国立アージェスト・ユーユ学園④
選抜試験が始まる。最初の試験は終わりの見えない持久走。先頭を走るのは国立アージェスト・ユーユ学園の生徒会長でもある背丈の高い少年。
校舎からも黄色い声援が飛び、少年は手を振る余裕さえ見せる。
そのすぐ後ろをついて行くのは肩まで伸びたライトブルーの髪をした少女。
名前はイルミ。アルベールの住むアパートの大家の孫娘であり、アルベール捜索にも参加して彼を見つけてくれた張本人でもあった。
「先頭の二人は余裕だな。あ、一人後ろから飛び出した!」
力を振り絞るように一人の少年が全力で駆け、先頭の二人との距離を詰める。その距離はみるみると詰まって行く。しかし、先頭の二人は余裕はまだまだありそうだが、引き離そうとせずマイペースのままである。
「そうか、わかった! この持久走、きっと何番でゴールするとかは関係ないんだ! 体力と魔力は直結する。いかに効率良く体力を減らさないようにするのが一番大事なんだ。ねぇ、そうですよね? サラさん!」
「ええ。無駄に体力を使うのも、かといって温存し過ぎるのも良くないわ。師団長達が見ているのは、どれだけ自分を知って律するかよ」
いつ終わりの笛が鳴るか分からない、けれども体力を限界まで消費してしまっては後の試験に影響ぐ出る。かといってダラダラと走ってもこれも試験の一つなのだから印象は良いとは言えない。
アルベールから見て、その回答にたどり着いているのは先頭にてマイペースで走る二人だけだと考えていた。
気弱で魔法も使えない落ちこぼれでも腐ることなく魔法に前向きに励んで来ていた彼だからこそ、気付けたのだろう。
小一時間ほどで終了の笛が鳴らされる。
百人近くいる生徒の中で、立っているのは先頭の二人と、何周も周回遅れの後方の数人のみ。あとは全員息を切らして座り込んでいた。特に一人で飛び出した少年は大地を背に仰向けで倒れ、しばらく起きれそうにない。
「次の試験に入る前に、周回遅れの奴らは全員不合格だ。教室に帰っていいぞ」
若い男の試験官は声高々に叫ぶと、サラと同じ白い外套を羽織った部下らしき人達に目配せで指示を出し、唖然と突っ立っていた周回遅れの生徒を会場から追い払い始めた。
「それでは次の試験を始める。師団長達の前に集合!」
試験官の指示にサッと反応したのは生徒会長の少年とイルミの二人。その後数人は力を振り絞って、覚束ない足で試験官の前に並ぶのがやっとであった。
「では始める。因みに今並んでいない奴らも不合格だ。追い出せ!」
立ち上がれない者、なんとか立ち上がりはしたが歩けなかった者は他の試験官に追い払われていく。諦めきれずに試験官に懇願する生徒や試験官に向かって納得がいかず文句を言い放つ生徒もいたが、それらに耳を貸す事はなかった。
「余所見している暇は無いぞ。次の試験は簡単だ。師団長達に自分をアピールしろ」
試験官の声にすぐに反応したのはやはり生徒会長とイルミの二人であった。すぐに師団長達から見易い場所へと移動すると、一呼吸置き、魔法に集中し始める。
「おおっ!!」
師団長達の後ろについていた副団長らが驚嘆の声をあげる。生徒会長の少年は、合わせた手のひらを少しずつ離して行くと、その間に青白い稲妻が走る。離す間隔が広がる度にその稲妻は大きく威力を増していく。
「ほぉ、継ぐ者か」
今まで気だるげに椅子の背凭れに凭れたまま微動だにしなかった第五大隊師団長であるガロウが前のめりになる。
「サラさん、継ぐ者って何ですか?」
「ああ、そっか。まだ、そこ迄習っていないんだね。魔法が使えるようになって数百年……、その間に特異な魔法を扱える人が突然変異で現れるようになったのよ。そして、その魔法は子供に、または孫や数世代先の子孫に引き継がれる事がままあるのよ。それらを一くくりに継ぐ者と呼ぶのよ」
オリジナル性で言えば継ぐ者の魔法は断トツであった。既存の魔法では対処しきれないものが多いのがメリットであったが、既存の魔法を扱うのが非常に苦手というデメリットを持つ。
生徒会長が扱う雷属性の魔法は既存の魔法にもあるが、その雷を身に纏うという離れ業をやってのけていた。
「あの少年の場合、デメリットも少ないわね。雷自体既存の魔法にあるし、多分他の既存の魔法もそこそこ扱えると思うわね。非常に貴重な人材よ。ハクレン師団長の目にはどう映るかしらね」
サラの評価は非常に高いが、その視線は上司のハクレンではなく生徒会長に興味を抱くガロウに向かっていることにアルベールは隣で見ていた。
「次はアルベールの知り合いだよな? どんなことするんだろう?」
タイラーは静かに目を閉じたままのイルミに注視する。ゆっくりと水を掬うように手のひらを上に向けた
「綺麗……」
モーリスはイルミの手のひらに浮かんだオレンジ色の球体に目を奪われ、呟く。
イルミが腕を広げるとそのオレンジ色の球体は比例して大きくなっていく。師団長達から感嘆のため息が漏れるのを真後ろにいたアルベールは聞こえていた。
「凄いわね。ただの火種を作る魔法にも関わらず、淀みなく流れ、練りに練られた魔力。一長一短で出来るものじゃないわ。長い間、鍛練に鍛練を重ね続けた結果ね」
驚いたサラの横顔がイルミがどれだけ凄いことをやってのけているのだというのが物語っていた。
「才能の少年、努力の少女。師団長達の評価が気になるところね」
サラの言葉が、既に試験の終わりを告げているようなものであった。




