古の魔法使い②
洞窟に座り込んでいたアルベールは、なけなしの勇気を振り絞り立ち上がる。真っ暗闇の中、足が着く地面が下だというのは分かるが、既に前後左右は不覚となっていた。
それでも助けを期待していないアルベールにとって、闇雲でも動くしかなかった。
ふらふらとした足で両手を前に差し出しながら歩くと、ひんやり冷たい岩壁に手が当たる。
少し滑る壁が気持ち悪いのか、アルベールは表情を歪めながらも壁を伝って歩き始めた。
「タイくん? モーちゃん?」
歩く方角の闇の奥に、ぼんやりとした小さな明かりが見えた。
初めは二人が持つランプの明かりかと思ったアルベールだったが、小さな明かりは暗闇のキャンパスを縦横無尽に飛び回る。
ゆっくりと近づいたアルベールは、その明かりの正体が少しずつ分かってくる。
「小鳥?」
明かりの正体は、金糸雀色に発光する小鳥であった。体長は十センチ程度の小さな小さな小鳥。
ピョンピョンと地面を跳ねながらアルベールの足元へと近づいてくる。
「出口わかる? 僕、帰りたいんだ」
アルベールの呼び掛けに小鳥は闇の奥へ少しだけ進んでみせると、此方を振り返る。アルベールが小鳥に向かって一歩踏み出すと、小鳥はまた小さく羽ばたき距離を取る。
それは、まるで道案内をしているように、一定の距離を取ってはちゃんとついて来ているかを確認するために振り返るを繰り返す。
「待ってよ!」
孤独な暗闇。アルベールは少しでも話しかける相手が欲しかった。だからたとえ、彼の行き先が洞窟の出口とは反対方向であっても、小鳥を追いかける。
どれだけの時間歩いただろうか。子供の体力は無尽蔵とはいえ、足場がガタガタな洞窟を僅かな明かり一つで進むというのは、アルベールの限界を早めていた。
「お腹すいた……喉、渇いた……」
アルベールは濡れた地面でもお構い無く、とうとう座り込んでしまった。それまで一定の距離までしか近づかなかった小鳥がすぐ傍にまでやって来て、見上げながら小首を何度も傾けた。
洞窟内はかなり低温で、アルベールからどんどんと体力と気力を奪い、代わりに眠気を与えてくる。
「眠い……」
瞼がどんどん重くなっていく。その時、アルベールの白い首筋にヒヤリとした液体が落ちてきて、思わず小さな悲鳴を上げた。
「な、何!? 今の?」
暗闇で気付かなかったようだが、天井には幾つもの鍾乳石があり、それを伝って水滴が落ちてきただけだった。
「ひゃっ!」
再び同じ箇所に水滴が落ちて悲鳴を上げる。首筋に触れ、濡れた指を少し舐めてみた。無味無臭。けれども地面に落ちた水を舐めるよりマシだと、アルベールは目一杯大きな口を開けて顔を上げた。
一滴、また一滴と口内に落ちてきた水滴をゆっくり渇いた喉を通していく。まるで高級な飲み物を飲んだようにアルベールは恍惚の表情を浮かべる。
生き返る。ゆっくりと体内に染み入るのを感じながら、少しだけ気力が戻ってくると、アルベールは再び立ち上がった。
「もう少し。もう少しだけ……」
一歩、一歩、ふらつく足でアルベールは歩き出す。金糸雀色に光る小鳥は、先ほどまでより大きく羽ばたいて、距離を取る。
「待って、待ってよぉ」
壁を支えにアルベールは歩。小鳥は止まったまま動かない。小鳥に近づくと、アルベールは急に階段を踏み外したかのような感覚に陥り、腰砕けとなりその場に座り込んでしまった。
「何が起きたの……? 歩くのもう無理だよぉ」
疲れ果てて体力も限界だったが、今手で触れている地面の変化に気づく。さっきまでの凸凹な洞窟の地面とは違い、湿ってもなく真っ平らな床であることに。
ゴゴゴゴゴゴ……と低い地響きに、アルベールは心臓が飛び出そうなほど驚き、思わず尻餅をついた。
地響きと共に目の前の闇が縦に割れ、光が飛び込んでくる。
「……」
アルベールは目の前の景色に言葉を失いかける。
ぼんやりと光る床が広がる。床だけでなく、壁や天井までがぼんやりと明かりを伴う。決して明るいとは言い難いが、明かりのお陰でこの場が巨大な空間であると理解出来た。
「お前は誰だ?」
空間の奥から聞こえてくる低く威圧感のある声に、思わず「アルベール・レイです」と返事を返すのであった。