つまり向こうは、九堂武術道場を歓迎する、と
夕食後の少しまったりとした時間、親父がお茶を飲みながら俺に教えてくれた。
「ENDrエンターテインメントの社長と会ったよ。随分と俺達を歓迎してくれるみたいだ」
親父の言葉に一瞬頷きかけ、はてと思う。親父が訪問した事ではなく、俺達を歓迎すると言ったのか。
「つまり向こうは、九堂武術道場を歓迎する、と」
「そういう事だな。どうやらお前が公式動画になる活躍をしたお陰でこちらの事を知ったらしい。随分と興味を持っていたよ」
「なるほど。それでは向こうでは自由にして良いと」
「向こうの法や利用規約に違反しない限りは自由だと。元々あのゲームは統括AIが基本管理を行っている、一種のワールドシミュレーターだそうだ。最初の環境だけENDrエンターテイメントが整え、後はその統括AIが管理しているとか。なので運営としてもゲーム自体に大きな変化を外部からは与えられないらしい」
親父はそう説明すると、苦笑いを浮かべた。
「あの社長は鬼才だ、それも研究肌のな。自分の命を賭けてゲーム世界の成長を望み、研究しつくそうとしている。ゲーム世界に変革が生まれるのがあの社長の望むことなのだろう。それに俺達九堂武術道場の目的は合致した」
「俺達がゲーム世界に参入すれば、少なからず変化は訪れる。それを社長は歓迎している、と」
「そういう事だ。だが向こうの考えなどどうでもいい。俺達は俺達の成すべき、自身の研鑽を積む事だけを考えればいいのだ」
「そうですね、俺達は自身の研鑽の為に、あの世界を利用する事にします」
俺の返答に親父は笑顔で頷いた。そう、目的はなにも変わらない。向こうが歓迎してくれるなら願ってもない事だ。
「それでデータは既に渡した。火曜日にはVRギアが届くよう手配するとの事だ」
「……思ったよりも早いですね」
「なに、既に金は払ったのだ。早く調達されるのはこちらとしては歓迎だ」
「そうですね。わかりました、準備を進めておきます」
そうして夕食後の会話を終える。次に忙しくなるのは火曜日か。あぁその前にリアルでマリッサ達がやってくるのが先か。そっちに関してはどうとでもなるとして、火曜日の恐らく午後には門下生が参加する。
準備はしておいてはいるが、当日はどうせバタバタするんだろうな思いながらガジェットでマリッサにフレンドチャットを送った。
『ソウ:恐らく火曜日の午後には門下生達が参加してくる』
『マリッサ:早くない?』
『ソウ:運営の社長が手配してくれるそうだ』
『マリッサ:なるほどね。間に合わせるわ』
うん、本当に申し訳ないがよろしく頼む。願いながら茶の間へと移動してお茶を飲む。あぁなんか、精神的に疲れたな。
そう思っていると後から涼子と智香子がやってきた。静かに俺に頭を下げて前に座ると、涼子が二人分のお茶を用意する。智香子は手にどら焼きの乗った皿を持っており、それをちゃぶ台の上に置いた。
「なんか甘いものでも欲しいかなと思って」
「うん、助かる」
一つどら焼きを掴んで食べる。皮の甘みと中の餡の甘みで口の中が甘みで一杯だ。それを味わいつつお茶を飲む。
「それにしても、予想通り速かったですね」
「本当ね。まさか火曜日なんて」
「予想通りだった事を喜ぶべきか、驚くべきか。微妙な所だな」
そう言いつつもう一口。涼子と智香子もどら焼きを頬張る。幸せそうな笑みを浮かべながら、涼子が聞いてきた。
「今夜はもうログインやめておきますか?」
「そうだなぁ。時間も微妙だし、今からログインしても狩りに行けないし。今夜はやめておく」
「そうね。マリッサ達の所にお邪魔するのも気が引けるしね。まぁ主に忙しいのはベルカスでしょうけど」
「違いない」
ベルカスには申し訳ないが、うん。依頼の遂行を頼む。今頃必死になって太刀と槍を製作しているだろうベルカスに祈る。お前の仕事が俺達の礎となるのだ。
「それで明日の狩りなのだけれど。東の森に行くのはどうかしら」
「あぁリットンに話を聞いていたな。赤色熊というのが出るんだろ」
「魔獣はそうですね。あとはブラックドッグという魔獣も出ます。ブラックドッグはよく見ますけど、私は赤色熊には遭遇した事ありません」
俺の問いかけに涼子が答える。なるほど、涼子は赤色熊には遭遇した事ないのか。
「私が遭遇した事ある赤色熊は、立ち上がると4メートルくらいある巨大な熊ね。その名の通り毛の色が赤いわ」
「名は体を表すか、それは分かりやすいな。他に特徴は?」
「やっぱり前足に毒を持っているわね。前足パンチは注意よ、人くらい簡単に吹き飛ばされるし毒で痛いわ」
やはり前足か。ドゥヴァリエの周囲には毒持ちが多いな。智香子の言葉に涼子が感心したように頷く。
「それで、お前はどうやって倒したんだ?」
「私の時は5人全員で攻撃を仕掛けたわ。私が首を切り裂いて、他の面々が胴体を攻撃してなんとかね。私の一太刀だと首が太くて斬り飛ばせなかったわ」
「なるほど、打撃系だとちょっと相性悪そうですか?」
「そうね、普通の打撃だと。でも宗吾ならなんとでもなると思うわ。内臓を揺らすぐらい造作もないでしょ」
「まぁそうだなぁ」
内臓があるならどうにでもなる。打撃を打ち込んで揺らす、もしくは内部を破壊してしまえばいい。時間を置けばそれで終わるだろう。
「じゃあ智香子が首を裂き俺が打撃を与える、止めに涼子が急所を一突きって所だな。それが一番早く終わる」
