大丈夫、筋肉痛が来てるだけ
三が日明け最初の午後の鍛錬、早速胡桃が上下ジャージ姿で道場に現れ木製の槍を振るっている、その傍らには経営陣の方。都度姿勢を矯正されながらひたすらに槍を振っていた。うむ、まずは素振りからだからな、頑張れよ胡桃。
俺も他の門下生達の指導を行いながら見回っていると、彩花が必死の形相で槍を振るっていた、鍛造に向けての鍛錬だな。
他のドS組や娼館組もいつもより更に真剣に取り組んでいるが、なんだか彩花は一際必死だ、それほどに鍛造に挑む気迫が他の面々とは、なにか違う。うぅむ、一体何がそこまで彼女を必死にさせているのだろうか。
そうして午後の鍛錬を終え、風呂を上がると廊下にクタクタになった胡桃を支えながら歩いている涼子達が居た。そこに静かに近づく。
「胡桃、大丈夫か」
「大丈夫、筋肉痛が来てるだけ」
「初めて槍を振ったのですもの、仕方ありませんわ」
俺の言葉に答える胡桃に、慰めるように二葉が言う。そうだな、初めて素振りをあれだけしたのだからそうもなろうというものだ。そうして胡桃が皆に引っ張られるように自室に戻るのを見届けてから俺も自室へ戻り、あちらの世界へログイン。ログインしてすぐに皆と合流すると胡桃がため息をついた。
「こちらでは、自分の着物を作る」
「そうだな、花嫁修業に必要だからな」
「こんなに大変になるとは、思わなかった」
そうだな、今一番忙しいのは胡桃、ナリンセンかもしれない。自分の着物を作り、それを着て花嫁修業に加え槍の稽古だ、忙しい。
「俺はナリンセンを店に送ってくる、ネスは当初の予定通り美保と亮太に稽古を」
「えぇ分かっているわ、鍛造までに流水はモノにさせる」
「頼んだ、では行こうかナリンセン」
「気が重い」
それは気が重くもなろうというものだが、ここを乗り越えて欲しい、乗り越えなければ俺とお前は夫婦となれないのだからな。そう言いながら店にナリンセンを送るついでに店先に顔を出すと、リットンが笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい~。ナリンセン、分かってますよね~?」
「魔獣の蚕の絹の着物、分かってる」
「作業部屋でアイゼーンから絹受け取ってくださいね~」
「分かった、何とかする」
そうしてトボトボと作業部屋へ向かっていくナリンセンを見送ると、リットンが俺に言ってくる。
「何だか大変な事になってますね、事情は経営陣の方から連絡あったので把握していますが、一般人が嫁に入るのも大変ですね~」
「そうだな、こればかりは仕方ない。ナリンセンには乗り越えてもらわねばな」
「フォローはこっちでもしておくんで、ソウさんも家でのフォロー頼みましたよ~」
「あぁ、家でのフォローは任せてくれ。会社と店でのフォローは頼んだぞ」
「ラジャーですよ~」
うむ、リットンと、マリッサならば何とかフォローもしてくれるだろう、そこは信頼しているので完全に任せた。そうして店を後にして本拠地へと戻り道場に入ると、早速ネスがドSと娼館に稽古をつけている姿があった。そしてリフレが、アヤカッチンと立ち会いを行っている。しかし、何かおかしい、怒っている?
その様子を訝しげに見ながら俺は傍らで太刀の稽古を太刀のドSと娼館につけていたフタバに声をかける。
「なんか、リフレ怒ってないか」
「アヤカが挑発したのですわ、生まれる順番が違えば自分がリフレよりも先にソウさんの傍に居たはず、と」
「なるほど、腕の問題ではなくリフレが今俺の傍に居るのは生まれが先だったからと言ったのか」
「そういう事ですわね、リフレとしては自分の研鑽を愚弄されたという話にもなろうというものですわね」
なるほどなぁ、それでリフレはあんなに怒っているのか。フタバの言葉に頷きながら2人の立ち会いを見ていると、リフレが仕掛けアヤカが受けるという場面が段々増えてくる。しかし、今のリフレと打ち合えはする、か。そうして怒涛の攻撃に晒されたアヤカはそのまま押し切られリフレの槍に胴を寸断され、光に包まれ元の立ち位置に戻った。あれ?
