本当に早いな。ありがとうシャマール
それから『電脳遊戯倶楽部』には何事もなく、無事に夜を迎えた。馬鹿の襲来は動画公開直後以降は無く、平穏無事だ。これで心配のタネは一つ減ったな。そこへ応接室のドアがノックされ、シャマールがやってきた。
「お疲れ様です。ネスちゃんとソウさんの鎧の修復終わりましたよ」
「本当に早いな。ありがとうシャマール」
「いえいえ」
そうして俺とネスに鎧が手渡される。ネスの鎧は元通りだし、俺の鎧の傷も無くなっている。うん、仕事は完璧だ。
「それで、明日からはヒュドラの皮を研究してから皆さんの鎧に応用できないか試しますね。ネスちゃんとソウさんの鎧に関しては大幅な強化が見込めると思います」
「それはありがたいわね」
シャマールの答えにネスが嬉しそうに言う。ネスの鎧は現状でも革鎧にしては結構丈夫なサンドワームの硬革を使用しているのに、更にパワーアップか。それは胸が躍るというものだ。
「リフレさんとフタバの鎧に関しても、内布にジャイアントトードの皮が使えるので、そちらも期待してください」
「ヒュドラの皮は内布向きじゃないんですの?」
「そうですね、現状ちょっと調べただけですけど、外側の硬革向きです」
フタバの問いかけに簡単に答える。なるほどな、外側向きなのか。それは確かに俺とネス向きだな。
「あとは鱗ですね。スケイルメイルとかもちょっと考えたんですけど、それは流石に皆さん装備しないかなと思って除外してます。うるさいですし」
「確かにそれは困っちゃいますね」
シャマールのアイディアをリフレが遠慮する。うん、確かにうるさいのは困るな。狩りとかしづらそうだ。派手そうだし。
「それで店長、そろそろ閉店の時間ですけどどうします?」
「そうね、今日の仕事はこれまでにしましょうか。もう馬鹿も来ないみたいだし、ソウさん達の仕事もここまでね」
「そうだな。なんかボディガードに来たはずなのに世話になりに来ただけみたいで申し訳ないけど」
「有事以外はそんなものでしょ」
そんなマリッサの言葉を嬉しく思う。そうしてマリッサがメニューを操作して数分すると、応接室にリットン、ベルカス、ナリンセンがやってくる。全員集合だ。
「さてそれじゃ閉店作業も終わったし夕食にでも行きましょう。ソウさん達もいらっしゃい、奢るわよ」
「いや、夕食は俺が出すよ。世話になりっぱなしだし、それぐらいさせてくれ」
「そう?それじゃお言葉に甘えようかしら。お気に入りの店に行きましょう」
そう言ってみんなで店を出て向かった先は例の大衆居酒屋風の店だった。お前達もここ好きなのかよ。みんなで楽しく食事をしてから本拠地に戻ってログアウト。現実の夕食まで若干の時間があるのでやっぱり茶の間に行く。お、今回は俺が一番先だ。自分で茶を飲んで少しすると、静かな足音が3つ。やはり涼子、智香子、二葉だ。3人は俺を見るとあっという表情をした。
「今回は先を越されましたね」
「そうね、残念だわ」
「宗吾さんはもうちょっとゆっくりいらしてください」
「なんで先に来ただけで文句言われてるんだ俺は」
3人の言葉にそう指摘しても梨の礫でお互いにお茶を用意して飲み始めた。しかしなんかな。
「お前達急に距離縮まった気がするよな。特に二葉」
「やはり同じ苦難を味わったという事が大きいかと思います。連帯感が増したと言いますか」
