あの……私、火をつける魔法とか使えるんですけれど
野営の設置は早々に完了した。リフレがテントを張っている間にレンガを積んでかまどを設置し、その横に丸くレンガを設置して焚き木を置く。それで準備万端だ。
テントを張り終わったリフレが若干唖然とした表情をしていたが、この程度の事造作も無い。野営経験値舐めるなという奴だ。かまどの上に網を置いて、その上に鉄鍋を置けばスープ用の鍋ができる。
後はインベントリから干し肉と干し茸、野菜を取り出して食べやすい大きさにざく切りにする。樽で買った水を柄杓で鍋に入れ、かまどに火打ち石と火打金で藁に火をつけて種火にし、薪に引火すればあとはじっくり、スープができるのを待つだけだ。
「あの……私、火をつける魔法とか使えるんですけれど」
「んなもんいらんだろ。お前も覚えるか?火打ち石での火の付け方」
「ソウさんにかかると、ファンタジーがサバイバルになりますね……」
若干呆れた声で言うリフレの言葉に苦笑を浮かべつつ、じっくり鍋が煮えるのを待つ。周囲はすっかり夜の帳が落ちており、いくつかの団体が各々焚き火を炊いていた。
住人なのかプレイヤーなのか、傍目にはわからない集団がそれぞれに火を囲んでいる。俺とリフレはその中でも最少人数のようだ。
いや、一人。一人だけの奴がいた。目深にフードを被ったその一人は、セーフティエリアの端で干し肉を食んでいる。気ままな一人旅というやつだろうか。
そんな事を考えているとそろそろ鍋が煮え、いい匂いがしてくるようになった。
「スープできたぞ。木の椀と匙をくれ」
「はーい」
手渡された2つのお椀に鍋からスープを入れる。うん、いい匂いだ。それをリフレに手渡してから自分用にもスープを入れる。手渡されたスプーンでスープを一口。茸の出汁と干し肉の塩気が中々いい塩梅だな。インベントリからパンを取り出して、二人で手を合わせる。
『いただきます』
具だくさんスープを飲み、パンを食べる。二次発酵されたパンは中々柔らかく、こういう時インベントリがあって良かったと思える。普通にバッグか何かに入れていると固くなっている所だ。
リフレもうーんと言いながらスープの具を楽しみつつ、パンを食べている。
「ソウさん、美味しいです!こんな具沢山スープが野営で味わえるなんて!」
「なんだお前、ガントとシュンとの野営はどんな風にしていたんだ」
「その、干し肉とパンで。あとは水かエールを。それから、屋台のご飯とかをインベントリに入れておいて保存とか」
「質素だなぁ。野営をもっと楽しめよ」
そんな事を言いながら飯を食べ進めていると、俺達の来た道とは逆方向から二台の馬車がセーフティエリアへと入ってきた。
その前方の馬車の荷台からは金属鎧を来た複数人の人物が降りてきて、周囲の警戒と野営の準備を始める。後ろの馬車からも同様の装備の人物が降りてきた。見るからには傭兵団、といった風体だ。
そんな集団が来た事に周囲で固まっていた住人達が密かにざわめき、様子を窺っている。そんな目を気にする事無く野営の設営を監視していた風格のある人物と、ふと目があった。相手もこちらに気付いて手を上げたので、頭を下げる。すると俺達の側へと気安く近づいてきた。
「どうも、邪魔してるよ」
「どうも」
にこやかに声をかけてくる彼に応えると、一層笑みを深める。
「俺達は傭兵団『グランドール』だ。団長のジェニスという。君の名は?」
「来訪者のソウだ。こっちはリフレ」
俺の紹介にリフレが頭を下げると、ジェニスがヒュー、と口笛を吹いた。
「来訪者のリフレ、聞いた事があるよ。トゥリエスの街で大型魔獣の討伐に貢献したって。なんでここに?」
「別に、来訪者ですから」
「それもそうだね。失礼した」
ツンとした表情と口調で言うリフレに嫌な顔せずに答えるジェニス。なるほど、中々の人物ではあるか。ていうかリフレ、なんでそんなツンツンしてるんだ。
「それで、用件は?」
「いや、単にご挨拶をね。まぁそれとは別に、一つ」
そう言うとジェニスは俺の耳に囁くように言った。
「最近ここらへんで野盗の被害がある。俺達はその為の護衛さ」
「なるほど、情報感謝する」
「ま、いざという時はよろしく頼むよ」
俺からそっと離れてジェニスは自分達の陣地へと戻っていく。なるほど、野盗の被害ね。商人の馬車がこんな時間にセーフティエリアに来たのも、可能な限りの野盗避けか。しかしなぁ。
「場所は割れてるんだから、ここだけ見てればいいんだよなぁ」
「そうですね」
俺の呟きに、リフレが頷く。まぁこの距離じゃ聞こえていただろう。
「リフレ、今夜は覚悟しておけよ」
「間違いないですもんね。槍は出しておきます」
スープとパンを食べ終わりながら、俺達は夜の準備をした。かまどに使ったレンガをインベントリにしまい、焚き火の前で毛布に包まる。この世界の夜の気温は意外と温かいが、それでも毛布無しには冷える、といった具合だった。
