……わかりました
楽しい楽しい現実での夕食。嘘だった。超気が重くなる現実での夕食後、少しゆっくりした所で親父が声をかけてきた。
「宗吾、いくぞ。智香子さんも涼子も同行を頼む」
「……わかりました」
とうとうこの時が来たか。俺は重い腰を上げて席を立つと、涼子と智香子と連れ立って廊下を歩く。本館から渡り廊下を歩いて離れへと到着すると、親父は離れの扉を開いた。黙って離れに上がるのに続いて俺達も上がる。離れの廊下を少し歩いて、一つの部屋の襖を開けた。そこには布団の上に座った老人と、その隣に正座する姉。そして側仕えの経営陣の方がいた。この老人が俺の祖父、九堂元譲だ。祖父は父に目をやってから俺に視線を移し、笑みを浮かべる。比べて姉は、俺を見てからその背後に控える涼子と智香子を厳しい目で睨みつけた。やっぱり何も変わってないか。親父は祖父の前に座るので、その少し後ろに俺が座り、さらにその後ろに涼子と智香子が正座した。
「父さん、お加減は」
「加減など変わらんよ」
親父の言葉に祖父は短く答えると、俺に視線を向ける。
「宗吾、良い顔になっているじゃないか」
「そう見えますか」
「あぁ。やるべき事があるのだな、覇気がある」
やるべき事か。あぁそうだな、やるべき事、目標は沢山ある。今はゲームの世界でそれに向かって日々邁進していると言っていい。それを感じ取ったか。相変わらずだな、この人は。そうして祖父は次に、俺の後ろへと視線を向けた。
「三谷の娘は知っているが、そちらのお嬢さんは初めてだな。この老いぼれに名前を教えて頂けるか」
「はい、根須智香子と申します」
声をかけられた智香子が綺麗な礼をすると、祖父は満足したように頷いた。
「良いお嬢さんじゃないか。隆二、宗吾はやはりこうなったのだな」
「まだまだ何も決まっていませんよ」
「だが本人達の中では既に決まっておるだろう。少なくとも三谷の娘と智香子さんは」
始まったか。こうなるから嫌だったんだ。この人は俺に何を期待しているんだろうか、本当に。祖父のその言葉に、姉はより一層2人に向ける視線を強めた。
「三谷の娘。お前さんは、宗吾の側にいたいのだろう」
「はい、私はいつまでも、宗吾様のお側にいようと思います」
「根須智香子さんよ、あなたも同じか?」
「……少なくとも今は、側にいようと思っております。先のことは分かりません」
「ほれ、こうなっているではないか」
そうして祖父はかっかっかと笑う。本当にこの人は、老い先短いはずなのになんでこういう所は元気なんだ。そんな事を考えていると、祖父は俺に問いかけた。
「宗吾よ、お前は俺に似ている。だがお前は俺よりも、その拳に関しては上だ。お前ならどこまでも上を目指せる。これからも研鑽を積むといい」
「無論、そのつもりです」
「だからな宗吾。その側には、きちんと人を置け。己の支えとなるべき人を。それが何人でも構わんのだ、俺は3人居たしな」
再びかっかっかと笑う。そう、この人の側には3人居た。俺にとっての祖母が3人という環境ではあったが、この家では特に混乱もなかった。親父にとってはどうだったかは分からんが。
「俺の嫁達は既に逝ってしまった。最後まで彼女達は俺の嫁であり続けた。その事に悔いも何もありはしない。こうして息子もいて、孫もいる。だがなぁ宗吾。俺の孫はお前だけではないだろう?」
「それは、分かっております」
「二葉の事だ。その事が少なくとも現状より進まんと、俺は死んでもしにきれんよ」
結局その話になるか。まぁ俺と涼子達を呼び出した以上、その話になるのは目に見えていたが。そうして祖父は、姉へと視線を向けた。
「なぁ、二葉。この一年、最低限しか宗吾と関われなかった日々は、どうだった?」
「……お祖父様には申し訳ありませんが、とても辛く、苦しい日々でした。日々、思いを募らせる毎日でした」
「二葉はこう言うとる。お前はどうだ、宗吾」
「確かに、姉のいない日々は寂しくはあります。しかし俺には拳にかける思いがありました」