俺の疑問に二葉がそんな風に答える。確かにそういう経験をすると連帯感というか、一体感が出る気はする。以前から一緒にプレイしている涼子達との距離も今までの経験で縮まったような気がするし。
「それは宗吾さんも同じじゃありませんこと?わたくしに対する対応とか、平常になってきておりますし」
「言われてみればそうかもしれないな。なんか普通に対応できてきている気がする」
俺がそう言うと二葉がくすりと笑う。む、何か変な事を言っただろうか。
「いえ、宗吾さんはそのままで良いのですよ。今のようにあの世界で共に過ごし、お互い絆を深めましょう」
「生まれてから一緒に過ごした時間は二葉が一番長いんだがな」
「それはそうですけれど、わたくしには一年というブランクがありますわ。その間を埋める意味でも、共に過ごしたいのですよ」
相変わらずのストレートな物言いに言葉に詰まり黙ってお茶を飲む。俺のそんな姿を3人は笑顔で見ていた。
「……その笑顔はなんなんだ」
「いえ、宗吾も二葉さん相手だとそうなるんだなと」
「智香子も最近は遠慮が無くなってきているよな」
「そうかもしれないわね」
なんだかやり込められているようで不満だ。元々智香子とはそこまで遠慮のあった関係ではないが、最近はそれが増しているような気がするのだ。今の状況は非常に俺にとって立ち位置が悪い。なので話題を変えよう。
「それで、今後の行動はどうしようか。まだしばらくは湿地帯でいいと思うんだが」
「露骨に話題を変えてきましたね」
「うるさいぞ涼子。それで、どうする?」
改めて問うと、3人はうーんと悩んでから智香子が言った。
「先に進んでしまっていいのではないかしら。しばらく湿地帯は騒がしいわ」
「まぁ、確かにそれはある」
「今忙しいナリンセンさんにいちいちポイズントードの解体をお願いするのも申し訳ないですよね」
確かに涼子の言うことももっともだな。今ナリンセン含めあの店のみんなは忙しい。その時間を割くのは勿体ないかもしれない。
「なので第5に行きましょう。ワイバーン狙いじゃなくて、他の動物を狩りましょうか」
「他の動物ってどんなのが出るんだ?」
「一番多く見かけるのは羊かしら。スリープシープという動物なのだけれど、特殊能力で眠らせてくるのよ」
「それ本当に動物か?」
特殊能力を持つ動物なんて初耳だ。そんなものもいるのかあの世界。しかし羊ね。
「羊肉とか食えるかな」
「食べられるわよ。それに羊毛もあるし、リットンは喜ぶと思うわ」
「あぁ衣装担当だもんな。羊毛は欲しいか」
「それに他にも豚もいるわ。健脚豚っていう豚なんだけれど、めちゃくちゃ足が早い豚の動物ね」
「牛といい豚といい羊といい、第5は肉素材が揃ってるな」
なんだ第5は、肉エリアみたいなもんじゃないかそれ。確かにそこは楽しそうだ。ワイバーンは別にいいかな。
「実際国の肉供給の主要地点みたいだしね。楽しいと思うわよ」
「それじゃ、今夜は駅馬車で第5目指すか。本格的な狩りは明日以降だな」
今夜中に第5に行って、明日から本格的な狩り。うん、完璧なプランじゃないか。そう結論付けると俺達は夕食まで再びゆっくりとお茶をするのだった。そうして夕食後にゲーム内時間が朝になってからログイン。当初の予定通り第5の街を目指そう。本拠地の天幕を出ると、早速経営陣の方が俺を出迎えてくれた。何か用事かな?
