015 物の怪
「人間と物の怪の……」
「酒呑童子やら九尾の狐やら、聞いたことぐらいはあるんじゃないかの?」
「聞いたことはあるけど……」
「京の都ではな、物の怪や妖の類によって、毎夜毎夜人間が襲われていたんじゃ。そういう文献は多く残っておる」
「確かにその時代、妖怪の話とか多かったと思う」
「じゃがそれ以降、妖や物の怪の話は途絶えてしまった。どうしてか分かるか?」
宗一の言葉に奈津子は思った。確かにそれ以降、そういった話はあまり語られていない。室町時代や江戸時代に、妖怪や怪談話をまとめた文献は残っているけど、どちらかと言えば当時の娯楽に近い感じがした。
「人間が勝ったんじゃよ。物の怪との戦いに」
「勝った……人間が……」
「聞いたことぐらいはあるじゃろ。陰陽師」
「うん。それは聞いたことある」
「天子様の呼びかけに応じてな、日本全国から高名な陰陽師たちが都に集まったんじゃ。物の怪との大戦の為にな。
まあ、そんなことを大真面目に話したら、こいつ馬鹿かって笑われるがな。じゃが、これは本当にあったことなんじゃ。そしてその戦いに勝ち、物の怪たちは滅びた。本当の意味で、この国がわしらの物になったんじゃ」
「……」
「その戦いにな、わしらのご先祖様も参加してたんじゃよ」
「え? 本当に?」
「らしいぞ。じいさんから聞いた話じゃ、間違ってたらじいさんに文句言ってくれ。うはははははははっ」
こうして笑いを挟むので、どこまで本当の話なんだろうと奈津子は困惑した。
しかし物の怪の話をしている宗一を見ていると、とても作り話をしているようには思えなかった。なぜだか分からないが、否定する気にならなかった。
「その大戦の後、物の怪たちが勢力を戻さないように、陰陽師の進言で全国に神社が建てられた。封印する為の結界を張った、そう言った方が分かりやすいかの」
「と言うことは、妖怪たちは生き残ったの?」
「おうさ。何しろ凄い数じゃからな。討ち漏らしもあったろうて。ただその戦に負けたことで、やつらは壊滅的な被害を負った。人間にちょっかいを出す余力も残ってなかった。それよりもそれぞれの種族を生き残らせる、そのことに力を入れた筈じゃ。
で、こうして日ノ本に泡沫の平和が訪れた」
「すごい話だね。それに私のご先祖様が、その戦いに参加してただなんて」
「じゃが」
そう言って、宗一が目尻の皺を深くした。
「そのおかげでな、わしらは物の怪から恨まれる存在になったんじゃよ」
「え……」
「そりゃそうじゃろう。物の怪たちにしても、親もいれば子供もおる。それがわしらの手によって根絶やしにされたんじゃ。
生き残り逃げ延びたやつらは、きっと思った筈じゃ。『やつらを絶対に許さない。いつか復讐してやる』と」
「確かに……そうなる、かな……」
「で、だ。長い話になったが、お前の相談に戻るんじゃ」
そう言われて、奈津子は顔を強張らせた。
「すまんな、怖がらせるつもりはなかった。じゃがな、わしら宮崎家の業は、いつかは話しておかないといけないことなんじゃ」
「お母さんにもこの話、したの?」
「ああ、嫁に出す時にな。じゃが、明弘くんはこういう類の話が嫌いなようじゃった。二度とそんな馬鹿げた話はするな、そう言って叱られたそうじゃ」
「お父さんなら……そうだと思う」
「奈津子、お前が言った視線の話じゃが」
「……」
「物の怪の類かもしれん。わしはそう思った」
宗一の言葉に、奈津子が肩をビクリとさせた。
恐る恐る宗一を見る。
いつもの陽気な宗一でなく、心から孫の安全を願う祖父の顔だった。
「お前が言っていた、ノートの殴り書き。こんな田舎だ、わしらがおらん時に忍び込むことも出来るじゃろう。
じゃがな、そもそも理由が分からん。そんなことをして、そいつに何の得がある。
書いてあった言葉も気になる。『オマエヲズット、ミテイルゾ』、じゃったな。見てるからなんじゃ? それをお前に伝えて、どうしようと言うんじゃ?
お前に危害を加えたいのなら、そんなややこしいことをせずとも、どうとでも出来る筈じゃ。学校の帰り道、お前は一人であの道を歩いている。そこで襲えばいいだけのことじゃ。
じゃがこいつは、あえてお前に、自分の存在を知らしめようと動いた。お前を怖がらせようとしているとしか思えないんじゃ」
「私も考えたんだけど、同じ結論にしかならなかったの」
「高校生の小娘相手に、こんな面倒くさいことをする人間がおるとはとても思えん。そいつはな、お前が恐怖することに愉しみを覚えているんじゃ」




