国立アージェスト・ユーユ学園②
学校の校門近くで、白の外套と青の外套を着た二人が睨み合う。二人の間に飛び散る火花が見えそうなほど険悪なムードに、見て見ぬ振りをしていた大人達まで固唾を飲み込む。
最初に口を開いたのは、白の外套を羽織った金髪の女性。多くの男女が振り返りそうな凛とした立ち振舞いと美しい顔のまま、目尻をつり上げ怒る様は一層迫力がある。
「ガロウ・スレイ! その子を放しなさい! この学校の生徒の中には、いずれ魔法師団で働くことになるかもしれない宝なのですよ!」
銀色の短髪に右目の傍に大きな傷痕を持つガロウと呼ばれた若い男は、再び大きな舌打ちをする。
「サラ・スレイ……。お前と俺は同期だがな、口の聞き方に気をつけろ。俺は師団長。お前は副団長だ」
静かに、それでも低く唸る狼のような声でガロウはサラを威圧する。
ガロウ・スレイとサラ・スレイ。同じ名前を持つが兄弟や親戚ですらない。偶然同時期に魔法師団に入った二人は、名前が同じというだけで余計に比較されて来た。だからなのか二人は犬猿の仲である。
実力は伯仲しており、偶然第五大隊の師団長の椅子が先に空いた為、ガロウは師団長の座にいるだけであった。
「ガロウ師団長、不味いですよ。他の団長クラスと揉めるのはご法度ですよ」
ガロウの連れである、星が二つ描かれた腕章を身に付けているキツネ目をした男が止めに入る。しかし、あまり強くは言えないのか、ガロウに睨まれただけで怯んでしまった。
アルベールは気が気でなかった。ガロウのもう一人の連れ、細い長方形の眼鏡をかけたインテリっぽい男の腕に捕まり身動き出来ないま自分のせいで一触即発の雰囲気漂う二人に戦々恐々としていた。
誰もが見守りら息を呑む次の瞬間、突然アルベールは自分の倍の高さにまで何者かに頭を掴まれ持ち上げられてしまう。
「師団長!」
サラの声に反応して全員が視線を、サラが声をかけた先に向けた。
浅黒い肌に白髪。白い髭を鼻下に蓄え、何でも飲み込みそうな大きな口、そしてそれらが全て霞みそうなほどの背丈の大きさ。優に二メートルは越えており、体も筋骨隆々の大男の出現にガロウとサラを除く全員が目を大きく見開いていた。
「チッ……!」
舌打ちするとガロウはすぐに視線を下に向けた。
「ガロウ師団長よ、困るのう。今日の選抜試験の開催はわしの第四大隊が主宰だぞ?」
体に比例した大きな声で笑いながら大男はガロウを見下ろす。
「チッ、ハクレン師団長。これは貸しだぞ。いくぞ、お前ら!」
ガロウは二人を連れ、鋭い目付きを振り撒きながら校庭の中央に向かって歩き始めた。
「がっはっは! 貸しか! まあ、こんなのは借りた覚えがなければいいだけだ!」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません、師団長」
「サラよ。ガロウ相手だとむきになるのがお前の悪い所だ!」
サラは目を瞑り大きく息を吸い整えてから目を開くと、先ほどまでのつり上がった目とは違い、おっとりとした目に変わる。
「ハクレン師団長。それより、そろそろその子を放してあげてください。気を失いかけていますから」
「ほっ? おお、これはイカン」
ハクレンの大きな手に頭を掴まれていたアルベールは、ようやく地面に足が着き、大地を踏みしめるありがたさを知る。
「ごめんなさいね、怖い目に遭わせてしまって」
サラは耳にかかった金色の髪をかきあげながら、アルベールに怪我はないかを確かめるため、その綺麗な顔を近づける。足が震え腰が抜けそうだったアルベールは、サラから漂う甘い匂いに顔を赤らめた。
「もう大丈夫のようだな。サラ、わしは先に行くぞ。がっはっは!!」
ハクレンは、のしのしと歩き出し校庭中央へと向かう。その大きな体躯は歩くだけで迫力があった。
「タイくん、モーちゃん。どうして今日は魔法師団の人達がこんなに居るんだ?」
「あ、そうか! アルベールは昨日休んでいたからな。今日は選抜試験の日だからだよ」
「選抜試験……そうか、もうそんな時期なんだ」
選抜試験は八年生が対象で、魔法師団の師団長クラスの前で学校で学んだ成果を披露する大きなイベントである。
そこで実力を認めらた者は、みんなより一足早く卒業出来、さらには魔法師団にスカウトされることもある。
だからか、八年生は必死に自分をアピールをする必要があった。
結局は、ここでスカウトされなければ卒業まで残り一年未満しかない。つまり、卒業しても魔法師団に入団出来る可能性はぐんと低くなるのだ。
「お詫びとして、特等席で見せてあげれるけど、どうする? もちろん、そこの二人も一緒にね」
他の生徒も選抜試験の様子は見れる。しかし、それは遠くの校舎の中からであり、細かい様子までは分からない。
サラの提案はとても魅力的で、アルベール達三人は顔を見合わせると「もちろんお願いします!」と元気よく返事をするのであった。