「なぁ、なんで闘技場じゃないのにアヤカはここにリスポーンしたんだ?」
「経営陣の方に聞いた所、大司教に頼んで道場に祝福を行ってもらう事で闘技場と同じ機能を持たせる事ができたらしいですわ。それなりの寄進は行ったらしいですが、ウチの収入からすれば微々たるものですわね」
「なるほど、闘技場のあの機能は神殿の祝福のお陰だったのか」
そういう仕組みになっていたのか、闘技場。というか道場で対戦した事が無かったから今まで気付かなかったな、やるなぁ経営陣の方。そうしてアヤカのリスポーンを眺めていると再びリフレがアヤカの前に出る。
「構えなさい、それとも折れて終わりますか」
「届かない頂きじゃないんです、必ず手を掛けてみせます」
やる気満々のリフレに応えてアヤカが再び槍を構える、そのまま2人の間でカウントが表示され、再び対戦が始まった。うむ、リフレの事を目で追えてはいるか、しかし腕は追いついていない、と。経験だけの問題だな、これは。
リフレの腕に追いつくには強敵との対決だけが必要、その強敵も今目の前にリフレが立ち塞がっているから、その経験も蓄積できるか。確かに届かない場所ではないな、アヤカからすれば。これは鍛造の時どうなるかが見ものだな。
そうしてリフレ達の立ち会いを眺めながら鍛錬をして昼食の時間となり本拠地で皆一緒に食事を摂る。それから再び道場で鍛錬だ。ドSと娼館がとにかくやる気だが、鍛造の約束通り師範代は手を出さない。例外はネスの所だ、鍛造関係無く体操術は仕込まなければいけないからな。
一人で狩りに行くのも何だし俺も道場で鍛錬をしながらこちらの世界の時間を過ごし帰ってきたナリンセンも加えて夕食も摂ってこちらの世界をログアウト、現実では夕食前のちょっとした時間なので茶の間に行くと、涼子がプリプリしながらお茶を飲んでいた。その様子を智香子達が苦笑して見つめている。
「まだ怒っているのか涼子」
「彩花さんにまだ謝罪してもらってません、許しません」
「ならば謝罪されるまで稽古をつけてやる事だな」
「そのつもりです」
どうにも上手いこと乗せられているだろうとは思うが、本人がやる気ならばそれでいい、俺が口を挟む問題でもないな。しかしそうか、智香子も涼子も門下生達の鍛錬に付き合って忙しいか、鍛造が終わるまでは。ならばどうするかな。
「あちらの世界では当分門下生の稽古だな、鍛造が終わるまでは付き合ってやるといい」
「そうですわね、三連休明けから鍛造ですからそうしましょうか、智香子と涼子は動けませんし」
「だな。胡桃は着物の用意頑張ってくれよ、あとこちらの世界でも連休中も鍛錬するように」
「ん、そのつもり、素振りする」
俺の言葉に胡桃が頷く。うむ、そのつもりならばいい、早く身体が出来上がると安心できるからな、頑張ってほしいものだ。
そうして皆と談笑してから夕食後のログイン。再びナリンセンを店に送ってから道場に戻ると変わらずにリフレとアヤカの立ち会い、ネスが体操術の稽古、フタバが太刀の稽古をつけている。
ネスの稽古にはシュンも合流していた、あいつちゃっかりしてやがるな。シュンがいるからガントとイロハッチ、メープリーも道場で自主稽古をしながらドSと娼館と立ち会ったりしている、うーむ、これは今度の鍛造大変な事になってしまうのでは。今の神殺しとなったガント達と立ち会うのも貴重な経験だし、これを週明けまで繰り返すなら来週の鍛造、凄い事になりそうだ。
そんな期待と不安の織り交ぜになった感情を抱えながらその日を終え、翌日。現実で朝食を摂ってからの稽古で胡桃が必死に槍を振ってるのを見ながら鍛造参加者以外の門下生に稽古をつけていると、師範から声をかけられる。
「師範代、鍛造参加者が大変な事になっているぞ」
「そうですね、あちらの世界で神殺しに至った内弟子達と立ち会いを行っておりますので」
「そうか、内弟子達か、それは止めようが無いな、うん。しかし内弟子達は腕だけ見ればもう師範代か」
「まだ他人へ指導できる程の経験を積んでいませんが、それも後一年程で問題無くなるでしょう」
「だろうな、実戦と時間加速の効果か、これ程に影響が出ようとはな、こちらの世界でも九堂武術道場は更なる高みへ登りそうだ」
師範の言葉に頷く。この効果は覿面すぎるな、本当に。今後も継続してあちらの世界へと門下生達を順次追加していく事が、こちらとあちらの世界両方の九堂武術道場の繁栄に繋がるな、本当に。
「第三陣等は検討しているのでしょうか」
