それじゃ俺達は本拠地に戻るな、何かあったら連絡くれ
現実で夕食後のログイン。さて今日はセールフ達を一旦狐人族の里に連れ帰らないとなと思いみんなと当主の間で合流後、側で控えていた経営陣の方に声をかける。
「セールフとイヴァンの準備は?」
「既に完了し外で待機しております」
「分かった」
そうして玄関を出るとそこにはフードを脱いだ状態の旅支度をしたセールフとイヴァンがいた。イヴァン、俺から見るとほんの少ししか成長してない、まだまだ稽古が必要だな。
「2人ともお疲れ」
「本日はお世話になります」
「よろしくおねがいします」
「それでは行こうか」
早速俺達とセールフ、イヴァンで転移門から狐人族の里へ。久しぶりの里の風景に懐かしそうに目を細める2人を先導してそのまま絹工場へ行くと、ゲソウがすぐさまやってきた。
「おぉセールフ様、イヴァン!」
「ゲソウ様、ご無沙汰しております」
「お久しぶりです、ゲソウ様」
「2人とも本当に無事で何よりだ。さ、長老達も揃っている、奥へ行こう」
お、長老達ももう無事牢獄から出れたか、それは良かった。そうしてゲソウの案内に従い工場の奥にある大きめの家屋に入ると、そこには長テーブルに座った初老の方がいっぱい。一番奥には髭を蓄えた老人が座っていた。その老人に向かいセールフが駆け出す。
「お祖父様!」
「おおセールフ、無事で良かった」
なるほどあれが最長老、セールフのお祖父さんね。感動の対面をセールフがしている頃、イヴァンが他の長老に挨拶していた。
「皆様ご無事で何よりです」
「お前こそ無事で良かったよイヴァン」
「後でセルヴァにも会ってこい」
長老達に肩を叩かれて嬉しそうにするイヴァン、こういう再会っているのはいいものだ。一通り全員が落ち着いた所で、部屋に更に人が入ってくる。その顔を見てセールフもイヴァンも喜んだ。
「お父様!お母様!」
「よく無事だった、セールフ」
「イヴァンもよく無事で」
「セルヴァ兄もお元気そうで」
そうして家族全員集合となった所で、ゲソウが話し始める。
「この度の解決は偏にこちらのソウ様達のお陰です。今後我が里としてソウ様方への協力を行うという事で、つきましては是非セールフ、イヴァンの他にもソウ様の所で魔獣の蚕の飼育と絹の製作に協力していくという事でよろしいですかな」
「え、そういう話になってるんですか」
「国からは許可を得ております」
あ、そうなのね、既に国から許可が出ていると、うーん、どうしようか。ちょっとギルドチャットで経営陣の方に相談すると、既に追加で増設している部屋の内20部屋は使用可能なので作業員を連れて帰ってこいという話に。事前にセールフには確認済み、と。仕事早いですね経営陣の方。
「わかりました、そういう事であればご協力をお願い致します」
「ありがとうございます」
そうしてゲソウが礼を言うと今度は最長老が話し出す。
「これで、今日をもってわしは最長老を引退、この里の最長老はゲソウに任せる。ゲソウ、しっかり頼んだぞ」
「分かりました、全力で取り組ませていただきます」
「そしてわしと息子夫婦を含めた10名でソウ殿の所で絹糸の製作に協力していく事とする。今後ともよろしくお頼み申す」
頭を下げる元最長老にこちらも頭を下げるが、こんな簡単に移住を決めていいのだろうか。そこからの動きは速かった。さっさとみんな家財道具を纏めて荷車に積もうとするのでもう俺達がインベントリを使って全部収納、それぞれが里に残る者に別れを告げて、懐中時計でさっさとドゥヴァリエへと転移した。人数制限ない懐中時計昨日貰ってよかった。最長老以外の人が夫婦で来ていたのでそれぞれの部屋を決めて家財道具置いて、みんな自由に使ってくださいという状況にした。家のルールは使用人に教えておいてもらう。そうして彼らがまず向かったのは、蚕の繁殖小屋だった。
「良く育っているじゃないか」
「そうですね、今後にも期待できます」
