厄災再来
人々は秩序と安寧をもたらした二人の“魔女”に感謝しながら平和を謳歌していた。
そんなある日、仄暗い空間に二メートルを越える体躯の大男が姿を現す。浅黒い肌に白い髪をしたその大男の筋肉が一際隆起したように見えた。
「がっはっは! これは予測出来なんだ」
大口を開いて大男は笑う。
「少しは出来るようだが、果たして肩慣らしになるかどうか……。生きては帰れないとは思っておけよ、ご老人」
大男から少し離れた場所に立つ裸の青年は、両手首両足首に縛られた鎖を邪魔臭そうに己の体へと巻き付けながら大男を見据えていた。
「ふんっ、ワシの死に場所はワシが決めるものよ。たとえお前がどれだけ強くてもな」
大男は自分の体格に合わせて作ったと思われる大杖の先端を青年に向けた。
「力量の差を知って、その傲慢な態度。俺は嫌いではない。いつでも来い」
「魔法の戦いは、魔力の高さだけで決まるものではないわ! 小僧!!」
大杖の先端が黒く輝くと、辺り一面に暴風が吹き荒れ、大男の白い外套も激しく靡く。
「喰らえ、守護者の誰もが知らぬワシの奥の手を!! ”ダークネススプリンガー”!」
暴風は激しさを増して青年に襲い掛かる。180は無いその青年は紙吹雪のように軽々と後方に飛ばされて壁に激しく激突する。
「ふうううううううっ!」
大男の荒い息が杖を握る手に力が増す。
「珍しい。この黒い風は風とあと二つの属性、恐らくは土と光。三つの属性を融合させたやつだな」
壁にめり込みながらも青年は大男の使う魔法を冷静に分析する。しかも、表情に一切の焦りは感じられなかった。
「まだまだ威力は増すぞ!! ふんっ!」
大男の言うように黒い風は空間を縦横無尽に走り、仄かに光る壁や天井を破壊しながら青年に襲い来る。
「だてに師団長とやらではないな。いいだろう、力の差というやつを見せてやる」
青年は黒い暴風に曝されながら鎖の巻き付いた右腕を大男へと向けた。
「ふぐうっ!?」
突如、大男は口から大量の血を吐き、自分の白い装束を赤く染める。
「わ、ワシの体内に魔法を……? ば、馬鹿な、一体……」
「教えてやる。血というものには鉄の要素も含まれている。鉄は土に属する。つまりは土の属性で扱えるということだ」
大男は目を大きく見開いて、自分の腹を押さえる。しかし、それを押し返すように腹と背中が膨れていき、大男の体内から幾つもの赤黒い槍が飛び出してくる。
「ぐおっ! わ、ワシの血を利用して槍を……! こ、こんな魔法があるとは……」
「魔法は無限。理の数を大きく上回る。常識だけじゃ図れないのさ」
誰の目から見ても大男は致命傷であった。牙城が崩れるように膝をつき、大男は苦悶の表情を浮かべる。
「ま、まだだ! 今わかった。お前は此処から決して出してはいかん存在。ワシら魔法師団にとって、本来はお前のようなものの存在を抹消するのが役目なのだ!」
もう立てないと思われた大男は奮起し、己の肌と似た浅黒い褐色のオーラを体に身に纏いながら立ち上がって来た。
「ほう、まだ動けるか」
「ワシの死に場所はワシが決める。此処がお前とワシの死に場所だぁ!!」
大男の力に呼応するように空間は激しく揺れ始め、崩壊が続く。
「“ダークネススプリンガー”!」
青年に向かって黒い暴風が再び襲う。しかし、今度は青年は吹き飛ばされることなく、その場に留まってみせた。
「うおおおおおっ!」
青年が耐えるのは予想済みだったのか大男は、自分の体躯の利を使い青年に向かって体当たりをかます。
「自爆か? その覚悟に免じて面白いものを見せてやろう」
「遅い! これで終わりだあ!!」
大男の体内の魔力の流れを暴走させて、青年ごと巻き込みながら大爆破を起こす──というのが大男のシナリオであった。
しかし、爆発どころか辺りに吹き荒れていた黒い暴風も大男の体内で暴れていた魔力も凪のように穏やかになる。
「な、何をした?」
「何を? 魔法を無効化しただけだ。魔法を封印する魔法が存在するように魔法を無効化する魔法があるのは道理だろ?」
青年は大男の腹に向かって軽く掌底でかち上げる。
「な、な、なにいいぃぃぃ!?」
二メートルを越す大男は軽々と空間の天井まで飛ばされ体を打ち付ける。しかも、眼前には黒い暴風が襲って来て大爆発を起こした。
「ぐっ……」
「まだ生きていたか。なかなかしぶといな。褒めてやる」
青年の声は大男の耳に届いていなかった。視界は薄れつつあり、虫の息であった。
(レイ……そうだ思い出した。何故忘れていたのだ、あの少年は彼女の……)
大男が最後に思い浮かべた顔は二人。一人はまだまだ年端のいかない気弱な少年の顔。もう一人は、己と同じような装束に外套を纏う美しい顔立ちの女性の顔。
「サラ……すまぬ。この男のことはお前に託……す」
大男は夜空に向けてその太い腕を突き上げた後、力を失い腕がだらりと垂れた。
「残念ながらあの空間がお前の死に場所ではなかったようだな」
青年は、大男の見開いた瞼を閉じてやり、そのまま夜空の彼方へと飛び立って行った。
~・~・~・~
翌朝、大男の遺体は意外な場所で発見される。
かなり立派な大きな建物の三角屋根。その先端から伸びる金属の棒に仰向けに貫かれた状態であった。
建物は学校の校舎であり、第一発見者は、その学校の生徒。
名前をアルベール・レイと言う。