「型稽古を終えているものは全てもうあちらに行っている、次の型稽古終了者が出るのは月末になるな」
「であれば、その中からまた参加者を加えますか」
「そうなる。毎月末の型稽古研修が実質あちらの世界への登竜門になってしまうな」
「それは大変だ」
型稽古終了があちらの世界での更なる研鑽への登竜門か、他の師範代達も大変になるな、これは。そう考えていると師範が更に言ってくる。
「他の、あちらに参加していない師範代達が危機感を覚えている、あれを見せられては仕方のない事だがな」
「でしょうね、それでどう対策すると?」
「あちらの世界に送り込む、師範代の追加13名だ、来週のどこかで届くように手配しよう」
「師範代全員ですか、これはまた大変ですね」
「準備をよろしく頼む」
そうか、ならば仕方ないな、受け入れ準備をしておくか。
「しかし、俺も行けるものなら行きたいものだ。こちらの世界の付き合いが無ければ俺も行けるのだがな」
「ご自身の広げた風呂敷ですから、何とか畳んで下さい。そのまま受け取りはしませんよ俺は」
「分かっている、10年後にはお前に渡せる程度に畳んでおくさ」
「よろしくお願いしますよ、本当に」
親父はその才覚故に各界に太いパイプを作り上げた、それが大きくなった事で付き合いが増えてしまうからな、仕方のない事だ。俺にそのパイプを明け渡す時には何とか綺麗に圧縮しておいて欲しいものだ、俺の場合あちらの世界を今更放っておく事もできないしな。
あぁそう考えると、俺もあちらの世界でパイプを構築してしまっているのか、神と貴族、王族との付き合いという、あちらの世界では強固すぎる太いパイプが。しかも俺の場合、受け渡し不可能だ。
「今以上にパイプを広げないよう、注意しなければ」
「お前はもう後戻りできんだろう、注意しておけよ」
親父の言葉に黙って頷く。俺の場合あちらの世界では今更畳む事もできんからどうしようもない、精々風呂敷を広げすぎないように気をつけるしか無い、のだがホリエート王国の立地上なぁ、まだ何か他に厄介な事がありそうな気がするのだよな、うん、気をつけよう。
そうして午前の鍛錬後、風呂に入ってヘトヘトになった胡桃を部屋まで送ってからあちらの世界へログイン、ナリンセンを店に送ると同時にリットンに声をかける。
「リットン、師範代が追加になる、現実時間来週の恐らく水曜か木曜には来るだろう。今の内に混合鋼の太刀を4本、槍を5本作っておいてくれ、材料と金は今渡す」
「師範代の追加ですか!?なんで追加になるんですかぁっ!?」
「こちらの世界に参加している門下生達の腕の上昇具合に危機感を覚えているのだ、それでウチの道場の師範代全員が参加する事になったのだ、仕方ない」
「非常識軍団が更に非常識になっていきますね、もう今更言っても仕方ないか」
「そういう事だ、今更の話だ」
うむ、今更だな、我々が非常識なのは。そうしてとっととアダマンタイトと魔鋼、金を渡すとリットンが教えてくれる。
「門下生方の神衣、出来ましたよ。いつ引き渡しに行けばいいですか」
「そうか、ならばこちらの世界で明日引き渡しといこう、道場に持ってきてくれるか」
「わっかりました、明日の朝に店長と一緒にお伺いしますね」
「うん、よろしく頼むよ」
そうか、イエティ繊維の門下生の神衣が出来たか、出来てしまったか、これは更にウチは非常識軍団となってしまうな、標準装備が神衣など非常識すぎる。
「ではまた、明日な」
「はいはい、よろしくです~」
そうして『電脳遊戯倶楽部』を後にして本拠地へと戻り経営陣の方に声をかける。
「門下生達の神衣が出来たので明日リットンとマリッサが持ってくる、準備を頼む。追加となる師範代達の分をどうするか」
「絹がございますので、こちらで神衣を作って頂きましょう。今から準備すれば師範代達の合流に間に合うかと思います」
「うむ、分かった、追加の師範代の分は魔獣の蚕の絹だな」
言ってからほう、と一つ息をつく。
「魔獣の蚕の絹を神衣に仕上げ、それが標準装備の道場か、とんでもない代物になったものだなこちらの世界の我が道場も」
「道場の主が拳一つで神に至った者なのですから、致し方のない事でございます」
「それもそうだな」
経営陣の方からの痛打に苦笑を浮かべるしか無い。そうだな、道場主が拳で神に至る非常識者なのだ、仕方ないな、それは。でもなるべくこの非常識のまま突っ走らないように制御しなければな、と気をつけるのだった。