両親の言葉を聞いて育てていたセールフも自慢気だ。次に隣の繭小屋を見て桑の葉をよく食べる蚕を見てから、隣の糸紡ぎなどを行う小屋を見る。ここに里から持ってきた道具を設置して、これで引っ越しは完全に完了かな。まだ繭は作っていない状態だけれど、もうすぐ繭は作れるらしいのでこれは楽しみだ。そうして昼になったのでみんなで食堂で歓迎会兼昼食。みんな主食はパンだったのでパンと白米両方用意してもらって酒も出して歓迎をする。セールフとイヴァンはもう白米と箸に慣れた、みんなにも順次教えてくれるだろう。それからは使用人に頼んで道場見学とルールの説明ツアーを開催、その間に俺達は『電脳遊戯倶楽部』へと足を運んだ。店、まだ混んでるんですけど。
「ソウさ~ん、応接室~」
「はいはい」
カウンターで忙しいリットンに指示されるまま応接室に行くと、今日はマリッサのみ、ナリンセンは作業中かな。マリッサは俺達に気付くと手を挙げる。
「いらっしゃい、なにか用事?」
「あぁ、今後の事をちょっとな」
「なにかしらね、面倒な話じゃなければいいんだけど」
ちょっと警戒しながら俺達の前に座りマリッサが紅茶を入れてくれるので一口。
「うまっ、もう何も言う気になれない」
「ソウさんもやっと慣れたわね」
「あーこれで緑茶飲みたいなぁ」
俺の言葉にリフレ達も黙って頷くのを見て落ち着いてからマリッサに話をする。
「魔獣の蚕の絹なんだけどさ、この国での製造販売が自由になった話ってしたか」
「聞いてないわね」
「では今したという事で、その絹の生産場所がさ、この国だとウチになりそうなんだよね」
「あぁあの2人を保護したからね」
「そういう事だ。それで今日作業員10名と道具も運び込んで今後本格的に生産していく事になった」
そう言うとマリッサが期待を込めた目で見てくる。
「じゃあ今後絹が出来たらソウさんの所で買えるのね」
「そういう事になるな、ゆくゆくは本格的な工場になるかも」
「それは夢が広がるわね。あの一帯は広いし工場建てちゃいなさい」
「ゆくゆくの話な。今は作業員10名で回せるだけ生産するし、彼らも次代を育てなきゃいかんし」
作業員みんな夫婦で来てるから子供もいつか出来るだろうし、そうなれば次代の育成だな、そうして人口をどんどん増やせればやがて工場にできるかもしれん、本当に。
「まぁまずはその魔獣の絹の主な使い道は俺達の服の作成だな、真竜素材使ったやつ」
「それが最優先でしょうね、その後で一般に流通か」
「そうなる。まぁこの店には優先的に卸せるようにしておくよ」
「それはありがたいわねぇ」
この店にはとことん世話になっているからな、それくらい優先しても構わんだろう。将来的には本当に事業として生産工場建てていいし。
「あんまりベリエスタンの利益を害さない程度にしていくよ。それにベリエスタン側としても思惑あっての事だし」
「思惑って?」
「ベリエスタンとしては、今後テイニハルト帝国と本格的な争いになったら魔獣の蚕の絹に構っている余裕がなく、そこで文化が途絶える恐れがあるから、一旦他国に退避させてベリエスタンが安全になったら再生産できるようにしておきたいんだそうだ」
「なるほど確かに、国が害されたら絹どころじゃないものね」
「そういう事だ」
ベリエスタンの利益を侵さず、こちらとしてはほどほどに儲ける程度にしておくのが良いかと思うのだ。ベリエスタンが無くなったらもう遠慮することは無いけれど、そんな未来は来ないで欲しいんだよな。
「そういう訳で、魔獣の蚕の絹が出来たら持ってくるよ、それで俺達の服を作ってくれ」
「分かったわ、そのつもりでいるわね」
「あ、あと普通の絹もあるんでこれで全員分のパーティードレス一着ずつ作ってくれ、ヒュドラ粉末使って」
そう言って先日買った普通の絹を手渡す。マリッサはそれをインベントリにしまいながら聞いてきた。
「パーティードレスってどんな風な?この世界の一般的なパーティードレスってあれよ、ワイヤー入ってコルセット巻くやつ」