「こうも頑ななのは誰に似たのだろうな、隆二」
「少なくとも俺ではありませんね」
祖父の言葉に、親父が苦笑いを浮かべる。俺が頑なとは確かに母にも同じ事を言われるが。そんなに俺は頑ななのだろうか。
「まぁよい。宗吾、お前は姉と頑なに言うが、二葉はお前の従姉だ。それだけは確かな事実として受け止めろ」
「……俺には、幼い頃より姉として育ってきました。今までのそれを、突然従姉だと言われてそのように振る舞えと言われても心の整理がつきません」
「その為に一年置いただろう。今ならすんなり受け止められるのではないか」
祖父はそう言って、姉へと視線を向ける。その視線を受けて、姉は頷くと俺に言ってきた。
「宗吾さん。私はあなたを異性として、お慕いしております。せめてお側に居ることをお許しいただけないでしょうか」
「……涼子と智香子と共になら。あなたは2人に敵意を向けているが、それをやめていただきたい」
俺の言葉に、姉はぐっと言葉に詰まる。そうして少し時間を置いてから、深々と頭を下げた。
「それがあなたの望みであるならば、私に否はありません。お二人の事も、受け入れましょう」
そうして頭を下げた姉の姿を見て、祖父は頷く。
「ならば良し。だが申し訳ないが二葉、まだその時がくるまではこの離れでの生活を頼む」
「はい、分かっております。お祖父様の事も大事に思っておりますから」
「よろしく頼む。なにそう遠い話じゃないだろうさ。だからそう、焦らずとも大丈夫だ」
そうしてかっかっかと笑う祖父。結局この人の願い通りの話になったか。初めから分かっていた事だけれど。
「ではな、宗吾。俺は隆二と話がある。また気が向いたら顔を出してくれ」
「分かりました、失礼いたします」
祖父の言葉に俺が立ち上がると、涼子と智香子も続く。その後を姉がついてきて離れを離れる段となった所で、姉が声をかけてきた。
「智香子、さん。涼子さん」
「なんでしょうか」
「……突然仲良くしましょうとは、言えないわ。でも少しずつ、分かりあえたら良いと思います。だからその時が来たら、お話をしましょう」
「はい、喜んで」
姉の言葉に涼子が返事をして、智香子が頷く。そうして姉に見送られ、俺達は離れから本館へと戻った。自然と足は茶の間へと向き、茶の間で3人、座り込む。
「はぁ、疲れた」
「お疲れ様でした」
「はい、お茶」
涼子からの労いの言葉に頷いてから、智香子に差し出されたお茶を飲む。少しお茶をゆっくり飲んでいると、茶の間の外の経営陣の方がやってきた。
「宗吾様、こちらをどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
お盆を置いて離れていく経営陣の方を見送ってからお盆に乗った皿をちゃぶ台に乗せる。皿の中身は羊羹だった。
「気が利いてるわね」
「離れに行くことを知っていたからだろう。そういう所は抜かり無い」
「さすがですよね」
3人で言いながら羊羹を食べる。この甘味がたまらない。じっくり羊羹を味わっている俺に、智香子が言ってきた。
「でも意外だったわ。二葉さんを受け入れたのは」
「……お前達の存在が無かったら違ったのかもしれん。実際過去には拒絶したからな」
「昔とは状況も違うからかもしれませんね」
涼子の言う通り、昔とは状況が違う。そういう意味では、受け入れる下地が出来たのかもしれない。
「俺としては、智香子の言葉が意外だったけれどな」
「……別に、先の事はどうなるかは分からないけれど。今はそう思っているというだけよ」
「あ、それがリットンさんの言うツンデレなんですね」
涼子の言葉に思わず吹き出す。確かに智香子にはツンデレに気質がある。
「そんなに笑わないでくれるかしら」
「すまんすまん。まぁなんだ、俺達は前に進めているのかな」
「多分進んでいますよ、以前よりずっと」
あぁそうだな、きっと俺達は前に進んでいる。だからもっと、今より前へと進んでいこう。たとえ歩みは遅くとも、それができるのだから。