パチパチと燃える焚き火の前で俺とリフレはその時に備える。横目に傭兵団の姿を見ながら。彼らも見張りを置いて、適度に休憩をしつつ警戒をしているようだ。
そうして夜が深くなり、深夜になろうかという時に、それは来た。
「リフレ、暗視の魔法とかってあるのか?」
「呪法魔法ならできますけど……来ました?」
「あぁ。概算20だな。結構な団体さんだ」
俺の言葉に槍をすぐ持とうとするリフレを視線だけで抑える。相手はまだこちらが気付いている事に気付いていない。それに、傭兵団の見張りも気付いていない。
さて、相手は何をしてくるかを考えると、一手目はまず。
「馬に射掛ける。一つは迎撃するから迎撃と同時に動く。ついて来い」
「……師範代がいると野盗も肩無しですね」
地面から小石を拾って待機。暫くすると、小さな風切り音と共にそれが来た。狙いは傭兵団の馬車の馬。それに向かって石を投げる。
パンッという炸裂音と共に、石は見事一矢を撃ち落とした。それと同時に俺とリフレが毛布を脱ぎ捨てて駆け出す。
俺達の位置からは左側に展開していた野盗は一瞬動揺したような気配を見せ、それに対応しようと動き出した。しかし、遅い。
「右に三!いけるか!?」
「任せて下さい!」
その言葉を信じて、対応しようとしていた野盗に突っかける。正面の長剣を手に持った奴をまず顔面を殴って沈め、足を止めず隣の奴に後ろ回し蹴り。頭が下がった所を踵落とし。次に迫り剣を振り上げた奴の懐に潜り顎を掌打でかち上げる。逃げ腰になっている男には前蹴りをお見舞いした。顔に迫ってきた矢を手の甲で撃ち落とし、その弓兵の顔面に肘を叩きつける。これで五。
「こ、このや――」
「遅い」
喚く野盗の胸に掌打を当てて吹き飛ばす。鎧も装備していなかったので骨がいかれただろう。さて、順繰りに片付けてやろうかと一歩踏み出したら、他の野盗達は我先にと踵を返して森の中へと逃げていった。
あれ、こういう時ってもっと必死に突っ込んでくるものじゃないのか。まぁいいかと思いながらリフレの方に振り返ると、丁度三人目を仕留めた所だった。ミスリルの槍で胸を一突き、止めに石突きで頭を潰す。うん、良くできてるじゃないか。
「終わりました」
「うむ、それじゃ追いかけて――」
掃討するか、と言いかけて気配に気付く。こちらから遠ざかっていた気配が一つ消える。その付近の気配もまた一つ。ふむ、これは、他にも居るな。まぁいいか。
「よし、行くぞ」
「掃討ですか?」
「勿論だ」
俺の言葉にリフレが一つ、溜息を吐いた。とりあえず一番近い所まで行こう。森の中を小走りで走りながら気配を探す。意外と遠くまで行っているな、と思ったら、その気配が消えた。
やれやれ、もう少し待っていてくれても良かったんじゃないかね。その場まで向かうと、逃げていた野盗の死体があった。背中から一刺し、中々の腕だ。少し気配の幅を広げると、違和感を覚える。
とりあえずその違和感の位置まで向かうと、木の上に薄っすらとした気配があった。こいつは、確か。兎も角、俺達が接近している事を告げるように態とガサリ、と音を立てるとそいつはこちらへと視線を向けた。
「よう、どうなっている」
「…………」
無視か。ちょっと予想はしていたが。まぁ構わん。俺はとりあえず、この先の異常事態を告げた。
「この先の気配が読めん。何か分からないか?」
「……恐らく、身隠しの呪法。相手に高位のプレイヤーがいる可能性があるわ」
その声にリフレが驚いたような表情をする。相手が女性だと思わなかったのだろう。その女性は木から飛び降りると、俺達の前に姿を晒した。
大体140cm前後。相当小柄な人物だ。手には一振りの短剣を持っている。既に血脂を拭ったのだろうその短剣は、なるほど使い込まれたようだ。兎も角、現状の打開策として、俺は彼女へと提案する。
「その呪法、感知系も備えているのか?例えば範囲に認証者以外が入ると分かるとか」
「そこまで複雑な呪法じゃないと思う。周囲から気配を消すだけのものね」
「ふむ、ならばこちらも、相応に気配を消しながら入っていけば問題ないか」
「……突入する気?」
「あんた一人じゃ無理だろ、流石に」
こいつは多分、中に入ろうとしていた。流石にそれは無理だろう。だがこの三人ならば。
「俺達三人ならば、大丈夫だろう。あんたの事は分からんが、相応のもんだと思ってる」
「そう。私も貴方の事は知らないけれど。リフレさんは知っているわ、一方的にだけれど」
「だろうな」
彼女の言葉に肩を竦める。俺はともかく、リフレは有名らしいからな。
「ソウだ、よろしく。あんたの名は?」
「ネスティフよ。ネスでいいわ。よろしく、ソウ、リフレさん」
さてさてこの先には、何が待っているのかな、と。




