。ほら、ちょっと思い出しただけで私、涙が……溢れてきて……

 でも……それでも勇気を出そうと思う。負けないようにしようと思う。私たちが亜希ちゃんのことを忘れたら、本当に亜希ちゃんが消えてしまう……そんなのは嫌だから。

 亜希ちゃんにいっぱい元気をもらった。何より亜希ちゃんは、私にとって初めての友達だった。だから……私は亜希ちゃんのこと、絶対に忘れない」


 そう言った奈津子を見て、宗一は目尻の皺を深く刻んで微笑んだ。


「なら……あの子はまだ死んじゃいない。お前が覚えている限り、あの子はいつまでも、お前の中で生き続けるさ」


「うん……ありがとう、おじいちゃん」




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