古の魔法使い④
アザゼルはアルベールに、持ってきた魚に串の刺し方を教え、タンスの中にあった燃えそうな物を持って来させた。
アルベールの近くへ寄って来た金糸雀色に光る小鳥は、口からポウッと火を吐き、焚き火の為の火種を起こす。火は徐々に激しく燃え始め、串に刺した魚を傍で焼き始めた。
「では焼けるまで少し話をしようか」
アザゼルがそう言うとアルベールは真っ先に手を挙げて質問をしてきた。
「おじ……アザゼルさんは、いつから此処にいるの? どうしてミイラなの?」
焚き火を挟んで対面するアルベールの無垢な質問に、アザゼルは冷めた目で返す。そして小さく溜め息混じりの息を吐いた。
「さんは、要らん。アザゼルでいい。しかし、本来聞きづらい事を簡単に聞いてくるな、お前は。これだから、子供ってのは……。まあいい、それより今何年だ?」
「今? 今は法聖暦四二一年だよ」
「法聖暦? なんだ、それは? 陰陽暦で言え。何年になる?」
法聖暦は、“秩序の魔女”アーガストが、後に作り出したもので、それ以前を陰陽暦と呼ぶ。もう使われる事のなくなった暦である。
「陰陽暦って、旧暦の? えーっ……と、陰陽暦一五二三年が法聖暦一年だから……えーっと、えー……っと」
「もういい、わかった。だったら、ざっと四三〇年だ。俺が此処に居るのは」
「四三〇年!?」
アルベールは驚きのあまり、しばらく唖然とし、開いた口が塞がらずに固まる。しばらく時間が経過し、ようやく我に返ると何かに気づいたようで、手のひらを打ち鳴らす。
「わかった! だから、そんなにカラカラに干からびたんだ!」
「俺は干物か! ったく、この鎖のせいだ。この鎖から俺の魔力は、どんどんと抜けていく。そしてこの鎖を止めている剣に流し込み封じる力を俺の魔力を使って増大させている。いわば、呪いだ。お前と同じな」
「僕と?」
自分が呪われているなど、全く考えていなかったアルベールは、驚きながら自分の顔を指差す。
「お前が魔法を使えないように故意に誰かが呪いのようなものをかけている。心当たりはないか?」
アルベールは何度も首を横に振る。
「そんなの無いよ。僕が魔法の学校に入学してから二年が経つけど魔法なんて使えてないし」
「では、それ以前に、大規模な、もしくは魔法に関する施設のような場所に行った覚えは?」
アルベールにかけられている呪いのようなものは、一介の魔法使いが一人で行えるようなものではないとアザゼルは予想する。それこそ、大人数か大きな仕掛けが必要だと。
「うーん、昔、学校の入学直後に母さんが法霊院に連れていってくれたことはあるけど……」
「法霊院? なんだ、それは?」
長年、この場所に動けずにいたアザゼルが知らないのは無理がなかった。法霊院とは、魔法に関する秩序を保ち、犯罪を取り締まったり人々を守る者達が集まる組織である。
作ったのは、やはり“秩序の魔女”アーガスト。
人々が魔法を使えるようになり、中には魔法を悪用する者が現れると予測したアーガストが主導して法霊院という組織は作られた。
人々は、法霊院には魔法師団というものがあり、そこに属する者達を人々は“守護者”と呼ぶ。
今では魔法を学ぶ者にとって、“守護者”は憧れでもあった。
(それだな。ならば、呪いをかけたのはこの子の母親か。しかし、母親が何故?)
アルベールは法霊院に関して全く無知なアザゼルに詳しく教えてあげた。魔法を学ぶ者にとって法霊院の仕組みは常識でもあり、アルベールも同様であった。
「そんな組織があるのか……。またつまらないものを……。ところで話を戻すがどうだ? 解いてやろうか? その呪い」
アルベールにとって、喉から手が出るほどの嬉しい提案ではあった。もし、呪いがなければ周りから馬鹿にされてきた現状を覆せる可能性が出てくる。
しかし、不敵に笑うアザゼルに躊躇いが無いわけではない。
「僕……僕には、どうしてもやらなければならない事がある!! それは母さんの仇を討つことだ!」
仇を討つ。そう言った時のアルベールの目は真剣そのもので、今まで怯えていた顔が厳しいものへと変貌していた。
「仇? お前の母親は殺されたのか?」
その質問にアルベールは首を横に振る。
「わかんない。みんなは母さんは病気で死んだんだって。でも、僕は聞いた。父さんと親戚が母さんのお葬式で話をしているのを。『母さんは殺された』って!」
幼いながらその決意は相当固いらしく、アルベールがアザゼルを真っ直ぐに見つめる目はギラリと輝く。その時、アザゼルはアルベールの瞳に何かが出現するのを見逃さなかった。
(あの、瞳に浮かぶ三連に並ぶ五芒星……! そうか、この子が此処に来たのも運命というやつか。あいつの、ハガルの子孫が来るとはな!)
“時の魔女”ハガル。封印の守人となった彼女には、アルベールと同じ瞳を持っていた。守人としての役目は子々孫々と経過する中で薄れて行く。そして対象となる見守る封印が、実はアザゼルだとはアルベールは知らないようであった。
「くははははは! まさに僥倖!」
思わず声に出して笑わずにいられなかった。瓢箪から駒とはこの事であり、アルベールがこの場に居るにも関わらず、嬉しさがこみ上げてきて心の声が漏れ出てしまっていた。
「アザゼル、どうしたの? いきなり」
「くはは。一つ聞く。お前の母親は亡くなってどれくらい経つ?」
「えっ、ちょうど一年だけど」
(一年……。だとすれば、その学校とやらに入学直後に呪いをかけ始め、亡くなるまでの一年をかけて呪いを施したのか。厄介だな。しかし、それらは全てこの子を想っての事か……)
全てはアルベールに魔法を使わせない為だと、アザゼルは考える。彼が魔法を使えなければ、封印が解かれる事はないと母親は考えたのかもしれないと。
しかし、皮肉にもアルベールは自分の先祖から辿る役目を知らず、アザゼルと出会ってしまう。
「呪いは解いてやる。しかし、厄介な呪いでな、解くのには時間がかかる。今から一年間、此処に毎日来い。そして呪いが解けたあかつきには、少し俺を手伝ってもらうぞ。それが条件だ」
「本当に解けるの? 僕には母さんの仇を討つという野望がある! しかも、その為にはまず法霊院に入る必要が……。だから、何でもするから呪いを解いてよ!!」
アザゼルは心の内からこみ上げてくる笑いを必死に堪える事に今度は成功していた。