多少の誘導はしましたが、それ以外は自ら答えを出しました
朝食時、席に着いた親父に向かい、俺は昨日の成果を報告する。
「師範。週明けの午前の鍛錬終了頃を見計らい、橘株式会社の社長、橘愛莉鈴が当道場に訪問するとの事です」
「……なるほど、それがお前のアドバイザーか。うん分かった、準備しておこう。しかし週明けか、いいね。お前の入れ知恵か?」
「多少の誘導はしましたが、それ以外は自ら答えを出しました」
「なるほどね、中々見込みあるじゃないか。これは会うのが楽しみになってきたね」
「それと、そろそろゲーム内で建物の建設を開始したいと思います。図面を用意できないでしょうか」
「ふむ、そうだな……。ならば本館の一番上の図面を使うがいい。後ほどメールさせる。しかしゲーム内でも九堂武術道場の建物ができるか、これも楽しみだ」
本当に楽しそうな顔で言う親父に溜息を一つついて、朝食を開始する。今日は休日だ、朝食が終わってからの鍛錬が無いので、道場で巻藁を自分で殴る。毎日の感覚の調整が既に癖になっているのだ。気付けば涼子も智香子もやってきて巻藁を殴ったり身体を動かしていた。そうしてしばらく巻藁を殴っていると、懐に入れていたガジェットが震える。一旦止まって見ると、マリッサからのフレンドチャットだった。
『マリッサ:リアル時間の今日中に太刀と槍の発注をする近隣の工房と顔合わせをしたいわ。いつが都合いい?』
『ソウ:リアル時間一時間後にはゲーム内にログインできる。そのタイミングで』
『マリッサ:分かったわ』
そうフレンドチャットを終わらせて、涼子と智香子に声をかける。
「マリッサから連絡だ。近隣の工房との顔合わせをしたいとの事だ。今より一時間後にログインする」
「分かりました。お風呂入ってきます」
「私も行くわ。またゲーム内でね、宗吾」
「あぁ、また後ほどあちらで」
2人と分かれ俺も風呂に入り、自室でゲーム内へとログインする。金の牡鹿亭の自室を確認してから2人へと声をかけ連れ立って歩き宿の出口に向かう。そこへ、宿の受付が声をかけてきた。
「ソウ様。少しよろしいでしょうか」
「あぁ。伝言か?」
「いえ、商業ギルドからの伝言はございません。当店の滞在日数が残り少なくなっておりますが、いかが致しましょう」
あぁそうか、そろそろゲーム内時間ではこの街に来て一ヶ月経つのか。しかし商業ギルドからの連絡は無しか。うーん、仕方ない。
「2週間ほど延長できるか。今の部屋のままで」
「追加料金をお支払いいただければ問題ございません」
「では……これで」
そう言って2週間分の滞在費を小袋に入れて渡す。受付はそれを受け取り、そのまま処理を完了させた。よし、これで延長できたな。俺達は宿から出て一路『電脳遊戯倶楽部』へと向かう。その途中、ネスが声をかけてくる。
「2週間の延長だけど、あの宿で良かったの?他の宿もあるわよ」
「まぁ、あそこに慣れてしまったからな。あそこよりセキュリティもグレードも下がる宿に今更変えるのも少しな」
「確かにそうですね。あの宿は一番の宿ですから、やっぱりセキュリティ性も高いです」
うむ、そうだと思う。なので少なくともゲーム内時間2週間分は延長しようと思ったのだ。その期間で、諸々終わらせられればいいんだが。そう思いながら道を歩き、『電脳遊戯倶楽部』へと到着する。店の中に入ると、今日はカウンターにはナリンセンがいた。
「今日はナリンセンか。マリッサは?」
「ん、リットンと一緒に会議室。案内する?」
「いや大丈夫だ。カウンター頑張ってくれ」
ナリンセンにそう告げて会議室へと向かう。ドアをノックして入ると、そこにはうーん、と悩んでいるマリッサとリットンがいた。
「……どうしたんだ2人とも難しい顔をして」
「あぁ、来たわね。待っていたわ」
「これですよこれ」
