お前達……一体何をしている?
そろそろ問いたださなければならない。そう思っていたのは俺だけではなかった。師範に断りを入れた時に、同様に師範も捉えていたので、俺が問いただす事にした。
道場で一番の若輩者であり、年齢が一番近い俺が行うのが良いという判断だ。それに、もしもの時にも俺が言うのが一番良いだろうという事だった。
そうして午後の鍛錬を終えてからの自由時間。本来であれば個々人の自由になるこの時間に、内弟子の三人を道場へと呼んだ。総場拳児、鈴見隼人、そして三谷涼子。我が武術道場でも期待の師範代候補生となる三名。彼らは居心地悪そうに道場に正座して俺の前に居た。
今までの傾向からこういう時は説教が待っている事を理解している三名はこれから何が待っているのかを想像しながら俺からの言葉を待つ。俺はそんな三名に溜息一つ吐き、言った。
「お前達……一体何をしている?」
そんな俺の言葉に三人はビクリ、と肩を一瞬揺らしてからこちらを窺うように見る。そして、拳児が小さく呟く。
「その……何をしている、とは?」
「質問に質問で返すな。でははっきり言うが、拳児。お前――人を斬ったな」
そう断定すると、拳児は酷く驚いた顔をして、そのまま……首を大袈裟に振るった。
「き、斬ってません!!そんな事する訳ないじゃ――あ、えっと、何故、そう思ったんでしょう……か」
言葉の途中で何か思い当たったような表情を浮かべた拳児が、疑問を浮かべる。それと同時に、俺も疑問が湧く。何だこの反応は、と。
それは隼人、涼子も拳児と同じようで、何か思い当たったような表情を浮かべたからだ。まぁいい、それより拳児の話だ。俺はここ最近の彼の鍛錬に対して答える。
「剣筋が以前と明らかに違う。それに、それは明らかに、実戦を経験したソレだ。生半な鍛錬では得られん。それは隼人、涼子もだ。お前達、一体何をしている?」
俺がそう言うと、三人は明らかにホッとした表情を浮かべた。ううん、余計分からん。すると、隼人が口を開く。
「実際に人を斬っている訳ではありません。いや、それは少し語弊がありますか。師範代、我々は確かに人を相手にしております。仮想現実の世界で」
「……仮想現実、だと?」
仮想現実――VR空間を利用したゲームが開発されてから久しい月日が流れている。現在までに既に多くのゲームが開発販売されているが、その中で斬っている、と?いやいや、ちょっと待て。
「そこまで現実的な戦闘ができるようなものがあるか?」
「それがっ! 凄いんですよっ!! 現実とほぼ何も変わらないのがあるんですっ!!」
俺のそんな疑問に被せるように拳児が吠える。いやいや、そんな……。
「二月前に発売されました、フルダイブ型VRMMORPG、『グランフェスト・オンライン』これが凄いんです。私も拳児に誘われるまで懐疑的でしたが……現実と何も変わりません。それどころか――いえ、これは実際に師範代にも経験していただくのが良いのでは?」
そんな事を言う隼人の言葉に、パンと手を合わせて涼子が言った。
「それが良いかもしれません!! ぜひ師範代もご体験いただければ、その凄さが分かるのではっ!?」
三人は何故かそんな風に目をキラキラさせて言う。えぇっと、そんなに凄いの?でもそれ、お高いんでしょう?
「大丈夫です!私達でも買える程度の価格帯のVRギアですから!!」
なんていう感じで、俺はそのゲーム――『グランフェスト・オンライン』をプレイする事になった。
*********
通販って便利だ。ソフトとVRギアの同梱パックで一週間で届いた。いやしかし、ソフトを購入するのに身分証のデータを提出する必要があるとは思わなかった。何故かと言うとこのゲーム、現実と同じ仕様がいくつかあるらしい。入浴であるとか、飲食であるとか。あとグロ描写なんかも。
そういうのの為に身分証明書が必要であるという事でデータをスキャンして提出、同梱パックで一週間。届いたと三人に報告した時には早くやろうすぐにやろうと煩かったので無駄口を開けないくらいきつめに稽古をつけた。
そうして午後の鍛錬が終わってからの自由時間に、俺はVRギアをセットして、VR用リクライニングチェアへと腰掛ける。実はこれは同梱パックの最上級、パーフェクトエディションに付属されたものだ。座り心地は確かに最高。長時間座っていても疲れない。背もたれも適度に柔らかく、これなら長時間同じ姿勢でも大丈夫だというものだ。
そうして全ての準備を終え、俺はゲームを起動した。瞬間、気絶するような感覚を覚えた後で、目の前がパッと明るくなる。そして身体が――五感が正常に機能しているのを感じる。ほぉ、これは……確かに凄い。
『初回起動を実施中。ようこそグランフェスト・オンラインへ。まずはチュートリアルを開始します』
その声と同時に一瞬の浮遊感を覚え、足が地面につく。何も無い白い空間だが、そこに立っているという感覚は分かる。視線を様々な方向へと向けて、両腕があるのを確認して――凄いな、これ。
