トイレのタマさん
都会に出てきて初めての冬。
私は一人で過ごすには十分な広さがありトイレとお風呂が別のワンルームで猫のタマと暮らしている。
テレワークとなった仕事も今日は終わり景色を見る為に窓の外を覗くと雪が降り始めていた。
「うわっ! さむぅ!」
そう独り言を溢すと仕事中に構ってあげられなかったタマが鳴き声を出して近づいてくる。
先端の紐すら無くなったお気に入りの猫じゃらしを取り出しタマの目線を誘導しようとしたがタマの足取りは止まらない。
やがて飼い主である私の足元まで近づいてきたタマは大きな目をこちらに向けて構えと催促を始めた。
私はタマを抱き上げて先程まで座っていた座椅子に戻る。
そこからは撫でるのを止める度に催促される時間がしばらく続いた。
――仕事で疲れていた私は気がつくとタマという天然湯たんぽを抱えてうたた寝をしていた。
タマは既に私の元から離れて見当たらない。
「タマ? どこ行ったの?」
呼びかけるが返事は無く気配もない。
恐らくヒーターをつけたタマ専用コタツの中で寝て居るのだろう。
部屋は閉め切っているのだからお腹を空かせたタマがそのうち顔を出すのだろうとタマを呼ぶのを止めた。
――私は暖かいココアを飲みながら動画を見ていたのだが生理現象に苛まれる。
座椅子に向けたヒーターの前から去り冷えたトイレに行く決心が暫く出来なかったのだ。
決心がつかないまま座椅子に座っているとひとりでにトイレの扉がギィと嫌な音を立てながら閉まって行く。
「タマ?! トイレはダメ!」
タマが入らないようにいつも閉めている筈のトイレの扉が閉まる音に動転した私は寒さを忘れて慌ててトイレに走る。
しかし私がトイレの扉を開けようとする直前にガチャリと鍵が閉まる音がした。
「タマ?!」
状況が信じられなかった私はトイレの扉の取手を動かそうと試みたが動かない。
タマに何かあっては遅い。
私はトイレの扉を壊す覚悟でこじ開けようと壁に足を着けて踏ん張るがびくともしない。
困り果てた私はトイレの扉を開ける方法を急いでネットで調べる。
「これだ! タマ?! イタズラしちゃだめよ?!」
私は財布から小銭を取り出しトイレの扉の鍵の部分に差し込み回す。
力技で開かなかったトイレの扉の鍵はいとも容易く開いてくれた。
「タマ観念しろよ?」
私はニヤニヤしながら取手に手をかける。
すると足元に覚えのある毛玉の感覚とタマの鳴き声が聞こえてくる。
まだ扉を開けてはいない。
足元にはお腹を空かせてコタツから出てきた暖かいタマがいた。
「えっ?」
タマは頭を私の足に擦り付け甘えてくる。
血の気が引いた私は恐る恐るトイレの扉を開けたが何も生き物は存在していなかった。
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