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その少女、闇に魅入られて  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第3章 悪夢の始まり
31/69

031 約束

 


「順調だよ、勿論」


 わざと明るくそう言った。


「……」


「……春斗くん?」


「何かあるんだね、なっちゃん」


「ううん、何もないよ。友達だって出来たし、おじいちゃんもおばあちゃんも優しいし」


「なっちゃん。僕はなっちゃんと違って、人より優れたものを何も持っていない」


「何言ってるのよ春斗くん、そんなこと」


「ありがとう。でも本当のことなんだ。成績だって普通だし、運動だってからっきしだ。友達を作るのだって苦手だし、ずっとなっちゃんに面倒かけてきた」


「春斗くん……」


「でもね、そんな僕でも、なっちゃんのことだけは分かるつもりだよ。元気な顔をしてても、それが嘘か本当かぐらいは分かる。なっちゃんは、その……弱さを見せない人だから。

 今のなっちゃん、電話越しだけど、そんな感じがするんだ」


 春斗の言葉に奈津子は口を抑え、身を震わせた。


「何かあるんだったら言って欲しい。僕にとって、なっちゃんは特別なんだから」


 気を抜けば泣いてしまいそうだった。今すぐ来て欲しい、助けて欲しい。そんな思いが強烈に生まれてきた。


 しかし必死に抑え込む。


「……ほんと、大丈夫だから」


「ほんとに?」


「うん……確かにね、色々あるのは本当だよ。でも……大丈夫だから」


「一度そっちに行こうか?」


 その言葉に、奈津子は強烈に春斗を欲している自分を感じた。


「ふふっ、駄目だってば。こっちに来るってことは、泊りがけってことでしょ? 体育祭が終わったら文化祭、その後は期末試験。学校、休めないじゃない」


「そう、だね……でも……そうだ、来月三連休があるよね。その時に」


「三連休……」


 奈津子が壁に掛けてあるカレンダーを見る。

 11月の23日から25日まで、確かに三連休だ。


「どうかな?」


「でも春斗くん、その後期末試験だよ。大丈夫なの?」


「ははっ、まあそれなりにね。それこそそっちに行った時に、またなっちゃんに教えてもらうよ」


「ふふっ、しょうがないなあ、春斗くんは。いいよ、文化祭も終わってるし、特に用事もないと思うし」


「じゃあ決まり。おじさんたちにも言っておくよ」


「私も言っておくね」


「まだ一か月あるけど、それまで大丈夫?」


「大丈夫。春斗くんが来る、そう思ったら頑張れるから」


「それならよかった。なっちゃん、頑張ってね」


「春斗くんも明日のリレー、頑張ってね」


「勿論。何着になったか、また報告するよ」


「楽しみに待ってる」


「ははっ、なっちゃんを元気づけたいと思ってたのに、いつの間にか僕が励まされてるよ。やっぱりなっちゃんはすごいね」


「そんなこと……電話、嬉しかったよ」


「またしてもいいかな」


「勿論。待ってる」


「うん。それじゃあまた」


「うん……またね、春斗くん」


 電話を切って鏡を見ると、口元が緩んでいた。

 もうすぐ会える。そう思うと、高揚感でいっぱいになった。





 子供の頃、よく父の明弘が言っていた。

 春斗くんはお前に依存してると。

 このままだと彼の成長の妨げになってしまう。彼とは少し距離を取った方がいい。それが彼の為だと。

 そう言われ、表面上では距離を取っているよう装った。しかし従う気はなかった。

 父の言っていることが間違っていたからだ。


 依存してるのは私の方なんですよ、お父さん。


 そう思い、春斗との絆を大切に育ててきた。

 今改めて思う。

 どれだけ離れていても、自分には春斗が必要だと。

 この大変な状況で、もし救いがあるとしたら。

 それは宗一でも玲子でもない、きっと春斗なんだ。

 彼と話しただけで、自分はこんなにも前向きな気持ちになっている。

 春斗の存在に感謝し、カレンダーに赤丸を付けて微笑んだ。





「……」


 ノートへと視線を移す。

 そこには今の高揚感を踏みにじる、冷徹な現実が記されていた。


「マダマダ コレカラダ」


 この筆跡、あの時の物と同じだ。

 またしても犯人はこの場所にいた。

 あの時机に飛び乗った小太郎を見て、犯人だと疑いもしなかった。

 しかし今考えてみると、おかしなことがあった。

 あの朝、小太郎は怯えていた。

 あの時は、まだ慣れていないからだと思っていた。しかしそうではなかった。


 あの夜、何者かが部屋に侵入し、寝ている自分に気付かれることなくノートを切り裂き、メッセージを残したのだ。

 そう思うと身震いがした。

 そして同時に、後悔の念が沸き上がってきた。


 奈津子は部屋を出ると、サンダルを履いて小太郎の墓の前に立った。


「……」


 その場にゆっくり膝をつく。


「ごめんね、勝手に犯人にしちゃって……」


 そう言って手を合わせた。


「でも……小太郎、あなたは犯人を見たのよね……ねえ小太郎。あの日私の部屋に、誰がいたの?」




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