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その少女、闇に魅入られて  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第2章 忍び寄る闇
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021 穏やかな日常

 


 奈津子の背筋に冷たい何かが走る。


「どうして……」


 宗一の語った「宮崎家の(ごう)」が蘇る。

 何者かの残した、あのメッセージが蘇る。

 立ちすくむ奈津子は、両手で口を抑え身を震わせた。


 その時。

 足元にいた小太郎が、勢いよくジャンプして椅子に、そして机の上に飛び乗った。


「え?」


 ハッハと息を荒げ、無垢な瞳を奈津子に向ける。その姿に奈津子は固まった。


「……まさかとは思うけど」


 そう言うと、奈津子は脱力して椅子に座り、肩を震わせた。


「……小太郎……私に何か言うことはない?」


 奈津子がそうつぶやくと、小太郎が嬉しそうに奈津子の頬を舐める。


「ふふっ……何してくれるのよ、この困ったちゃんは」


 そう言った奈津子は、小太郎を力強く抱き締めた。


「あんなに頑張って書いたのに。あなたも昨日見てたじゃない」


 犯人が小太郎だと分かると、奈津子は怒る気にもならなかった。一瞬脳裏に浮かんだ可能性が、こんな形でひっくり返されたことがおかしくて仕方なかった。


「このいたずらっ子め。こうしてやる、こうしてやる」


 そう言って小太郎の腹に顔を押し付け、何度も何度もキスをする。小太郎は嬉しそうに息を荒げ、尻尾を振っていた。





 学校に着いた奈津子は、玲子と亜希に小太郎のことを話した。


「子犬かぁー、いいなあ。私も欲しいよ」


「犬種は?」


「ヨークシャだよ」


「そうなんだ。奈津子、本当に嬉しそうね」


「そう?」


「ええ。こんな興奮してる奈津子、初めてだもの」


「そ、そうかな……」


「うんうん、そう言われて恥じらう姫も、これまた可愛いよ」


「亜希ちゃんってば、からかわないでよ」


「あはははっ。今度私たちにも見せてよね」


「うん、いつでも遊びに来て。人懐っこい子だから、すぐ仲良くなれると思うよ」


「あははっ、姫ってば、やっぱ興奮しすぎ」


「もう、いいじゃない。嬉しいのは本当なんだから」


「ふふっ。それで? シナリオは進んだ?」


「あ……そのことなんだけどね、玲子ちゃん」


「ああ、別にいいのよ。急かしてる訳じゃないから」


「そうそう。この調子だと姫、昨日は何も手につかなかっただろうし。小太郎くんとずっと遊んでたんだよね。いいよ、二人の恋路の邪魔はしないから」


「なんでそうなるのよ、そんなんじゃないから。あのね、昨日いい所まで書き上げたんだけど、朝起きたらノートが破られてて」


「え! 何それ、まさか泥棒とか」


「ううん、違うの。多分だけど、小太郎がやったみたいで」


「なーんだ、そういうことね」


「そうなの。だからごめんなさい、今日帰ったらまた書くから」


「いいわよ、そんなに慌てなくても。練習まで、まだ時間あるんだし」


「ううん、私が書き上げないと、何も進められないから。それに大丈夫、一度書いたんだから、すぐ書ける筈だし」


「やっぱ姫って、頭いいんだね」


「亜希だったら、昨日と全然違うストーリーになるだろうけど」


「玲子ってば、ひーどーいー」


「それにしても奈津子、手書きなんだね」


「私、キーボードで原稿書くのが苦手で。こういう時はいつも、ノートに書いてからまとめて打ち込むの。二度手間だけど、そっちの方が早いから」


「奈津子、打ち込み早いものね」


「多分だけど、あさってには形になると思うよ」


「そう? じゃあ頑張ってね。それと、ペットを飼うってなると、そういうことも想定しないといけないのかもね。ちゃんと手の届かないところに置いておかないと」


「でもでもー、そういうのも含めて可愛いんだよねー」


「確かにね、ふふっ」


「二人共、絶対気にいると思うよ。本当に可愛いから」


 そう言って席に座った奈津子は、引き出しに何かが入ってることに気付いた。


「何かな」


「どうしたの、姫」


「引き出しに何か入ってるの。何も入れてなかった筈なんだけど」


「なになに? それってまさか、ラブなレターとか」


「からかわないでよ。そんなんじゃなくて……え、箱?」


 中に入っていた物。それは少し大きめのマッチ箱だった。


「マッチ箱のラブレターとは、随分変わった告白ね」


「何か入ってる? 何なら私が」


「いいよ、玲子ちゃん。ありがとう」


 嫌な感覚だった。本当なら確認せず、そのままゴミ箱に捨てたい気分だった。

 でもそうすれば、きっと玲子が確認するだろう。それは嫌だった。

 何なのか分からない。でもこれが自分の引き出しにあった以上、自分が確認するべきだ。そう思い、奈津子がゆっくりと箱を開けた。


「え……」





 中に入っていた物。

 それはぎっしりと詰められた、昆虫の首だった。




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