歓迎するマリッサの一方、リットンは不機嫌そうな顔をして俺にメニューウィンドウを見せてきた。掲示板だ。そこに表示されていたのは『武道・武術総合スレ』のこんな書き込みだった。『ギルド【九堂武術道場】が設立されたけど、現実でも九堂武術道場ってあるの?』という書き込みから『伝統と格式のある武門』『現代に残る戦国武者軍団』『生きる武術の伝統工芸』といった評判が書き込まれ、次の書き込みで空気が変わる。『九堂武術道場の名を騙るなんてどこのバカかと思ったら、設立者ソウかよ。あいつも武道やってるはずなのに一体どういう事だ』その書き込みからは俺の正体探しが始まり、数十の書き込みの末、とうとう答えが出た。『あのソウが九堂武術道場の《鬼神》九堂宗吾だったらあり得なくはないかな。同じソウだし。それだったらあの化け物みたいな強さも納得できる』。全くこいつは、どこの天才だ。一連のやり取りに軽く目眩を覚えながら、俺はリットンに聞いた。
「……ギルドを作成すると、設立者とギルド名バレるのか」
「本来、各街で設立されたギルドは各街の広報での告知のみですよ。ただそれが、掲示板の中には割と奇特な趣味をお持ちの方がいて、毎日各街の広報の貼り紙をチェックして書き込むスレがあるんですよ。『きょうの官報』っていうスレです。普段は閲覧者もほとんど居ないスレなんですけど、今回はたまたま閲覧者がいて、その閲覧者が『武道・武術総合スレ』に書き込んだみたいです」
「そんなたまたま、偶然に起こらないだろうと甘く見ていたわ。もう少しギルドの作成には慎重になった方が良かったかもしれないわね」
「いや、構わない。どの道集団を管理するギルド機能は使わないといけなかったんだ。ギルドを作成するならば【九堂武術道場】以外の名を冠す事はできない」
「それにしても、です。こんな風に掲示板で堂々と正体探しするなんて。ソウさん、削除依頼出しておいたほうがいいんじゃないですか?」
「……いや、辞めておく。こうなった以上俺の正体は知られたと思って動いたほうがいいし、削除依頼を出して削除されたら、それこそ答え合わせになってしまう。それに後になれば九堂武術道場の門下生が参加するんだ、どの道バレるだろうよ」
リットンとマリッサが怒ってくれるのはありがたいが、もう済んでしまった事だ。後に門下生が合流した時も「次期師範」とか「師範代」とか呼ばれるだろうし、もうこの件については諦めよう。
「だからあんまりこの件については気にするな。遅かれ早かれこうなっていたんだ」
「そうかもしれないですけどね。なんか知り合いが無遠慮に痛くない腹を探られているのを見るのはモヤモヤするんです」
「そうね、ちょっと無遠慮にも程があるものね。私が見ても不愉快だわ」
そんなリットンとマリッサの言葉に少し嬉しくなる。こいつらはきちんと線を引いて見てくれているのだな、と。そんな風に思っていると、全く別件で一つ思い出した事がある。
「あぁそういえば。全く違う話なんだが、『電脳遊戯倶楽部』に図面を書ける人っていないか?画像はあるから見たままを写してくれればいいんだが」
「そういうのが得意なのはナリンセンですね。呼びましょうか?」
「あ、待って。ナリンセンとお客様が来たわ」
俺の問いかけにリットンがナリンセンを呼び出そうとすると、マリッサが押さえる。そうして次の瞬間には、コンコンと会議室のドアがノックされ開かれた。開かれたドアから中に入ってくるのはナリンセンと男性3人、女性1人。女性と男性の1人はドワーフ、残り2人は普人種だ。その2人はマリッサの顔を見て、俺の顔を見て驚愕する。そして次には何かを納得した表情を浮かべた。
「なるほど。マリッサから大量発注への協力依頼なんて妙なものが来たから何かと思ったが、依頼主はあんたか、ソウ」
「……まずはあんたの名を教えてくれ。俺はあんたの事を知らない」
「それもそうだな。俺の名前はガミンガだ。ガミンガ工房という工房を営んでいる」
「俺の名はレイコップ。レイコップ武具店を営んでいる。マリッサとはこうして仕事を融通し合う程度の間柄だ」
「私の名前はシャーサ。シャーサのドワーフ武具店をやっているよ」
「僕の名前はイレイザです。イレイザ工房を運営しています」
普人種の2人がレイコップとガミンガ。ドワーフの女性はシャーサ、男性はイレイザか。名前は分かった。
「それで、依頼主の事だが。確かに今回の件の依頼主は俺だ」
「だろうな。……だがそういう事であればな、マリッサ。俺はこの仕事、容易に受けられなくなった」
「申し訳ないがマリッサ、俺もだ」
ガミンガとレイコップの言葉に、マリッサとシャーサ、イレイザが驚いた表情を浮かべる。一体どういう事だ?