「そうですね、なるべく傷も無く倒すならそれが一番早いかもしれません」
「多少の傷は必要経費ね」
「ブラックドッグはどうだ、なんか厄介な性質とかあるのか?」
「特には。常に5体以上の群れで行動する以外はこれといって無いわね」
なるほど、ブラックドッグは特に困るような相手ではないと。なら注意するのは赤色熊くらいだな。どら焼きの残りを頬張りお茶で流すと、口の中がすっきりとした。
「まぁ火曜日まではゲーム内時間だとまだ間があるし、一度で遭遇できなかったら何度か探索してみるか」
「そうですね、とはいえそんな事言っているとあっという間に火曜日になってそうですけど」
「その時はその時で。赤色熊は諦めてトゥリエスに向かいましょう。鉱山ダンジョンなら確実にゴーレムやロックスネークに遭遇できるから」
そんな風に先の予定を組みながら俺達は眠る時間になるまで、茶の間で話し合いを続けるのだった。
そうして翌日、今日も休日なので鍛錬は無し。朝食を食べてから巻藁を殴り、風呂に入って一息ついた所でゲーム内へとログインする。廊下に出るとすぐにリフレとネスに合流できたのでそのまま宿を出る。事前の予定通りドゥヴァリエの東門を出て森へと向かった。
ドゥヴァリエの東の森もアジンラートの森と同様鬱蒼と生い茂っており、野生動物達の気配が強い。そこかしこに気配を感じるが、こちらが近づくとやはり逃げてしまう。野生の勘は鋭い。罠でもかけないとこういった野生動物は捕まえる事も出来無さそうだなと実感しながら奥へと進む。
途中ヒーリングポーションや毒消しポーションの材料となる薬草を採取するのも忘れない。そうして奥へと進むこと数十分で、やっと向こうから向かってくる気配を察知した。数は6か。
「リフレ、ネス準備」
「来ましたね」
「多分ブラックドッグね」
茂みをかき分け姿を現したのは大型犬ほどのその名の通り黒い犬。犬種としてはドーベルマンに近いか。そいつらはがむしゃらに俺達に牙を突き立てようと襲いかかってきた。
俺は飛びかかってきた一匹に回し蹴りをして地面に叩き落とす。リフレは槍を額に突き立て、ネスは正面からクナイを脳天に挿し込んだ。それであっという間に三匹が片付くが、それにも怯まず残りの三匹も突っ込んでくる。
まるでなにかに掻き立てられるかのように突っ込んできた三匹もそれぞれ倒し、周囲は血の海となっていた。
「やれやれ、なんか変に必死だなこいつら」
「それは私も感じるわ。ブラックドッグは普通の獣や魔獣とは違う気がするのよね」
「違和感、ですよね。野生の獣だったら怯んだりする所を構わず来ますから」
俺達3人はブラックドッグに感じた違和感を話しながら皮を剥ぐ。毛皮としての価値はどれほどあるのか分からないが、それなりに丁寧に皮を剥いだ。
毛皮を剥がれ丸裸となったブラックドッグを見ていると、胸のあたりに少し違和感を覚える。俺はそこに解体用ナイフを突き立てて切り開くと、中から数センチほどの黒い石が現れた。
「なんだこれ?」
「あぁそれね、魔核っていうのよ。お金にもならないしみんな採取しないけど、魔獣の中には持っている種類がいるわ」
「それ自体は本当に意味のないものなんですよね。大型魔獣とかの大きなものだと一部の好事家が買い取ってくれますけど」
なるほど、魔核ね。何の用途にも使えない意味のないものか。しかしなぁと思いながら頭を捻る。
「ブラックドッグが凶暴な理由はこれじゃないのか?」
「……一部の考察ではそんな事言われていたようだけど、真相は分からずじまいね。他にも魔核を持つ魔獣はいるし」
「そうですね、特に凶暴でもない魔獣も魔核を持っていますから。真相は分かりません」
「まぁ俺が検討した事は既にゲーム内で語り尽くされているか。これで群れのボスでも居れば分かりやすいんだけどな」
そんな事を言いながら精霊魔法で穴を開け、ブラックドッグの死体を放り投げる。全てを穴に放り込んだら穴を埋めて、処理は完了だ。
「そういえばこの森の最奥はどうなっているんだ?」
「まだ誰も到達してないはずですよ。ブラックドッグとの遭遇率が高すぎるので、途中で野営しようにも次から次に襲ってきて野営できないそうです」
「そうね。魔除けの石を使い続けてもいつかタイムアップが来るし、石の効果中にログアウトしても、アバターは残るからその間に襲われて死に戻りなんて事になるらしいわ」
「なにそれ、殺意高いなこの森」
「一応全景は飛行魔法を使える人が撮影して画像を掲示板に上げてましたけど、かなり広いですね」
リフレとネスの説明に空恐ろしいものを感じていると、再びこちらに駆け寄ってくる気配。これはまたブラックドッグだな。
「また来たわね」
「ゆっくりしてるとすぐですね」
「とりあえず迎え撃とうか」
再びがむしゃらに飛びかかってきたブラックドッグを蹴散らす。なんだかワンパターンなんだよなこいつら。そうして皮を剥いで穴を開けて埋める。
「大分穴を開けるのと埋めるのは慣れてきたな」
「精霊魔法は慣れが重要ですからね」
「それじゃあもう少し奥まで行きましょうか」
そうして奥へ進むとまたブラックドッグの気配。この日は途中休憩を挟みながらも、結局ブラックドッグ以外の魔獣と遭遇する事はできなかった。いやブラックドッグ多すぎな本当に。




