ナリンセン、今日解析頼みたいものがあるんだがいいか
テイニハルト帝国の街での戦闘の翌日、朝食を食べてから胡桃の出勤を見送り、午前の鍛錬、風呂に入ってからログイン。ログインすると既にナリンセンがいたので声をかける。
「ナリンセン、今日解析頼みたいものがあるんだがいいか」
「ん、何?」
「これなんだけど、テイニハルトの稼働中の転移門に自由に無料で移動できる人数制限ありの懐中時計だ」
インベントリから一つ懐中時計を手渡すと、ナリンセンがしげしげと見つめる。
「分解してもいい?」
「4つあるから分解してもいいぞ、可能ならこれを人数制限なしに変更して欲しい」
「わかった、分解して解析してみる」
ナリンセンが手の中で懐中時計をいじくり回しながらインベントリにしまうのを確認してからネス、リフレ、フタバがログインしたのを確認してみんなでナリンセンを店まで送る。店に到着するとリットンが声をかけてきた。
「皆さん、店長が呼んでますんで応接室に~」
「うん、分かった」
言われるままに応接室に入るとマリッサが丁度お茶を入れていたので手を挙げて挨拶、するとマリッサもお茶を置いて手を挙げてきたのでそのまま対面に座ると、俺達4人分のお茶をティーポットに入れてくれるので、お茶をそのまま一口飲む。うん、今日も竜の水の紅茶だな。
「それで、今日はどうした」
「あなた達、最近自分の公式動画見てないわよね」
「そういえば、そうだな」
「今回あなた達の戦闘動画、2パターン用意されているわ」
「2パターン?」
そうして公式サイトを見ると、確かに2パターン用意されている、『通常速度撮影動画』と『公式動画用速度撮影動画』だ。これは一体どういう事だろうか。
「これ、今まで気付かなかったのだけれど、今まで来訪者のみんなが見ていたのはこの『公式動画用速度撮影動画』の速度なのよ。まずこちらの、ネスとフタバさんの動画を流すわね」
マリッサが可視化して流した動画はそのままネスとフタバの闘神との対戦動画だ。ふむなるほど、ネス達はこんな風な立ち回りをしていたのかと感心している所に、マリッサが言う。
「次にこの『通常速度撮影動画』を流すわよ」
そうして流された動画は、なんというか、見るも無残なものだった。思い切りネスの身体がブレている、フタバの腕もブレブレだ、これはなんというか、見れたものじゃない。
続いて俺とリフレの通常速度も見せられたが、俺の動きが思いきりブレている、これはあれだ、カイザーアントの時と同じだ、高速で動きすぎて残像しか見えなかった時のあれと同じ状態だ。リフレの腕の動きとかもすごくブレている、なんというか、ひどい。
「多分これ、常人視点だとこう見えますよ、っていうのが通常速度撮影動画なのよ。きっとカイザーアントの時のソウさんが残像しか見えなかった時の反省を生かしているんだわ、来訪者のみんなが見やすいように速度調節をかけていたのよ、運営が」
「なるほど、それは良い事なのでは?」
マリッサの説明に俺と同じ事を思ったリフレが言うが、マリッサはそれに首を横に振る。
「違うわ、みんながあなた達の実力を誤解する原因になっていたのよ、これが。本来なら自分達では目視できない攻撃も目視できるようにされていたから、自分達も同じ事ができるのでは、と思ってしまったのよ」
「そういう事、本来の私達の実力をみんなが低く見積もる原因になっていたという話ね」
「そういう話よ」
なるほど、マリッサとネスの言っている事が理解できた。動きが見えるから、放つ攻撃が見えるから、俺達の本来の動きが動画の視聴者には分からなかったという事か。
「では今の私達の通常の戦闘時の動きが、あの頃のソウさんと同じ程度に速くなってしまっているという事ですか」
「そういう事でしょうね、でなければネスがこんなにブレブレにならないでしょうし、フタバさんの剣だってこんなにブレブレにならないでしょう」