「……一体どういうつもり?レイコップ、ガミンガ」
鋭い視線で2人を見るマリッサに2人は苦笑を浮かべてから、俺に視線を向けた。
「なぁ、ソウさんよ。あんたギルドを作ったんだろ。今回の件はそれに付随するものだというのは間違いないな?」
「あぁ、そうだ。今回の件は俺のギルドに関わる案件だ」
俺達のやり取りにマリッサが普段見ない顔で激しく舌打ちをする。そうか、あの掲示板の事がもうこんなに早く影響してくるのか。
「……あんたも武道武術をするなら分かるだろう、九堂武術道場の名前が持つ意味を」
「あぁ、分かっている。全部理解した上で、俺のギルドが名乗るのは【九堂武術道場】以外ありえないのだ」
俺のその言葉に、ガミンガとレイコップが驚愕する。そう、俺達が名乗る名前はこれしかないのだ。それは誰よりも、俺が一番知っている。動揺したガミンガとレイコップは、その動揺を振り払うように俺に問いかけた。
「ならば、身の証がほしい。あんたが九堂武術道場を名乗るに相応しい、その証を」
「……なんだって?」
「何だっていい、証明できるものなら何だって。あんたが九堂武術道場を名乗るに相応しいと俺達が納得できたなら、今回の件、依頼を完遂する」
なるほど。この2人は俺が本当の九堂武術道場の関係者であるならばそれを証明してみせろと言っている訳だ。さてどうするか、と考えていると。横で聞いていたリフレが爆発した。
「――ありえません。この御方は正しく、九堂武術道場の次期師範である九堂宗吾様です。それ以外の身の証など必要ありません。この御方以外の他の誰も、九堂の名は名乗れないのです!!」
リフレはそう叫ぶように口にしてから、俺に勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません、お叱りはいくらでも受けます。ですが、宗吾様に身の証など、必要ないのです」
「……お前の気持ちは嬉しく思う。だから謝るな」
俺の言葉にリフレは顔をあげ、はにかんで頷く。こいつの俺に対するその思いは、本当に嬉しく思う。しかしこの後をどうするかと思っていると、ガミンガとレイコップが頭を下げてきた。
「済まなかった。あんたに身の証など、必要ないのだな。それがよく分かった」
「あぁ、済まなかった。あんたがあの鬼神だというのなら否はない」
そう言うと、2人して手をのばす。握手だ。
「今回の件、ガミンガ工房は全面的に協力する」
「同じく、レイコップ武具店。全力で依頼を完遂しよう」
「そうか、よろしく頼む。九堂武術道場の九堂宗吾だ」
俺達3人で握手を交わすと、横で他の面々が喋っていた。
「……何が何だかよく分からないのだけれど」
「僕もです。一体どうなっているんです?」
「要するに、凄い家の凄い名前が出てきたから、2人は反発したという事かしら。ねぇリットン」
「そういう事なんでしょうね~。いやぁこういう武門の話には私は全くついていけませんよ~」
そんなリットンの言葉に、思わず苦笑するしかないのだった。




