国立アージェスト・ユーユ学園①
国立アージェスト・ユーユ学園。八年制のその学校では、主に魔法専門の学校である。アージェスト共国という国においてだけではなく、世界中において初の魔法専門の学校であり、その走りでもあった。
その規模は実に八百人もの生徒を抱えるマンモス校。世界中を見ても稀であった。
アルベールは現在二年生。年齢はそれこそバラバラではあるが、二年生の中心はアルベールと同年齢の八歳が多くを占めていた。
捜索から一夜明け、自宅でアルベールは一人で朝ごはんを食べていた。
父親は居ない。いつも朝早くから仕事で出かけている。
モシャモシャと味気ないパンを一人で食べるのにも慣れ始めていた。
「母さん、行ってきます」
今は父親だけの部屋となった扉を開き、誰も居ない部屋に向かって頭を下げる。
返事が返って来る事もなく、彼は鞄を背中に背負うと肩を落としながら玄関を出た。
家はボロい二階建てのアパートの一階の一室。裕福ではないが一般的な生活は不思議と出来ていた。
今日の昼も学食を予定しているし、生活費は父親から渡されている。
「アルベールちゃん、おはよう」
アパートの庭の枯れ葉を掃いている腰の曲がった老婆が声をかけて来た。
「あ、マシルおばちゃん。おはようございます」
「昨日は大変だったねぇ。もう大丈夫なのかい?」
「はい、おかげさまで。イルミさんにもお礼伝えてください」
マシルと呼んだ老婆はこのアパートの大家であり、何かとアルベールを気にかけてくれている。昨夜の捜索には年老いて出れなかったが、代わりに孫娘のイルミが捜索に加わり、昨夜アルベールを見つけてくれた女性がイルミその人であった。
「いいんだよ。さ、学校に遅れるよ」
「はい! 行ってきます!」
マシルに頭を下げ、アルベールは一転元気よく駆け出す。落ちこぼれでも腐らずに学校に行けたのはマシルの存在も大きかった。
アルベールの暮らす街オルハは、アージェスト共国でも最も大きい。元々自然溢れる国であるアージェスト共国でも、街の背には山脈が連なり左右は大きな川が山脈から流れ、周囲は森に囲まれていた。
街から少し離れた郊外には最も目立つ背の高い塔がそびえて建っており、その中は法霊院の施設となっている。
郊外の南には広大な森があり、迷いの森として有名であった。
アルベールが街の中央通りを小走りで駆けていると、左右の脇道から次から次へと同じ真っ白な制服に身を包んだ少年少女が現れる。
その数は百数人規模となって中央通りを走る姿は、街の名物になっていた。
「あ、来た来た」
「おはよう、アルベール!」
校門でアルベールを出迎えた少年と少女、タイラーとモーリスの二人だ。二人はアルベールに駆け寄り、真っ先に彼に向かって頭を下げた。
「「ごめんっ!!」」
「もういいよ、二人とも。昨日の夜もおじさん達と一緒に謝りに家まで来てくれたじゃないか。僕は大丈夫だから!」
昨夜、親同伴で大泣きしながら二人はアルベールの家にやって来ていた。何度も何度も謝ってくれて、二人が心から深く反省しているのがひしひしと届き、アルベールは二人を許していた。
むしろ、アザゼルの事を口外できない事に申し訳なく感じており、二人に頭を上げさせた。
「それより校庭に人が集まっているのはなに? なにかあるの?」
「ああ、それは……」
「わっ!」
モーリスが口を開こうとした時、突然小さな悲鳴を上げながらアルベールは誰かに背中を押され転びそうになる。
「アルベール、危ない! おい、気をつけろよ!」
「あぁん!?」
咄嗟にタイラーがアルベールを支え、ぶつかって来た相手を睨む。しかし、ぶつかって来た若い男とその連れの二人は、謝るどころか威圧的な態度を取ってくる。
「青い外套に青いハット……、もしかして魔法師団第五大隊の……!」
「けっ、くそガキが! 今気づいたのか!?」
男三人は、全員が同じ格好をしてタイラーとアルベールに見下すような目を向ける。
その中でも先頭を歩く男は大きめの舌打ちをすると、いきなりアルベールの胸ぐらを掴み体を持ち上げた。
「アルベール!」
「タイラー、不味いわよ。あの人の腕章を見て!」
アルベールを持ち上げた腕には腕章が取り付けられており、そこには星が五つ描かれているのが、タイラーにも見えた。
「い、五つ星、し……師団長か。それに後ろの二人も副団長クラスの……」
瞬時にタイラーは厄介な相手に喧嘩を売ったと気づく。第五大隊の証明でもある青い外套。この連中に簡単に喧嘩を売る人間は大人でも居ない。
荒くれ者達の集まりで、街でも有名でもあった。
「ど、ど、ど、どうしよう、タイラー。このままじゃアルベールが」
「お、落ち着け。す、すいません。その子を放してもらえませんか? 口答えしたのはオレですから……。罰はオレが受けます」
法霊院は国よりも強い権力を持つ。その中において魔法師団は魔法に関する取り締まりが厳しい事で知られており、中には結構好き勝手をする者もいた。
たとえ今はアルベールが見逃されても、タイラーが五体無事に済む可能性は低い。
それでもタイラーがアルベールを救いたいのは、後ろめたさからか。
「ほう。いい度胸だ。もちろんお前も可愛がってやるよ。こいつの後でな! わはははははは!!」
タイラーとモーリスの二人は絶望的な状況にサーっと顔を青ざめる。辺りを見渡しても他の生徒達は知らん顔をして視線を逸らす。
教員までもが見て見ぬ振りをするくらい、魔法師団の権威は強かった。
「待ちなさい!」
怒気を含んだ声を上げ姿を現したのは、真っ白な外套に同色の鍔の広いハットを被った眉目秀麗な女性であった。その腕には四つの星が描かれた腕章を付けている。
「チッ、めんどくさい奴が出てきたな」
男はアルベールを連れに渡し、真っ直ぐ伸びた金色の長い髪をした女性へと接近して、顔を突き合わせ互いに睨み合うのであった。