厄災再来②
アルベールが空間移動を容易く出来たのは、伊達に三年近い時間をかけて魔力の練り込みを続けたのが理由であった。
魔法を使うにあたって必要なことは、主に三つ。
一、魔力を複数の心穴に正しい順番で集中して流していく。
二、魔力の土台ともなる体力。体力以上の魔力は支えきれないのである。
三、最後に魔力の練り込み。イメージは太さの決まった管の中に、何本魔力の糸を通せるかである。魔力の糸の強さは太さによって変わらない。いかに細く細く出来るかが重要なのである。
一と二は、長年鍛練し続けるが、三は、やり続けても目に見えて成果が出るわけでもないので、多くの人が途中でやらなくなってしまう。
アルベールは魔法が使えない期間、ずっと三だけをやり続けていた。
「土台は出来ていたということか。これならば一月どころか半月でいけるかもな。よし、内容を心穴の正しい順番を覚える所から始めるぞ」
「うんっ!!」
アルベールはアザゼルの指導の元、ただひたすらに魔力の流れを覚える事に専念し続ける。それは、家に帰っても部屋に籠ってまでやり続けた。
~・~・~・~
それから半月が経とうとしていた。
オルハの街の郊外に立つ円柱形の塔のような建物が法霊院である。建物内は、中心部は吹き抜けとなっており、魔法師団の部屋は各階の壁際にある。
第四大隊の部屋は建物の五階フロア全てとなっており、一際特別に作られた大きな扉の前でサラは立っていた。
「ハクレン師団長、只今戻りました」
部屋の中に声をかけてから、サラは大きな扉を開けて入って行く。
「報告は受けている。また“反逆の使徒”にしてやられたな」
「師団長、三大則の二番目の改定ってどうにかなりませんか? 捕縛しては自殺、捕縛しては自殺、他の大隊も他の国の法霊院も同じことの繰り返しで辟易しています」
「厳しいだろうよ。三大則の二番目は、犯罪者というよりも我々取り締まる側を律する為の決まりだ。それはお前が一番嫌う事じゃないのか、サラ」
サラの苦言の提言は自分の信念を曲げてまでのものだと本人も分かっているようで、すぐに表情は険しく変わる。
それほど彼女は追い詰められていた。
“反逆の使徒”の長年の放置は、法霊院の沽券に関わる問題でもあり、今の第四大隊が担当に変わってからも何の成果も上げれずに悔しい思いを何度もしてきた。
「それで師団長。半月ほど前に起こった集団眩暈の事なんですが……」
「此方も調べてはいるが何の手がかりも出ていない。ただ……」
「ただ……?」
ハクレンは手に持っていた資料の紙をサラに差し出した。サラはそれを受け取るとペラペラと紙を捲って行き、途中で手を止めた。
「これは……彼が何か関係が?」
「いや。ただな……」
「勘……ですか?」
「だな」
サラが途中で手を止めた紙には見知った名前が書かれてあった。そこには『アルベール・レイ』の名前が。
~・~・~・~
ハクレンに目を付けられているなど知らないアルベールは、放課後、いつものようにアザゼルのいる裏山の洞窟へと向かった。
魔力の流れの手順にも随分と慣れてきた自信があり、アルベールの足取りは非常に軽快であった。
「来たな」
「お待たせ。いよいよ今日だね」
アザゼルの読みでは、今日でアルベールに修行をつけるのは最後の予定であった。
「まずは魔力の流れが正しいかを確かめる。やってみせろ」
「うん、行くよ!」
アルベールは一瞬だけ目を瞑り、再び開けた時には両手から魔力が放出させていた。
「実にスムーズだ。完璧に近い」
「本当? やったぁー!」
アルベールは無邪気に喜びを爆発させる。冷静沈着なアザゼルに褒められた事がよっぽど嬉しいらしい。
「それでは手順は以前に教えたよな。俺の右側の手と足を封じている剣から飛ばすんだぞ」
「分かってる、分かってる。同時にだね」
空間移動を序盤から使えたアルベールの鍛練に時間をかけたのは、同時に二本の剣を抜く必要があった為であった。
「じゃあ、まずは右側から……。“空間移動”!!」
アルベールの背丈ほどある剣に触れ、魔法を唱える。何度か自力で抜いてみようと試みたアルベールだったが、びくとも動かなかった剣があっさりと消え、泉の側に音を立てて空中から落ちてくる。
(いいぞ……、いいぞ!)
アザゼルは必死に笑いを堪える。
「次は左側だね」
アルベールは移動し、両手で左側の二本の剣に触れると、急に背筋が凍りつく。全身に鳥肌が立つほどの寒気に思わず手を離してしまう。
「どうした?」
「う、うん。なんでもない」
小刻みに震える手で二本の剣に触れると、今度は何も起こらないので安堵した。
(なんだったのだろう……)
疑問に思いつつもアルベールは魔法を唱える。
「“空間移動”!!」
剣は消え、今度も泉の側に現れる。
これでアザゼルを縛るものは何もない。手足についていた鎖は、急激に萎み始め短くなっていく。
ゆっくりと立ち上がったアザゼルの顔はどんどんと血色よくなっていく。
漏れ出るほどの漆黒の魔力の渦が彼を突然包みこんだ。
「アザゼル!?」
心配になり声をかけたアルベールであったが、漆黒の渦の中から光る赤い二つの瞳を見た瞬間、胸が締め付けられる。
「フフ……フフフ……力が、力が漲る。くははははははっ!!」
漆黒の魔力の渦は小さくなり、中から現れたアザゼルの体内に消えていく。そこに現れたアザゼルは、今までの干からびたミイラのような姿ではなく、漆黒の髪に赤く輝く瞳、そして何より何百年も閉じ込められていたとは思えぬほどの瑞々しい肌をした若き青年の全裸姿。
「アザゼル・セグウェイ、ここに復活だ!」
アザゼルは不気味にニヤリと両頬の口角を吊り上げ、真っ赤な舌で唇を舐めるのであった。




