左から順繰りに回っていくか?
深夜の森の中、ネスを先頭に俺、リフレと続いて歩く。それにしてもこのネス、相当鍛えているようだ。鬱蒼とした森の中なのにそれを感じさせない身のこなし。気配の消し方も中々のもので、自慢ではないが、うちの道場でもこれだけ出来るのはどれほどいるか、といった感じだ。それだけでもこの女、相当やる。
そんな事を考えながら数分歩いていると、不意に水の気が増えた。なるほど水場か。その気配は予想通りで、水場を囲むように複数の天幕が張ってあった。まぁこのゲーム世界でも生きるためには水場は必要だからな。
天幕でも大きいのは3つ。その周辺に小さいのがちょこちょこ、といった様相だ。左右と中央。恐らく中央が本命か。こういう所で中央を陣取らないお山の大将は居ないだろう。さて、どうするか。
「左から順繰りに回っていくか?」
「向こうも警戒しているわ。見張りが立っている」
なるほど天幕の周辺には見張りが少数ずつ配置されている。左右に一名、中央に三名。
「逃した奴はどれくらいだ?」
「五名くらいかしら。それ以外は仕留めたわ」
「なるほど。その五名が駆け込んでるのが中央の天幕か」
さてどうするか。この場合何を考慮すればいい。向こうが出てくるまで待つか?いやいやそんなにのんびりしてもいられんだろう。
「まずは要救助者の確保。次にお山の大将の討伐だ。大将に関してはまぁ、俺に任せてくれればいいが」
「貴方が?リフレさんの方がいいんじゃないの?」
俺の言葉に驚きを見せるネスの言葉に、リフレがくすりと笑う。
「ソウさんは私より強いですよ。ゲーム歴は私の方が長いですけれど」
「そう……。じゃあこうしましょう。私とソウで中央の天幕、リフレさんが要救助者の確保。それで、要救助者はどちらだと思う?」
「左と中央。右は奪った物資の保管場所だ。深い轍の跡がある」
右の天幕には轍の跡がある。それも深い。大きな荷物を拵えた馬車でも運んだんだろう跡だ。そして天幕の周辺には、馬が数頭木に括り付けられている。運び出せるようにか、あるいは馬ごと売る為か。
「じゃあ、左回りね。それでいい?」
「私はそれでいいですよ。ソウさんは?」
「異論は無いが、一つ。喋る口はいくらか残しておいた方がいいと思う」
「それもそうね。住人はなるべく殺さない方向でいきましょう」
ネスの言葉に頷いて、息を潜める。三人で呼吸が合うのを感じてから、カウントを取った。
「3、2、1――ッ!!」
瞬間、三人で茂みから飛び出し、天幕側へと駆ける。事前の予定通り左回りに水場を回ると、まず左天幕の見張りが俺達に気付いた。
「しゅ、しゅう――」
声をあげた所でネスが前を駆けてそのまま短剣で喉を引き裂き、俺が殴り吹き飛ばす。
「確保!」
「分かりました!」
リフレをその場に置いて俺とネスは中央の天幕へと駆ける。途中遭遇した敵もネスが斬り、俺が殴る事で息の根を止め、勢いを殺さぬまま中央の天幕へと一息に突入した。
内部には合わせて五人。一番手前に居た奴の首にネスが短剣を突き刺し、その隣に居る敵を俺が掌打で胸を打ち据える。運が悪ければ死ぬかもしれんが、程々に加減したつもりだ。
それよりも奥に居る三人。マントを羽織った妙に顔の良い男と、小柄な双剣を構える男。そして一番奥に居るのは、弓を背負った耳長の男だった。
彼らの奥には一人の薄着の女性が見える。なるほど、こいつらは加減をしなくても良さそうだ。
「マントッ!」
「小人ね!」
お互い声をかけ標的へと向かう。マントの男が懐から紙を出して何事か唱えると、それが雷撃となって向かってきた。これが魔法かと実感すると同時にその場をジャンプし雷撃を避ける。
次の付呪で飛んできた石の礫を、瞬間身に纏った魔力制御で振り払った。それに驚愕の目を向けるマントの男に構わず魔力を纏ったまま着地し、体勢を低くしたまま足払い。
「ばっ、バカな」
「魔法が魔力で掻き消えぬ、道理が無い!」
倒れてくる男の顔面に身体を持ち上げながら渾身の拳をぶち当てて、宙へと吹き飛ばした。ビターン!と盛大な音を立てて地面へと着地した男はそのまま光の粒となって消え、その場には色々なものが撒き散らされた。
振り返り見るとネスが小人の喉を掻き斬った所であった。さて残り一匹かと思った所で、耳長の男が声を張り上げる。
「う、動くなっ!!」
