解呪の刻①
タイラーとモーリスの二人はサラからのアドバイスを受けて劇的に変化する。
アドバイス通り『魔法が成功しなければ好きな子が死ぬ』という事だけを考え、タイラーの集中力は研ぎ澄まされていく。
アドバイスを受けてから僅か一ヶ月で、先生や他の生徒も目を見張るまでに成長していた。
「“フレアガンズ”!」
タイラーが両の手のひらを向けた方向へ小石の大きさの火の弾丸が幾つも飛び出す。
火属性を扱う本、“火の教本”の一ページ目に書かれている初級中の初級の魔法。他の生徒達もタイラー同様、フレアガンズで火の弾丸を飛ばすが、その数と速度がタイラーとは、断然少なく速度も遅い。
他の生徒が五発が限界なのに対してタイラーが二十発もの火の弾丸を飛ばせるのには、この二年間、腐ることなく魔力を練る事を怠らなかったのが要因であった。
他の生徒は新しい魔法、新しい魔法へと目移りしてしまい、基礎という点でタイラーの足元に及ばなかったのだ。
「タイラー、凄ーい!」
モーリスは修練場の外から声援を飛ばす。
ボンッとタイラーの目の前で小さな爆発が起こり、タイラーの顔は黒墨だらけに。
魔法の起動の最中にモーリスに声をかけられる時だけ、タイラーは度々失敗していた。
モーリスにも変化が訪れる。
サラのアドバイスを受けて、この一ヶ月、走りに走った。持久力など一朝一夕で身に付くものではない。しかし、モーリスの努力は人一倍を越えていた。
この一ヶ月、女の子とは思えないほど、身だしなみを気にすることなく、常に汗だくの状態であった。走っていないのは授業中とトイレ中くらいなもので、アルベールやタイラーと一緒にいても足を止めないほどだった。
その結果、彼女は魔法を起動させることに成功する。自分でも「まだまだ未熟」と公言するように威力は圧倒的に弱い。
ただ彼女の強みは、火、水、風、土、光の五属性全てを使える事と、命中精度にあった。
元々持ち合わせていた、一心不乱に走り続ける集中力と、魔法が使えなかった二年間の勤勉さが功を奏した形だ。
これで同学年でまともに魔法が使えないのはアルベールただ一人となった。
幸いだった事はタイラーとモーリスの二人がアルベールの元から去らなかった事。二人に励まされながら、腐らず魔法を学び努力を続けていた。
さらに半年ほど経過した頃にアルベールに変化が訪れる。
「えっ!?」
「あ、あ、あ……や、やったな! アルベール!!」
アルベールの鍛練に付き合ってくれていたタイラーとモーリスは我が目を疑いながらもアルベールの手のひらの上に浮かぶ小さな火種に喜びを爆発させた。
「やったぜ、アルベール!」
「おめでとう!! 本当に、おめでとう!!」
二人は自分の事のように涙しながらアルベールに向かって飛びはねながら抱きついた。
「お、落ち着いてよ、二人とも。僕が一番驚いているんだからさ」
アザゼルの所に通い、まだ半年ほど。一年かかると言われていたが為にアルベール自身も信じられなかった。
その日の放課後。二人が祝福したいと申し出てくるが、アルベールは丁重にお断りをする。二人には、まだ小さな火種を作るという第一歩を踏み出したに過ぎないからと誤魔化すが、本当は少しでも早くアザゼルに報告がしたかったのだ。
アルベールは毎日通い続けた洞窟の奥へと入っていく。その足取りは非常に軽快であった。
「何か良いことでもあったのか?」
仄暗い空間にアルベールが姿を見せるや、アザゼルは声をかけてきた。
「魔法が……僕にも魔法が使えたんだ!」
アルベールはアザゼルに駆け寄ると、大手を広げて喜びを表す。
「そうか、それは良かったな」
アザゼルの返答は実にアッサリとしたものであった。
「ちえっ! なんだよ。少しくらい喜んでくれても……」
「何故俺が喜ぶのだ?」
張り合いを無くしたアルベールは不貞腐れて、いつものようにアザゼルの目の前に座る。
「でも、どうして急に……? 呪いってやつが解けたの?」
「違うな。しかし確実に呪いが緩んだ証拠だ。固く縛られた魔力が緩み、ちょろっと漏れ出ただけだ。まぁ、残尿とかわらん」
「僕の魔力はおしっこかよ!」
「ふん……あと半年の辛抱だ。あと魔力を練る鍛練は怠るなよ? それと、俺の事、誰にも話してないな?」
「毎日毎日同じ事聞かないでよ。誰にも言ってない。言ってしまったら、僕は母さんの仇が取れないような気がしているんだ。だから絶対に言わない」
(仇……ね。別に俺が手を下した訳ではないが、母親の想いを無下にしているとは気づいていないみたいだな……くっくっく……)
アルベールはアザゼルの思惑など知る由もなく、今日も小鳥を肩に乗せ、今日一日あったことを喋り続けるのであった。
「少年?」
アルベールが洞窟のある裏山から下山した所で背後から声をかけられる。
「は、ハクレン師団長さん!」
「どうしたのだ、こんな日も暮れ始めた時間にこんな場所で?」
偶然ハクレンと居合わせてしまったアルベールは、戸惑いをみせる。
アザゼルの事は話せない。わざわざ迷子になった洞窟に再び向かったなど言えない。
しかし、声をかけてきたタイミングから裏山から下山してきたのはバレバレであった。
「その……、ほ、報告していたんです。亡くなった母さんに少しでも声が届くように高い場所から。『魔法が使えた』って」
「ほう、魔法が!? それは良かったな少年! それで原因は分かったのか?」
ハクレンが腰を曲げてアルベールの顔を見下ろしてくる。ギョロりと大きな目が自分の嘘を見破ろうとしているようにアルベールには思え、背中に汗をかく。
「げ、原因はまだ……それに小さな、本当に小さな火種ができただけで……」
「そうか。それならばサラに課した宿題も無駄に済まずにすんだな。今後もサラに協力してやってくれ」
「は、はい。あの時出会ってから何度も僕の様子を心配して学園まで来てくれてました。友達二人もサラさんには感謝してましたし、それは僕も一緒です」
「そうか。サラにはワシから少年が魔法を使えるようになったと伝えておこう。きっと喜ぶぞ」
ハクレンは目を細めると先ほどまでと印象が変わり表情が優しくなる。
「暗くならないうちに帰りなさい。わかったな?」
「は、はい。失礼します!」
アルベールはハクレンに一礼した後、逃げるように駆け足で家の方角へと消えていった。
夕日を背にハクレンは、アルベールの背中を見送ると、顔をアルベールが下山してきた道へと向ける。
「ふむ……」
何か腑に落ちないのかハクレンは足を裏山に向けて歩き始めた。