「いや元の世界のデザインでいいが、あまり素肌は見えないもので頼む、素肌に毒ナイフとか突きつけられたら流石にまずいからな」
「分かったわ、あなたの分は普通の紳士服ね」
「それで頼むよ」
俺の服装なんぞ本来どうでもいいんだが、この世界にはこの世界なりの流儀があるので一応整えておかないといけないという訳だ、紋付きを着るのとどっちがいいかは悩みものだな。
「でもそうねぇ、みんな素材はいいから本当は素肌もある程度見せたいんだけどねぇ防犯を考えるとね」
「そうなんだよな、防犯を考えないといけない状態に俺達はなってしまっているからな」
「難儀なものよねそれも」
「あぁ実に難儀だ、呪い殺されそうになったし」
この世界ではもっと気楽な立場でも良かったはずなのに、いつの間にかこんな事になってしまっている、しまいには神殺しだし。
「そういえば、先日この国の第1王子と第2王子に会った」
「蟄居した第1王子と後継者の第2王子?それでどうしたの」
「右手の紋章見せたら土下座された」
「その王子達も可哀想ね、本来王族なんてそんな事する必要ないのに、あなたみたいな建国王の紋章持ってる人がいるなんて思わないでしょ」
マリッサがやれやれと言いたげに肩をすくめる。確かに彼らからしたら青天の霹靂も良い所だもんな。
「それで建国物語、この国の上級貴族と王族には正確なものが伝わってた。ホリエートの育ての母はアリシア、彼女はエンダルシアという国を裏で操っていた悪神を倒し、今のホリエートを建国。アリシアはホリエートを愛し生涯操を立てて亡くなった。今の王家はアリシアの養子が初代で、アリシアとの血縁関係は無いそうだ」
「それはまた爆弾情報だけど、愛ねぇ、いいわねその愛は。私も恋人いるけど中々できる事じゃないわね養子まで取るのは」
「えっ!?お前恋人いるの!?」
思わぬ情報に思わず立ち上がる、リフレ達もびっくりだ。しかしマリッサは平然とお茶を飲みながら言う。
「えぇリットンだけど」
「あ、なんだ全然意外じゃない話だったわ」
「いや、ソウ、そんな平然と受け入れる事じゃないと思うけど」
俺が素直にストンとソファーに座り直すとネスが突っ込んでくる。いやしかしだな、相手はリットンだぞ。
「あのマリッサに対する献身的な態度見ればそりゃ分かるだろ社長と秘書以上の深い繋がりなのは、逆にネスが気付いてなかった方が驚きだ」
「いや、なんていうか私は2人のことそんな視点で見たことないから、優しくしてくれるお姉さん的な感じで見てたから」
「あなたは他人の事になると敏感よね、自分の事は鈍感なのに」
「え、いや、3人の事は分かってるけど」
俺がそう言うとマリッサがはぁ、とため息をつきリフレ、ネス、フタバが苦笑いを浮かべる。え、なにこれどういうこと。
「ごめん、本気でわからんのだが言っている事が」
「あなたの事を情熱的に追いかけている子が他にもいるわよ、すぐ近くに」
「そうでしょうね」
マリッサの言葉をリフレが笑って肯定する。え、他にもいるって、すぐ近くで?わからん、全然心当たりがない。
「ご本人が自覚したのは最近かもしれませんが、以前より追いかけておりましたわよね」
「そうよね、前からずっと強く意識してたのは確かよね」
「……わからん、全然心当たりがない。ごめん教えて」
「ご自分で気付いてあげてください」
にっこり微笑んでリフレが言い、ネスもフタバもさらにマリッサも笑顔で頷く。本気で心当たりがないんだけど気付きようが無くないかそれ。駄目だこの話俺の立場が悪い。
「もうその話は置いておいて、パーティードレスよろしくな」
「えぇわかったわ、用意しておくわね」
「それじゃ俺達は本拠地に戻るな、何かあったら連絡くれ」
「わかったわ、またね」
全く変な話題になってしまったが、今夜も狐人族と一緒に食事だ、早い内に仲良くなっておこう、今後の為にもな。