そこには無理矢理引っ張り起こしたのだろう女性を抱え、首筋に短剣を当てる耳長がいた。その姿に思わず眉を顰めると、ネスも同様に眉を顰めていた。この期に及んで人質とは。
「お前、それ、上手くいくと思っているのか」
「下策も下策よね」
「う、うるさい!!なんなんだお前ら!!折角上手くいってたのに!!」
その言葉に思わずはぁ、と同時に溜息をつく。どこが上手くいっていたんだ。
「住人の話題になっていた時点で上手くいってないだろ」
「野営地を狙うなんてあからさまな手口なんだから。いずれ山狩りされてお陀仏が関の山よ」
「うるさいうるさい!僕のロールプレイを否定するな!!」
こいつはあれだな、対処無しって奴だ。精神的にお子様なんだろう。ロールプレイとか言っちゃってるし。
「それで?人質取られた俺達はどうすればいいわけ?三回回ってワンとでも言えばいいのか?」
「そ、そうだ!僕を見逃せ!!そうすれば、このNPCは開放してやる!!」
はぁ、こいつは。俺がネスに視線を送ると、ネスはコクリと一つ頷く。俺は腹の底に力を入れると、その力を発砲した。
「喝っ!!」
武道の基本、気当たり。怪鳥のように鳴く事もあれば、このように指向性を保たせて当てる事も出来る。『お前を殺す』という意志を持ったその発破に耳長はビクリと大きく身体を揺らす。
その一瞬さえあれば十分だった。ネスがその一瞬で短剣を持った腕を斬り飛ばし、耳長が短剣を取り落とす。そうして作られた隙に、俺が貫手を耳長へと突き込んだ。
抱えられた女性はそのままネスが抱き抱え、貫手を抜くと首からゴポゴポと血が溢れ出す。なるほど、急所突きでも一瞬での死亡はしないのか。膝をガクンと落とした耳長に、一声かける。
「それじゃあ、成仏しろよ」
それと同時に、頭を蹴り砕いた。そうする事で耳長は光の粒となり、この場から消え去る。そして、こんもりと山のように残されたのは、色々な物資だった。
先程のマントを倒した場所にもこんもりと物資が落ちているが、これは一体何だろうか。
「なぁネス。この物資の山は一体なんだ?」
「PKはね、討伐されるとインベントリの全ての物資とお金、装備品を全部落とすのよ。その物資の山がこれよ」
「ほー、そうなのか。とりあえず全部回収すればいいんだな」
「そうね、お願い。こっちの小人のもあるから」
言われた通りマントと耳長、小人の物資を回収する。しかしこいつらえらい金溜め込んでたな。物資も相当な量だ。
ネスは抱えた女性に何事か聞きながら身体を支えていた。そうしてお姫様抱っこをして女性を抱え上げる。
「……どうした?」
「腱を切られているのよ」
思わず舌打ちをする。あいつら、そういう無駄な知識だけはあったんだな。しかし小柄なネスが自分より身長の高い女性を抱えあげているのも中々違和感を覚えながら、そういえば、と思い出す。
この天幕に侵入した時の一人を探し、隅っこで胸を押さえて蹲っている男を見つける。そいつの首根っこを摘み上げ、顎を押して開かせて腰につけたポーチから瓶を取り出しその中身を流し込む。買っておいたヒーリングポーションだ。それで幾分マシになったのだろう男をそのまま摘み上げて肩に担ぐ。
「そいつは?」
「喋る口だ」
それに納得したネスと共に天幕を出ると、こちらに気付いたリフレが手を挙げた。しかしなんだか、その姿は返り血で幾分赤い。そのまま近づいて天幕の中身の事を聞いた。
「要救助者は?」
「6人です。一人不埒者が中に居たので、死なない程度に痛めつけてあります。……救助者の全員が、アキレス腱を切られているんですけど」
その言葉に思わずネスと二人ではぁ、と溜息をついてしまう。無駄な知恵を働かせやがって。
「ヒーリングポーションじゃ駄目、なんだろうな」
「こういうのはね。神殿に行って神聖魔法で回復させないと。欠損扱いなのよ」
「とりあえず俺はこのまま右の天幕を見に行く。こっちは女性に任せるわ」
「お願いします」
そうして右の天幕を覗くと、中に馬のついていない帆馬車が二台、置いてあった。あいつら馬車ごと仕舞ってたのかよ。だがこれは丁度いい。
天幕の外にはまだ馬が数頭、木に縛られている。これで野盗の生き残りと要救助者、両方とも分けて運べるな。あぁセーフティエリアに戻ってテントと毛布も回収しないと。なんだか終わってもやる事多いなぁ。