「宗吾様、お耳に入れたい情報が2つございます」
「順番に聞こうか」
「はい。まず一つは相場の健全な状態への回復が順調との事です。ゲーム内で一週間ほどで完全に安定するでしょう」
「そうか、それはなによりだ」
よかった、当初の目的は完全に達成できそうだ。これでギルドバトルを締め切っても問題ないな。
「それで、2つ目は?」
「はい。この街の領主より館に招待したいとの事です。なんでもヒュドラ肉の礼をしたいとか」
「……まさか狩猟ギルドから流れたか?」
「恐らくは」
なるほど、狩猟ギルドから渡ったか。その出処が俺達だという事もバレている。というかこんな場所で堂々と解体していたから普通にバレるか。それにしても、どうするか。
「意見が欲しい。応じるべきか?」
「この街を拠点にするのであれば、避けては通れないかと」
「分かった、今から行こう」
「了解いたしました、僭越ながらご注意を。来訪者はともかく、この国の領主や貴族がどのような情報を所有しているかは分かりません。気をつけてしかるべきかと」
「ありがとう、心する」
俺に注意を促してから、静かに経営陣の方は去っていった。しかしそうか、領主か。これはまた厄介な相手が出てきたな。
「ソウさん、お疲れ様です」
「難しい顔をされて、どうかなさいましたの?」
リフレとフタバ、ネスがやってきて俺の表情を見て疑問を浮かべる。ふむ、3人にも事情を説明しないとな。
「この街の領主、アリエスター家から招待が来た。応じなければならない」
「それはまた面倒な話ね」
俺の言葉にネスが溜息をつきながら言う。あぁ本当に、面倒な話だよな。しかしこれは応じなければならない。何せここは俺達の本拠地だからな。
「第5に行くのは中止だ、今から領主の館に向かおう」
「そうですわね、早めに対応した方がよろしいかと思います」
フタバの言葉に頷いて領主の館へと急ぐ。領主の館と言っても、この街を含む一帯の領主だ、その大きさは街で最大、もはや城だ。立派な石造りの城壁に囲まれた城である。そこの門番に俺達は声をかける。
「すみません、来訪者のソウといいます。領主様よりご招待がありお伺いいたしました」
「来訪者のソウ?ギルド【九堂武術道場】のソウか」
「はい、そのソウです」
「分かった、すぐに話を通すので少し待て」
そうして城門の前でしばらく待つと、城の中からゴシックなメイド服を着た女性2人と金属鎧に槍を携えた騎士二名がやってくる。その人達は俺達の前に来ると頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました。我らの主がお待ちですので、中へお入り下さい」
そうしてメイドさん二名に先導されて中に入ると、なるほどまさに内部は城。入り組んだ構造をしているが床には立派な絨毯が敷き詰められ、所々に飾られている絵画や調度品も見れば分かるほどに高級品だ。こうして自身の威容を誇示するのも貴族の仕事か。そうして案内された両開きの扉をメイドさんが開けると、その中には立派な革張りのソファーが2つと背の低いテーブル、そして貴族らしくも上品な服装をしたロマンスグレーの紳士がソファーに座りお茶を飲んでいた。その紳士は俺達を見るとその場から立ち上がり手を差し出してくる。
「おぉ、来てくれたか!私はこの街の領主、ゲンドル・アリエスターという」
「初めまして領主様。来訪者のソウと申します。こちらは同行者で同じ来訪者のリフレ、ネスティフ、フタバです。私の仲間でもあります」
「あぁ、よろしく」
そう言って領主のゲンドルは俺から順に一人づつ握手をしてから対面のソファーを示す。そこへ全員で腰掛けると、すぐにお茶が差し出された。そうして話の準備が整ってから、ゲンドルが話しかける。
「いや、立派なものだ。礼儀も弁えている。来訪者は基本荒くれ者と言われているが、君達はそうではないようだね」
「我々はそれなりの教育を受けておりますので。基本的な来訪者のイメージについては領主様のおっしゃる通りで間違いございません」
「ゲンドルで良いよ」
「ではゲンドル様、と」
俺がそう言うとゲンドルは嬉しそうに頷く。そうしてお茶を一口飲んでから言葉を続けた。
「先日ウチの者が見てね、平原の方で巨大な多頭の竜を解体していたと。そしてその後、狩猟ギルドの方から献上品として肉が届けられた。出どころはすぐに分かったので一言礼をと思ったのだ」
「それは、わざわざありがとうございます」
「うむ。しかしヒュドラを討伐するなど中々ない事だ。この国でも過去にそう例はない。いやぁあの肉を食うのが楽しみだよ。知っているか、ヒュドラの肉は毒抜きして食えば美味い上に滋養に富む。私も長生きできそうだよ」
そう言ってはっはっはと笑う。なるほど、ヒュドラの肉にはそんな効果があるのか。確かにあの再生力だ、滋養強壮には良いだろう。そうして納得していると、ゲンドルはこう言った。
「それで君達は、ヒュドラから獲得したオリハルコンをどうするつもりかな?」
その言葉に、態度と表情を変えなかった自分を褒めてやりたいと思う。