「客観的に見てもらわないと分からないものなのね、こういうのって」
マリッサの言葉にネスがどこか嬉しそうに言う。確かにそういえば、俺達の動きを最近誰かに客観的に見て指摘されたりとかしていないな。
「では今のネスさんやソウさんの動きがちゃんと追えている私達の目は、あの頃のカイザーアントの動きをちゃんと捉えられるという事ですね」
「そういう事ですわね、やっと追いつきましたわ、あの頃のソウさんの目に」
なるほど確かに、リフレとフタバの言う通りだ。2人の目は俺達の動きをきちんと捉えて合わせて動いているのだから、今あの頃のカイザーアントと対峙してもきちんと動きを追えるだろう。しかし、だ。
「公式動画用速度でもかなり速いリフレの三段突きとかネスやフタバの切り払いとか、実際はもっと速いって事か」
「そういう事よね、少なくとも私には目では追えないわ。多分気付いたら斬られてたりしているわよ」
「ソウさんの突きも相当速いですよね、これ。これも普通の人には目で追えない、と」
「そうなるわね。これは多分、前回掲示板の感想スレとかで神との戦いを甘く見てコメントしている人とか、『テイニハルト攻略スレ』で俺でも神を殺せるとかコメントしていた人に対する警告だと思うわ。お前達に同じ動きができるのか、というね」
「あー、なるほどな。俺達の実力を甘く見積もるという事は、それと対峙している神の事も甘く見積もるのか」
「そういう事よ」
それで『テイニハルト攻略スレ』でのあのコメントになるのか、俺でも神を殺せるという話になってしまうのか、神の実力を甘く見積もるから。
「実際リフレさんもネスも神の剣や斧を避けてるけれど、これ通常速度の動画で見ると神の攻撃もブレてるからね、ほら」
そう言ってマリッサが該当箇所を再生してくれると、なるほど確かに通常速度では攻撃がブレて見えている、実際に目にした俺達にはそれほどの速度でもない攻撃だったが、普通の人にはこれほど速く見えるという事か。
「あとこれ、ガントさん達の動画、これは通常速度よ」
そうして今度はガント達の対戦動画を再生する。ガント達の動きは良い、とても速い、機敏だ。所々手がブレていたりするが、俺達ほどではない、か。
「多分ガントさん達の動きが常人で追えるギリギリね、師範代達の動画もあなた達と同じで全身がブレるわ」
「自分達がここまで常人離れしているとは気付かなかった」
「私達はお互いの動きを目で追えていますものね」
そこが自分達の動きがどれだけ常人離れしているかに気付かなかった原因だなこれは、反省しなければいけない。
「それなのに、自分が常人離れしているだけなのに、リフレさん達は神に向かって弱い者いじめとか言っちゃうしね」
「それは、すみません、反省します」
「すまんかった」
マリッサの言葉にリフレと2人して頭を下げてしまう。いやごめん、戦神、お前の攻撃速かったんだな、気付かなかったよ。
「もう公式動画感想スレは色々なコメントに溢れてるわ、こんな化け物みたいな動きとは知らなかったとか、速度補正してた運営が悪いとか、確かに何も言わずに補正していた運営も悪いとは思うけれどねこれは」
「化け物って」
「実際常人にはブレブレの姿しか見えないんじゃ化け物よあなた達は」
言われてみれば確かに、としか言えない。常人に俺達の戦闘軌道は残像しか見えないという事だものな、確かにそんなの相手したくないわ。
「だから神も化け物で、それを倒すあなた達も化け物、そうならないと神を圧倒的に倒すなんて事は無理って事を今回来訪者は理解した訳よ」
「そうであれば良いのかしら、結果的に来訪者の気持ちの引き締めに繋がったのであれば」
