古の魔法使い①
──大男の遺体が発見される、およそ一年前。
「ねぇ、止めようよぅ……」
子供の好奇心を擽るにはうってつけの洞窟内を、たった一つのランプの明かりを頼りに進む三人の少年少女がいた。他の二人とは少し体の小さな少年は、か細い声で先を進む少年と少女を止めようと声をかけたところだ。
「何言ってんだよ! 此処の話を俺たちに教えたのはお前だろ、アルベール!」
「そうだよ。わたしたち三人、学校では落ちこぼれって言われているのを見返すんだって。此処の奥に行けば強くなれるって!」
菫色の髪に女の子に間違えられそうな可愛いらしい顔立ちをしたアルベールと呼ばれた少年は小さな肩を震わせながら、唯一の明かりを見失わないように必死で二人の後ろをついて行くのには理由があった。
少年アルベール・レイは気弱ながらも一つの志を胸に抱いていた。それは秩序を遵守するため犯罪を取り締まる法霊院という組織の一つ魔法師団に入り守護者になること。
彼は一年前に母親を亡くしていた。
周囲からは病死と聞かされていたが、それは嘘なのだと彼は心の何処かで考えていた。
母親の死の原因を突き止めるためにも、一般人では入れないような施設にも入れる守護者にどうしてもなりたかった。
たとえ、誰もが扱える程度の魔法さえ使えなくても……。
「つ、強くなれるなんて言ってないよぅ……」
洞窟の天井から滴る水の音しかしない静寂の中でも、か細く消え入りそうな彼の声は、二人の耳には届いていなかった。
学校で落ちこぼれ同士集まる三人は、いつも馬鹿にしてくる他の生徒や教員を見返したいといつも思っていた。そこに今日、アルベールが祖母から聞いた話を二人に伝えたのが始まりであった。
『洞窟の奥に昔の魔法使いが居るんだって』
彼はそう言ったつもりだったが、二人は引退した凄腕の魔法使いが住みついていると勘違いしたようだった。
結局アルベールは放課後二人に促され洞窟について行く羽目となった。
奥へ進むほど、肌寒くなっていく。三人が着ている学校指定の真っ白なブレザータイプの制服は、洞窟内の壁に触れる度に薄汚れていく。アルベールの歩幅は小さくなり、二人との距離はど離されていってしまう。
洞窟内は一本道だった。迷う事はないはずだった。それでも冷たい風が肌に触れると恐怖を煽ってくる。先を行く二人が曲がり角を曲がるとランプの小さな明かりはアルベールに届かなくなり、視界は真っ暗闇へと変化する。
「もういやだぁ!」
小さな悲鳴を上げて、彼はその場に小さく座り込んでしまった。
「タイく~ん、モーちゃ~ん! 何処行ったの~?」
彼の声が広い洞窟の壁に木霊して返ってくるだけ。来た道は一本道である。そのまま振り返り戻れば迷うはずないが、背後へ顔を向けたアルベールは、先が見えない暗闇に吸い込まれるようで怯えてしまい、方角を見失ってしまっていた。
「タイく~ん、モーちゃ~ん」
「うわあああああああっ!!」
闇の奥から聞こえて来た悲鳴に彼は目を強く瞑り、耳を塞ぐ。その為、ヒタヒタとアルベールの方へ向かってくる足音に気付かずにいた。
再び目を開けた時は、他の二人が洞窟出口付近にまで戻った頃だった。
「ぐす……タイく……ん、モーちゃ……ん? どこぉ?」
内から勇気を振り絞り震える声を上げて二人を呼ぶ。しかし、声は闇の中にかき消されてしまう。
この時、洞窟を出た他の二人は、アルベールが既に帰ったものだと思っていた。もし、そこに少しでもアルベールを憂慮していれば、大人達がすぐに洞窟へと入って彼を見つけていたかもしれない。
だが、二人は家へと帰ってしまい、アルベールが翌日学校に現れなかった事から、大事となる。
アルベールは胸ポケットから小さな十字架を取り出して両手で握りしめる。
「母さん……」
アルベールは一年前に母親を亡くしていた。細かい理由は知らない。周りの大人達からは病気だと聞かされていた。
今は父親と二人暮らし。しかし、彼が思い浮かべるのは背中を向け此方を見ない父親の姿。
暴力などは無かったが父親はアルベールを放置しており、アルベールも彼が嫌いだった。
唯一大好きだった母親はもういない。だからか、アルベールの頭の中には大人が、父親が自分を心配して助けに来てくれるなんてことは、思いもよらなかった。
すぐに捜索されなかった事、そして父親を始めとする大人を信じられなかった事の二つが彼を、今後の運命を左右させる相手と出逢わせる事となるのであった。
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