『正常に動作ができるかの確認をします。身体を動かして下さい』
言われるまま身体を動かす。右腕、左腕、足と胴。捻ったり跳んだり。一通り終えてから、その場で型を振るう。うん、異常なし。
『動作確認完了。それでは次に、希望する武具を振るう練習をします。希望する武具をおっしゃって下さい』
「あー、えー。手甲と足甲だな」
武具?基本的に俺は無手だ。なので俺は俺の希望する武具をそのまま言った。すると両腕と両足に、シュンと光が纏わりつく。そして出てきたのは希望通り、何の飾り気も無い手甲と足甲がついていた。
中指から手の甲に広がるような薄い革の手甲、脛を守るだけの足甲。うむ、これでいい。それを確認してから再び型を振るう。うん、問題ないんじゃないか。
『確認完了。それでは次に、マネキンを表示します。それを攻撃して下さい』
その言葉と共に5メートルほど先にマネキンが表示される。なるほど、これを攻撃ね。構えを取り、まずは一撃。
「……痛覚に関して、もうちょっと上げられないか?」
『痛覚設定は現在許容できる最大値です。これ以上の上昇はできません』
「だがな……硬い感触なのに返ってくる痛覚が薄すぎる」
『これ以上の上昇はできません』
ううむ、そうなのか。マネキンは木を殴っているような硬い感触なのに、こちらが感じる反動が薄い。痛覚設定が現実と差異があってモヤっとする。だがこれ以上はできないとなると、しょうがないか。
「ならこの設定のままでいい。それで、これ以上殴ればいいのか?」
『設定完了。全てのチュートリアルを完了しました。これよりアバター設定に切り替えます』
その声と共に、目の前のマネキンが姿を変える。その姿はそのまま、現実の俺だ。真っ裸の。なにこれ、ちょっと恥ずい。
『まずは人種から選択して下さい』
そうして表示されたメニューに様々な人種が表示される。といっても六種類で、普人種、獣人種、森人種、魔人種、小人種、鉄人種だ。この内獣人種はそのまま俺の頭に獣の耳と尻尾がついた人種、ファンタジーでよくある獣人だ。森人種は耳の長い、所謂エルフ。小人種は縮約の小さくなった俺、ハーフリング、だったかな。鉄人種は所謂ドワーフだ。こういった普段の自分と齟齬が発生しそうなのは却下だな。
普人種は俺そのまま、魔人種は肌が褐色というより黒い俺そのままだが、顔に小さな入れ墨がある。
「普人種と魔人種の違いはなんだ?」
『普人種はパーソナルが標準です。魔人種は技術の習得に制限をかける事で、普人種よりもその他技術の習得にボーナスを与えます。また制約が大きい程刺青が大きくなります』
「その制限っていうのは、例えば?」
『特定のスキルの習得ができない等です。アクティブスキルや、魔法等がそれに当たります』
「魔法、魔法か。魔法が使えないと困る事は?」
『魔法には元素魔法と精霊魔法、呪法魔法、神聖魔法があります。その内プレイヤーが取得可能な魔法は元素魔法、精霊魔法、呪法魔法です。元素魔法は五大元素を操る魔法で、一般的な攻撃魔法に当たります。精霊魔法は主に補助魔法に当たります。呪法魔法は道具や呪符等に魔力を込めて使用する、攻撃・補助両方に使用可能な魔法になります。この世界では魔法が使用できるのが通常であり、いずれかの魔法が使用できない場合、生命活動を維持できません』
「げっ」
魔法なんていらんのにな、と思っていたらこれだ。うーん魔法は必須という事か。ならば聞いてみるしかないな。
「例えば魔人種で、使用可能な魔法は精霊魔法のみ、と設定した場合どのような効果がある?」
『――魔力の直接変換・運用を除く実施可能な魔法を精霊魔法のみと設定した場合、その他技術の取得に大幅なボーナスが付与されます。また刺青は以下のようになります』
そうして表示された刺青は、俺の顔左半分くらいを覆っていた。いや結構でかいな。しかも光ってる。んー、まぁいいかこれで。
「じゃあこれで」
『人種設定魔人種。制約――元素魔法、呪法魔法の習得不能でよろしいですか?』
「はい」
『設定完了。次にアバターの顔パーツの設定を行って下さい』
なるほど、顔パーツの設定も行えるのか。鼻を高くしたり目を大きくしたり。しかしこれは不要だな。
「このままで」
『設定完了。次に髪色、瞳の色を決定して下さい』
もう面倒になってきたな……。
「両方深い青で」
そう言うと、髪色と目の色が濃い青色になる。うん、黒い肌に深めの青、いいんじゃないか?
『これでよろしいでしょうか?』
「はい」
『アバター設定完了。最後にプレイヤーネームを決定して下さい』
プレイヤー名か。うーん、分かりやすいもので。
「プレイヤー名、ソウ。重複しているか?」
『――重複していません。こちらで決定でよろしいですか?』
「じゃあそれで」
『設定完了。以上全ての設定が完了いたしました。――来訪者ソウ、異世界グランフェストへようこそ。この世界で貴方の幸せを願っています』
その言葉と同時に、俺は白い世界から転移した。