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その少女、闇に魅入られて  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第3章 悪夢の始まり
35/69

035 白昼夢

 


「振り上げた拳を下ろすことも出来ない。意固地になって暴走しているだけ。私は玲子ちゃんとの楽しい時間、こんな人に邪魔されたくないの」


「ふふっ」


 奈津子の語りに玲子が笑う。


「玲子ちゃん? 私の話、どこか笑う要素あったかな」


「ごめんなさい、でも、ふふっ……見てよ丸岡の顔、真っ赤になって。これって、怒ってるからかしら。それとも、図星を突かれて恥ずかしいからなのかしら」


「どっちだろうね、ふふっ」


「どんな罵詈雑言よりも効いたみたいね。これ以上言ったらこいつ、壊れちゃうかも」


 丸岡はますます顔を紅潮させ、体を震わせて奈津子を睨みつける。


「だから……丸岡くん、だったね。これ以上何をしても、私たちはあなたに構ったりしない。あなたも子供みたいなことしてないで、真面目に勉強した方がいいよ。あと一か月で期末試験なんだし」


「あはははははっ、奈津子ってば、もうやめてあげなさいって」


 ついに声を上げて笑い出した玲子に、丸岡は何度も(まばた)きしながら目を泳がせた。

 羞恥や怒り、様々な感情に飲み込まれ、今すぐこの場から逃げ出したくなっていた。




 その時。

 山の斜面を背にした丸岡の体が、影に覆われた。




「え……」


 何事かと見上げた丸岡の視界に、直径が1メートルはある岩が飛び込んできた。





 奈津子も玲子も岩を見上げる。


 まるで、スローモーションの映像を見ているようだった。


 巨大な岩が、ゆっくりと落ちて来る。


 何が起こってるのか理解出来ず、三人が岩を見つめる。


 そして。


 時間の流れが戻った。





 グシャッ!


 丸岡の頭を直撃した岩が、右腕をもぎ取って地面にたたきつけられた。

 首と右腕を失った丸岡の体が、奈津子の前でゆらりゆらりと揺れながらゆっくりと崩れる。

 粉々になった頭蓋骨の破片や脳漿、髪の毛が肉の残骸によって岩に絡みつく。


 主を失くした肉体から、血しぶきが上がる。





 呆然と立ちすくむ奈津子と玲子。

 そんな二人に何かを訴えるように、丸岡の体がビクッ、ビクッと痙攣した。


 小太郎の時を思い出す。あの時もこうやって、私たちは呆然とそれを見ていた。

 そう思った時、耳元で玲子の叫び声がした。


「うわああああああっ! 丸岡、丸岡あああああっ!」


 叫ぶと同時に丸岡の元に駆け寄り、残された左手を握り締める。


「丸岡、丸岡! しっかりしなさい、今すぐ救急車を!」


 何度もそう叫び、涙を流す。事故に気付いた生徒たちの悲鳴が聞こえる。

 慌てて駆けつけてきた担任の坂井も、その光景に呆然と立ちすくんだ。玲子の訴えにようやく我に返ると、携帯で救急車を呼ぶ。





 泣き叫ぶ玲子を見つめながら、奈津子は自分でも不思議なくらい冷静だと思っていた。


 体は正直だ。多分今、腰が抜けている。

 膝も震えているし、助けがなければ立つことも出来ないだろう。

 でも頭は……心はどうなんだろう。


 目の前で級友が、ただの肉塊になった。その衝撃はある。しかしその彼の手を握り、泣き叫んでいる玲子にはまるで共感出来なかった。

 その肉塊は今の今まで、自分たちに敵意をぶつけていたのだから。

 それなのに玲子は、まるで肉親のようにその死に混乱し、涙している。


 そんな玲子に対し、畏敬の念を持たずにはいられない。

 やはり彼女は高潔な精神の持ち主だ。どんな相手であれ、その死を哀しみ、悼むことが出来るんだ。


 私は……どうなんだろう。

 正直言って今、何の感情も浮かんでこない。

 哀しみも同情もない。

 頭にあるのは一つだけ。

 それを口にした時、自分は壊れてると思った。





「玲子ちゃん。死体に声をかけても無駄だよ」




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