「良かったと思うわよ、確かに今回の動画で神がいかに化け物かは視聴者は理解できたのだし、あなた達の方が化け物という事も理解したけれど」
ネスの言葉にマリッサがそんなフォローなのかなんなのか分からない言葉を付け足しながらも肯定する。それで来訪者が神を甘く見積もらなくなるならいいんだけれどな。
「ただ結局、化け物には化け物をぶつけるんだよ!っていう答えにしかならないから、あなた達は今後も何かあれば頼られる可能性は高いわよね」
「そこからは流石に逃げられないかぁ」
「逃げられないわね、残念だけれど、少なくとも九堂武術道場は逃げられないわねもう」
「ただもう、テイニハルトの件が終われば神絡みの云々は終わりそうだから、それまでは付き合うさ」
そう、神を利用するテイニハルトさえどうにかしてしまえば、もう後は大丈夫だと思うのだ、リリーエムのように気まぐれに人を弄ぶような神が現れなければ。だからそれまでは、神との対峙には付き合おう。
「それさえ終われば後は平穏な来訪者生活が待っている、と思うんだがな、絶妙に嫌な予感はするんだよな、ホリエート王国の立地上」
「神の力の集合地だものね、今後も神云々の話は続くかもしれないわ」
「だよなぁ」
そうなのだ、ホリエート王国は立地上特異な立場にある場所だから、何となくそれを狙って悪さする存在とかが出てこないかとか心配になるのだ。
「たらればの話をしても仕方ないし、今はテイニハルトの件が無事終わる事を祈りなさい」
「そうだな、そうしておくよ」
マリッサの言葉に笑顔で頷く。うん、今はそれを祈っておくのが一番精神衛生上良い事だと思う。すると不意にマリッサが自分の顔をペタペタ触る。
「え、どうかしたか?」
「いや、私今雌の顔してなかった?」
「なんだよ急にそれは怖いよ」
いきなり意味不明な事を言い出すマリッサにちょっと怖さを感じているとリフレが言う。
「ちょっとしてました」
「してたのかよ怖いよ、なんだよそれ」
「やっぱり、ちょっとそうじゃないかと思ったのよ」
「思ってたのかよ怖いよ」
ちょっと意味不明すぎて怖い、なんでマリッサもリフレも分かるの、怖いんだけれど。と思ったらフタバが急に別方向から言い出す。
「リットンさんも何気なくしますわね」
「え、リットンもなのか、怖いな」
「あなたのせいよ」
「俺のせいなの!?」
ネスからの変化球にびっくりする、一体なんだ雌の顔って。
「リットンがソウさん見るとムラムラするって言ってたでしょ、あれよ、今ちょっとムラってきたわ」
「え、それ性欲的なあれじゃないの」
「そうなんだけどそうじゃないというか、表現が難しいわね、女じゃなくて雌なのよ、獣みたいな顔が出るのよ」
「やっぱり怖いじゃん」
突然そんな事言われても困るし、俺のせいじゃないでしょそれ絶対。
「ウチにいる人で一番多いのはシィルウーツさんとか」
「あぁなんかそれは俺のせいかも、ごめん」
あいつは偶に獣になるというか、前触れ無く押し倒そうとしてきたりするから、なんかそれは俺のせいなのかもしれないと少し納得してしまう。そうするとマリッサが軽くため息を吐く。
「まさか自分がって思って少し困惑するのよ、愛してるのは朋美なのは間違いないんだけれど、そういう面を満たせるのはソウさんなのよねぇ」
「それどう反応していいのかわからないわ」
「マリッサも複雑なのね」
俺が反応に困っているとネスが同情なのかなんなのか分からない反応をする、いやその反応なんなんだよ。
「まぁ解消はさせてもらってるからいいんだけれどね、今後も定期的によろしくね」
「あ、あぁ、うん、なんと言えばいいのか分からんが、うん」
「なんだかビジネスライクなお話ですわ」
そうだな、とてもビジネスライクな感じで性欲の話をされている気がする、今。いいのだろうかこれで。なんだかとても爛れた生活になっていないだろうか俺、とても心配だ。




